433 ウロボロス新生
「本当に――不思議な金属。あたしがどんなものを作りたいのか、自分が何になるのかを知っているみたい」
ビオラがミスリル銀の鎚を振るう度になんとも小気味の良い、澄んだ音が部屋に響き渡る。打ち下ろされる火花が部屋を舞う金色の風に巻き込まれて、ますます輝きが強くなる。
――3日。
オリハルコンの加工に移ってからこれまでの日数だ。
工房を拠点に、朝となく夜となくオリハルコンの加工を続けていた。一度加工することができる状態になってしまえば、非常に素直で扱いやすい金属のように感じる、というのはビオラの弁である。
「ウロボロスさんに装備させるのも……固定もしていないのに一体化しているみたいですね」
と、エルハーム姫。
工程に関しては既に8割方が終わっている。形成したオリハルコンの部品は、自分の収まるべきところを知っているように、金色の煌めきの中に舞い上がり、独りでに俺の握るウロボロスに組み合わさっていくのだ。なんとも不思議な光景だが……1つ1つ組み上がる度に杖の力が増していくのも感じられた。
「テオ、大丈夫ですか?」
「ああ、魔法で補えているから、今のところは大丈夫。みんなも無理はしないように。疲れたら循環錬気で補うから言ってくれ」
グレイスにそう答えると、彼女は困ったように笑って頷く。アシュレイも、マルレーン、クラウディア、ローズマリー。そしてシーラとイルムヒルト、セラフィナにジークムント老達とフォルセト達。みんなが見守る中、ウロボロスは完成へと近付いていく。
「もう少しです。頑張りましょう」
「はいっ」
と、ビオラとエルハーム姫の2人は顔を見合わせて力強く頷く。
「2人は大丈夫?」
「私達は休めていますし、循環錬気で補って頂いているせいかも知れませんが、力が漲っている気がします」
そうか。なら、このまま最後まで行けるだろうか?
終わりが見えてきているということもあり、みんな並んで祈りを捧げているような状態になってしまっているが……。
ビオラとエルハーム姫を含め、他の面々は休憩や睡眠を取るが、俺はと言えば生理的生活時間以外はオリハルコンに付きっきり、という状態である。少なくとも睡眠はとっていない。
……何となくではあるが、加工が終わるまで俺の気持ちを切らせてしまっては駄目な気がする。そんなわけで中座は本当に最低限で済ませていた。
単なる勘――というわけでもない。身体の周囲を舞う金色の霧のようなものは時間が経てば経つほど濃くなっていくのだ。
オリハルコンに意思があるというのなら、向こうも俺に対して伝えていることがあるから、こうして確信めいた予感を得ているということなのだろう。
というわけで、ウロボロスと共にほとんどオリハルコンの前から離れず、蓄積していく疲労や眠気、消耗される体力、集中力などは魔法で解消しながら、ぶっ通しの対話を続けさせてもらっている。
その煽りでみんなに負担を強いてしまっていることは間違いないし申し訳なく思うのだが……。
ビオラとエルハーム姫は休憩や食事、睡眠以外の時間はほとんどずっとオリハルコンの加工に携わっているし、部屋の隅で祈りを捧げるように手を合わせているグレイス達もそうだ。俺がオリハルコンにかかり切りなので付き合わせてしまっているところがある。
更にお忍びで様子を見に来たステファニア姫とアドリアーナ姫まで巻き込む形になってしまっているのだ。2人は食料品や飲み物などの差し入れにきてくれたのだが……一度工房に足を運んでしまうとやや離脱が難しくなるところがある。
オリハルコンの煌めきは部屋に来る者が誰であれ問い掛けるのだ。それに応じるように俺とのことや今までのことを思い描くことで、俺の周囲に舞う輝きも強くなる。そんなわけで……交代で休憩をとり、部屋を訪れ、食事を作り……そして祈り、現在に至る。
「もう少し……いえ。最後まで気を抜かずに……」
幾度も幾度も。鎚の振り下ろされる音が響き渡る。今や、部屋の中で渦を巻く金色の煌めきは花吹雪のような有様だった。
そして、その瞬間は来た。一際澄んだ音が部屋に響いたかと思った瞬間、渦を巻いていた黄金の輝きがウロボロスを中心に集まってくる。目も眩むような白光に部屋が埋め尽くされ、手の中にある杖の完成に対する、確信めいた実感が湧き上がってくる。
最後の白光は、ほんの一瞬だけのこと。目を開けば俺はウロボロスを両手で握って立っていた。
「綺麗――ですね」
アシュレイが僅かに見惚れるように呟く。その言葉に目を丸くしているマルレーンがこくこくと頷いた。
レプリカでデザインした通りの姿ではある。しかし実際に素材としてオリハルコンの装甲を纏ったためか、その印象はレプリカとは大分異なっていた。
見る角度によって金とも銀とも付かない輝きを湛える竜杖。いや、色は時間と共にゆっくりと変化しているのか。
先端の竜は、一回り大きくなったか。腹側はそれなりに滑らかだが背中側から見るとやや刺々しい姿だ。額から伸びる水晶を中心に、丁度王冠のように見える装飾が施されている。
背中の中心線に沿うように要所要所で鱗の先端に突起が付いて、武器として叩き付ければそのまま肉をそぎ落としそうなフォルムだ。2対になった4枚の翼も以前より大きくなっているが、今は小さく畳まれていた。竜の像もオリハルコンもそれぞれ魔法生物のようなものだしな。
「魔力を込めると……どうなるのかしら?」
ローズマリーが興味深そうに尋ねてくる。
「そうね。それは気になるところだわ」
ステファニア姫とアドリアーナ姫も興味津々といった様子だ。
「少し中庭に出て試してみようか」
外は既に暗くなっている。みんなが見守る中、工房の中庭に出て、循環させた魔力を軽く流し込んでみる。
ぞくりと、肌が粟立つような感覚があった。ウロボロスと、もう1つ、オリハルコンの存在を感じる。魔力が流れ込み、それぞれがこちらの魔力を相乗効果で増幅していくような手応え。
ウロボロスは楽しげに喉を鳴らしている。口の端が笑みを形作っていた。俺もまた、予想以上の手応えに口元に笑みが浮かんでしまう。
竜杖とオリハルコンは、一体化しているようでありながら別個の存在のようだ。ウロボロス自身の意思はそのまま。身体の周囲に舞う金色の淡い輝きがオリハルコンの意志。それでいて手の中にある杖の重さは感じない。石突きから先端に至るまで俺の意志や神経が宿っているかのような感覚。
もう少し魔力を込めると、2対の翼が広がる。そのまま力を高めていくと余剰の魔力が翼の末端から広がり、魔力で輝く翼のようになった。額から伸びる水晶には根本から先端へ向かって火花のようなものが散っている。
「……凄いな、これは」
今まで1つだったエンジンが2つになったと言えばいいのか、巨大な燃料タンクが増設されたと言えばいいのか。軽く魔力を込めた程度では限界めいたものが全く見えてこない底知れなさがあった。
バロールへの魔力充填も早い。俺の身体を通しているのにバロール自身が金色の煌めきを纏っている。これもオリハルコンの影響か。この分だとキマイラコートや魔力補充する際にカドケウスまで強化しそうだな。
「どうやら……改造は成功のようね」
クラウディアが微笑む。
「うん。だけど、力加減は気を付けないといけないかな」
ウロボロスを使い始めた時もそうだったし――と思った瞬間、変化があった。杖に込められた魔力はそのまま。外に放出される力だけが細く絞られるような感覚。
なるほど……。意思を汲み取って性質を変える金属ね。今まで以上に加減が利くし、瞬間的な力も増しているというわけだ。
となると、尖っている部分で殴っても鎧だけ壊して相手の肉体は全く傷付けない、なんて芸当もできそうだ。
「本当、お疲れ様。魔道具と違って手伝えることが少ないから、割ともどかしかったよ」
と、アルフレッドが相好を崩して言う。ビオラとエルハーム姫も感無量といった様子で、晴れ晴れとした表情で笑みを浮かべている。
「いや、温泉の水を調達してきてくれたりっていうのは有り難かったけどね」
疲労回復と魔力補充に効果が大きかった。あまり大量にマジックポーションばかり飲むというのも身体に良くなさそうだし。
新生ウロボロスの限界は見えないが……それは追々確かめていくとしよう。
魔力を鎮めていくと、妙に心地の良い疲労感だけが残った。
「みんな、お疲れ様」
何はともあれという感じで皆に声をかける。
「帰って……ゆっくり休みましょうか」
「――ん。そうだな」
穏やかに微笑むグレイスの言葉に俺も笑みを返して頷く。
生活リズムが狂ったのもあるし、やっぱりみんなにも疲労があるだろう。マルレーンも少し眠そうにしているし。視線が合うとにこにこと笑みを向けられてしまったが。
工房から家は近い場所にあるのでこういう時有り難いな。
「騎士達も護衛に来てくれているし……私達も帰って休ませてもらうわ」
ステファニア姫が身体を解すように軽く伸びをする。
王城に帰る面子、これからタームウィルズの町中に帰る工房の面々、それぞれに護衛が付くようだ。
「では、おやすみなさいませ、テオドール様」
「はい。良い夜を」
といった調子でみんなと別れの挨拶をかわし、俺達は帰路についたのであった。




