401 ハルバロニスの行方
宮殿の一室に場所を移し、ファリード王とシェリティ王妃を交えて話をすることとなった。
「――戦士と呼べる者達はヴァルロスに総がかりで挑みましたが……悉く退けられました。破壊の混乱から立ち直り、外に出てみれば……既にナハルビア王城は破壊されていた後だったのです」
「そう……ですか。月の民とは……私の想像も及ばない話です」
フォルセトがヴァルロス出奔当時の話を終えると、シェリティ王妃は小さくかぶりを振る。
「……お詫びの言葉も見つかりません。責任の所在は私達にあります」
そう言って、フォルセトは深々と頭を下げる。王妃は少しの間押し黙っていたが、やがて口を開くと質問を投げかけた。
「1つ……お聞きしてもいいでしょうか。何故、あなた方は魔人化の方法を伝えていたのでしょうか?」
「魔人化の具体的な方法というものはハルバロニスからは失われています。しかし、月の民の宿す力の核を封印するために自分達についての研究を行う必要がありました。これは盟主が出てからの、私達にとっての命題であったのです」
しかし独力で魔人化へ至ってしまったのが無明の王……ヴァルロスということになる。
「ヴァルロスは分家。本来研究に携わる立場でもありませんでした。あれは――魔人化の概念を知ることから始まり、自らの力の高まりによって反転に至ったと……そう言っていました。概念と目的、そして意志と力。これらが揃えば然るべき儀式も見えるのだと」
……それだけでか。何というか……ヴァルロスに関しては強固な信念というか、執念めいたものを感じる。
「ではこれから先、ハルバロニスで魔人化を行うことのできる可能性のある者は?」
ファリード王の言葉に、フォルセトは静かに、しかしはっきりと答える。
「かなり限られます。魔人化を行えると予想され得る力の核を宿すのは純粋な月の民のみで……地上人と血の交わりのない者は私と古老達の家系の一部に残るのみ。私達が血統を維持していたのは、結界の維持のために最低限の人員が必要だったからです。そして……自ら魔人となるには相当に逸脱した力が必要ということも分かっています。その条件を満たす者は、現在はいません」
そして魔人化について前提として大きな力が必要という条件を知る者は、更に限られてくる、というのがフォルセトの説明であった。
研究に目途が立って伝える必要がなくなったということなのか、ヴァルロスが新たに現れてしまったから伝承そのものを止めたのか。純血であれど、魔人化を目的として力を高めなければそこには至れないというわけだ。
外の世界を恐れていたハルバロニスだけに、純粋な月の民を無くし、結界を解いてしまうこともできなかったのだろう。恐らくは……盟主の引き起こした戦禍が大き過ぎたから。
「もしも不安がありましたら、私や古老達は首を差し出す覚悟もしております。今の言葉の信が問われるならば魔法審問も受けましょう」
その言葉にファリード王は目を見開き、シェリティ王妃は瞑目する。
……フォルセトがこの場にシオン達を同席させなかったのは、このことを伝えるためか。自分達の命を差し出してでもハルバロニスの住民達は見逃してほしいと。
「……分かりました。しかし、私はあなた方に報復は望みませんし、そもそも私の仇でもないはずです。父や母は亡くなりましたが、あなた方もその際に血を流しておられるのでしょう? 力が及ばなかったという、それだけです。ファティマは……どうですか?」
「……誰かの罪や野心のために多くの者が振り回されるのは、月の民に限った話ではありません。ましてや、当時の者達と指導者が代替わりしているとなれば」
シェリティ王妃から水を向けられたファティマが答える。
「俺もシェリティやファティマと同じ意見だ。元はと言えばバハルザードの混乱も、その事件の遠因となっているようだしな。バハルザードはカハールのような者の跳梁を許してしまった手前、何も言う資格がない」
3人の返答を受けて、フォルセトは深々と頭を下げる。
「再発の防止、ということでしたら、私の身に着けている呪具と同じ物では応用が利きませんか?」
グレイスは己の指輪にもう一方の手を重ねてそう言った。グレイスもまた、ハルバロニスの人達が心配なのだろう。オーガストのやったことに重ねている部分があるのかも知れない。
「可能、だと思う。月の民の特性の一部……魔人化の力の核となる部分を封印してやればいいわけだから。古老達やフォルセトさんが協力してくれるなら、作れるはずだ」
何せ力の核を移すというところまで研究が進んでいたわけだしな。
封印術にそのあたりの研究内容をフィードバックして組み込んでいけば良い。ピンポイントで封じればいいだけに、グレイス程に制約も大きくはならないだろう。
「後は指輪を預かる者の心次第ということかしら。それならば、彼らの封印を預かる立場になってもいいわ」
と、クラウディアが言う。立場的にも妥当なところと言えるかも知れない。
「可能性のある者は極少数。再発防止の策もあるとなれば……ハルバロニスは我が国としても庇護していく用意がある。旧都の復興についてはこれから進めていくとしよう。ファティマ。お前の負担は増えてしまうかも知れんが……」
「問題ありません。森に入っている冒険者達がハルバロニスを見つけて揉め事を起こす、ということは考えられませんか?」
元より、森に冒険者が入るのはナハルビアもハルバロニスも認めていた、ということらしい。ナハルビアの生活の糧でもあったからだろう。その慣習がバハルザードに組み込まれてからも続いているわけだが……。ハルバロニスの存在を知って、ファリード王がそれをどう扱うのかということになってくる。
「それについてはハルバロニスの者達をバハルザード王家が関係者として認めてしまえば良いわけだ。ナハルビアと繋がりがあるのなら、今となってはバハルザード王家にとっても外戚に近いとも言えるし。故に、身元を保証する……と、俺の名でな」
要するにハルバロニスにとって敵対的な行動を取るとバハルザードも敵に回す、ということになるか。
ヴェルドガル、シルヴァトリアもハルバロニスを庇護する立場を取ることとなるが、実効的な力が及ぶのはバハルザードであるために、その意味するところは大きい。
「方針が決まったのなら冒険者ギルドの上層部に話は通しておいたほうが良いかも知れませんね」
「ではマスマドルのギルド長には書状を認めておきますぞ」
エルハーム姫が言うと、アウリアが答える。
「ハルバロニスの立場なども固まってきたか。では、もう一点、エルハームよ」
「はい」
エルハーム姫がファリード王に向き直り居住まいを正す。
「務めを終えて戻ってきたばかりで慌ただしくて済まないが……お前には俺の名代としてヴェルドガルへの使者となってもらいたい。今の話、俺やフォルセト殿の見解や立場を伝え、便宜を図ってほしいのだ」
つまり……アドリアーナ姫と同様の立場として、ヴェルドガルに中長期的に滞在するというわけだ。そして俺達を交えてその話をするということは、ハルバロニスを守る立場を堅持することの証明の意味合いもある。フォルセトはその言葉を聞いて、もう一度深々と一礼した。
「分かりました。全力を以ってその任、お受けします」
エルハーム姫がどこか嬉しそうな表情で答える。
「それと……お前の鍛冶の腕についても、魔人討伐の役に立つようであれば存分に力を振るってくると良い。ヴェルドガルは変わった素材も産出すると聞く。きっと学べることも多かろう」
「ありがとうございます。戻ってきた折に、父上の腰に佩く刀に恥じない物を打てるよう努力してきます」
「ふむ。それについては今の腕でも十分過ぎると思っているのだがな。ま、楽しみにしておこう」
そう言ってファリード王は立ち上がると笑う。
「話すべきことは話した。難しい話はこのぐらいにしておこうか。今宵はカハール討伐の英雄を迎える宴だからな。存分に飲み食いして盛り上がろうではないか」




