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375 メルンピオスの宵闇で

 夜宴が行われる前に、例によってメルンピオスも転移可能な拠点としておくことになった。とは言え、メルンピオスはあくまで他国なのでファリード王の許可が無ければ転移ができないように契約魔法に組み込む必要がある。ジルボルト侯爵領と同じだな。ファリード王が宮殿の主なのでそれを利用して、というところだ。


「この神殿は、水の精霊王も一緒に祀っているのね」


 クラウディアが神殿を見て呟く。場所は街中ではない。宮殿の外縁部に立派な神殿が設けられているのだ。

 やはり北方とは建築様式が違う。青いタイルの壁――ドーム状の屋根の裏側まで装飾が施された神殿は見事なものだった。


「バハルザードは月神殿の他に水の精霊王への信仰も盛んな場所なのです」


 と、エルハーム姫が言う。

 乾燥地帯であるために理由は言わずもがなだろう。流れる川が生命線であるために、自然と水の精霊王への信仰も集まるというわけだ。


「規模は大丈夫?」

「問題無いようね」

「それは良かった。神殿については以前王家に諌言をしたことがあってな。それが原因で荒れてしまった時期があって気がかりだったのだが」


 ファリード王が王位を継いでから以前の状態に回復させたそうだ。

 まあ……神官長や巫女頭が暗君に迎合しなかったからこそ、人々の尊敬を勝ち得て信仰が失われなかったということかも知れない。


「では、始めましょうか。契約魔法でもあるから、提示された条件に問題があると感じたならはっきりと否定の意を」


 そう言って、クラウディアの足元からマジックサークルが広がった。




 契約魔法と転移門の設置については完了した。そして夜を迎え、予定通りに夜宴が開かれたのだが……その盛り上がり方は何というか、ヴェルドガルやシルヴァトリアでの晩餐とはやや質が違うものであった。


 次々運ばれてくる料理と飲み物。奏でられる音楽に合わせてひらひらとした衣装に装飾を着けた踊り子達が舞い踊る。

 何となくローズマリーが占い師として活動していた時の出で立ちを思い出すな。まあ、ローズマリーとしてもこちらの文化を参考にして演出していたのだろうが。


 ショールのような布を閃かせ、腕を振り身体をくねらせたりと、踊り子達の技量と修練は見事なものだが……露出度も控え目であまり扇情的な内容にならないよう配慮もしてあるようだ。なので、神秘的な異国情緒を漂わせる内容に思える。

 うん。婚約者達と共に歓待を受ける身としては助かる。シーラもリズムを取って小さく首を動かしていたり、イルムヒルトの肩に乗ったセラフィナが小さく手拍子を合わせていたりと、みんなも楽しんでいる様子だ。劇場の演目の参考になる部分もあるだろうか。


「カハールの奴めには一泡吹かせてやらねばなりますまい」

「全くですな。あやつは宮殿に巣食っている時から卑劣な真似ばかりしておりましたからな。今度こそ……白黒つけねばなりますまい」

「だがそれもこれもヴェルドガルとシルヴァトリアのお客人のお陰」

「確かに。盛大に今宵の席を祝いましょうぞ!」


 そう言って側近達は酒杯を掲げ、団結の意を示すように気炎を上げている。

 そう。夜宴の趣が普通の歓待と違うと感じるのは異国情緒があるからということではない。

 確かに俺達の歓待でもあるのだろうが、出陣前の景気付けといった性格も帯びているからだ。出席者達も陽気に騒ぎつつも酒量を抑えめにしているあたり、既に臨戦態勢といったところか。


「……ロイが馬鹿な真似をする前に止められて良かったわね」


 彼らの様子を見ていたローズマリーがそんなふうに呟いて目を閉じた。


「そうだな、色々な意味で」


 ファリード王はかなりの修羅場も潜っているようだし。

 何より、これからカハールや吸血鬼などとぶつかることになるというのにファリード王だけでなく側近達にも気負ったところが見られない。周囲の人材にも恵まれている様子だ。

 もしロイがバハルザードにちょっかいを出していたらどうなっていたことか。義理堅い人物のようだし、その分だけ遺恨を残すと後々まで響くだろうしな。


 と――。精神支配を受けていた、例の女官のほうにも動きがあったようだ。女官は宮殿の仕事に休みを取ってメルンピオスの街中にある実家に戻っている。

 カドケウスをボディガードとして付けておき……あちら側に動きがあれば接触してきた者の追跡が開始できるようにと準備を整えてあったのだが……彼女の居室の窓にコツコツと小石をぶつけるような音がするのだ。


 女官が燭台を手に2階の窓を開けて裏の通りを覗くと……そこにはフードを目深に被った男が立っていた。

 ランタンの明かりを2度、3度と瞬かせて合図を送ってくる。女官は吸血鬼の命令した通りに密書を包んだ布を窓から放った。ひらひらと緩やかに通りに落ちた布を受け取り、中から密書を取り出すと、男は再びランタンを瞬かせ、確かに受け取ったという合図を返すと身を翻した。


 女官は如何にも精神操作を受けているといったような無感動を装いながら、静かに窓を閉じると部屋の隅に行ってから安堵したように胸を撫で下ろす。

 さて。カドケウスは女官から離れて男の追跡開始だ。

 五感リンクが可能な距離にも限度というものはあるのだが、方位磁石と通信機を持たせているから問題なく連絡を取り合うことは可能だ。

 まあ直接制御ができたほうが何かと安心なので、ギリギリの距離からシリウス号による追跡も行う予定だが。


 暗がりから暗がりへ。男の身のこなしは軽やかなものだ。何か特殊な訓練を受けている人材のような気がするな。カハール配下の間者、といったところだろうか?

 日中のうちにたっぷりと魔力を与えておいたカドケウスも、一定の距離を取りながら暗がりから暗がりへと移動していく。夜の闇の中で物音も立てずに移動するカドケウスの尾行を察知するのは至難ではあるだろう。


 どうやって街の外に出るつもりなのかお手並み拝見といったところだが……間者は船着き場に向かった。

 シリウス号に用でもあるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 少しの間シリウス号に視線を向けていたものの、すぐに視線を外し、その場から離れた船着き場の倉庫の陰に腰を落ち着ける。女官から受け取った密書を何か、魔石の埋め込まれた紐付きの木筒にしまうと首からかけて懐に入れ、そこから動かなくなった。

 ……何かを待っているのか。外壁に向かわず船着き場で、船にも乗らずに待機というのは……。


「カハールの間者を発見しました。こちらで捕捉していますが、どうやら船着き場で何かを待っているようですね。今のところ、特定の船に乗る気はないようです」


 と、ファリード王にも伝えておく。


「それは……水門が開くのを待っているのかも知れんな」

「なるほど。例えば、出入りする船の底にでもしがみついて街の外に出ると」


 俺の推測ではあるが、あの木筒は防水用で、首からかけて泳げるようにしておくといった代物かも知れない。或いは――捕まりそうになった時に密書を燃やせるような細工がしてあるという可能性も考えられるが。


「……船底か。出入りの際に船の積み荷は検めることもあるが……。今回は見逃すが、次回からの警備には参考にさせてもらうとしよう」

「分かりました。僕も船にいるみんなには船着き場にいる怪しい人物は泳がせている旨を連絡しておくとしましょう」


 討魔騎士団の面々が怪しい人物を見つけて捕えてしまった、では若干困る。しっかり連絡を取って全体の作戦が上手くいくように調整をしておこう。

 間者の監視はカドケウスに任せる。動きがあればこっちに知らせてもらうということで。




 ――間者の動きがあったのは早朝であった。

 荷物を積み込んで川を下る商人達の動きに合わせて水門が開放される。それと同時に、間者が動く。人目を憚るように船着き場の端から水の中へ潜った。気泡が顔を覆っているのを見ると……やはり何かしらの魔道具を用意しているということか。

 川底を移動し、商人の船の船底に張り付いたようだった。やがて商人がやってきて、船を漕いで水門へと向かう。


 簡単な荷物の検査を終えて船が街を出る。少し川を下って人目につかなくなったところで、間者が船底を離れ、船が行き過ぎるのを待つ。

 水から上がり――少し歩くと、街道沿いで待っていた別の男達と合流した。駱駝に乗って……街道を離れて移動していくようだ。


 方向はやはり、南西。

 ふむ……。駱駝での移動か。カドケウスは鳥の姿を取って上空から連中の姿を監視させている状態だったが、ここからは少々の距離を空けて、地上から追ってもらうとしよう。


 無限軌道のような形態を取って回転しながらの移動をさせるのだ。

 方位磁石を確認しながら回転の回数をカウントすることで正確な移動距離と方角を割り出す。向かっている方向などから敵拠点を早期に割り出すことも可能になるかも知れない。

 連中と十分な距離が取れたら、俺達も尾行開始である。ファリード王と精鋭部隊もいつでも出陣の準備ができているそうだ。

いつも拙作をお読み下さりありがとうございます。


書籍版「境界迷宮と異界の魔術師」第1巻に関しまして、

特典についての情報が解禁となりましたので詳細を活動報告にて掲載しております。

参考にして頂ければ幸いです。m(_ _)m

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