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410 暗躍と追跡と

 劇場から出てきた貴族の兄妹は使用人と共に馬車に乗り込んで広場を後にするようだ。

 護衛もついているようだが、大人数の護衛団では動いていないようだ。馬車にも家紋らしきものがなかったから、お忍びで動いているのかも知れない。


 馬車での移動といっても街中なのであまり速度を出せるわけではない。歩いてでも追える速度だ。男達は足元に潜むカドケウスには気付かず、一定の距離を保ちながら馬車の後を追っていく。


「……行け」


 一旦物陰に入り込んだカドケウスが、水に溶けるように形を失い、石畳の隙間を流れるように男達を尾行していく。

 一先ず、皆には冒険者ギルドに移動してもらうか。ギルドで待機してすぐ動けるような態勢をとることにしよう。


「……穏やかではないわね。こんな白昼堂々襲うつもりかしら?」


 状況を説明すると、クラウディアは不愉快げに眉を顰めた。


「……目的が分からないからな。物騒なところなら暗殺や誘拐……軽いところでは監視や脅迫……」

「脅しをかけるだけ、ですか?」


 グレイスが怪訝そうな面持ちになる。


「そう。脅迫の場合は襲撃したっていう事実があれば良いわけでさ。後から脅迫状を送ったりして、自分の要求に従わせようとしたりすることもできるわけだ。例えば、これ以上狙われたくなかったら何々をするな、とか」

「それなら……そこまで大事にはならないですね。犯人側としても貴族や大商人に実際に危害を加えるのは危険性が高いでしょうし」


 そう。それも脅迫だけで済ませる利点の1つだ。だが、今の時点ではまだ何とも言えない。


 土魔法で兄妹の胸像を作ってみるが……あまり自信はないな。もう少し正面から顔を見る時間が取れればもっと正確なものが作れるのだが。


 カドケウスは男達の尾行中。兄妹は馬車の中。馬車の窓は内側から閉ざされている。今の状況で人相を確認しにいくのはやや難しいな。

 まあ、貼りついて尾行している男達の人相に関してはかなり正確に把握できている。こちらの胸像も作っておいて、後で役立たせてもらうとしよう。


「この2人と、男達に見覚えは? 兄妹の人相はそこまでしっかりと観察できたわけじゃないから、印象が似ている、ぐらいの参考にしかならないと思うけど」

「んん……。兄妹のほうはどこかで見たことがある……ような気もするのだけれど。男達のほうは、知らないわね」


 と、ローズマリーが顎に手をやって思案している。

 ローズマリーが直接見ていればまた違ったのだろうが……買物をしていたみんなに知らせ、集まってもらった時には既に馬車に乗り込んでしまっていたからな。


 少なくとも、ローズマリーが見覚えのあるような誰かだ。条件も良くないから現時点での絞り込みは難しいところかも知れない。


 五感リンクで男達のほうに注意を向ける。


「いいか。もう一度確認するが……仕掛けても兄妹に怪我はさせるな。誘拐は成功しても失敗しても良いが、妹の身柄を押さえてはならない」

「仮に妹を護衛達に対する人質にしたとしても、それを餌に兄の身柄を確保するってわけですな」

「そうだ。何より、捕まらないことを優先しろ。護衛が粘るようならすぐに撤退する」

「分かりました」


 馬車に乗っていない徒歩組は、声のトーンを落としてそんなやり取りを交わしていた。

 怪我はさせない。妹の誘拐も禁止。

 連中の話していた内容から考えるとやはり脅迫が目的か? 或いは誘拐が成功しても、頃合いを見て身柄を解放するつもりかも知れない。


 少なくとも、誘拐だとしても単純な身代金目的とは呼べなくなってきたような気がする。兄妹の素性を知っていて、何かしらの思惑を持って動いていると見ておくべきだろう。


 兄妹に直接的な危害を加える気が無いとは言っても、気を抜いてかかっていいというわけではない。使用人や護衛の身の安全について、連中は一言も触れていないからだ。

 そもそも、危害を加える気がなくても刃物を振り回せば事故だってありえるのだし。


 兄妹を乗せた馬車は……中央区を進み、セオレムを眺めながら西区へと向かっていた。

 西区ね……。観光だとするなら、貴族があそこで見るような場所は港か造船所となるだろうか? もしかすると、停泊しているシリウス号を見に行くのかも知れない。


 兄妹が造船所を見に行くと仮定し……そこで事を起こして逃走したとして。

 この付近の路地や、西区からの逃走経路などを考えていくと、仕掛ける場所としては路地が入り組んで人通りが多く、雑然としている西区というのは理に適っている。実行犯達も全員を逃がすとなると難易度も上がってくるだろうしな。


 その点、西区ならば下水道に逃げ込める場所があったりするので、後を追いにくくなる。


 しかし、仮に造船所を見に行くのを逆手に取って計画を立てたと言うのなら……それは俺に対しても喧嘩を売っているのと同義だ。

 造船所が無ければ貴族の兄妹が西区に行く用はできなかったと予想される。

 断じて、そんなふざけた方法での利用をさせるために造船所を作ったわけではない。


「相手の仕掛けようとしている場所は分かった。西区だ。造船所を見物に行くのを掴んでたのかもな」

「どうなさいますか?」

「バロールで急行する。実際に動いたら叩き潰す」


 問題が起きないようなら泳がせることもできたが、これから実際に襲撃を仕掛ける気配が濃厚となれば、これは割って入る必要があるだろう。現行犯として明るみに出して叩き潰す形だ。


「気を付けて、テオドール」


 立ち上がると、クラウディアが言う。マルレーンも俺の顔をまじまじと見てくる。彼女達に笑みを返す。


「状況は通信機で連絡するよ。騎士団にも連絡を回しておくかな」

「こちらも何時でもギルドの方々と連携を取れるようにしておきます」

「必要なら、イザベラのところにも行く」


 と、グレイスとシーラ。

 イザベラのところ……つまり盗賊ギルドの協力も仰ごうというわけだ。仮に逃亡を許して、潜伏された場合でも昼夜問わず動きを追うことができるだろう。


「お気を付けて」

「御武運を」


 冒険者ギルドを出る前に、フォルセトとシオン達も一緒に俺を見送ってくれた。


「ん、行ってくる」


 みんなに頷いて、冒険者ギルドを出る。路地に入って、建物の壁から壁を蹴って一気に街の上空へ飛び上がる。

 相手から気付かれない十分な高度を取ったところで、魔力を充填したバロールに乗って西区へと飛んだ。


 貴族の兄妹はと言えば……港に程近い西区の坂の上に馬車で移動し……そこで下車して造船所を見て、感心したような声を上げていた。


「話に聞いていた通り、良い見晴らしだな。あれが異界大使殿の作ったシリウス号だね」

「白くて綺麗な船ね。いい土産話ができたわ」


 と、上機嫌でやり取りをしている兄妹の後方――建物の陰に男達は展開していた。

 全員が全員、目以外を覆う頭巾を被っていた。……ここで行動を起こすつもりか。建物の上に軽々と登った男が小さな弓に矢を番える。

 狙いは――御者だ。まず逃亡のための足を潰そうというわけだ。矢を射掛けてから全員で襲撃を仕掛ける構えだろう。


 御者目掛けて矢を狙い定めて引き絞り、撃ち放ったその瞬間――。建物の陰から黒い影のような鞭が閃いていた。建物の逆側に回り込んで、兄妹の護衛役となるために動いていたカドケウスが、放たれた矢を弾いて軌道を逸らしたのだ。


 射手は頭巾の下で目を丸くするが、何が邪魔をしたのかまでは理解が及んでいないようだ。

 軌道を大きくずらされ、勢いも失った矢は石畳に落下して音を立てる。その音を視線で追って、護衛達はそこで初めて驚愕の表情を浮かべた。


「この距離で外した……!? いや、今……?」

「ちっ! 突撃だ!」


 男達が慌ただしく動き出し、それを受けた護衛達は、兄妹を弓矢から庇うように手を広げ、抜剣して叫ぶ。


「ゆ、弓矢で狙われております! お気をつけください!」

「お、お2人とも! ば、馬車の陰にお隠れを! 私めが盾になります故、隙を見て、馬車に乗り込んでくだされ!」


 初老の使用人はどこから矢が飛んできたのか分からないらしく、2人の盾になるように両手を大きく広げ、周囲を見渡しながらも馬車の陰に避難させようとしていた。


「爺! そんな……!」

「ぼ、僕達の盾になる気か!? そんなことは――!」

「問答している場合ではありませぬ! お早く!」


 護衛達は建物の左右から飛び出して来ていた男達に剣を向けて対峙する。

 対処は早いが、多勢に無勢だ。屋根の上にいる男が気を取り直すように再び矢を弓に番える。今度の狙いは初老の使用人。

 今はっきりした。こいつらは兄妹は無傷で済ませるつもりだとしても、怪我人を出すことを望んでいる。なら、その目的は? 恐怖や憎悪を煽るためか?

 だが――2射目は撃たせない。


「邪魔だッ!」


 バロールの最高速で現場の直上に辿り着いたところから急降下。氷の散弾を屋根の上に腹ばいになって身を隠そうとしていた射手に雨あられと浴びせる。


「ぎ――!?」


 射手の悲鳴は、屋根を叩く氷の散弾の轟音でかき消された。光の尾を引くバロールの軌道を地面すれすれで直角に変えて、横合いから男達に向かって高速度で突っ込んでいく。


 状況を理解する暇も、考える時間も与えるものか――!

 接敵した瞬間にウロボロスで巻き上げて上空に吹き飛ばす。空中に放り上げられた男に向かって氷の塊をぶっ放し、次の男へ速度を殺さずに突っ込む。

 激突の瞬間、振り上げていた竜杖をそのまま上から叩き付けた。


 受けようとした剣ごと鎖骨を叩き折って地面へと潰すように沈め、弾むように飛び上がって、護衛と剣を交えている次の男へ。

 横からこめかみに膝を叩き込んでネメアとカペラがシールドを蹴って逆方向へ反射。同時にボールを蹴り込むようにバロールを別方向へと放つ。ウロボロスの打撃とバロールの突撃で、2人の男がほとんど同時に薙ぎ倒された。後1人――!


 離れた場所で仲間達がバタバタと崩れ落ちるのを見ていた男が、目を見開いて悲鳴を上げながら身を翻していた。路地へと逃げ込むつもりのようだ。だが、逃がさない。


「行けッ!」


 空中に留まっていたバロールが光弾となって男の後を追う。鳥の姿を取って上空に舞い上がったカドケウスが男の逃走経路を把握。路地から路地へバロールが正確に追尾していく。


「う、うおおおおっ!?」


 到底走って逃げられる速度ではない。光弾が追い付き、曲がろうとしていた男の脇腹に触れた。撃ち抜くのではなく、そのまま押すように男の動きを加速。容赦のない速度で石壁に激突させる。


「がっ!?」


 石壁とバロールに挟みこまれるようにして、肋骨を折られた男は苦悶の声を上げて地面に転がったのであった。

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[良い点] は、腹這いで弓を射っただと!?
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