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37 シーラの友人

「褒賞金の5割……。テオドールは……私の情報があれば、誰でもあんな風にみんなを助ける事ができたと思っているみたいだけど」


 シーラはしばらく俺の方を見ていたが、そんな事を言った。


「他の人が同じように動けたとは、私は思わない。感謝しているというのは本当だから」

「……解りました」


 シーラは小さく笑みを浮かべる。それからまたその笑みを消して、真剣な面持ちで言ってくる。


「それから良かったら……私の友達とは仲良くしてほしい。あの子は今、冒険者ギルドにいるから」

「ああ……それはつまり」

「……イルムヒルトはラミア。私達と一緒に、西区で育った」


 西区というと……スラムのある方だろうな。


「ラミア、ですか。それでは冒険者ギルドが預かっている今の状況では心配なのでは? 先に言ってくれればそちらも気を回しましたよ」

「ラミアと聞いてテオドールが助けてくれるかどうか解らなかったし……そこまで世話にはなれない。本当は私が彼女を冒険者ギルドから連れ出そうと思っていたけれど……ギルド側が乱暴に扱ったりしないようだから、私も事を荒立てない事にした」

「……なるほど」


 もしかすると魔人騒動のどさくさに紛れて接触しているかも知れない。

 ラミアは上半身は人間で下半身は蛇という魔物だ。人間に対しては好意的だったり敵対的だったりと、個人差が激しいが、人間の姿を取る事が可能で、人間と恋愛したなんて話も残っているぐらいだ。


 冒険者ギルドの中にはそういう敵対的でない魔物に助けられたという経験を持つ者も結構いたりする。

 無下に扱って部族ごと敵対するとか、そういうリスクの話を除いても、友好的な魔物は案外大事にされるのである。

 後は……なんだ。女型の魔物との恋愛に憧れて冒険者になる奴もいるという話を聞いた事がある。冒険者って人種は良い感じに馬鹿である。


 それで、その友人が俺に冷たくされないかと心配している……という感じだろうか?

 カドケウスで見た情報の中にはラミアはいなかったな。俺が見たのはセイレーンとハーピーだ。となるとイルムヒルトは捕まっている間、人間の姿を取っていたのかも知れない。


「あの子は確かにラミアだけど。人間を襲ったりしない。兎や鳥で足りているから」


 ……なるほどな。シーラの言いたい事は解った。知らない相手であっても無闇に拒絶されて面白いはずがないからな。

 俺などは別に知らない相手に理解されなくても良いと割り切れてしまうが、そうでない者もいるだろう。友達が傷付かないようにと気を回すシーラの行動は納得がいく。


 ラミアは吸血によって栄養を摂るので吸血鬼と同一視されて忌み嫌われる事だってある。吸血鬼のそれと違って致死性も伝染性もないし、対象が動物相手でも良いわけだから人間との共存は、相互理解があれば難しいわけではないが。


「それは解りました。まあ、シーラさんの心配は必要ないと思います」


 吸血するからなんて理由で忌み嫌ったりするわけがないというか。理由は、言わずもがなだ。


「私は、ダンピーラですので」


 と、グレイスが微笑みを浮かべると、シーラは目を瞬かせた。それから目を閉じて頷く。


「なるほど。なら私は、これ以上心配しない。テオドールを信じる」

「……シーラさんに少し聞きたいんですが。その人はどこから境界都市に来たんです?」

「ずっと昔に……迷宮から出てきて戻れなくなったと言っていたけれど」


 ふむ。迷宮の魔物の話を聞くならイルムヒルトが良いという事だろうか?


「戻れなくなった、とは?」

「迷宮の魔物が襲ってくるようになって、奥まで行けなくなったと言っていた」


 うーん。一度迷宮の外に出たから異物と認識されるようになったとか?

 迷宮から持ち出した物を再度持ち込んだ時に赤転界石を使っても失わないという事を考えると、割と納得がいく気がする。

 それにしてもイルムヒルト、か。人間社会に慣れているなら感覚的に解りやすい話が聞けるだろうか? 或いは昔の話だとするなら参考にならないかも知れないが、その辺は聞いてから判断すればいいだけの事だ。


「イルムヒルトさんの体調が戻ったら話をするという事になっていますが、シーラさんも一緒に来ますか?」

「……いいの?」

「友人なんでしょう? お一人では冒険者ギルドに顔を出しにくいでしょうし」

「……ありがとう。恩に着る」

「僕も迷宮出身の方から聞けるお話には興味がありますので」




 やがてロゼッタとシーラが帰って、3人になった。

 もう夕刻だったのでみんなで夕食を作り食卓を囲む。

 それから各々風呂に入って汗や汚れを洗い流して。長椅子に座ってゆっくり三人で過ごす。


 迷宮に潜った後だから、朝でなくてもグレイスの反動解消が必要になる。吸血衝動は放置していても無くなるわけではない。我慢すればするほど、次の「渇き」がやってきた時に酷くなるのだ。

 つまりアシュレイの循環錬気と同じく、毎日続けるのが大事だと言えよう。アシュレイともこの時間を使って循環錬気を行うようにした。が、別に正しい体勢などは循環錬気にはないわけで……グレイス共々、日々密着度が上がってきている気がしなくもない今日この頃だ。


「循環錬気の時って暖かくて大好きです」

「そう?」

「はい」


 今日は何だか……いつもよりアシュレイが積極的に甘えてきている気がするな。グレイスと同じような体勢で、頬を肩に預けてくるような感じ。

 んー。アシュレイにとっては初めての実戦だったわけだし。ブレイブウィンドの効果も切れただろうから……それで、だろうか。


「ん。今日はお疲れ様」


 と言うと、アシュレイは少しだけ頬を赤くした。


「ごめんなさい。そのうち、魔法に頼らなくても大丈夫になりますから」

「気にしなくていいさ。今日も3人で一緒に眠る方が良い?」


 ほんの少し逡巡していたようだが、やがてアシュレイは小さく、こくんと頷く。

 じゃあまあ……そうするか。俺が耐久していれば大体円満に解決するし、今日は俺もさすがに眠気が勝るだろう。

 

「アシュレイ様は実戦も迷宮も初めてだったのですから仕方がありません。私も狩りで危ない目に遭った後、テオに頭を撫でてもらって落ち着いた事がありますよ」

「そうなのですか?」

「はい」

「えーっと……」


 そんな事もしたな。グレイスが狩りに出ていた時というと、母さんが亡くなって暫くの間の出来事だ。あの時は俺も不安だったしな。

 んー。でもその話を今この流れでとなると……。


 グレイスは穏やかに笑みを浮かべている。

 ……まあ、俺は良いけど。

 循環錬気を続けながらアシュレイの艶やかな銀色の髪を撫でる。


「何だか、くすぐったいです」


 アシュレイはくすくすと笑って小さく身を捩った。そんなアシュレイに、グレイスが微笑ましいものを見るように目を細める。

 ええと。

 2人は対等、という事になるとグレイスもだろう。2人の細い肩から手を回すようにして髪の間に指を滑らせる。


「ん……」


 グレイスは目を細めて体を預けてきた。

 風呂に入ったばかりという事もあり、サボナツリーの樹液から作ったシャンプーや石鹸の匂いが鼻孔に香る。髪の手触りも彼女達の感触も匂いも素晴らしいのだが……そうであればあるほど内心では割と余裕が無い。

 あまり考え事をしないようにしながら続けていると、アシュレイがうつらうつらと船を漕ぎ出していた。疲れているんだろう。そのまま横たえさせて、膝の上に寝かせる。


「今日は……ここでこのまま眠るというのはどうでしょうか?」

「まあ……起こすのも可哀想かな」

「毛布を取ってきますね」


 グレイスは立ち上がると2階へ上がっていった。


「ん……お、とうさ、ま……おかあさ……」


 膝の上でアシュレイが小さく寝言を漏らした。彼女の髪を先程のように撫でる。

 ……そう、だな。

 俺とアシュレイの境遇は似ている。アシュレイが迷宮に潜る事も、魔物相手に戦う事に積極的な理由も解るつもりだ。

 自分に力がある事が解って……強くなれるっていうのなら、努力する価値はあるよな。それに不安な時、こうして誰かに一緒にいてもらえる心強さだって。


「お待たせしました」


 グレイスが毛布をアシュレイの身体にかけ、俺の肩にかけてくれる。俺の隣に座って同じ毛布を羽織る。


「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい、テオ」


 天井付近に浮かばせておいた魔法の光球を消して、目を閉じる。

 眠るには少し早いけれど、明日もまた迷宮へ向かう予定なのだし身体を休めておくのは重要だ。昨日あまり眠れなかったという事もあり、すぐに眠気が襲ってきた。

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