388 鼠と魔法陣
暗い階段を下りて先へと進む。
「床の様子から見れば、人が入った形跡はない。作りがしっかりしているし密閉されていたから、埃自体それほど積もっていないけど……それでも足跡が無い」
と、シーラが床の埃を調べて言った。
「やっぱり……30年以上は人が入っていない、ということになるのよね」
シーラのその言葉にイルムヒルトが呟くと、エルハーム姫が頷いた。
「そうですね。母上が知っていれば父上や私には教えてくれたと思います」
「それが無かったということは……誰も立ち入れなかったということになりますね」
ステファニア姫が答えるとエルハーム姫も頷く。
薄暗く長い通路は下に向かって傾斜しながら僅かに迂回しているようだ。
この通路にまで罠が仕掛けられている可能性は低いが……念には念を入れて、慎重に進んでいく。罠もそうだが、別の隠し通路が無いか探す意味合いもあるからだ。
片眼鏡で魔力の反応を探り、物理的に不自然な場所、脆い場所はシーラとセラフィナに任せ、下へ下へと進んでいく。
そして――何やら開けた場所に出た。数個の魔法の明かりを打ち上げて周囲を照らしてみる。
どうやら……大きなドーム状の空間のようだ。まず目を引くのは入ってすぐのところに設けられた祭壇と、そこに鎮座する大きな結晶。そして、祭壇の向こうに床から天井に至るまでドーム全体を使って描かれた立体魔法陣であった。
魔法陣のあちこちには柱が立っていて、柱の上に結晶が据えられている。
「これは……」
「ううむ。相当手の込んだ術式のようじゃな」
それを目にしたジークムント老が唸り声を上げる。
「けれど……この魔法陣自体は起動していないようですね」
片眼鏡で見てみれば……魔法陣自体は魔石を砕いてそれで線を引くことにより描かれているのだろう。ドームの内側に描かれた紋様が、僅かに魔力を帯びているのが分かる。
だが、魔力の反応が弱すぎる。動いている魔法陣であればもっと魔力の反応が強いものだ。
「ナハルビア王家が維持していた結界に関係するものでしょうか?」
ヴァレンティナが足元の魔法陣を調べながら言った。
「恐らくはそうですね。これを使えばまた結界を張ることができるかも知れません」
「儀式の手順が分からないことには起動できないとは思うがのう」
アウリアの言う通りだ。起動させるにはそのための術式が必要だ。口伝も文献も失われている以上は一先ずそのままにしておくしかないだろう。
起動させる方法と、この魔法陣の目的。それを確かめるには、やはり森の咎人達のところに赴き、話を聞くしかない。
……念のために、正確な立体模型を作っておくか。この魔法陣の意味や術式の解析などを行う必要が出てきた場合も対応しやすくなる。
「……ん」
と――その時、シーラが視線を上げた。
「何か……いる」
シーラの視線の先を見やると、何やら奇妙な生物が鎮座しているのが見えた。
「ウサギ……みたいなネズミ?」
シーラが首を傾げる。その疑問ももっともだ。
耳が大きくて後ろ足も長い。跳ねるのに適した、くの字型の後ろ足を持っている。尻尾は図体に比してひょろ長く、先端が毛で覆われて丸く膨らんでいた。
「あれは……トビネズミかな?」
景久の記憶による分類で申し訳ないが。
「変わった生き物ですね……」
「でも何だか、可愛いです」
アシュレイが感心したように言った。シャルロッテは何やらそわそわしている。
「いや……。何だか、まともな生物じゃなさそうだけどな。妙な魔力を持ってる」
片眼鏡で見る限りだとかなりの魔力を宿しているように見える。不用意に近付かないほうがいいだろう。
誰も入れなかったはずのこの場所にいたということを考えると……もしかすると魔法生物かも知れない。ならば、その役割は? 侵入者の排除か、それとも――。
トビネズミはぴょんぴょんと飛び跳ねながらエルハーム姫に近付いてくる。間に割って入るように竜杖を構え、警戒しているということを示してやると、向こうは少し距離をおいて留まり、お辞儀をするように頭を下げてみせた。
「ええと。ナハルビア王家の味方ということでいいのでしょうか?」
エルハーム姫が問い掛けると、ネズミは頷くように頭を下げてくる。それを見たみんなは、思わず顔を見合わせるのであった。
トビネズミは……エルハーム姫の同行者である俺達にも危害を加えようとする素振りは見られなかった。
土魔法でドーム内の魔法陣の詳細な模型を作っていてもそれは同じだ。寧ろ俺のやっていることよりエルハーム姫のほうが気になっているようにさえ見える。
となると魔法陣を護るのではなく、避難用通路を使って逃げる際の護衛役ということで魔法生物を配置したのかも知れない。要するにナハルビア王家のガーディアンというわけだな。
それはそれとして。俺も自分の作業に集中しよう。何やら妙な部分の多い魔法陣なのだ。術式とは関係の無さそうな装飾や窪みなどもあり……割合意味有りげに見える。それを模型上に、正確に再現していく。
「模型が完成しました」
縮小模型を作り終えたところで、みんな揃って地上へと戻る。通路側へ移動すると、トビネズミも右に左に小さく飛び跳ねながらエルハーム姫に付いてきた。
「ええと。私の護衛をしてくださるのですか?」
そう尋ねるとネズミが頷く。
「どう、しましょうか?」
エルハーム姫は少し困った顔で俺を見てくる。
「そう……ですね。外まで行って、何ができるのか聞いてみるというのはどうでしょうか? 護衛として確かな実力を持っているというのであれば、僕達としても助かります」
聖地の探索や咎人との交渉においてもエルハーム姫は前に出る必要があるからな。戦力は多ければ多いほど良いだろう。
「わかりました。では、外で」
トビネズミを従えて、元来た道を戻って外に出る。
中庭まで来たところで、早速トビネズミの能力を試してみることにした。
「模擬戦というわけではありませんが、ゴーレム相手にどんな能力を持っているのか試してもらいましょうか」
土ゴーレムを作って、トビネズミと対峙させる。
「では、あなたの能力を見せてください」
エルハーム姫が命じると、トビネズミが頷く。
みんなが見守る中――変化はすぐに表れた。
「砂……?」
風も無いのに周囲の砂が不自然な動きを見せた。
渦を巻くように高速回転する砂がまるで1つの生き物のように錐のような形状を作り出す。鎌首をもたげるように砂の槍が狙いを定めて――土ゴーレムの胴体目掛けて解き放たれた。
あっさりと土ゴーレムの胴体を抉って大穴を開ける。
片眼鏡越しの視界ではトビネズミの身体から魔力が伸びていき、砂を操っているのが確認できた。
「要するに……砂を操る能力を持った魔法生物だと」
「似たような力を持つ魔人とも戦いましたね」
グレイスが言うと、マルレーンもこくこくと頷く。確か……アルヴェリンデに同行していた魔人だな。塵牙のベルゼリウスと名乗っていたが。
「となると、できることも弱点も、似たような感じになるのではないかしらね」
と、ローズマリー。
「水辺では砂操作の能力が落ちるかな」
だがここは砂漠だ。ロケーションもあってかなり強力な能力と言えるだろう。
土魔法系統にも言えることだが即席で障害物を作ったりできるし、砂で埋められてしまえば鎧なども役に立たないだろう。攻撃よりも防御面で強い能力という気がする。
それに身体も比較的小さいから、どこにでも密かに同行させられるのではないだろうか。このへんも護衛向きである。
「どうでしょうか?」
エルハーム姫が俺を見てくる。
「護衛役としてはかなり有用かと。同行してもらえるのなら、心強いですね」
率直な感想を述べると、エルハーム姫は嬉しそうな表情を浮かべた。
「決まりですね。あなたには……名前はあるのですか?」
トビネズミは頷くと、砂を操って自分の名前を書いてくれた。
「ラムリヤ?」
エルハーム姫がその文字を読みあげると、トビネズミがこくこくと頷いた。
……ラムリヤか。名前が既にあるということは使い魔としての契約はできないだろうが……元々ナハルビア王家に仕えているということなのだろう。
「あの隠し部屋で行われていた儀式の手順や目的は、分かりませんか?」
砂で文字を描いて意思疎通ができるようだしな。エルハーム姫の質問に、ラムリヤは目を閉じて、残念そうに首を横に振った。
記憶していないのか、それとも知らないのか。或いは制約があって話せないということもあるかも知れない。
……護衛役であることを考えると儀式については詳しく聞き出せなくても仕方がないか。だが、聖地探索の前に新たに戦力が増強できたとも言えるだろう。




