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415 扇動者の書状

「御亭主に、お聞きしたいのですが……彼らに訪問客はありましたか?」

「私の気付いた限りではありませんねぇ」


 ……ふむ。黒幕やその使いがここを訪れていれば、他の情報も得られると思ったが……。目撃情報を残さないように、書状の受け渡しは別の場所にしたり、何か特殊な方法を使っている可能性もあるか。


「ではもう1つ。訪問客がいないのなら危険性は下がるのですが、念のために用心しておいたほうが良いかも知れません」

「と、仰いますと?」

「実行犯が捕まったことが黒幕に伝わると、この場所に証拠隠滅をしに来る可能性も有り得るかと。ですので部屋の調査は僕が行いますが、騎士団にはこの宿へ来てもらったほうが良いかも知れませんね。放火などの可能性もありますので、宿泊する形で警戒に当たってもらうというのはどうでしょうか?」


 盗賊ギルドの協力を得られたのでこちらの対応としては、かなり速いほうだったろうとは思うのだが……万全を期しておきたい。


「なるほど。どうですかね、ご亭主?」


 イザベラが尋ねると宿の主人が頷く。


「いや、気を使っていただいて助かるってもんです。泊まっていただく騎士団の方々には、腕によりをかけた料理を振る舞わせていただきましょう」


 どうやら宿の主人も異存はないようだ。設備などを壊されないこと、騎士団が宿泊して収入が増えるなど損はないだろうしな。

 宿の主人は一礼するとカウンターから出てきて俺達を部屋に案内してくれる。


「連中が泊まってたのはこちらの大部屋でさ」


 どうやら大部屋1つを借り切って、そこを拠点に活動していたようだ。

 それなりに広い部屋だ。寝台がいくつか並んでいて、書き物をするための椅子と机が一組。窓からの日当たりは裏通り側に面していてあまり良くない。

 連中は目立ちたくないわけだから、表通りに面した日当たりの良い部屋よりも、こちらの部屋のほうが都合が良かったのだろう。


「何を探す?」

「探すのは手紙や書類の類かな。さっきも言ったけど、敵が現れる可能性もあるからそこも注意すること」

「分かった」


 というわけで、シーラにその他の証拠品探しの際の諸注意もしてから家探し開始である。並行して通信機で騎士団に連絡を取っておくとしよう。


「連中の荷物は、部屋の中を調べた後に寝台の上にそれぞれ並べるから、そのまま手付かずで」

「ん」


 頷くシーラ。まずは寝台脇のサイドボード、書き物用の机の引き出しあたりからだろうか。まあ……物が物だけに、分かりにくい場所に保管している可能性はあるが。

 シーラは壁や床を軽くノックしたり爪先で叩いて音や感触を確かめたりしながら部屋のあちこちを見て回る。引き出しを全部抜いて、天板や引き出しの裏側に貼りつけられたりしていないか。引き出しは二重底になっていないかなど、丁寧に見ていく徹底ぶりだ。こういう家探しの方法も盗賊ギルドがレクチャーしてくれるのだろうか。


 俺も寝台やその上に敷かれた布団もレビテーションで浮かせて、裏側に至るまでつぶさに見ていく。

 ラヴィーネは連中の旅行鞄やら荷物袋を分かりやすい場所へと移動させていた。


「テオドール。ここ」


 シーラが声をかけてくる。どうやら気になる場所があったようだ。

 絨毯の端を捲り上げ床板を検めている。


「何か見つかった?」

「後から床板を切って、加工してある。加工も、木の切り口が比較的新しい」


 シーラが言って床板を動かすとガタつきがあった。2度、3度とスライドさせるように動かすと隙間ができて、その隙間から床板を持ち上げると……そこには果たして紙束があった。


「……これか」


 書状を広げて内容を見てみる。

 内容としては……やはり指示書だな。

 公爵とその子供らがタームウィルズを訪れてくる旨、その時期などが記されている。

 ……公爵家のために襲撃を行い和解を阻止することが正義だなどと煽っている。襲撃は公爵家に悪評が立たないよう注意すること。襲撃の後、公爵家を非難する内容で脅迫文を出すこと。和解を反対する大公家側の過激派の仕業と公爵家側に思わせること等々……色々と事細かに記されていた。そして最後に、カーティスの署名が記されている。


 筆跡はわざと崩しているようだ。何か定規のようなものを当てて書いたらしく、不自然な字体である。カーティスというサインの部分だけは普通に書いたように体裁を整えてあるが……これは偽名だけ練習して筆跡を変えている可能性があるな。これで自分に繋がる証拠を断ったつもりでいるわけか?

 それより気になったのは、もう一通の書状である。


 その内容はデボニス大公についての悪評があることないこと書かれていた。

 大公がマルレーンの暗殺事件の犯人であるかのような論調だ。だが……実際の犯人であるロイ王子に関しては一言も触れられていない。

 デボニス大公は確かにロイが南方に領地を構えるにあたり、協力していたが……ロイの行っていたこと、やろうとしていたことまで知っていたわけではない。

 ましてや、暗殺事件に関わってなどいるはずもない。これは、ロイに対する魔法審問ではっきりしていることなのだ。


 だというのに、デボニス大公が毒殺を画策したなどと、さももっともらしげに書いてある。

 ……だからこそ、公爵家を盛り立てて大公家の力を殺ぐのが公爵家のため、ひいてはヴェルドガル王家、王国のためなのだ、などと煽り立てていた。


「……卑怯」


 その文面に目を通したシーラが静かではあるものの、怒りを押し殺したような声を漏らす。


「……そうだな」


 マルレーンの気持ちや、デボニス大公の後悔など知りもしないだろうに。冤罪で他人の義憤を煽って、自分の思うように事を運ぼうとしている。この事件の黒幕は、そういう奴だ。

 書状を丁寧に畳んで袋にしまう。これは証拠品なので預からせてもらうとして。


「それじゃあ、連中の荷物も点検と回収しておくか。この部屋に官憲の調査が必要のない状態にしておかないとな」


 回収した荷物はやってくる騎士団に引き渡し、宿側には極力迷惑をかけない方向で便宜を図ってやればイザベラの顔も立つだろう。


「ん。もう少し、ラヴィーネと一緒に、調べ終わってない部分を調べておく」

「了解。こっちも荷物の中に怪しい物がないか見ておくよ」


 では、手分けして残りを済ませてしまうとしよう。




「探し物は見つかりましたか?」


 やって来た騎士団に後を任せて1階に戻ってくるとイザベラが尋ねてくる。


「はい。収穫はあったかなと思っています」

「それは何より。皆様の御武運をお祈りしていますよ」


 イザベラは頷くと、表情を真剣なものに戻して一礼してくる。


「ありがとうございます」

「シーラも気を付けるんだよ」

「ん。イザベラ、また今度」

「ああ、またね」


 そんな言葉を交わして、イザベラは笑みを浮かべて見送ってくれた。

 しかし……敵は仕掛けてこなかったな。証拠を辿れないと思っているのか、それとも何か策があるのか。仮にレスリーが黒幕だとするなら、多少露骨なことをしても決定的な証拠がなければ手出しをできないと高を括っているということも考えられる。とは言え敵方の見通しや対応が甘いだけなどという楽観視はすべきではあるまい。しっかりと相手の狙いを見極めなければ。


「この後の段取りは?」


 と、色々と思案しながら王城に向かって歩いていると、シーラが尋ねてくる。


「俺は変装して公爵家の別邸に潜入することになってるけど、その前にみんなとも王城で落ち合う予定だね」


 この後の作戦と予定をシーラに話して聞かせる。王城でみんなから必要なものを受け取ったら、アンブラムを俺の影武者として自宅へ帰し、俺自身は変装して公爵家別邸へという流れだ。


「――で、公爵家別邸近くに宿を取ったから、みんなにはそっちに移動してもらう」


 中央区の宿の中に入る際はマルレーンのランタンで幻術を被って姿を偽装してもらえば、仮に斥候がいたとしても攪乱になるだろう。


「別邸で何か起こったら、応援に駆けつける、と」

「そうなるかな。大公家の刺客をまだ装うつもりなら、部隊単位で公爵邸に人員を送り込んでくる可能性もあるし。それに……魔法的な仕掛けで攻めてくることも有り得る。和解の日取りより前に仕掛けるのが黒幕としても筋道が立つだろうと思うから……危険なのはやっぱり今夜あたりからになるかな?」


 敵方が大人数で仕掛けてくる場合、護衛対象をきっちり守ることを考えなければならない。護衛対象だけならともかく、屋敷には使用人もいるのだ。みんなが近場に控えていてくれると多人数への対処がしやすくなる。

 魔法の仕掛けに対する備えとしてもそれは同じだ。俺が知らない術式であっても対応できる幅が広がるだろう。


 同時に、陽動の可能性も考慮しなければならない。デボニス大公の別邸にもマルレーンのエクレールを送っておき、問題が起きた場合はクラウディアの転移魔法で戦力を送り込んで対処する。

 自宅付近はアンブラムが待機しており、王城にはラヴィーネが残る。そして公爵家は俺が詰める、と。これでタームウィルズの各所で異常が起きても対処がしやすくなるというわけだ。




「必要なものはこれで揃っていますか?」


 王城にある迎賓館の一室でみんなと落ち合い、宿であったことを説明しながら早速みんなの用意してくれた物を確認していると、グレイスが尋ねてきた。

 市場で買ってきてもらった物、それからローズマリーに用意してもらったガラス瓶の中の薬液の種類を全て確認して頷く。


「ああ。これで良いはず」

「そんなもの、いったい何に使うのかしらね」

「んー。揺さぶりに使えるかなとは思っているんだけど――」


 俺のやろうとしていることをみんなに説明する。


「そんな方法が……」


 と、アシュレイは目を丸くし、マルレーンも目を瞬かせていた。クラウディアもローズマリーも……反応を見る限りは知らなかったようだな。


「みんなが知らないような方法なら、黒幕にも対応しようがないって思ってるんだけどね」

「なるほど……」


 クラウディアが感心したように頷いた。これが……決定打になってくれるならいいんだがな。

 変装用の指輪を身に付け、荷物の中にウロボロスとキマイラコート、バロールを紛れ込ませ……使用人の服装に着替えれば、俺の準備は完了だ。


「テオ、お気を付けて」


 グレイスの呪具を解除しようとしたらそんなふうに言われて抱き締められた。……うん。呪具の封印を解除してしまうと、グレイスとしてはこうやって普通に抱き合うのも難しくなるからな。


「ああ」


 頷いて、グレイスの身体に手を回して髪を撫でる。しばらく抱擁しあって離れ際、グレイスが穏やかな表情で微笑んだ。グレイスの呪具の封印を解除してから、みんなとも同じように抱きしめ合う。


「お怪我をなさらないように」


 アシュレイとマルレーンを抱き寄せ、クラウディアと抱き合い……ローズマリーを引き寄せる。と、そこでセラフィナが楽しそうに抱き着いてきた。それを見たシーラとイルムヒルトが顔を見合わせて小さく笑ったので、更に2人とも抱擁することになってしまった。


 ……よし。気合は入った。変装用の指輪を発動させて、久しぶりにマティウスへと姿を変える。


「それじゃあ、行ってくる。みんなも、くれぐれも油断しないように」

「はい。いってらっしゃいませ」


 そうして俺は、みんなに見送られて王城を後にするのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 猫と蛇が着実に既成事実を積み重ねていってますね。 さすが天性の狩人。
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