402 星の欠片
案の定というか……宴席はかなり豪華で賑やかなものになった。
ヨーグルトソースのかかった料理の他にも、パイ生地の中に挽肉やチーズを詰めたものだとか、茄子に肉を詰めたものであるとか、色々手の込んだ品々や、瑞々しい果実が運ばれてくる。
「ん……。これは美味しいですね」
グレイスは出される料理を一口一口吟味しながら味付けや作り方などを学んでいるようだ。また家に帰った後で料理のレパートリーが増えるかも知れない。
「参考になりそう?」
「はい。今回はハルバロニスからも食材を持ち帰っていますし、研究しがいがあります。マリー様も色々と試作してくださっていますし」
と、グレイスは上機嫌である。
「まあ……そうね。ソース作りは調薬と似ているところがあるから色々と配分を試行錯誤するのも中々楽しいものだけれど」
話題を振られたローズマリーを見やると、小さく頷いてから羽扇を取り出し、視線を外すように踊り子のほうへ顔を向ける。それを見たマルレーンもにこにこと笑っている。
「私も陣地で兵士達に料理を振る舞ったりしていたので多少は作れますよ。分からないことがあれば聞いてください」
と、エルハーム姫。
「ありがとうございます、エルハーム殿下」
「バハルザードの料理……タームウィルズで流行るかも知れないわね」
「んー。シルヴァトリアの料理もヴェルドガルで広めようかしら……」
「でしたら、協力しますぞ」
「そうですね。塔での生活はすることが無かったから料理に凝っていたし」
ステファニア姫とアドリアーナ姫の言葉に、ジークムント老とヴァレンティナが答える。
「それは良いのう……。色々な料理をヴェルドガルで楽しめるというのは」
アウリアが目を閉じて頷く。
……うむ。俺としても持ち帰った食材での研究開発なども含めて、今後には色々と期待したいところだ。
フォルセト達は――ハルバロニスの外の料理を食べるのは初めてなのだろうが、好感触な様子であった。
「美味しい!」
と、マルセスカの素直な反応である。
「ですね、フォルセト様」
「ええ、そうね。外の世界の料理は、私も初めてだけれど……」
そしてシグリッタは……黙々と料理を口に運んでいるあたり、シオン達と同意見なのだろう。
何と言うかシーラと一緒に食べることに集中しているようだ。2人同時にお代わりをしていた。何となくテンションの似たところのある2人である。
シオン達は魔力の補充だけで活動できるが、こうやって食べ物を経口摂取してもいい、ということだそうで。
奏でられる陽気な音楽。楽しげな様子の踊り子達への喝采であるとか……メルンピオスに来た時の宴席は出陣前の士気高揚の意味合いも強かったが、今回はみんな肩の力を抜いて楽しんでいる雰囲気が窺えた。
「――そんなにも凄まじいものでしたか」
「いや、圧巻でしたぞ。空中を交差する魔力の輝き、薄暗い闇を白々と照らす火球……!」
「陛下の一閃もお見事でしたぞ。騙し打ちしようとしたカハールの奴めをすれ違いざまにこう、ですな」
と、カハール討伐に加わった武官が身振り手振りを交えて城砦での戦いを説明している。それを酒の肴に宴席を楽しんでいるようだ。
「ふうむ。カハール達が一網打尽になったとなれば、国内も安定していくことでしょう。今まで後回しになっていたところにも手が回せるようになる」
「いやはや。めでたいことですな」
「いや、全く」
文官もほくほく顔である。野盗となっていた残党連中が捕えられたことで、街道の警備コストを安く済ませられるようになるであるとか、デュオベリスの信徒にとって最も憎い敵であったカハールがいなくなったことで、そちらの面からの治安の安定効果も見込めるわけだ。仕事の上で頭痛の種であった連中が片付けられたのだから、それはまあ、上機嫌になりもするか。
「ま、俺が悪政を敷けば教団にまた力を与えてしまうことになるからな。今後は身を引き締めていかねばなるまいが」
そんな文官達のやり取りを聞いていたファリード王が酒杯を呷りながら笑みを浮かべる。ファリード王もかなりリラックスしている様子が窺えた。シェリティ王妃と寄り添い、寛ぎながら料理と音楽を楽しんでいる。
「ああ、そういえば。戻ってきたら話すつもりでいたのだが、忘れてしまっていた」
と、ファリード王は何かに気付いたように顔を上げて俺を見てくる。
「何でしょうか?」
「いや。俺としてもテオドールには何か礼の品を渡さねば、と思っていたのだがな。宝物庫の中を見回してみても、お前達に渡して喜ばれそうなもの……というより、役に立ってくれそうな物が少なくてな」
……恩賞、ということか。バハルザードは前の代までの浪費やその補填で色々と財政状況が良くないようだが、王家の体面上何も出さないというわけにもいかないのだろう。
「まあ、少ないなりに宝物庫を漁ってみればそれなりの物も見つかった。星の欠片……いや、金属の塊なのだが、これがどうにも難物でな。記録によれば普通の炉で溶かすことはおろか、ミスリルの工具でも全く歯が立たなかったそうなのだ。俺達では正直なところ持ち腐れてしまうが……お前達ならば或いは、と思ってな。どうだろうか?」
「それは……面白そうですね」
「だろう? あまり多くはないが、加工できれば役に立つのではないかと思ってな」
ファリード王はにやりと笑う。それは確かに……金銀財宝や普通の武器防具より価値がありそうだ。
「これだ」
宴席が終わってから宝物庫に置いてあるという件の金属塊を見せてもらった。
一見すると銅か真鍮……或いは金のような色合いだが……金色に輝いて見えるのは金属そのものがぼんやりと光を纏っているからだろう。金属そのものは白色……いや、僅かに赤い色合いもあるか。
光は揺らぎをもって金属塊からオーラのように立ち昇っている。片眼鏡を通してみなくても強い魔力を秘めているのが分かった。
「湯気が出ているみたいに見えるけど……熱は持っていない。ひんやりとしているわ」
と、イルムヒルト。熱源反応は無しと。
「……オリハルコンね」
クラウディアが目を閉じて、静かに言う。
オリハルコン……実物を見るのは初めてだな。BFOでは次に行われるイベントの景品がこの素材、というような運営からのアナウンスがあったが……結局、それを見ることもなかった。割と楽しみにしてたんだがな。今、ここで見ることになるとは。
「オリハルコン――。これがか?」
伝説上の金属ということで……ネームバリューがあるのはこの世界でも同じである。ファリード王は驚いたように目を丸くする。
「生きている金属、などとも言われるわね。丈夫さだけではないのよ。金属側が使い手の意を汲んで役割を理解し、性質を変えるとされるわ。月から僅かにしか産出しないはず……なのだけれど、どうして地上にあるのかしら?」
「これに関してはバハルザード王家の先祖に当たる部族が見つけたとされているな。伝承が残っている。空から星が落ちてきた、とな。先祖が見に行ってみれば、原野に穴を開けて、その中心にこれが落ちていたと」
ならば……。月から地上へ落ちてきた? 或いは衛星軌道からかな? オリハルコンが地上からは産出しないというのが正しいのであれば……月由来でやってきたというのならバハルザードの伝承とも符合するが。
「クラウディア様は、加工方法も知っておられるのですか?」
と、アシュレイに尋ねられたクラウディアは、目を閉じると小さく首を横に振る。
「詳しくは知らないわ。けれど……目的が無ければ加工できない、と聞いたわね。オリハルコンと鍛冶師が向き合い、納得させながら打つことで、初めて加工することができると」
「意を汲むっていうのは……鍛冶師が加工する時も同じか」
「多分、そういうことね」
「なるほど。過去のバハルザードでは加工できなかったわけだ。方法を知らんのもそうだが、納得させるに足る目的がない。カハール達も含め、歴代の王達はこれに目をつけて色々手を尽くしていたらしいがな。冶金技術を発展させたのに肝心のこれには手付かずとは皮肉な話だ」
ファリード王が言った。理由がないというのは、主に混乱期の王や重鎮達を指しての言葉だろう。苦笑するような表情を浮かべていたファリード王だったが、表情を静かなものに戻して言葉を続ける。
「無論、今のバハルザードでもな。カハール達が既に倒れた今、この金属を必要とする場所が我が国にあるとも思えん」
「このような貴重なものを――」
俺が言いかけると、ファリード王は首を横に振った。
「いいや。だからこそ我が国の恩人に託すのだ。それに魔人達が目的を遂げるようなことがあれば、我が国にも戦火は及ぶだろう。俺の私見で済まないが、他にこの金属を用いるのに相応しい場がない。お前達に扱えぬのならこの金属を扱える者など、どこを探しても居はしないだろうさ。それに……月にあったものを月の民のために返すのならば、それは正しい在り方だと言える」
「……分かりました。大切に使わせていただきます」
「ああ。そうしてくれ」
一礼すると、ファリード王は愉快そうに頷く。
オリハルコンか……。また思わぬところで大物が手に入ってしまったものだが……。さて、どう加工し、どうやって利用したものか。




