387 廃墟の王城
シリウス号を降下させて中庭へ停泊させた。早速ナハルビア王城に降り立って、改めて王城の様子を見てみる。
……上階が闇に呑まれて消し飛ばされたという話だったか。1階の天井に当たる部分まで丸ごと王城が無くなって、かつては磨き抜かれていたであろう石造りの床も厚い砂埃を被ってしまっている。
他の攻撃を行ったという痕跡が何もない。これをやった奴はただの一撃で王城の上階を半ばから消し飛ばしてしまったということだ。
そして単純な爆発ではないだろう。これも話にあった通りだ。周囲に瓦礫や破片が飛び散った形跡がない。
「私は……旧都の警備兵達に話を通してきます」
エルハーム姫が言った。険しい表情ではあるものの、弱々しい印象は無い。この場を離れるのも、廃墟となった王城を見たくないからというより、自分のするべきことをするためだろう。
「分かりました」
「よろしければ、私達が護衛に当たります」
「では、よしなに」
メルセディアとエルマー、ライオネルという面々がエルハーム姫の護衛に付いた。ふむ。カドケウスも一応同行させておくか。向こうのやり取りも把握しておきたいし。
「では、行ってきます」
エルハーム姫と討魔騎士団達を見送って、皆で地下通路などの抜け道がないかなど、詳しく探していく。
隠し扉などはシーラやセラフィナの得意分野。地下通路はコルリスの得意分野だが……やはり消し飛ばされた部分が大き過ぎるな。記録や資料なども無くなってしまっているのではないだろうか。
廃墟を歩き回りながら土魔法で立体模型を作っていくと……破壊の痕跡がより分かりやすいものとなった。
「やっぱり。城の中心部ほど攻撃の届いた範囲が深く、外縁部に行くほど攻撃が浅くなってる」
と言うと、みんなが立体模型を覗き込んでくる。各所に残された壁や天井、柱などから見ていけば……城の上階で球体状の攻撃が炸裂することでどれだけの範囲が攻撃されたのかが分かるというわけだ。闇に覆われた部分が無くなったと言っていたし、逆に攻撃の範囲外ならば大きな影響を受けないことが分かる。
大きさを調整しながら球体の模型を作り、城の立体模型の上に乗せてやれば……破壊の痕跡にぴったりと収まった。
「王城に無明の王が来ていたとするなら……この球体の中心部付近にいたということになるかな?」
「……なるほど。分かりやすいですね」
グレイスが感心したように言うと、マルレーンもこくこくと頷いた。
城を消し飛ばした一撃に関して言うなら……性質はともかく攻撃範囲はこれで正確に割り出せる。立体模型の縮尺から割り出してやればいいのだ。
無明の王と戦闘になった場合の周囲の被害などを考えると、戦いの場を選ぶ参考ぐらいにはなるか。攻撃力の過剰そうな奴だし、些細な情報でも集めておいて損はあるまい。見切って対策を立てる前にやられてしまったのでは話にならない。
「コルリスが地下に空間……いえ、多分これは通路ね。うん。地下通路を発見したみたい」
ステファニア姫が言う。地面を指先で叩いて探索していたコルリスが手を振って合図している。その光景に、クラウディアが苦笑する。
「やはり、というべきかしらね。王城なら秘密の抜け道の1つぐらいは用意してあるとは思っていたけれど」
「カハール達の使っていた城砦跡もそうだったからな」
同様の仕組みは王城にもあってもおかしくはないだろう。
「しかし隠し通路そのものは、もう発見されてしまっている可能性が高いでしょうね」
と、ヴァレンティナ。
「城の上部が吹き飛ばされてしまっているということを考えるとのう」
ジークムント老が残念そうに目を閉じる。
「地下通路へ通じる通路が丸見えになってしまっているというわけですか」
「そうね。事件後に生存者の捜索も行われたでしょうし、出入り口は見つかっていると思うわ」
アシュレイの問いにアドリアーナ姫が答える。確かに。現在廃城への立ち入りを禁じているということなら、当然隠し通路の出口側も塞がれてしまっているだろう。
「それでも探索はしておくべきかな。無くなってしまった上部分については調査しようもないけど、未発見の隠し部屋なら見つかるかも知れない」
「同感ね。隠し通路なら人目に付かないから重要な物を隠すとしたらそこを選ぶわ。ヴェルドガルでもそうだったものね」
ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら言う。ローズマリーも忘れられていた隠し通路を発見して、そこから魔法薬やら使い魔の製法を得たわけだしな。経験上から言うとそういう結論になるか。
まあ……母さんの家もそうだったからな。
「エルハーム姫が戻ってくるのを待ったほうが良さそうですね。ナハルビア王家に繋がる人物じゃなければ開かないというのは有り得ます」
このうえ、構造自体を破壊したりというのは……何というか忍びないしな。確かに王城は破壊されてしまったけれど、だからと言ってそれ以上壊していいとも思わない。
エルハーム姫のほうをカドケウスで見てみれば――特に大きなトラブルもなく、ファティマからの書状を受け取った警備隊の隊長以下数名が敬礼でエルハーム姫を見送っているという場面であった。どうやらエルハーム姫を知っている人物だったらしい。多分、ナハルビアの関係者なのだろうと思う。
旧都は何というか……かなり活気のある場所のようだ。行商人に露天商、屋台に酒屋まであるようで、人通りもそれなりに多い。森で採れる素材の取引であるとか冒険者相手の商売を目当てに人が集まっているように見えた。水源もあるからな。人が集まれば拠点として整備されてしまうのも当然というところか。元々家屋の類もそのまま残っていただろうしな。
街中の様子はともかくとして……エルハーム姫が戻ってくるまでに地下通路の入口になる部分までコルリスに辿ってもらうことにしよう。
そして――街中から戻ってきたエルハーム姫に早速そのことを話すと、彼女は静かに頷いた。
「私でお役に立てるかは分かりませんが」
……と、いうわけで地下通路探索である。螺旋階段を降りていくと、そのまま地下通路に降りることができた。
石造りの地下通路は真っ暗で静まり返っている。魔法の光球を放って先行させ、それに続いてシーラやセラフィナが通路を進む。
暗い通路の天井から床まで、隅々をチェックしながらそこそこ奥まで進んだ時だ。
「ん。待って」
進んでいくと、シーラが動きを止めた。みんなの進行を腕を上げて止めると、慎重な仕草で周囲の壁面や床、天井を見回して罠が無いことを確かめ、それからこちらに振り返って言ってくる。
「何か見つけた。これ」
シーラが示す壁の下方に、小さなレリーフのような彫り込みがあった。それを受けてステファニア姫が目を閉じて、五感リンクをしながら口を開く。
「今……コルリスが頭上からこの壁の向こうあたりの空間を調べているけど……よく分からないみたい。魔力を撃ち込んでいるのに、手応えが返ってこないって」
……言うなれば、ソナーの反射が戻ってこない、というところか。片眼鏡でよくよく注意深く見ると、ぼんやりと魔力を帯びているのが分かる。何か……隠蔽のための魔術でも施しているのかも知れない。これは……当たりかな?
「物理的な罠の類はない……と思う」
レリーフ周辺を調べながらシーラが言う。
「少し見せていただいてもいいでしょうか?」
と言って、エルハーム姫が前に出た。
「分かりました。もし魔法的な罠が発動する兆候がみえたら防御します」
エルハーム姫のすぐ隣に控えてウロボロスを構え、不穏な反応があれば即座にシールドを展開できるように準備しておく。
「ありがとうございます」
一礼したエルハーム姫はレリーフに手を翳したりしてみるが……それぐらいでは変化はないようだ。いや……僅かにレリーフの魔力が揺らいでいるか。
「少しいいでしょうか?」
「どうぞ」
俺も手を翳してみるが……エルハーム姫の時のような反応は無かった。やはり、彼女の魔力に反応しているのは間違いない。
片眼鏡で見えたことを説明すると、エルハーム姫は頷いて言った。
「触れてみても大丈夫でしょうか?」
「そう……ですね。反応から見て、罠の類ではないとは思います」
この地下通路を使うのはナハルビアの王族である。だからナハルビアの王族を陥れるための罠というのは考えにくい。
触れるエルハーム姫の指先に合わせてレリーフの魔力も反応しているのは間違いないが……劇的な変化はないな。
「わたくしの時は、血液に反応したけれど……」
と、ローズマリーが言った。
「そうですか? では、試してみましょう」
エルハーム姫は腰に差していた短刀を鞘から抜くと、自分の指先を僅かに傷付ける。滲んだ血でそのままレリーフに触れた。
その瞬間。レリーフから壁面に光が走った。四角く切り取るような閃光が壁に走り、そこにあったはずの壁の石が薄れて、更に地下に続く階段が現れる。
「どうやら正解だったようですね」
エルハーム姫は短刀を鞘に戻して嬉しそうな笑みを浮かべた。
「エルハーム殿下。お手を」
「ありがとうございます」
アシュレイがエルハーム姫の指先の傷を塞ぐ。
「では、参りましょうか」
みんなを見て言うと、彼女達も頷く。さて……。果たして何が出てくるやら。




