374 王の策
さて。ファリード王とシェリティ王妃との話は纏まった。では次に……足場を固めることからだろうか。
「魔道具をお渡ししておきますので、ご活用ください」
ローズマリーの鞄から魔道具を取り出し、絨毯の上に並べる。破邪の首飾りとクリアブラッドの魔道具を何セットか渡して使い方を説明しておく。
「うむ……。では早速使わせてもらうとしよう。まず要職についている者達からだな」
「手順はどうなさいますか? 吸血の痕を調べさせるところからでしょうか?」
「いや。詳しく説明せずに魔道具を使ってもらうほうが安全だし手っ取り早い。操られている可能性があるならば、それを解除し、安全を確保してから説明すれば十分だ。数人ずつ呼び出し、次第に規模を広げながら順番に行っていく」
と、ファリード王とシェリティ王妃がやり取りをかわす。
ふむ。吸血鬼からの精神支配を逃れられれば安全も確保できるわけだし、吸血鬼からの接触があった者からも情報を得ることができる。
後はその情報を基に吸血鬼を排除すれば後発の事態を防ぐことが可能になるだろう。
詳しい説明をしないというのは、精神支配の解除を察知させないということか。潜伏させている以上はいざ行動を起こすまでは問題を起こさないようにするだろうしな。
しかし魔道具を受け取ってすぐに行動か。時間を置くと状況が悪くなるというのは分かるが、このへんのフットワークの軽さはさすがに混乱を収めた王という気がするな。
「では僕達も護衛として立ち会いましょう。確率的には少ないとは言え、いきなり当たりを引いたり、ましてやその場で察知されて暴れられたりしたら元も子もありません」
「それは心強いな。では、安全確認ができた者達の十分な頭数が揃うまでということでお願いしたい」
「はい」
大変そうに見えるが実際はそれほど手間ではないだろう。精神支配を受けていないことが明らかなら後は元々の信用や信頼にかかってくるからだ。
また、1人が見つかればそこから経路を辿っていくことで芋蔓式に解除していくことが可能だろうし、問題の発覚を恐れるなら手当たり次第にというわけにもいかない。そうなると例の内通者達も比較的優先度が高い連中ではあるだろう。
そのことを告げるとファリード王は頷き、立ち上がって早速部屋から出て女官に指示を飛ばしていた。
というわけで宮殿の離宮の一室にて待機。隣の部屋でファリード王が側近達に魔道具を使わせ、安全確認が終わったら種明かしをして隣の部屋に通す、という流れになる。
最初に集められたのは宰相に騎士団長に宮廷魔術師といった側近中の側近達であった。
「どうなされたのですか、若――いえ、陛下」
「いや。ヴェルドガルの者達に面白い魔道具を貰ってしまってな。心身の調子を整えてくれる、健康促進のための魔道具だそうだ。物珍しいからお前達にも使ってもらおうかと思ってな」
「ほほう。陛下にお気遣いいただけるとは」
温和な雰囲気の宰相はファリード王の言葉に相好を崩す。
心身の調子を整える、ね。まあ……嘘ではないかな。クリアブラッドなどは血液の状態を正常な状態に戻すという魔法だから、実際に体調が良くなる側面もある。
「首に掛けるだけで良いとは」
「こっちは実際に魔力を使って魔道具を起動させる方式なのですな。ふむ」
側近達は破邪の首飾りを身に着けたりクリアブラッドの魔道具を使ったりして、何やら楽しげな様子だ。
そして全員が魔道具を使用したところでファリード王が尋ねる。
「どこか変わったところはないか?」
「そうですな。言われてみれば心持ち気分が良くなったような気もします」
「ですな。劇的というわけではありませんが、悪くはありませんぞ」
まあ、精神支配から解放されたのでなければそんなところだろうか。血液の状態が悪い者だともっと目に見える効果があるのかも知れないが。
「すまん、お前ら」
ファリード王がそう言って謝る。
「おや、どうなされました?」
「いや。それは解呪の魔道具とクリアブラッドの魔道具なんだ。吸血鬼が組織立った行動をしている、と情報を得てな。もしかすると王宮内部に精神支配を受けた者が入り込んでいる可能性もある。まずはその可能性を潰してからでないと行動ができん」
「何と……! いや、それが事実であれば陛下の行動も納得ではありますが」
「確かに。陛下が頭を下げる必要はありますまい」
「クリアブラッドですか。道理で魔道具の効果が似ていると思いました」
側近達は口々に言うと、納得したように頷く。
「詳しい話は、隣の部屋にいるエルハームやシェリティに聞いてくれ。重要な者達から順繰りに同じように魔道具を使ってもらうが……頭数が確保できたら規模を広げていくから、その段取りや今後のことを考えておいてくれ」
「承知しました、陛下」
そう言って、彼らはファリード王に敬礼するのであった。
そして側近達はエルハーム姫やシェリティ王妃に事情を聞くなり、次善の策を練り始めた。
「検査するのは良いのですが、その後で精神支配を受けてしまう可能性は排除していかなければなりませんな。特に、破邪の首飾りは精神支配を解除した折に消耗してしまうのでしょう? 大事に使わなければなりますまい」
「うむ。当面の間3人1組で寝食を共にするというのはどうか」
「それが良さそうですな。騎士や兵士達については班ごとに分けて検査していけば良い」
「幸い魔道具の数には余裕があるようですが、時間との勝負でもありますからな。手際よく行きましょう」
「砂漠地帯への派兵は――」
といった調子で彼らは話し合いを進めていく。
どうも横から話を聞いている限りだと首都メルンピオスと街道沿いの警備巡回を優先させて国内の安定に努めていたので、すぐに砂漠地帯へ大規模な派兵ができる余裕があるという状況ではないようだ。
「バハルザード側の治安安定のための兵力もそうですが……カハールと吸血鬼達が南西部に動いているとすると、あまり時間的な猶予は無さそうですね」
アシュレイが少し困ったような表情で言うと、マルレーンも心配そうな面持ちで頷いた。
「そうね。南西部にだって集落や拠点はあるのでしょうし……吸血鬼達も聖地にちょっかいを出そうとする可能性もあるわ」
「カハールの手勢は大規模な盗賊団程度、と言っていましたか。頭数では王国側が勝っているということですよね?」
「でしょうね。負けて追われたからこそそうなっているのでしょうし。となれば向こうは余計に直接的な激突を避けるでしょう」
だからこの場合、戦力を万全に整えて確実に叩き潰せる戦力差を差し向けるよりも、連中を抑制させられるだけの兵力を早急に動かすことが重要になってくる。
略奪されて力を蓄えられたり、森の咎人などを押さえられてしまうと面倒なことになる。
「となると……シリウス号で運べるだけの兵力を乗せての速攻かな」
俺が言うと、みんなの視線が集まった。つまり機動力を活かしての電撃戦だ。兵力もカバーできるだろう。
「吸血鬼の被害者が見つかったぞ」
と、隣の部屋からファリード王が恐縮した様子の女官を連れてきた。ふむ……。様子を見るに、精神支配は解けているようだな。
「内通していた騎士がいたであろう? あれの妹でな。街に買い出しに出て帰りが遅れたところを襲われ、吸血を受けてしまったそうだ。さて。早速で済まないが、他の被害者について知っていることはあるかな?」
ファリード王に促されると、女官は怯えた表情を上げる。
「怯える必要はない。精神支配を受けてのことであれば、吸血鬼の存在に気付くのが遅れ、読み切れなかったが故の余の不手際だ。そなたにもそなたの兄も、責を問うたりはせん」
ファリード王の言葉に女官は安堵するかのように小さく息をついた。そして申し訳なさそうに口を開く。
「兄を騙し……吸血鬼のところへ連れていきました。あれは兄も吸血し……エルハーム殿下の情報を引き出すと、今回の待ち伏せの方法を伝えてきました。ダール達と通じ合い、計画を実行に移すようにと」
「その吸血鬼は、今どこにいる?」
「南西部へ加勢に戻る、と言っていました。後日、遣いの者を私のところに向かわせるから、首尾について密書なりで報告するようにと」
南西部に戻るか。吸血に加えて魔眼も使えるような、それなりに高位の吸血鬼なのだろうが……中々忙しそうじゃないか。兵力差を質で埋めようとしているのは向こうも同じということか。
エルハーム姫の誘拐に成功していればその際に引き渡すか、或いはどこかで落ち合う予定なのだろうが……。
「ふん。やってくれるな」
「僭越ながら。遣いの者に偽情報を掴ませるというのはどうでしょうか?」
「ほう」
俺の言葉に、ファリード王がにやりと笑った。
「エルハーム殿下が僕達と共に帰還した、という情報は噂になっていると思います。ですので、そこを逆手に取って――」
というと、ファリード王は堪え切れないといった様子で肩を震わせる。
「くっくっく……うむ。エルハームを連中に引き渡せない理由を考えなくてはいかんな」
「戦闘に巻き込まれて、今おられる殿下は影武者であるということにしてはいかがですかな」
と、進言する側近も人の悪い笑みを浮かべていた。
「そうだな。俺が激怒していて、山岳地帯に派兵しようとしている、といった情報を流してやれば、カハール達もそれに乗じて潜伏を止めて行動を起こすだろう。派兵の準備も大っぴらにできるようになるし、一石二鳥だ」
そしてそこを叩く、というわけだ。密書を運ぶ者を追跡してやる必要があるかな。
「となると、遊牧民達に無用な誤解が生じないよう、族長に偽情報を流すことを裏で伝えておかねばな。残りの人員の検査も済ませたら、早速準備に取り掛かれ。予定通り、夜宴も行うぞ。こちらが影武者を立てて偽装している、というところも見せねばならんからな」
「はっ!」
「ん。楽しくなってきた」
その様子を見ていたシーラが零すと、イルムヒルトは苦笑いを浮かべるのであった。




