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391 執念と覚悟

 本から生み出された動物達が、黒マントの術者を中心に陣形を作った。

 ……数が多いな。こちらを逃がさないための備えであり、数としての不利を補う目的か。


「……魔力はあるが生命反応はないみたいだ」


 本の力によるものか黒マント自身の術によるものかまでは分からないが、動物達の動きには独自の意志が感じられない。使い魔でも魔法生物でもなく、術式で制御された代物だろう。

 あのインクの獣達は術者の制御で統率された動きをするのか、命令1つで術式によって予め定められた動きを自動的に行うものか。或いはその両方を切り替えられる可能性もある。


「分かりました。では、私達は迎撃に回ります」


 グレイスとデュラハン、イグニスは俺の言葉を受けて迎撃を選択したらしい。

 後衛から少し離れた位置で正面と左右に陣取るように立ち塞がる。重量級の武器を持っているために乱戦で皆を巻き込まないように。そして連中を直接相手取ることを避けるためだ。

 手加減が難しい部類の武器だが、代わりにインクの獣達への迎撃目的なら思う存分振るうことができる。


「私は前に出るね、シグリッタ」

「……援護する」


 黒マント――本を操るほうがシグリッタで、両端に刃が付いた特殊な形状の剣を持つ方がマルセスカか。

 前に出てくるつもりのマルセスカはシーラが抑える形になるだろう。木の幹を蹴って飛んだマルセスカに合わせるようにシーラも横へ飛んでいく。


「エルハーム殿下! アウリア様! 私の側へ!」

「はい!」

「うむっ!」


 数に対抗するためにアシュレイがディフェンスフィールドを展開する。マルレーン、クラウディア、ローズマリーにイルムヒルト、セラフィナ、アウリアにエルハーム姫と。防御陣地を中心に、後衛は後衛として互いの背中を守る形の構えを見せた。


「……行きなさい、お前達。まずは……前に出てきた人達を片付けてから」


 そして――シグリッタの静かな声に従って、動物の群れが動き出す。包囲するように上下左右に展開するが、後衛に対してはすぐに攻撃を仕掛けては来なかった。包囲して逃がさないことを優先しているのだろう。


 代わりに、シグリッタの直接制御を受けたのであろう獣達が左右に展開しながらグレイス達目掛けて迫っていく。

 グレイスの赤く輝く瞳が細められ、闘気に輝く斧が唸りを上げると、上下から時間差で突っ込んできた鷹と狼がそれぞれ縦横に真っ二つにされていた。切り裂かれた途端インクに戻るように黒い染みとなって虚空に消える。


 1匹1匹の強さはそれほどでもないようだが、数が多い。それにやはり、シグリッタによって統率されているのだろう。

 グレイスの攻撃の重さや速度を見て取ったシグリッタは眉を顰めた。浮かんでいた本のページが捲られて、獣達の動きが変わる。真っ直ぐに前衛に突っ込むのではなく、微妙な距離を取りながら死角から攻めてくるような戦法を選択したようだ。


「ラヴィーネ!」


 それに対してアシュレイ達が弾幕を張ることで、死角に回り込むことを防ぐ。


「こちらにも来よるか!」


 応じるように獣達の一部が後衛に向かって迫っていくが、アウリアの使役した風の精霊に巻き上げられて木立に叩き付けられ、クラウディアの黒い茨に絡め取られて身動きをできなくされる。


 シグリッタもシグリッタで、こちらと狙いは同じなのだろう。捕えられた獣は即座に制御を放棄して黒い染みにしてしまう。代わりとでも言うように新手を本から生み出していた。

 前衛と後衛に対して同時に牽制と分断を行うことでシオンやマルセスカに攻撃が行かないよう、一対一の状況を維持できるように獣を動かしているようだ。つまり、1対1の戦いに自信があるのだろうが、それはこちらとしても望む形である。


 マルレーンもソーサーを防御的に使っているし、ローズマリーも状況を窺いながら無理にシグリッタまでは切り込まず、距離を取って牽制することで応戦する構えのようであった。


 そして――木立を蹴って突っ込んでいくマルセスカと、迎え撃つシーラの影が激突。武器と武器のぶつかる剣戟の音を打ち鳴らした。

 マルセスカのそれは――舞い踊るような動きと言えば良いのか。身体と武器を独楽や風車のように回転させ、両端の刃を操って切れ間の無い斬撃を繰り出す。


 シーラも両手に鞘に収めたままの真珠剣を握ってそれと切り結ぶ。下方から掬い上げられるような一撃をシーラが右の剣で弾き返せば、反動を利用するように上方向から肩口に刃が降ってくる。左剣で迎撃。弾かれるようにお互いが後ろに飛ぶ。即座に反転して突っ込むシーラと、2度、3度と木を蹴って方向転換しながらシーラに向き直って突っ込むマルセスカ。


 両者とも速度を活かして戦うタイプなのか、空中から地上、地上から空中へと戦う場所を目まぐるしく変えながら高速で武器を叩きつけ合う。どうやらシーラの幻惑的な動きを、目で見て付いていっている様子だ。姿を消しての一撃にも反応するのは勘の良さかそれとも魔眼のようなものを持っているのか。

 シーラも消費魔力を節約するためか、マルセスカ同様に木の幹を蹴って突っ込んだりしている。


「なかなかやる」

「凄いっ」


 シーラの短い言葉と、マルセスカのどこか楽しげな声。


「やれやれ。マルセスカは……ちゃんと目的分かってるのかな?」


 俺と対峙するシオンは、マルセスカの様子に眉を顰めた様子だが……俺から視線は外さずにいた。


「目的があるなら、是非聞きたいんだけどな」

「僕は答えない、と言いましたよ」


 シオンが虚空に剣を振るうと三日月型の軌跡がその場に留まるように残る。斬撃の軌跡だけをその場に残して、同時にシオンが右斜め上へと飛んだ。木を蹴って鋭角に軌道を変えると突っ込んでくる。

 と、その次の刹那、空中に留まっていた三日月の斬撃も僅かに時間をずらしてこちらに迫ってきた。

 上に飛んで飛来する斬撃から身をかわす。当然、本体と斬撃は先程まで俺のいた場所に突っ込むことになるが――シオンは自分が一度飛ばしたはずの斬撃を刀身で絡め取ると、軌道を変えて真上にいる俺目掛けてもう一度放ってきた。


 身体を回転させて飛来する斬撃から身をかわす。見た目は斬撃に見えるが、峰を用いているからか、性質も打撃に近いもののようだ。やり過ごしたそれは枝をへし折って樹上へと突き抜けていく。

 身をかわしながら、シールドを蹴ってシオン目掛けて突っ込む。シオンもまた近接戦闘に応じるように突っ込んできた。


 ウロボロスと剣の峰を叩き付け合うように交差させる。逆さになったままシールドで踏ん張ってシオンを弾き飛ばす。シオンはフードの隙間から覗いた目を丸くしながらも、こちらの振り払う動きに乗るように後ろに跳ぶ。そして木を蹴って真横に反射しながら、また先程のように斬撃を飛ばしてきた。


 斬撃といっても、闘気の類とは違う。魔力。そう。何やら不思議な波長の魔力をそのまま固めて飛ばしているような印象だ。イルムヒルトの光の矢に近いかも知れない。となると性質も食らっていいかどうか、怪しいものだ。

 何かしらの追加効果があると考えて、極力触れないように対処するほうが良いだろう。杖でもシールドでも受けずに身体のぎりぎり紙一重を滑らせるように避けてシオンを追う。


「おかしな動きを!」


 シオンはそう言いながら、シールドを自分の足元に展開して、その場に踏み止まった。

 こちらと同じ空中機動の方法を行えるのかと思ったが――それこそ即席の見様見真似なのだろう。やりなれない制御のためか、シオンの身体がシールドごと少し沈んだ。

 その隙を見逃さず、大上段からウロボロスを振り下ろす。剣を真横に構えてシオンが受ける。既にシールドの制御に応用を利かせたか。沈み込んだ身体がしっかりと固定されていた。そのまま――空中で互いに踏みとどまって斬撃と打撃の応酬となった。


 袈裟懸けの一撃を、斜めに構えたウロボロスで逸らして首に向かって回し蹴りを放てば、シオンは魔力を集中させた左拳で振り払うように迎え撃つ構えを見せた。激突する寸前、蹴り足にシールドを展開して左拳とぶつける。激突と同時にシールドごしに蹴り足から魔力衝撃波。


「なっ!?」


 シオンの左拳が弾き飛ばされる。こちらも弾き飛ばされる反動に合わせ、掬い上げるようにウロボロスの一撃を放つ。が、シオンもまた合わせるように空中で宙返りをしていた。皮1枚で回避すると、シールドを蹴って木の幹目掛けて飛ぶ。

 もうシールドを足場として操れるようになったか。大したセンスと運動神経の持ち主だ。魔力の規模と出力は分からないが制御能力はかなり高いと見える。そして3人ともが、魔人と同じ飛行術は持っていないらしい。


 互いに木立の間を縫うように、木の幹とシールドで反射を繰り返して杖と剣とをぶつけ合う。


「行けっ!」


 一瞬距離が開く。シオンが拳を握ると、空中に残していた無数の斬撃の軌跡が、四方八方から衝撃波となってこちらに飛んできた。

 いくらでも留め置けるうえに好きな方向に発射できるというわけだ。正面――シオンのいる方向へと岩の塊を放って相殺。弾ける欠片をシールドを展開しながら突破し、最短距離を突っ切る。すぐ背後で左右から飛んできた斬撃と斬撃がぶつかって爆ぜる。


 シオンが後ろに飛びながら見たことのないマジックサークルを展開。と――シオンの身体が2つに分かれて左右に飛んだ。ミラージュボディではない。片方はシオンの本体。もう一方はシオンの影。ミラージュボディのような幻影ではなく、どちらにも実体がある。影が蹴る木の幹が揺れた。鋭角の軌道を描いて反射。挟み込むように突っ込んでくる。


「ネメア! カペラ!」


 キマイラコートから咆哮を上げて獅子と山羊が飛び出して、分身を迎撃。俺は本体を迎え撃つ。シオンの斬撃をウロボロスで受け止める。片手で受け止められる威力の斬撃ではないが、そこは同時にシールドを展開してウロボロスを支える。真っ向から受け止められて動きを止めたシオンに、至近から低級の風の弾丸を撃ち込んだ。


「くっ!」


 それをシオンは空いた腕で受け止め――身体ごと後ろに押し下げられる。遅れて影も飛び退った。

 影の魔法はそれなりに高度な術式のようだ。影と滞空させている斬撃波の制御、そこに攻防のためのシールドを加えて、魔法の並列処理が間に合わなくなったというところか。


「信じられない。外の世界にはこんな人がいるなんて……」


 距離が空いたところで……シオンが剣を鞘に収めて留め金で固定する。諦めた、というわけではない。そのまま構える。影もまともに動かしても通用しないとなった途端に消した。


 剣を鞘に収めた理由は明白。刃、峰、切っ先。全て使わねば斬撃の方向が限られるために剣技も限定されてしまうというわけだ。冒険者を相手にした時は峰打ちで事足りていたということなのだろう。だから、ここからがシオンの全力とも言える。

 シオンの表情は真剣そのもの。執念か信念か。こういった手合いは、決して油断できない。何をしてくるか分からないからだ。何が……そこまで彼らを突き動かすのか。


「理由ぐらい、聞かせてほしいんだが」

「……ナハルビアの人なんて……みんなに会わせたって悲しませるだけです。だから、帰ってもらわなきゃ駄目なんだ」

「それは、シオン達の主が言ったことなのか?」

「言ったでしょう。僕達が勝手にやっていることだって」


 なるほど。記憶を奪うと言っていたが、それもシオン達の持ち物ではなく、咎人達の所有する品というわけだ。だからシオン達にとっては最後の手段であり、追い払った冒険者には使わなかったのではなく、使えなかった。


「無明の王が魔人達の盟主を復活させようと暗躍していると聞いても?」

「無明の王……? 誰ですか、それは」


 ああ。それは俺達の側の呼び名か。


「30年前にナハルビアを滅ぼした奴だよ。けれど咎人達が、何かの理由で自分達を森に縛っていることも知っている。だから無明の王とは袂を分かっているんだろう。本当に……危害を加えに来たわけじゃないんだ。わざわざ喧嘩を売りに来る理由がない」


 そう言うと、シオンは目を閉じる。


「僕達はあの人達が戦いに巻き込まれるのが嫌なだけなんです」


 それが理由か。そうやって、彼らを守ってきたと。俺達の言葉が本当であるという確信がなければ通すわけにはいかないと。ならば――。


「別に、事情を聞くのはシオン達を通してでも良いんだがな」

「僕達が負けたならお約束します」

「お前達が勝ったら?」

「必要な情報を伝えて、不必要な記憶、不都合な記憶だけ消します。方法は……その時になったら考えます」


 ……そうか。


「分かった。約束する」


 守ろうとしているものがあってずっと動いてきたというのなら、負けたぐらいでは踏ん切りは付かないだろうさ。

 だが、悪いがこっちだって退けない。咎人達に不都合な情報であっても、俺達にとっては必要不可欠な情報である可能性がある。

 そしてシオン達は、ギリギリのところでどうしたって彼らを庇おうとするだろう。だから主導権は、渡せない。

 距離を取って剣を構えたシオンが、大きく息をつく。そして真っ直ぐにこちらを見据えてきた。


「行きます――!」

「来い!」


 シールドを蹴って最速最短の距離をシオンが突っ込んでくる。引かずに迎え撃つ。

 斬撃からの高速の切り返しと刺突。先程にも増した猛烈な速度。前髪を掠っていく切っ先。傾けた首の頬の僅か隣に鞘が突き込まれる。

 体内で魔力を練り上げながらウロボロスで打ち合う。行き過ぎたら即座に反転、反射して激突。木々の間に無数のシールドを残しながら低級魔法の弾丸と斬撃波をばら撒く。高速ですれ違いながら互いの先を読むように弾幕を張って相手の動きを阻害しながら突っ込んでいく。


「影よ!」


 シオンの咆哮。マジックサークルが展開して分身の一部――つまり剣を握る腕だけがシオンの身体から現れた。薙ぎ払うような一撃を見舞ってくる。ネメアの爪で受け止める。逆方向からシオン本体の剣が迫る。こちらも大きく引いたウロボロスによる薙ぎ払いの一撃で迎撃。寸前、シオンは歯を食いしばって剣を手放し、影でネメアに掴みかかっていた。

 ウロボロスによる胴薙ぎの一撃を食らうことは覚悟の上の捨て身。キマイラコートと竜杖の動きを抑えようという構えなのだろう。こちらもマジックサークルを展開する。


 木立の間から時間差で斬撃波がこちらに向かって突っ込んでくる。シオンの空いた手の平にも魔力の輝き。シオンの狙いは明確だ。俺の動きを止めて全方位から斬撃波を叩き込み、自爆覚悟の攻撃を敢行しようというのだろう。


 交差と衝撃。斬撃波の激突による爆発。俺もシオンも、動きを止めていた。

 ぐらりと、シオンの身体が崩れる。落下しそうになるシオンの身体を抱える。

 シオン本体からの一撃は多重シールドで止めている。逆に、ウロボロスを手放した俺の掌底が、シオンの顎先を捉えていたというわけだ。

 シオンの失敗は俺の動きを止めるために直接触れようとしたことだ。それで短距離の転移を用いて2人同時に全方位からの攻撃を抜けた。そして転移と同時に掌底を叩き込み、シオンの意識を刈り取った。


「シオンッ!」

「私が行く!」


 シオンの敗北を見て取ったシグリッタとマルセスカが血相を変える。シグリッタが本から生み出した天馬に跨ってこちらに向かって突っ込んでこようとしたが――。


「止めなさい!」


 と、大きな声が空気を震わせた。


「何か大きな騒ぎになっていると思って見に来てみれば……。シグリッタ、マルセスカ。あなた達の負けです。退きなさい」


 森の木立の間に、錫杖を手にした白髪の女性が立っていた。

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