393 古き罪
……外界からの客というのは彼らにとっても相当珍しいことなのだと思われる。道行く人々も足を止めて驚いたような顔をしていたし、家々の窓から覗いている者もいた。視線が合うと顔を引っ込めてしまったりと、大人達はこちらを怖がっているというような反応のほうが大きいように思う。
翻って小さな子供の反応の仕方は、どこでもそれほど変わらないのかも知れない。路地からこちらを興味深そうに見ていたり、こちらに近付いてこようとして母親らしき人物に止められていたりといった具合だ。
「心配はいりません。私の客です」
「は、はい」
子供を連れ戻しに来た母親にフォルセトが言うと、恐縮したように答える。俺も合わせるように会釈すると、向こうも一礼を返してきた。
フォルセトやシオン達がいるからか、そこまであからさまにこちらを避けたり拒絶したりというようなことは無いようだな。
「あまり気を悪くしないでくださいね。皆、外の世界が怖いのです」
と、フォルセトが言う。
「外と接触の機会が無かったのなら仕方のないことかと」
住人達の反応を見る限りでは、魔人という感じではないな。
こうやって隠れ住み、侵入者には怯えるような反応を見せるというのが、まず魔人の性質からして有り得ないというか。少なくともフォルセトが無明の王を知っているのは間違いないようだが。
「戦えない人のほうが多いから、外から来る人達が怖いんじゃないかと思います」
「……でも、戦える人は外に出て、狩りや採集をしたりもするのよ」
「私達も手伝えるからってお願いしたんだよね」
「本当の理由は……入口近くまで誰かが来たら追い返すためでしたけど」
そんなシオン達の言葉にフォルセトが目を閉じる。
「私達は……自らの意志でここにいます。しかし、この子達は違う。外に出たいというのなら望みに沿うようにしてあげたいとも思っていました」
フォルセトの言葉に、シオン達は申し訳なさそうな表情で俯く。反省はしているのだろう。
「……シオン達がいない時はやはり侵入者の記憶を消したりしていたのですか?」
「森に入ってくる者の多くは冒険者ですから……ハルバロニスまで辿り着く者も、ごく僅かながら今までもいました。その場合、私達は迷い込んだ者の記憶を消して帰していましたが……薬の原料も希少で、これから先もずっととなると難しい状況でもありました。だからシオン達もああいった行動に出たのだと思います」
結界も完璧じゃないというわけだ。実際、冒険者達もハルバロニス付近まで来てしまったようだしな。薬を節約できるなら発見される前に排除するというシオン達の行動も、理には適っているか。
やがて町の大通りを進み、俺達は青い塔へと到着する。重要施設に見えるが、見張りのような人物は立っていない。ハルバロニスの中は平和ということなのだろう。
暗青色の石材で作られた建物。表面が大理石のように滑らかだ。
「シオン達は古老達を呼んできてくれるかしら? 彼らは議場へお連れしてお話を進めておきます」
「分かりました」
シオン達は頷くと、塔の中の通路を足早に歩いていった。
「では、こちらへ」
フォルセトはシオン達が向かったのとは逆方向に進んだ。塔の外周部分にあたる通路を進み、そして通されたのは大きな円卓と椅子のある部屋であった。
「お掛けください。隣の部屋から何か飲み物を運んできましょう」
議場の隣に小部屋があり、そこからフォルセトはティーセットを運んでくる。使用人に類する者もいないのだろう。フォルセトが手ずからお茶を淹れてくれた。みんなの見ている前で入れることで薬の類を盛っていないと明らかにしているのだろう。まあ……魔法薬も薬も毒も、対策はしてあるからどちらにしても問題は無いが。
全員に飲み物が行き渡ったところで、フォルセトが椅子に腰かける。
「改めて自己紹介をさせてください。私はハルバロニスの長として結界を預かっている、フォルセト=フレスティナと申します」
そう言って一礼して顔を上げる。
「あなた方も知りたいことは色々あるでしょう。話せば長くなりますが……順を追っていきましょうか。シオン達の出自にもかかわる話に繋がってくることでもありますので」
「お願いします。分からないことがあれば質問させてください」
フォルセトが頷く。
「まずナハルビアの民が私達を咎人と呼ぶその理由からでしょうか。そもそもの話をするならば、遥か昔私達の祖が大罪を犯して国元を追放されたからなのです。古の貴き姫君を裏切りし者達、輝きの都より、荒れ果てた荒野へ落とされん。これが我等がこの地に来た理由です」
……それは……。
「……月の民の末裔ね。あなた達は」
クラウディアが静かに言った。
「それも……ご存知でしたか。私達の祖先は……悠久の昔に世界のために身を捧げた月の王女を裏切ったと伝えられています」
「知っているわ。フレスティナ家は月の王家に仕える文官の一族だもの。その当時の当主の名はハイゼル、その娘がシェリアだったわね。幼い頃は……シェリアにも遊んでもらったことがあるのだけれど」
クラウディアが言うとフォルセトが目を丸くして腰を浮かせた。
……そう。そうだろうな。これだけの高度な魔法技術が使われた都市も、住人が月の民の末裔であるならば説明が付く。直系か地上人との混血かまでは分からないが。
「……ま、まさか……貴女様は――」
「クラウディア=シュアストラス。それが私の名だわ」
「古の……! 貴き姫君……!」
フォルセトが椅子から離れて平伏しようとしたのを、クラウディアが止める。
「あなたが私に頭を下げる必要はないわ。そもそもあなた方がしたことではないのだし……一族郎党の流刑というのは、当時の国王が決めたのでしょうけれど……随分なものね。何があったのかしら」
クラウディアに促されて、フォルセトは静かに椅子に戻る。
「……勿体ないお言葉です。時の国王陛下にとっては、それもより多くの者を生かすための慈悲であったのでしょう。しかし私達は地上に落とされて尚、災厄を外に放ってしまいました。私達が自ら咎人を名乗るのは、それを忘れぬ戒めでもあります」
「災厄というのは魔人達の盟主のことですか?」
「……はい」
尋ねると、フォルセトは眉根を寄せて頷いた。
「私への裏切りというのは、地上の者が迷宮中枢へ侵入しようとした事件のことよね? フレスティナ家が手引きをしたということかしら?」
「当時は混乱がありましたが、恐らくは。姫君――クラウディア様が地上に降りて後……魔力嵐が収まるまではかなりの時間がありました。地上の物資を当てにできなくなった月は、相当困窮したと言います。その中で、フレスティナ家に1人の魔術の天才が生まれました。それがイシュトルム=フレスティナです」
フォルセトが目を閉じる。
「イシュトルムは……己の力を修行によって高めたうえで特殊な儀式を行うことで、月の民の誰しもが月の王族と同様、自らに向けられる信仰などの感情から力を引き出すことができるようになると提唱したのです」
「魔人……」
フォルセトはシーラの呟きに静かに頷くと、言葉を続ける。
「月の民は物資の困窮故にそれを喜ぶ者と、儀式の不確かさに疑念を抱く者と……そして、王族の神秘を侵害する不敬なものであると反対の立場を取る者、3派に分かれたと言います。時の国王陛下もイシュトルムの言葉には懐疑的であったそうですね」
……だろうな。イシュトルムの儀式は月の王族の立場を危うくするだけでしかない。
「反対派も研究のうえで対案を出したのです。魔力嵐も既に迷宮の力によって鎮められたのではと。そして……それが正しければ迷宮はもう必要ないとイシュトルムは考えたのでしょう。イシュトルムは――自らの主張を通すために、地上に干渉を行ったと言われています」
「それが――迷宮深層の奪取ですか」
「はい」
迷宮を停止か破壊してしまうことで、月の困窮を解決する手段をイシュトルムの術に依存させることができるというわけだ。
逆に、そのままの流れに任せたら、イシュトルムは月の王族や反対派にとって邪魔者と見られる可能性がある。
苦境から皆を救った英雄となるか、それとも座して待ち、流れに身を任せるか。イシュトルムは手を汚してでも英雄と呼ばれることを選んだ。
或いは……自身の提唱した儀式がどういった結果をもたらすのか、既に知っていた可能性もある。王家に……取って代わろうとしただとか。
「そして事が露見し、イシュトルムは処断されました。彼に与した者達も月の都から魔物ひしめく荒野へと追われたのです。私達は……その末裔です」
……フォルセトは流刑を王の慈悲といったか。とすると、反対派はもっと重い処罰を望んだのかも知れない。半端な処遇で怨恨を残せば後の政情不安にも繋がる。困窮しているから口減らしも必要。だからこそ罪のない者は生かすための流刑……となるのだろうか?
フォルセトは、自分の罪を告白するかのように、嘆息して目を閉じ、首を横に振ったのであった。




