435 迷宮の変容
ピエトロとフラミアの召喚と契約は無事成功、といったところだ。
ファイアーテイル――フラミアは火属性ではあるが、コルリスなどとはまた違った意味で身辺警護などに向いている。アドリアーナ姫の使い魔や護衛としては適任と言えるだろう。妖狐の常というか、頭も良さそうでコルリスやラムリヤとも仲良くしていけるようだしな。
そしてコルリスの背中に乗って城へ帰るステファニア姫達を見送り、俺達も帰途についたのであった。
――明けて一日。
朝食を済ませて今日はどうしようかというところで、クラウディアがこめかみのあたりに指を当てて目を閉じ……少し思案するような様子を見せながら言った。
「……んん。この感覚は――やっぱり間違いないわね。どうやら、迷宮に新しい区画が作られたみたいだわ」
「新しい区画と仰いますと、やはり火精温泉絡みの?」
「ええ、多分。昨晩のうちに区画が構築されたようね」
グレイスの問いに、クラウディアは目を開けて頷く。
タームウィルズにテフラの飛び地が作られたことで影響が迷宮側にも出るだろうという話はしていたが……昨晩、満月で通常の迷宮に行けなくなっているうちに構造変化が起きたようだ。
「うーん。一度様子を見に行く必要があるな」
異界大使としては優先順位の高い話である。差し当たっては新区画の所在確認とその周知や報告が必要だろう。
それから新区画の危険度も調べてこなくてはならないか。冒険者ギルドに新区画についての話をし、対策方法など情報を王城やギルドと共有する形で冒険者達へ注意喚起しなければならない。
「では、あまりのんびりはしていられないわね」
と、ローズマリーがティーカップを置いて立ち上がる。
「部屋から装備を取って参ります」
アシュレイとマルレーンが頷き合い2階へと向かった。
みんなもそれぞれ早速迷宮に降りる準備を始めたようだ。俺は俺で通信機で連絡を回しつつ装備品を身に着けたりと迷宮探索のために必要な物を揃えなければ。
新しいウロボロスを試す場としては丁度良いのか悪いのか。まあ……戦力が増強された後で良かったということにしておこう。
そんなわけで、食事をとってすぐに冒険者ギルドに向かった。フォルセトとシオン達も同行しているが、実力は充分でもまだ迷宮に潜ったばかりということもあり……情報のない新区画にいきなり連れていくのも、ということで、ギルドに待機しておいてもらう段取りになった。
「おはようございます」
ヘザーに挨拶をすると彼女も相好を崩して挨拶を返してくる。
「おはようございます。皆様、今日はいつになくお早いですね」
「いえ、どうも迷宮側で気になることが出てきまして。ギルド長か副ギルド長はいらっしゃいますか?」
俺の言葉に、ヘザーは表情を真剣なものにする。
俺の用件が異界大使絡みだからと気付いたからだろう。とはいえ、まだそこまでは切迫した事態というわけでもないが。
「2人ともギルドに詰めております。昨晩は満月だったので、もしもの場合に備えて、職員共々ギルドに詰めるということになっているのです。すぐにお2人を呼んできますね」
「よろしくお願いします」
緊急事態ではないが火急の用事であるということは理解してくれたらしい。すぐに立ち上がって足早にギルドの奥に消えていった。
ギルド長のアウリアと副長オズワルドはすぐにやってきた。まだ朝早い時間ではあるがアウリアは快調そうだ。
「おはようございます」
「うむ。おはよう。何やら厄介な話であるようじゃが」
「そうですね。以前話していた火精温泉の影響が迷宮側に出たようです。新しい区画が作られてしまったようなので連絡と調査に来ました」
そう言うとアウリアとオズワルド、ヘザーは揃って目を丸くした。
テフラとの飛び地契約の影響については王城、ギルド共に話を通してある。3人はすぐに表情を真剣なものに戻した。
「では、儂らも冒険者達に通達し、現地調査に向かわねばならんな」
まあ……そうなるか。俺達に任せっきりというわけにもいかないだろうしな。感覚で言うなら俺達よりアウリア達のほうが正確に冒険者にとっての脅威度を掴みやすいだろうし、通達をするにも現地を実際に見ている人員がいるかどうかは重要だろう。
「ヘザー。決めてあった通りだ。迷宮入口に交代で人を立たせて、迷宮に降りる冒険者達に注意を促すように」
「分かりました」
事前に予想されていた事態であるだけに対応が早い。その場にいたギルド職員達もアウリアやオズワルドから指示を受けて慌ただしく動き出した。
ギルドから調査に向かうのはアウリアだ。オズワルドはこれからアウリアと交代で仮眠というタイミングだったようで、ギルドに詰めて対応と陣頭指揮に当たるとのことである。
「普通なら腕利きを集めて調査隊を結成し、それに参加するところではあるのじゃが……冒険者ギルドからの依頼という形にさせてもらって良いかのう?」
「元々異界大使の仕事でもありますから。ギルドと連携するのも僕の仕事の内です」
となれば報酬の二重取りというわけにもいかないだろう。俺が冒険者ならそうするかも知れない、というところではあるのだろうけれど。
ま、調査隊を結成してから現地に向かうとなるとまた時間が経ってしまうし、知り合いが迷宮に降りるなら俺としても同行しているほうが安心できるという面もある。
さっそく赤転界石やら装備品の準備をしてきたアウリアも伴い、迷宮の入口へと向かう……と、そこにステファニア姫とアドリアーナ姫、それから騎士団の面々がいた。コルリスとフラミアもいるな。
片手を上げるコルリスにこちらも片手を上げて挨拶を返す。フラミアはと言えば、大人しくコルリスの隣に座って尻尾を揺らしていた。一本だけコルリスと同様に振ったあたり、コルリスの影響が見られるような気がしないでもない。
「あら、おはよう。早いのね」
と、2人の姫が相好を崩す。いつも通りに明るい感じではあるが……。ふむ。若干今の状況にはそぐわない印象だな。
となると……連絡が入れ違いになってしまったかな? 恐らくフラミアと契約を結んだので、早速一緒に迷宮に潜ってみようと、朝一番で旧坑道を訪れる計画を立てていたのだろう。まあ、戦力の把握は重要なところではあるからな。
断りを入れて通信機を確認すると……丁度2人が迷宮に向かったという、アルフレッドからの返信が来たところであった。
「おはようございます。実はこれから迷宮に新しくできた区画の調査に向かうところなのです」
2人と迷宮入口で合流したことをカドケウスからアルフレッドに返信してもらいながらも、ステファニア姫とアドリアーナ姫に掻い摘んで状況を説明する。
「そうだったの……。私達も旧坑道行きは遠慮しておいたほうが良いのかしら?」
「別区画の探索まで自重するべきかどうかは微妙なところですね。恐らく冒険者達はお構いなしだと思いますし」
まあ、さすがに何も判明していない新区画に2人を連れていくというのはどうかと思うが。
「コルリスやフラミアを連れていってもらうということはできるかしら? もしもの場合はすぐに撤退するにしても、使い魔を通して見たものを報告することもできるし」
アドリアーナ姫の言葉に、少し思案する。
ふむ……。使い魔だけを連れていく、というのは有りかな。
王城に報告や連絡をするにも俺だけでなく2人の見解も加わるわけだし、リアルタイムで状況をギルドに伝えることもできるので……俺やカドケウスが通信機を使う負担も減る。フラミアの実力に関してはこちらも把握しておきたいしな。
「クラウディア、どう思う?」
「多分――この感じなら深層ではないから、危険度で言うなら何段かは軽く見ておいていいと思うけれど。……勿論、情報が無いから油断はしてはいけないわね」
クラウディアに意見を求めると、彼女は思案しながらそう答えた。ふむ。
「分かりました。では……お2人には冒険者ギルドに詰めていただいて、迷宮の中の状況を口頭でギルドの職員に伝えていただけますか?」
「分かったわ」
2人は頷いた。後は……通達が行き違いになってしまったということなら、王城からすぐに連絡が来るだろう。
ステファニア姫達に同行してきた騎士団の面々には、迷宮入口とギルドそれぞれに待機してもらい、今決まったことや2人の所在についてを連絡に来るであろう王城からの使いに伝えてもらうとしよう。
諸々の手筈を整え、グレイスを呪具から解放すれば……調査の準備は整った。
「では、行ってきます」
真剣な表情で頷くステファニア姫達に笑みを返して、俺達は石碑から新区画の入口となる場所へと転移するのであった。
いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
お陰様で450話を迎えることができました。皆様の応援のお陰です。
50話ごとの節目ということで351話から400話までの
初出の登場人物を活動報告にて纏めておりますので、活用いただけましたら幸いです。




