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382 砂漠の街マスマドル

 ライオネルと分担作業で数人ごとに纏めて土魔法で固め、制圧したカハール本人、側近、私兵達をファリード王の将兵、討魔騎士団、ゴーレム達で手分けして運んで並ばせていけば転移の準備完了、というところだ。

 梱包した捕虜は転移魔法で首都メルンピオスに送り、あちらに待機している兵士達に引き渡す形となる。

 メルンピオスで待機している兵達に事情を説明したり、転送したこの連中を収監したり、各作業をスムーズにするためには、ファリード王達もメルンピオスに移動して陣頭指揮を執るほうがいいということで……捕虜と一緒に転移魔法で彼らも移動することになった。


「ではエルハーム。俺達はメルンピオスに戻るが……お前はしっかりと彼らの力となり、案内役を行うように」

「お任せください父上。バハルザードとナハルビアの名を汚さぬよう、しっかりと任務を果たして参ります」

「ああ」


 ファリード王は頷くと、ステファニア姫やアドリアーナ姫とも言葉を交わし、それからこちらに視線を向けてきた。


「我等バハルザードの戦士一同、首都からそなた達の武運と成功を祈っている。そして我が国の国難に駆けつけ、手を貸してもらったこと。その恩義とテオドール卿の武勇と知略。俺も将兵達も生涯忘れはすまい」


 ファリード王が言うと、整列した将兵達が居住まいを正し、号令一下敬礼の姿勢を取る。


「ありがとうございます」

「森での一件が片付いたら、もう一度メルンピオスの宮殿に立ち寄ってくれ。今度は出陣前の宴ではなく、その時こそ何も考えずに夜通し騒げるだろうからな」


 そう言って、またにやりと笑った。


「では――転移魔法を用いるわ」


 クラウディアの言葉と共に、廃墟の街に巨大なマジックサークルが広がる。光の柱が立ち昇り、それが収まると……敬礼していたファリード王と将兵達、それから捕虜達の姿はもうそこには無かった。

 ここの廃墟については……まだ水源が枯れているわけではない。もしかすると旅人がここの水を頼りにする可能性もあるだろう。外壁の門を開く状態にしてからみんなでシリウス号に乗り込む。


 バハルザード国内の情勢がもっと安定してくれば、この城砦も悪用されないように常備兵が置かれたり、定期的な巡回がなされるかも知れない。いずれにせよ、ファリード王は今後の悪用を防ぐ意味でも何かしらの形で対策をする、と言っていた。


「討魔騎士団総員及び、騎竜全頭、乗船を確認しました」


 と、討魔騎士団の点呼を終えたエリオットが言う。


「それじゃあ、移動しましょうか」


 まずは近場にある南西部最大の拠点――マスマドルという街へ移動する。

 聖地周辺の森の探索が長期に及ぶかも知れないという可能性や、何かしらの理由で撤退する事態などを想定していくと、マスマドルの月神殿への転移を可能にしてから行動するのが良いだろう。メルンピオスからここまででも、それなりに距離があるからな。


「マスマドルの冒険者ギルドで、森についての情報も集められるかも知れんのう。街に到着したら、儂はギルドを覗いてこようと思う」


 シリウス号が動き始め、艦橋に腰を落ち着けたところでアウリアが言った。


「アウリアさんは精霊を使役して、結界外部の監視をしていたようですが……お疲れではないのですか?」


 アウリアは契約している精霊を放つことで、広域から情報を得ることができるらしい。使い魔とは違うので五感リンクではないが、精霊達とやり取りすることで複数の離れた場所の情報を得ることができる、というわけだ。不可視の見張りを立てられるようなものなので、冒険者として見た場合かなり有用な能力と言えよう。

 ということでアウリアにはクラウディア達の結界の外側で、廃墟の町から討魔騎士団の監視の目を盗んで逃亡する者がいないかどうかを見張っていてもらったのだ。


「確かにそこそこの数の精霊達を使役して交信してはおったが、それしきではくたびれたりせんよ。お主は激闘を繰り広げておったようじゃし、儂もしっかり働かねばのう」

「そうね。テオドール君は頑張ったのだし、ゆっくりしていてもいいのよ」


 そんなふうにアウリアとヴァレンティナが笑う。


「そうですか? では、少し船室で休ませてもらいます。何かあったら声を掛けてください」


 アシュレイの治癒魔法のお陰で痛みなどは引いているが……みんなに心配を掛けるのもなんだしな。街に着くまで少し部屋で休ませてもらうことにしよう。




「テオ……。そろそろ到着するそうです」


 船室で仮眠をしていると、グレイスにそう声を掛けられて目を覚ました。少し抑えた声の大きさであったから、軽く声を掛けて起きないほど疲れているようならそのまま寝かせておこうという気遣いなのだろう。


「……ん、おはよう」

「はい」


 目を開いて真っ先に飛び込んできたのは穏やかなグレイスの笑顔であった。


「ご気分はいかがですか?」

「うん。仮眠の前より大分身体も軽くなった気がする」


 アシュレイに答えると笑みを浮かべて頷いた。


「それは良かったです」

「みんなは? 休めた?」

「一緒に縫物をしたり、本を読んだりしていたわ」


 と、クラウディア。どうやら彼女達も船室で思い思いに過ごしていたようだ。

 グレイスは……まあ、吸血衝動の反動解消ということで俺の側で寝顔を見たりしていたようだが。仮眠の合間に軽く髪を撫でられた……ような気もする。


 部屋着から着替えてキマイラコートを羽織り、艦橋へ向かう。


「あ、先生。見えてきましたよ」


 操船席に座って船のコントロールをしていたシャルロッテが俺の姿を認めると前方を指差して言った。

 水晶板から外を見やれば既に夕暮れ時であった。

 夕日に染まった砂漠の景色は……昼間に比べれば風情があるような気がする。

 何も無い砂漠のど真ん中に、その街はあった。外壁があり、その内側に建物がある。街の中心は例によってオアシスなのだが、その規模が廃墟の街にあったものとは比べ物にならない。


「空から見た印象だと綺麗な街ね」

「ありがとうございます。川の水も流れ込んでいますし、水も地下から涌いているので、あの規模の水源になるというわけなのです」


 ローズマリーの言葉に、エルハーム姫が気を良くした様子で頷いた。

 泉というよりは、湖が広がっていると言ったほうが正しいだろう。湖畔の水も夕日をキラキラと反射していて、何とも綺麗だ。街の至る所に豊富な水を水路として引いている。

 中心部にある湖の畔にはヤシの木も生い茂っていて、何とも砂漠の拠点らしい風情があった。

 ナハルビアの首都が放棄されて以降は南西部最大の拠点という話だったか。やはりオアシスの規模が大きいからということなのだろう。


「となると、ナハルビアの首都であった場所はここと同程度の水源があったりするのですか?」

「いえ。川や泉はあるのですがマスマドルほどではありません。例の森が近くにあるので、そこから得られる資源がナハルビアの首都を支えていたそうですよ」


 ……なるほど。確かに、砂漠地帯の他の場所では確保できない物ばかりだっただろう。もっとも、ナハルビアに関しては咎人との関係上からその場所に首都が築かれるのは最初から決まっていたようなものだけれど。

 そして……マスマドルのような大きな拠点があるからこそ首都を放棄することができたわけだ。


「街中に入る前に、兵達に話を通してこなければなりませんね」

「では、護衛に着きます」

「ありがとうございます。この街を治めている人物はファティマ=マスマドルという方で……ナハルビアの民を両親に持っていて、私も面識のある方です。今日の宿の手配などは、しなくても大丈夫かと存じます」

「それは助かります」


 マスマドルの領主にナハルビア関係の人物をつけるという人事は……まあ、ファリード王の采配だろうな。というより、マスマドルの姓を持つということは、元々ナハルビアの貴族だったのだろうし。


 エルハーム姫が立ち上がると、メルセディアとエルマーが護衛として同行し、甲板へと出ていった。メルンピオスに到着した時と同様、外壁の見張りにエルハーム姫が甲板から声を掛け、兵士達は敬礼してからエルハーム姫と言葉を交わし、街の中へと旗を振って合図を送る。

 エルハーム姫は満足げに頷くと艦橋へと戻ってきた。それから、小高い丘のようになった場所を指差して言う。


「あの丘の上の建物が領主の館になります。麓の湖畔に船を停泊させれば邪魔にはならないでしょう」


 エルハーム姫の指示に従い、丘の麓までシリウス号を移動させる。

 湖畔に停泊させて下船の準備を進めていると、何やら道を駱駝の牽く車がやってくる。馬車ならぬ駱駝車だ。

 その車の中から、護衛らしき者達と共に1人の身形の良い人物が姿を見せた。


「これはエルハーム殿下……! バハルザード王家の方がお見えになられたと旗で合図がありましたので、空飛ぶ船が降りたところへ直接お迎えに参上しましたが……エルハーム殿下であらせられましたか。良くぞお出でくださいました!」


 その人物は、甲板の上に立つエルハーム姫の姿を認めて相好を崩す。

 流れるような黒髪を束ねた褐色の美女だ。歳の頃は20代半ばから30ぐらい……だろうか。


「ご無沙汰しています、ファティマ。元気そうで何よりです」


 エルハーム姫はその人物を見るなり、嬉しそうな表情を浮かべた。警戒した様子もなく、船を降りてファティマに近付き、その手を取る。


「はい。姫様もお変わりなく」


 と、エルハーム姫とマスマドルの領主、ファティマは再会を喜び合うのであった。

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