403 見送りと凱旋
そうして……メルンピオスで、ファリード王からの歓待を受けて宮殿に滞在し――のんびりしてからタームウィルズへと帰ることとなった。
「では行って参ります」
「うむ。しっかりと務めを果たしてくるのだぞ」
「身体に気を付けるのですよ」
「はい。父上、母上もお元気で」
エルハーム姫はファリード王達と言葉を交わし、ファティマとも別れの挨拶をする。
「お気を付けて」
「はい。ファティマ様も」
宮殿の庭園にファリード王とシェリティ王妃、ファティマ。それに武官、文官達が見送りに並んでいる。
更に、ラザック達。これはラザックを筆頭に数名の武官と魔術師がエルハーム姫の護衛という名目でタームウィルズに同行するが、到着してからは討魔騎士団への参加を希望するという話である。
対魔人への共同路線を取るということで、バハルザードのスタンスが明確になるだろう。そのあたりの交渉もエルハーム姫に渡された親書に書いてあるそうだ。
討魔騎士団の目的とも合致する。恐らくラザック達も正式に編入されることになるだろう。
オリハルコンについては――工房に帰ってからだな。
「シリウス号の人員の確認、終わりました」
討魔騎士団の連絡に頷いて、ファリード王と向き直る。
「ファリード陛下。こちらの準備はできております」
「うむ。では参ろうか」
ファリード王は頷く。そうして身を翻すとシェリティ王妃と共に飛竜に跨った。
エルハーム姫もラムリヤの操る砂の絨毯で空に浮かぶ。それを合図にするかのように軍楽隊が勇壮な音楽を奏で始めた。ラッパと太鼓の音に合わせて兵士達の勇猛さと祖国を讃える歌が唱和される。出征のための軍楽ということだ。歌詞の一部を変えていて、ヴェルドガルやシルヴァトリアについても共に栄光と繁栄をという、アレンジ版になっていたりする。
ハルバロニスでの航空ショーを耳にしたファリード王が見送りの際にパレードを、と考えたのだ。ファティマも地竜に跨って軍楽隊と共に進み始める。
俺達もそれぞれ、リンドブルムやサフィール達に跨る。
浮かび上がるシリウス号を先導するように軍楽隊が大通りを行進していく。ファリード王とシェリティ王妃、エルハーム姫が、軍楽隊の後ろの上空を。更に俺とエリオット、コルリスに乗ったステファニア姫とアドリアーナ姫が続く。
シリウス号の船首にアルファが。その後ろにパーティーメンバーが立っているのが見えた。右舷、左舷、船尾を飛竜、地竜達に跨った討魔騎士団が固め、楽士隊の行進に合わせるようにゆっくりゆっくりとメルンピオスの大通りを進む。
「バハルザード王国エルハーム殿下の御出征にして、ヴェルドガル王国王女ステファニア殿下、並びにシルヴァトリア王国王女アドリアーナ殿下。そして救国の英雄、異界大使テオドール卿御一行の凱旋であらせられる!」
顔を出したメルンピオスの人々に向かって兵士が言うと、大きな歓声が上がった。すぐに沿道に人集りができていく。
民衆が、誰からともなく軍楽隊に合わせるように歌い始める。討魔騎士団の後ろから大通りを民衆達が歌いながら行進。さながら戦勝パレード、といった様相だ。
軍楽と合唱に合わせた行進でいやが上にも士気が上がると言うか。軍楽隊の先頭が北へ向かう門に近付くと、門に控えていた兵士達の手で開放される。
そのまま軍楽隊は門から、空を飛ぶ者達は外壁を越えてメルンピオスの外へと出る。軍楽隊は門から出ると左右に広がるように展開。民衆達もその後ろに広がる。
ファリード王はこちらに向き直ると飛竜を回頭させて近付いてくる。
「テオドール。お前達に武運と、女神と精霊達の加護があらんことを」
そう言って、ファリード王は拳を突き出して、にやりと笑みを浮かべる。
……別れの挨拶まで王様らしくない人である。
「こちらこそ。陛下と王妃殿下の御武運と御多幸をお祈りしています。バハルザードに平穏と繁栄があらんことを」
こちらも拳を出す。軽く拳と拳をぶつけるようにしてから、互いの乗る飛竜が離れる。
軍楽のリズムに合わせるようにゆっくりと進む。ファリード王とシェリティ王妃、軍楽隊、兵士達、そして手を振って歓声を上げる民衆達に見送られて、その姿が小さくなって見えなくなるまで編隊を維持して飛行を行い、メルンピオスを後にした。
「お帰りなさい、テオ」
シリウス号の甲板に戻ってくるとグレイス達が微笑んで迎えてくれる。
「ん。ただいま」
「リンドブルムの装具はもう外してしまってもいいですか?」
リンドブルムの喉のあたりを軽く撫でながらアシュレイが尋ねてくる。
「ああ。後でリンドブルムが退屈してるようなら一緒に飛んだりしようかと思ってるけど、装具がなくても飛べるしね」
ということで、甲板に降りたリンドブルムの装具をみんなで手分けして外してしまう。
甲板後方でメルンピオスの方向を見つめていたシオン達も、こちらの様子に気付いて戻ってくる。討魔騎士団達の飛竜や地竜の装具を外す手伝いをするつもりのようだ。
外の世界はフォルセトやシオン達にとってはどう映っているのか。反応としては……悪いものではなさそうだけれど。
ステファニア姫、アドリアーナ姫にエルハーム姫。それから討魔騎士団達が次々と甲板に戻ってくる。エリオットがサフィールから装具を外しながら、甲板に戻ってきた人員の点呼を取っていた。
「じゃあリンドブルムも、また後でな」
リンドブルムは頷くとサフィールやコルリス達と一緒に船の中へと戻っていく。コルリスは途中で思い出したかのように振り返ってステファニア姫達に手を振ってから船に入っていった。
――街道上空を通って北へと向かう。バハルザードの国内問題も一段落したせいか、帰路は順調といったところだ。
持ち帰る作物や薬草の数々も適正な温度と湿度を維持するための魔法陣の上に安置されている。帰ったらやることは色々あるが……まあ、帰りの旅はのんびりとさせてもらおう。
「遊牧民がこちらに来るようね。このまま行くとすれ違いになるわ」
お茶を飲みながら艦橋で寛いでいると、水晶板に映った光景を見やってローズマリーが言った。遠くから移動してくる遊牧民達の姿が見える。
「あれは……ブルト族かしら?」
と、クラウディア。ブルト族……山岳地帯で装飾品やら楽器やら絨毯やらと、色々貰ってしまった人達だな。
遊牧民達はシリウス号の姿を認めると手を振ってくる。子供など、飛び跳ねながらこちらを指差しているのが見えた。
「あの反応は間違いなさそうだ」
季節に合わせて平野に降りてきたのか。羊達も一緒に移動している。水晶板で拡大して確認すると、族長のユーミットの姿も見えた。
……んん。挨拶はしていきたいが、こちらからシリウス号で近付いて羊を驚かすのも良くないな。
「少し街道から離れたところで停泊させましょうか。すれ違う時に挨拶をしていくということで」
「分かったわ」
操船していたヴァレンティナが頷く。ゆっくりとシリウス号の高度を下げて、街道の脇に停泊させ、船から降りて遊牧民達を待つ。
やがて沢山の羊を引き連れた遊牧民達が街道を逸れて、俺達に真っ直ぐ近付いてくる。
「これは皆様方。お帰りに立ち合えるとは思っておりませんでした。羊達への配慮までしてくださり、ありがとうございます」
「こちらもです。皆様お元気そうで何よりです」
と、族長のユーミットと挨拶を交わす。
周囲があっという間に羊だらけになった。アシュレイとマルレーン、シャルロッテといった年少組……と、更にアウリアも楽しげに羊を撫でたり草を食べさせたりしている。
「羊……可愛いわ」
「ハルバロニスの外にもいるんだね」
「……というより、ハルバロニスの外から持ち込んだんじゃないかな?」
羊を撫でるシグリッタとマルセスカと、草を与えるシオン。
どうやらハルバロニスでも羊を飼っていたらしい。稲作をしているなら羊の食料となる藁にも困らないか。シオン達は羊達の扱いにも割と手慣れている様子だ。
「カハール達を無事に成敗し、今からヴェルドガルに向かうところなのです」
子供達を見て微笑みを浮かべていたエルハーム姫であったが、ユーミットに向き直って言った。
「ほほう。首尾よく事が運んだようで何よりですな。皆様もお怪我が無いようで何よりです」
「ありがとうございます。ユーミットさん達は、これから南の平野へ?」
「そうですな。メルンピオス近くの拠点に移動し、ファリード陛下へもご挨拶に伺う予定でおります」
「父上も上機嫌ですし、メルンピオスの民にもこれから数日酒を振る舞うと言っていましたから、今から行けば丁度お祭り騒ぎになっているかも知れませんね」
「ほほう。それはまた楽しみですな。我等の酒や食べ物を物々交換して、祝いの宴に参加してくるとしましょうか」
ユーミットは相好を崩す。そうして……ブルト族と再会と別れの挨拶を交わし、羊を引き連れて去っていく彼らを見送った。
では……俺達もヴェルドガルへの帰還の旅と行こう。




