380表 真祖オーガスト
オーガストと向かい合ってウロボロスを構えると、奴は目を細めて肩を震わせた。
「そう慌てることも無い。私は君にも興味がある。どうせこれが最初で最後なのだから、戦う前に言葉を交わすぐらいはいいだろう?」
俺は眉を顰めたが、オーガストは両手を広げて笑う。
「……君とあの娘を見ていると、あの娘の両親を思い出すよ。狼と羊が仲良く手を取り合えるわけもないだろうにな。衝動を押し殺しても、必ず何らかの形で破滅はやってくる。後戻りはできないのだから、愛する妻と共に我々と永劫を生きると決めてしまえば楽になれただろうに」
「……そう思ってるのなら、何故フラムスティード伯爵だけを吸血鬼化したんだ?」
こいつのやり口はリスクが目立つ。諦めさせるのが目的なら最初から2人とも吸血鬼化させてしまえば良かっただろうに。2人ともそうしてしまってから恭順させるのが、正解だったはずだ。
「くく。君には分からないだろうが、長く生きているとそういった遊び心はどうしても必要になってくるのでね」
「要するに……娯楽代わりにしていたわけか」
「お陰でここしばらくは退屈せずに済んでいるよ。魔人と手を組んだり、こうして拠点を作ってやって、眷属達の国盗りを眺めたりね」
……側近達を見れば分かる。眷属を集めて回るのも、安住の地を求めるなどと眷属達の前で君主の真似事をしているのも。こいつにとっては全て余興のようなものだ。
とっくの昔に死んでいるはずの者が、領主面をして闊歩している。救いようもない。
俺が眉根を寄せると奴は牙を見せて笑った。
「そう怖い顔をするものではない。私はあの時、彼を助けたとも言えるのだよ。私の築いた家に生まれ、その恩恵で生きてきた者が私に逆らったのだ。少しぐらい罰を与えねば眷属達が捨て置かないさ。もっとも、人の身を超越するのを私は罰とは思わないが……彼らは人であることを諦めずに逃げ出してしまったからね。やはり自らの研鑽で貴種となった私とでは価値観が違う、ということかな」
その物言い。身体を包む真紅のオーラといい……自らの魔道で吸血鬼と成った、真祖と呼ばれる者達か。俺の理解が及んだのを察したらしく、オーガストは笑みを深める。
「だがまあ、逃げられたことも今日の再会を思えば無駄ではなかった。あれほどの力を付けたダンピーラの血が、どれほどの美酒となって私の糧となってくれるのか、今から楽しみでね。君達の前に姿を見せたのも、それが理由というわけだ」
「……もういい。黙ってろ」
反吐が出そうだ。こいつにはこれ以上何もさせないし、生かしてもおかない。低い唸り声を上げるウロボロスに魔力を集中させていく。
シールドを蹴って一直線に突っ込む。オーガストは目を見開き牙を見せると、大きく右腕を後ろに引いた。何かに掴みかかるような手の形。そこから輝きが生まれた。
それは剣のような……いや、違うな。剣ではない。紫色に光り輝く逆十字だ。血液の武器化でもない。魔力を武器にしているように思える。
オーガストはその逆十字の交差点を握ったまま、叩き込まれるウロボロスに合わせるように振るってきた。激突した瞬間、四方にスパーク光が飛び散って互いの武器が弾かれる。
風車のように逆十字が回る。逆手に握られていたものが順手に持ち替えられ、そのまま再度ウロボロスと叩き付け合う形となった。重い衝撃。当たれば肉体が消し飛ぶ威力だ。
だが、互いの魔力をぶつけ合う度に反発するような力が生まれるからか、吸血鬼の膂力をまともに受けずには済んでいる。グレイスの斬撃にも迫るほどの速度で振るわれる逆十字に、ウロボロスとシールドを用いて受け流し、切り込んでいく。
外套の裾が黒い狼の頭となって迫る。キマイラコートからネメアが飛び出して、狼の頭を引き裂く。
胴薙ぎの斬撃が迫ってくる。その一撃をシールドで受ける。一瞬だけ速度を鈍らせたが、衝撃でシールドが砕け散った。
威力の程を見るつもりではあったが――やはり、単純な膂力だけで言っても相当なものだ。
「ソリッドハンマー!」
側転しながら斬撃を避けて、巨大な岩を頭部に叩き付ける。直撃。しかしオーガストは怯んだところも見せずに十字架を振るってきた。岩ごと断ち切って俺を両断しようと迫る。レビテーションとエアブラストで身体ごとずらすと、その空間を斬撃が薙いでいく。
意識を揺らせば封印術も叩き込めるのだが――何か魔術的な対策でもしているのか。
それに、奴の一撃にも注意が必要だ。
シールドで斬撃をまともに止めようとするのは下策だろう。角度をつけて逸らすか……それより逆十字の斬撃に対してはウロボロスに循環魔力を纏わせて相殺するほうが正解かも知れない。
ならば――もっとだ。もっと魔力に意志を込めて、研ぎ澄ませろ。それが盾となり、槍となる。
奴の掌から、紫色の小さな光の欠片が放たれる。直感に従って後ろに飛ぶ。刹那、遅れて光の欠片が弾けるようにして、輝く逆十字が生まれた。
後ろに飛んだ俺を追い掛けるようにオーガストが飛ぶ。無数の光の欠片が放たれて、俺に引き寄せられるように迫ってくる。
側転、側転。空中を転身する度に寸前まで俺のいた場所を埋め尽くすように爆ぜて広がる逆十字。火球を放って着弾前に爆裂させ、奴の視界を爆炎で遮ってから一瞬の間隙を縫って飛び出す。シールドを右、左と蹴って、鋭角の軌道を描きながら突っ込む。
爆風の影から飛び出した俺を見逃さず、奴の手にした武器が唸りを上げて迫ってくる。シールドで斜めに逸らし、そのままウロボロスを振り抜く。手応えは無い。一瞬にして霧となり、ウロボロスをやり過ごされていた。
霧が分裂して集まり、蝙蝠の群れとなって迫ってくる。シールドを前面に展開して蝙蝠の群れを突き抜ける。斬撃を受け止めた時に似た衝撃が幾度もシールド越しに伝わってきた。その斬撃は翼によるものかそれとも牙か。無防備に群れの中に呑み込まれれば全身を切り裂かれるか、あっという間に集られて全身の血を吸い尽くされるだろう。
「サンダークラウド!」
背中側にマジックサークルを展開して雷撃の雲を置くように放射する。迂回して後背を突こうとした蝙蝠共が広がる雲の幕に突っ込んでは焼け焦げて落ちていくが、いかんせん数が多い。ダメージになっているのかいないのか。
「クククッ!」
向き直った時にはオーガストの身体が1つとなって再構成されていた。焼き焦がして落としたはずの蝙蝠の死骸も、一度四散してから引き寄せられるようにその身体に戻っていく。
頬などには雷撃による火傷の痕も見えるが、間合いを詰めて再び竜杖で切り込んだ時には既に元通りになっていた。
他の高位吸血鬼達に比しても凄まじい再生速度ではある。だが霧になろうが蝙蝠になろうが纏めて焼き焦がせばダメージは通るというのは分かった。次は霧になってもダメージを通せるだろう。
再生であれなんであれ、無尽蔵というのはあり得ない。ダメージの代わりとして魔力を消費させていることに違いはない。
光の欠片がばら撒かれる。無数に弾けて林立する光の逆十字の中をネメアとカペラの脚力で掻い潜りながら肉薄。すれ違いざまにウロボロスと逆十字を叩き付け合う。
反転と旋回。青い魔力の輝きと、紫色の輝きが空に残光を残しながら絡み合うように激突する。2度、3度と交差して、斬撃を掻い潜り。至近距離から放った水の刃で奴の蝙蝠の翼を切り飛ばす。
片翼を失ったが落下はしない。レビテーションで体勢を立て直し、既に元通りに翼が再生していた。
切り離されたほうの翼は空中で一度黒い球体となると別の獣に変容。翼を持った黒い狼となって背後から飛び掛かってくる。正面からもオーガスト本人が牙を剥きながら迫ってきた。
だが、狼の牙が俺に届くことはない。高空に待機していたバロールが光弾となって狼の背中をぶち抜いていったからだ。それで狼が死んだわけではないが、分離したほうはそのままバロールに相手をしてもらう。
唸りを上げて迫る逆十字をシールドを展開したウロボロスで逸らし、懐に飛び込む。普通ならばこの距離でさえエナジードレインの範囲内なのだろうが――祝福がある以上は意に介す必要もない。
心臓を打ち抜くように魔力衝撃波を叩き込む。止まらない。首を狩るように手刀が振るわれた。上体を屈めれば頭のすぐ上を暴風のような一撃が薙いでいく。
「ガルディニスの絶技と同じ技とはな!」
四方に弾けるような変異。巨大な獣の口が押し潰すように迫ってくる。
「リペルバースト!」
火魔法で周囲に爆風を放って大顎を押し止め、すぐさまネメアとカペラの力でシールドを蹴って真後ろへ飛ぶ。ガギン、と巨大な顎が閉じられて牙を打ち鳴らす音が響いた。
即座に反転して獣の顎をウロボロスで打ち砕く。獣の顎が引っ込み、代わりとでもいうように振るわれる逆十字。竜杖で逸らし、至近まで踏み込む。体内から血液の槍が無数に飛び出す。ネメアとカペラで弾き散らしながら至近距離で打ち合う。頬を切り裂いていく感触。無数の斬撃と打撃の応酬。
魔力を練り上げ、体外に纏わせ、更に高めていく。まだ。まだこいつを殺すのには足りない。もっと。もっともっとだ――!
身体の裏側から鉤爪のような血の刃が旋回してくる。獣の身体であれ、身体から射出する血液の槍や刃であれ――本体の膂力が乗せられるような攻撃でなければ破壊力は遥かに劣る。シールドで受け止め、ウロボロスを跳ね上げて肘を破壊。再生するより早く切り返して側頭部から頭を吹き飛ばす。
が、それでも止まらない。全身が水に溶けるように形を失い、砕いたはずの頭が脇腹から生えてくる。いや、変身の応用で身体の位置を再構成し直したというべきか。四肢の位置も違っていた。大上段に振り下ろしてくる斬撃が、俺の身体を輪切りにするような軌道で迫ってくる。避けきれない位置と距離。魔力を込めたシールドを多重に展開して止めるが、それでも重い衝撃が肋骨に突きぬけていく。
変身で……身体を形成させ直したというわけだ。ならば、こいつの心臓の位置も正しい場所にあるとは限らない。だから見せかけだけの頭を揺さぶろうがダメージにならない。では、今目の前で戦っているこいつの体内に心臓はあるのか?
分身体の狼に飲み込まれたはずのバロールが、狼を体内から爆散させる。だが、そのまま塵となって燃え尽きる。本体には――戻らない。
ウロボロスで逆十字と切り結びながら思考を巡らす。さっきの蝙蝠と、何が違ったのか。ああ――。心臓からの距離、か? ならば、やはり、こいつの体内のどこかに心臓や脳はあるのだろう。
さっきからこちらの攻撃を霧や蝙蝠になって避けない理由も理解した。雷撃のように、広範囲を纏めて焼き焦がすことができるような手札がこちらにあるからだ。下手に変身して回避しようとすると逆に大きなダメージを負うことになる。
こちらを殺すには変身のような技巧を弄するより力が有効と見たか。奴は両手に逆十字を作り出してそれを縦横に振るう。一方を避け、一方をシールドで受け止める。
力を逸らしているのに、それでも軋むような衝撃と痛みが突き抜けてくる。何度も受けていれば攻防にも影響が出るだろう。優位に立っているとでも思ったか、奴が笑う。俺も笑った。
切り結びながら今まで蓄積して練り上げた魔力を術式に変換していく。何層かに渡る風と水蒸気の防御フィールドで身体を覆う。
「お前の――殺し方は決まったぞ」
「な、に?」
同時に体外に纏っていた魔力をマジックサークルへ。体内で練っていた魔力を、己の肉体を触媒に術式を構築。
広がったマジックサークルの規模に奴の目が見開かれる。離脱しようとする動きに合わせて、体内に構築したコンパクトリープで奴の向かう先に転移。こちらに向かって飛んでくるオーガストの身体目掛けてウロボロスを打ち下ろす。肉体を砕きながら魔法を発動させた。
「焼き尽くせ――!」
火風複合、第9階級魔法タービュランスフレア。白熱した大火球が、奴のすぐ背後で膨れ上がっていく。風が火球に向かって流れ込み、火球の温度を際限なく高めながら肥大化させていく。
「ぐ、お――おおおおおっ!?」
燃え上がる。オーガストの全身が燃え上がる。翼が燃え尽きても落とさない。四方をシールドで囲ってどこにも行かせない。
俺にも熱は来る。来るが、すぐ後背で熱源に晒されているオーガストほどの熱量を浴びてはいない。ゼヴィオンと戦った時のように炎熱に対する防御フィールドを展開し、更にテフラの加護によって熱を軽減している。それでもじりじりと焼け焦げるような熱波を感じる。
だがそれが何だ。再生するからどうした。脳や心臓の位置が分からないから、何だと言うのか。再生するより早く。何もかも一切合財残さず纏めて焼き払い、奴が死ぬまで殺し尽くす――!
「ぎ、いいいあああっ!」
炎熱に焼かれるオーガストが狂ったように絶叫しながら俺に目掛けて逆十字を振るう。避けない。魔力を込めたシールドで受け止め、ウロボロスで弾き飛ばし、後方へ後方へと押しやる。四肢を焼かれ、炭化していくのにそれでもオーガストは止まらない。獣の顔を燃やし、血液の槍を焼き払い――やがて、オーガストの動きが止まる。意識が――途切れる。
「散れ」
光魔法第6階級――封印魔法シーリングウェッジを焼け焦げたオーガストに叩き込む。封印するのは奴の魂に刻まれた、穢れた呪法だ。つまりは――奴を吸血鬼足らしめている、能力の根幹そのものを破壊する。
光の楔が炭化したオーガストに吸い込まれ、茨がその身体に絡みついた。次の瞬間、奴の魔力が完全に途絶え、外からではなく内側から火を噴いて塵になって消えた。見届けてから拳を握り、燃え盛る業火球を縮小、消失させる。
オーガストの消滅と共に、夜の結界も解除されていく。薄暗い廃墟の街に明るい陽射しが降り注ぎ、僅かに残ったカハールの手勢であった吸血鬼達も塵へと還っていった。後には雲一つない青空がそこに広がるばかりであった。




