405 晩秋の境界都市
「あれが王城セオレム。迷宮が作り出した王城ですね」
「迷宮が……」
セオレムの威容は視界に入っているが、まだ距離があったので下船のための準備が終わったところでタームウィルズの各区画についてエルハーム姫達に色々と説明をしておくことにした。
セオレムについて。東西南北に広がる区画ごとの特色、設備。迷宮について。その他の諸注意といった、タームウィルズの基礎知識的な内容だ。
迷宮については降りる前に冒険者ギルドの講習を受けることになるが、また後で詳しく話をする時間を取ることにさせてもらおう。
「――そして今から向かうのが港や造船所のある西区ですね。タームウィルズの中でも治安の悪い場所なので、ここに出かける場合は1人歩きは避けたほうが良いでしょう。出かける場合に、一声かけてもらえるとこちらとしても安心です」
「分かりました」
エルハーム姫とフォルセト、そしてシオン達3人が神妙な面持ちで頷く。マルセスカは天真爛漫といった印象だが、こと注意などに関してはきちんと聞いてくれる印象があるかな。……森の探索はそれなりに危険があるからかな。3人とも探索慣れしているようだが、そこに至るまで色々苦労もあったのだろうし。
「ちなみに造船所とか温泉街にある火精温泉や外壁はテオドール主導で作った」
「作った……のですか?」
シーラの言葉にシオンが目を瞬かせ、フォルセトが頷く。
「魔法建築ですね。なるほど……。しかしこれは何とも規格外な……」
そんな話をしていると造船所の上空に辿り着いた。シリウス号を土台の上へと位置を合わせて。ゆっくり降下、着陸させる。
「……と、こんなところかな」
では、下船と行こう。食料品や水など、船から降ろさないといけない物もまだあるので色々とやることがある。
「んん……。結構肌寒いですね。それに、不思議な匂いが……」
みんなで手分けして甲板に荷物を出したところで、周囲を見回しながらシオンが二の腕あたりを軽く擦りつつ言った。
海に面しているし夕暮れ時だからな。割と気温も低くなっているようだ。潮の匂いも初めてだろう。
「そう……ね。海が近いからかしら」
「はい、外套」
「ありがとう、マルセスカ」
3人が3人とも外套を羽織る。多少はマシになったように見えるが、森探索用の代物で、防虫を目的としたものだそうだ。防寒用ではないらしい。
風魔法で海からの風を防ぎ、生活魔法で周囲の温度を調整する。これでかなり体感温度が違うだろう。
「んー……。あったかい。ありがと、テオドール」
「ありがとうございます。テオドール様」
「……助かるわ」
「助かります、テオドール様。何分、寒さに不慣れなもので」
3人からお礼を言われたところに、更にフォルセトからも礼を言われる。
「いえ。しかし、冬場は魔道具を用意したほうが良いかも知れませんね。これからもっと寒くなるので」
「もっとですか……」
どうやらフォルセトも寒いのは苦手らしい。少し気恥ずかしそうにしている。
……ふむ。もう少しフォルセトやシオン達との付き合いが長くなればテフラの祝福が作用するかも知れないが……まあ、防寒用の魔道具もあると当分は何かと楽だろう。
季節としてはもう秋も終わりといったところだろうか。南方にいたから余計にそう感じるのかも知れないが。
代わりに元気なのがラヴィーネだ。セラフィナを頭に乗せたままで落ち着いて座っているが、尻尾を大きく振っているのを見る限り、冬の到来が嬉しいのかも知れない。
「買物に行くまでは、私の服などで間に合わせられるかも知れませんね」
「そうね。私の服もあるし」
アシュレイの言葉にクラウディアも微笑んで頷く。マルレーンもこくこくと首を縦に振っていた。迷宮村の住人の子供服をという手もあるが、何となく皆楽しげな雰囲気だ。アシュレイ達としてはシオン達の着せ替えをするというのが楽しいのかも知れない。
「ん。まあ、早めに買物にも行けるようにしよう」
「はい。ではしばらくの間に合わせということで」
甲板から降りると、既に馬車が何台か迎えに来ていた。王城から馬車を出してくれたわけだ。
「お帰りなさいませ、テオドール卿。メルヴィン陛下より、お疲れのようなら東区まで送っていくようにと仰せつかっております。いかがいたしましょうか?」
ということは……疲れているなら報告は明日にしても構わない、ということか。まあ、気遣いは有り難いが、いずれにしてもエルハーム姫達は王城に向かうことになるのだろうし、俺も交えて説明したほうが色々と捗るだろう。
「お気遣いありがとうございます。それほど疲れてはいないので、僕に関しては登城して報告をと考えております」
「畏まりました」
一礼する王城の使者。みんなのほうに向き直り、今日これからのことについて打ち合わせをしてしまうことにした。
「王城までの護衛はお任せください」
「ありがとうございます、エリオット卿。できる限り早めに帰れるようにしたいと思いますので……荷降ろしについては、細々としたものは明日に回しても良いかも知れませんね」
と言うと、エリオットは静かに笑って頷く。カミラもエリオットの帰りを待っていると思うしな。
「では船倉の食料品の類だけは荷降ろしを済ませてしまいましょうか」
エリオットは討魔騎士団にあれこれと指示を出すと自分も積極的に動いていた。俺もゴーレムを動員してそれを手伝わせる。
甲板からリンドブルム達も降りてくる。リンドブルム達も王城へ向かう形だ。
ステファニア姫とアドリアーナ姫、エルハーム姫とフォルセトは王城に行くのは決まっているようではある。いずれも要人なので討魔騎士団の警護があると安心ではあるな。
「では……私達はシオン様達を連れて家に帰る、ということで良いでしょうか」
と、グレイスが尋ねてくる。
「んー。そうだね。じゃあ、一足先に帰っていてくれるかな。カドケウスもそっちにつけるよ」
「ありがとうございます」
グレイスが微笑む。
「薬草や作物も一先ず任せていいかな?」
「ええ。弱らせないように魔法陣を引いて処置をしておくわ」
ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら頷く。うむ。まあ、ローズマリーの得意分野だからな。植物関係については任せておくとしよう。
「私達は、孤児院に顔を出してから東区へ戻るつもり」
「でしたら、ラヴィーネを連れていってください」
「それなら安心ね」
シーラとイルムヒルトは孤児院へ。ラヴィーネが付き添いをする。
「……んー。儂はギルドに戻るとするかのう。迎えが来ているようじゃ」
と、アウリア。冒険者ギルドからの迎えね。
……にこやかな笑みを浮かべたヘザーが、少し離れた場所に停めてある馬車で待っているようである。うん。仕事が溜まっているのかも知れない。離れたところからにこにこと会釈をしてきたのでこちらも会釈を返しておく。
甲板の上からアルファが降りてくる。
「家に来るのも、シリウス号の留守を守っているのも自由っていうことで」
造船所は兵士達が常駐して警備しているからな。そう告げるとアルファは首を縦に動かした。
荷降ろしが一段落したところで各々馬車移動開始だ。サフィールに跨るエリオットが率いる飛竜達は馬車の上を編隊を組んで飛行し、護衛役になってくれる。
リンドブルムはグレイスの乗った馬車を上から護衛して東区へと向かった。
コルリスも飛竜達の編隊に混ざって殿を務めているが……まあ、気にしないことにしよう。
「大儀であった、テオドール」
王城に到着すると、迎賓館の前には既にメルヴィン王がやってきていて、馬車から降りるなり笑みを浮かべて俺達を出迎えてくれた。
今日帰ると報告していたからな。時刻は夕方ということでメルヴィン王の仕事も片付いたのかも知れない。或いは時間を作って待っていてくれたのかも知れないが。
「ただいま戻りました。誰1人欠けることなく帰還しましたことを、ここに報告致します」
「そなた達が無事で何よりだ。ステファニア、アドリアーナ姫、エリオットも大儀であった」
「はっ」
「バハルザード王国第2王女でいらっしゃいますエルハーム殿下、及びナハルビア王国の隠れ里ハルバロニスより、代表のフォルセト様をお連れしております」
ステファニア姫から紹介を受けたエルハーム姫とフォルセトがそれぞれ一礼と自己紹介をする。
「うむ。積もる話もあろう。まずは迎賓館の中でゆるりと腰を落ち着けて話をするとしようか」
メルヴィン王はそう言って、俺達を先導するように迎賓館の中へと向かうのであった。




