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411 兄妹の出自

「――ふむ。こんなところかな?」


 倒れている連中、それからさっき逃げようとした男もバロールにレビテーションを使わせて運んできてもらう。全員をライトバインドで拘束し、頭巾を脱がせてから土魔法で固めて身動きを封じる、というのはいつも通り。

 氷の散弾を浴びせた資材小屋の屋根にも傷ができてしまったな。ここも修復も行っておくこととしよう。


「ありがとうございます。助けていただいて感謝の言葉もありません」

「あ、ありがとうございました。お陰様で皆、怪我をせずに済みました」


 屋根の修理を済ませ、梱包した連中をゴーレムで運搬して一ヶ所に積んで運びやすくしていると、先程まで呆気に取られていたらしい貴族の兄妹がおずおずと話しかけてきた。初老の執事が俺に話しかけようとしたのを手で制して自分達で礼を、ということらしい。


「お怪我が無くて何よりです。連中が凶行に及んだのを目撃したため、僭越ながら割って入った次第です」


 そう答えると、兄妹は深々と一礼する。


「僕はオスカー……ドリスコルと申します。ドリスコル公爵家の長男です」

「ヴァネッサ=ドリスコルです。同じく、公爵家の長女です」


 兄は一瞬、迷ったような様子をみせたものの、そう名乗って一礼する。兄であるオスカーが家名を名乗ったことで、妹のヴァネッサもそれに続いた。

 ドリスコル……公爵家の子弟か。お忍びで観光をしていたのも、デボニス大公との和解を控えているこの時期だ。目立ちたくなかったのかも知れない。


「テオドール=ガートナーと申します」


 名乗り返すと、兄妹は目を見開いた。


「これは……異界大使殿であらせられましたか」

「道理でお強いわけです。お噂はかねがね」


 こちらのことを知っているのは会話の内容から分かっていたが、公爵家だというならそれも納得というところか。


「ところで、お二方はお忍びだったのでは? これからここに兵士達が駆けつけてくると思われますが、大丈夫ですか? 必要ならば後は僕から説明しておきますが」


 そう言うと、オスカーは少し目を丸くしたが、やがて笑みを返してきた。


「お気遣い感謝します。確かに目立たぬようにはしていましたが、父とデボニス大公との和解に絡んでの事情です。テオドール卿と面識を持ってしまっては今から目立たぬようにする意味がありません」

「なるほど。そうでしたか」


 このあたりは王家、大公家、公爵家のパワーバランスに絡んでの話だな。大公家との和解に他意があると思われたくないということなのだろう。だから和解前の段階では俺に接触しないように気を使っていたのだろうが……。面識を得てしまってからでは目立たないようにする意味もないというわけだ。


「それよりも、兵士達への説明は私達が行う必要があるかと存じます。元々私達が襲われた当事者で、テオドール卿は助けに入ってくださっただけなのですから、それが筋というものかと」


 と、ヴァネッサ。まあ……それも確かにそうだな。


「分かりました。なるべく話が大きく広がらないように連絡しておきましょう。連中の顔などに見覚えはありますか?」


 頭巾を外して積んである連中の顔を見て、オスカーは首を横に振る。


「……いいえ。しかし、西方の――公爵領に住む者達の顔立ちや訛りではありますね」


 オスカーが言うと、意識のある者は慌てたように視線を逸らした。オスカーはそれを見て小さく息を吐く。今のは……カマかけだろうか。

 ドリスコル公爵や公爵に近しい貴族の領地は西の海洋にある島々、それから南西部の海岸付近ということになるわけだが……。


 連中に情報を与えないために音を遮断してから尋ねる。


「誰の差し金かに心当たりはあるのですか?」


 オスカーは俺の言葉に眉を顰めた。


「仮に……この襲撃が仕組まれていたとするなら、ある程度は僕達の内情を知っていると思われます。そこから考えていくとある程度は絞り込めるのかなと。今の時期であるなら、父と大公の和解を快く思わない者も中にはいるので……。何せ、我が家は長らく大公家とは確執がありましたから。しかし、まさかここまで強硬なことをしてくるとは思っていませんでしたが……」

「大公家への対立を主張してきた者もいるわけです。そういった者に関しては和解が成立してしまうと、発言力が弱くなると危惧している部分もある、ということですね。或いは、和解が行われないことで何らかの利益を得るとか、その逆に、行われることで不利益を被るとか……」


 ……なるほど。だから連中は兄妹を傷付けることやヴァネッサを誘拐することを禁じていたわけか。

 男子であるオスカーは仮に誘拐されたとしても一時のことだが、ヴァネッサの場合は身柄が誘拐犯の手の内に落ちたなどという事実があるだけで、将来的な汚名に成り得る。

 公爵の方針には反対だが主君の子弟や家名に傷を付けるつもりもない、というわけだ。連中の言動や、兄妹の行動を把握していたこととも辻褄が合う。

 そうなると黒幕は、公爵家内部の人物か、陪臣の誰かということになってくるか。


 さすがに……公爵自身が糸を引いているという可能性はないな。こんな回りくどいことをしなくても和解が嫌ならばジョサイア王子の仲裁に対しても理由をつけて断れば良いだけの話なのだから。

 手口から見てもそうだ。公爵は何やら、俺に対して良い印象を持っていると言う。造船所を見に行ったオスカーとヴァネッサを襲撃させた場合、俺の不興を買うのは分かり切った話なのだし、狂言誘拐を仕組むにしてももっと簡単にやってのけるだろう。


「つまり、和解の邪魔するためにこういった強行手段に出たと」

「僕はそう見ています。或いは大公家の陪臣の仕業と見せかける準備があったのかも知れませんね。後嗣である僕にも大公家への不信を植え付けようだとか」


 ……ふむ。後嗣を巻き込んでの陰謀と言うと、跡目争いというのも定番という気がする。末端は和解の邪魔をするという目的で唆されて動いていたとしても、黒幕の思惑が違うということは十分考えられるからだ。

 この場合は和解反対派をカモフラージュにして利益を得ようとすることもできるわけで、表向きには和解に賛成していても良いわけだな。

 つまり、怪しいのは2種類だ。和解反対派か、跡目争いに絡むような人物か。やはり、いずれも公爵家の関係者となる。


 だが跡目争いがあるのかなどと、ストレートな質問をぶつけるのはさすがに憚られるな。このあたりは後でローズマリーに聞けば分かる部分だ。


「……後継者に絡んでの部分もあるかも知れません」


 ――などと思っていたら、思案するような様子を見せていたヴァネッサが険しい表情で言った。


「ヴァネッサ。それは……」

「身内を疑うようなことはしたくはありませんが……それも有り得る話かと。そうなると勿論、私も怪しくなってくるのですが」


 ……んー。それはどうだろうな。確かに仕組むことは可能かも知れないし、襲撃されても安全の確保が可能なようにもできるだろう。跡目争いの線から言えば容疑者に上げられてもおかしくはない立場だ。

 しかしわざわざ自分から直球を投げて注意を向けさせるというのは、リスクばかりが目立つような気がしてならない。逆に犯人ではない、と思わせる作戦というのは……どうなんだろう。

 調査をするならば当然その可能性も視野に入れて行うわけだから、その作戦には意味がないというか。


「その……テオドール卿は王城にいらっしゃる魔法審問官をご存じではありませんか?」

「知っています」


 ヴァネッサの言葉に頷く。

 魔法審問官のデレクだな。しかし、ここで魔法審問に言及するというのは……。


「……ヴァネッサ。お前、何を考えているんだい?」

「彼らを引き渡す際に、王城に登城して秘密裏に魔法審問を受けてこようかと存じます。その口利きをテオドール卿にお頼みできないかと」

「お、お嬢様、そのような」


 執事が慌てたような声で言うが……ヴァネッサは首を横に振る。


「いいえ、爺。必要なことよ。まず潔白を証明しておかないと不信を招くし、調査にも余計な手間がかかるわ。父様や兄様に対して私が信用できることを見せておかないと、別の策を弄された場合に危険だもの。こんな大事な時期にお家騒動に発展するなどというのは御免被るわ」

「……ならば、僕もこの一件に裏で関わっていないことを証明しないといけないね」


 と、オスカーも静かに言った。

 ……なるほど。オスカーといいヴァネッサといい、優秀だな。ヴァネッサの優秀さ故に跡目争いから排除しようとした可能性、というのも無くはないわけだし、実際兄妹に関しての調査の手間を省くことができるというのは助かる。


「分かりました。メルヴィン陛下に掛け合ってみましょう」


 と同時に、実行犯からも情報を絞る方向で動くとしよう。それに、オスカーとヴァネッサ以外にも跡目争いの候補者はいるはずだ。そういった連中の情報も集めなければならない。

 まずは……騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた兵士達に、事情を説明して、実行犯連中を王城に搬入するところからかな。

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