445 水田作り
さて。温室作りが一段落し、続いては水田作りであるが……その前に種籾を撒いて苗を育てなくてはならない。
明日からの水田作りに並行してそちらも進めなければなるまい。ということで、水田作成の目途が立ったところで家に帰ってから苗作りの段階へと移った。
「こうやって、塩水に入れて……良いものを選り分けます」
桶に塩水を汲んで種籾を投入し、底に沈んだ物を使うというわけだ。
「浮いてるのは、駄目?」
「中身が詰まってないってことみたい」
シーラの疑問にマルセスカが答える。シオン達も米作りは手伝っていたそうだ。
彼女達の説明に、マルレーンが真剣な表情でこくこくと頷く。アシュレイも自分の領地に関わってくるかも知れないことだけに、メモを取りながらフォルセト達の話に耳を傾けていた。
更に使用人達も種籾や苗の扱いは知っておいたほうがいいので、セシリアとミハエラ、それから数名、主だった者にもフォルセトの話を聞いてもらっている。
「塩水を洗い流してから、稲が病気にならないようお湯に浸けます。熱湯……とまではいきませんが……体温よりはかなり高いぐらいといったところでしょうか」
これは……カビや細菌への対策だな。やはり、十分なノウハウの蓄積があるわけだ。湯の温度はフォルセトの指先に展開しているマジックサークルで管理しているらしい。
必要なら魔道具化してやる必要もあるだろうが……。ともあれフォルセトは米作りに大分慣れているようである。時間を数えて、ややあって湯から種籾を引き揚げ、今度は冷たい水へ入れて冷ます。
「この後はしばらく水に浸けて、発芽を促します。芽が出たら苗箱に撒いて苗を育てていくわけですね」
そう言いながらも、フォルセトとシグリッタが種籾を入れた桶に筆で何やら魔法陣を描いていく。筆先に魔力を感じるので、恐らくは顔料に魔石を砕いて溶くなどしたものだろう。
今度も水魔法系の……水温を一定温度に保つという内容のようだ。マジックサークルでやらないのは持続的に温度管理をする必要があるからだろう。
ここまでの工程に必ずしも魔法を使わなければならないという部分はないが……フォルセトとしては術式で手間を省きつつも、しっかりと制御して安定した環境を構築するというのを重視しているようだな。温室で色々育てていたローズマリーとしてもその作業風景に思うところがあるのか、羽扇の向こうで小さく頷いていた。
「一応、覚え書きも残しておきますね」
と、フォルセトが言った。ふむ。不在の時でも対処できるようにといったところか。
「ノーブルリーフの鉢植えを近くに置いておきましょうか」
「私も様子を見ておくね」
と、アシュレイとフローリア。フォルセトは発芽まで数日と言っていたが……この育成環境だと通常のそれより早まる可能性はあるな。まあ、外部で育成することも考えるとなるべく魔法を使わない手順を把握しておくとしよう。
ともあれ、発芽にはもう少し日数がかかる。屋内に置いて管理しつつも推移を見守るという形になりそうだ。並行して明日からは水田作りを行なっていくとしよう。
そして明くる日。朝食をとってからまずは温室へと向かった。一晩置いて温室の環境整備が上手くいっているかを見ておきたかったからだ。
温室内部をフローリアやみんなと共に見て回る。フローリアの隣には浮遊するノーブルリーフ。俺達が顔を見せると温室内のあちこちから花妖精達が顔を出す。
挨拶をするように手を振ると、向こうもくすくすと笑いながら手を振っていた。さてさて。温室内の様子はどうだろうか。
「どうかな?」
「うん、問題ないみたい」
一通り見て回ると、フローリアは明るく頷いた。植物達にとって快適な環境ということなら、順調に育成が進みそうだ。温室付きにということで連れてきたノーブルリーフ達も、快調そうにあたりを浮遊している。
「花妖精達も、植物の感情が分かるのですか?」
「ええ。あの子達も分かるみたい。簡単な魔道具の操作もできるし、お水をあげたりもできるかなって思うけれど」
グレイスの質問にフローリアが答える。
「……なるほど。となれば、わたくし達は魔道具に不調が出ていないかに比重を置いて気を付けていくというのが良さそうね」
と、ローズマリー。
「ん。役割分担としてはそれが良さそうだ」
それぞれの植物に適した環境――温度と湿度、土壌の酸性度や栄養状態、水の与え方等々についても後程纏めて紙に書きつけておく必要があるか。
では続いて――地下水田の整備に向かうとしよう。
温室内の一角にある、地下へ続く扉を開いて階段を下りれば、そこが地下水田の建設予定地だ。魔法の明かりを幾つか浮かべて地下区画全体を照らす。
四角く切り取ったような、殺風景な空間に運び込んだ資材が積んである。地下区画もすぐに水を引ける状態、排水も可能な状態……というところまでは昨日のうちにやってある。水は導水管を伝って流れ、一部は浄化しつつ循環処理、処理し切れないものはタームウィルズの地下区画へと排水されるというわけである。
「では、始めていきましょうか」
「はい。それじゃあまずは――床部分を掘ることからでしょうか」
フォルセトの言葉に頷き作業に移る。水田になる部分をゴーレムに変えて移動させることで一気に四角く掘る。
ゴーレムは掘り下げた部分の周囲に移動すると、そのまま沈んで地面に同化するように形を失った。ゴーレムを使って水田の周囲を一段高く形成し直しているわけだ。
自分でやっていることではあるが、さながらクレイアニメでも見ているかのような光景だ。一段高く盛った部分は後程、水田の畦になるというわけである。
そこから底面と水田の側面を固めて、水を入れた時に漏れにくいように加工。
余ったゴーレム達を柔らかい土と粘土質な状態に変質させてそのまま空中に浮かべて水と共に混ぜ合わせ、水田に適した状態かどうかをフォルセトに見てもらう。
「水田に入れる土としては……このぐらいでどうでしょうか?」
「……え、えっと……そうですね。これぐらいの柔らかさで良いのではないかと」
フォルセトは一瞬口元を引き攣らせたが、混ぜ合わせた泥の状態を確かめてから頷いた。
「無駄が……ないですね。いや、全部土からなので理屈は分かりますが」
シオンが感心するように目を丸くして頷く。
「……この魔法、面白くて好きだわ」
「うん。テオドールの魔法、楽しいね」
と、淡々としたシグリッタ。マルセスカは目を輝かせて眼前の光景を見ている。
グレイス達は慣れたもので、そんなシオン達の反応を微笑ましく見ている印象だ。
さて。先程決めた配合比でゴーレム達を変質させて水田を満たす泥に変え、掘り下げた部分をある程度のところまで満たしていく。
水田の脇に用水路を形成。用水路はそのまま排水口側まで繋げる。形成した用水路を固めて水漏れが起きないように加工。
水田の一部に、資材から作り出した水門を設置すれば、まず一つ目の水田完成といったところだ。地上から引いてきてある水を開放し、用水路へと流していく。充分に水が行き渡ったところで水門を開放。水田に水が流れ込んでいく。
ある程度水を満たしたところで水門を閉めて水と土を混ぜ合わせ、先程作ったように泥へと変えていく。
「こんなところでしょうか」
通常の水田では川などから水を引くことで天然の栄養を取り込めるそうではあるが……フローリアによると、源泉の水は自分達にとっても良いものだそうで、特にこちらが何かしなくても結構栄養が補えるらしい。
従って温泉の水を栽培に使うのなら、通常の肥料の与え方については若干控え目にする必要があるが、そのあたりはフローリアや花妖精達に聞きながら調整すれば良いだろう。
「いいと思います。では私達も、地下区画の温度や湿度の調整、光や風などの環境を整えてしまおうかと思います」
そう言ってフォルセトは持参した水晶のような魔道具を抱えて、地下区画の天井付近へと飛んでいった。あの魔道具に関してはフォルセトがハルバロニスから持ってきたものだ。
シオン達も資材から魔石を持ってフォルセトに続く。まずは光からというわけだ。あれはハルバロニスにとっての照明であると共に、植物の育成を手伝うものでもあるらしい。
後は稲の育成状況に併せて日照時間、温度等々、調整していくそうだ。
術式や管理方法などは後で詳しく教えてくれるそうなので……そうだな。俺としてはもう2つ、3つ水田を同様に作っておくとしよう。発芽待ちの種籾の量から言っても、多少の余裕を見ておいたほうが良い。
「これが水田……」
アシュレイが出来上がった水田を見て呟く。温室から花妖精やノーブルリーフ達も覗きに来ているようだ。
「水の流れる音が中々心地良いわね」
「外でやったら――きっと迷宮村みたいに長閑で綺麗なんじゃないでしょうか?」
微笑むクラウディアの言葉に、イルムヒルトが言う。
「そうね。ハルバロニスのものも綺麗だったし」
アシュレイはそんな2人の会話に静かに頷いて目を閉じる。
将来的にはシルン男爵領にと考えているので、自分の領地に水田ができた時のことを想像しているのかも知れない。
何はともあれ、田植えなどの作業はまだ残っているものの、施設としては地上の温室と地下の水田、共に一先ずは完成である。




