373 咎人の檻
「しかし……カハールに東国からやってきた吸血鬼か。連中がこぞって砂漠に結集している可能性が高いとなれば……これは調査の許可だけでなく、俺達の持つ戦力も差し向けるべきだろう。奴らは我らの敵に他ならない」
「ありがとうございます」
「テオ――」
グレイスが声をかけてきた。調査の許可だけでなく、共闘ということになるならばこちらも話さなければならないことがある。視線を合わせて頷くと、彼女もまた頷いた。
「その……東国からやってきた吸血鬼というのは、私の祖先のようなのです」
グレイスがファリード王に切り出す。
「ほう。吸血鬼の出自について心当たりがあるということか」
「私はダンピーラです。呪具を用いて種族的な特性を封印することで吸血衝動を抑えて暮らすことができていますが……父を吸血鬼化させた犯人というのが先程のお話の中にあった、貴族家の吸血鬼ではないかと」
グレイスはファリード王に、自分の出自や東国で起こったこと、両親と共に逃げたこと。母さんや俺と出会ったこと。そして、俺達の推測などを話して聞かせる。
ファリード王はグレイスの話を聞き終わると、目を閉じて頷いた。
「そうか……。幼くして故郷を追われた者の苦しみというのは――まあ、他の者より多少は分かるつもりではいるが……今に至るまで、さぞや苦労したのだろうな」
寄り添うシェリティ王妃の肩を抱くようにして、ファリード王が言った。それはシェリティ王妃の境遇を踏まえての言葉であるのは間違いない。
王妃は国が亡び、バハルザード王国に庇護を求めた。だがそのバハルザードとて暗君が出たせいで混乱があったわけで……ファリード王と共に今に至るまで、かなりの苦労を重ねてきたのだろう。
シェリティ王妃もグレイスの言葉に目を閉じて耳を傾けていたが、やがて目蓋を開けると居住まいを正し、口を開いた。
「……皆様のお役に立てるかは分かりませんが、私も知る限りのことをお話ししなければならないでしょうね」
隣のファリード王が、静かに頷く。
「私はあの日、あの時――。乳母や近衛の騎士達と共に城を離れ、城の近くにある泉に足を延ばしておりました。父達の言いつけだったのです。大事な来客があるために城にいてはならないと。私が嫌がったらいつになく、険しい顔で叱られたことを覚えています」
来客で……姫を外に行かせるというのもおかしな話だが。
「仕方なく泉のほとりで遊んでおりましたら……私がふと顔を上げた時には城を真っ黒な闇の球体が包み込んでおり……。そしてその闇が急激に小さくなっていったと思った時には、闇に包まれていた場所には何も残ってはいなかったのです」
シェリティ王妃は淡々と口にする。敢えて感情を差し挟まないようにしている、といった語り口だ。
「生き残った者は――それなりにいました。犠牲者は城の上階にいた者達で、城が消し飛ばされたというのに瓦礫などの下敷きになった者はほとんどいなかったのです」
「瓦礫が……」
その破壊の仕方も、無明の王の能力を読み解くヒントにはなるか。単純に吹き飛ばしたとか、そういうことではなさそうだ。
「そうです。闇に包まれた空間にいた者達が命を落としたのです。ナハルビア国王、そして王家の者達を始め、宮廷魔術師、騎士団長、宰相といった主だった者が命を落としたために、国の再建は難しい状況に追い込まれました。私は生き残った家臣達、王家を慕う民達と共に、バハルザード王国に庇護を求める、という結論を下しました」
「元々、俺とシェリティには面識があったからな。俺はナハルビアの民を受け入れるよう嘆願し……親父達はナハルビア王国の財宝を目当てにそれを承諾したよ。シェリティやナハルビアの家臣や民が厚遇で迎えられたとは言いにくいが……今は俺の家臣として働いてくれる者もいる。彼らやこの国を憂う忠臣がいなかったら、バハルザードは未だに混乱の中にあっただろう」
ファリード王はシェリティ王妃の抱えていたナハルビアの人材を引き込んだというわけだ。先代の王や宰相であったカハールを追放するのに、ファリード王の切り札として機能したということなのだろう。
「私が知るのはこの程度のこと。あの日起きたことについて、私は決して多くを知りません。しかし……ナハルビアのことならば。そして、あなた方が向かおうとしている森についてならば、幾つか語れることもあります。伝承があるのです」
シェリティ王妃は胸に手を当てるとそう言った。
「ナハルビアの高祖はあの迷いの森より来た者達が、その地に住んでいた者達と出会ったことで生まれた、と言い伝えにあります。しかし森の奥は咎人の住まう地。故に静かに眠らせておかなければならない。咎人は悔恨の中に。罪業を犯せし自らを戒め、檻に封じる。そしてナハルビアの子らに鎖を委ねる、と」
伝承、か。それは……どう解釈するべきなのか。
迷いの森に誰かが住んでいて、現地の者達――或いは別の土地からの移住者と出会ってナハルビア王家の礎になった……ということになるだろうか?
「これは、ナハルビア王家の成り立ちのお話、でしょうか?」
「そうだな。悔恨と、罪業っていうのは――盟主のことかな」
アシュレイの言葉に頷く。
森に住んでいた者達の中から盟主が出て……それを悔恨や罪業として森の咎人達が自分達の行いを恐れ、自ら森の奥に封印されたということで良いのだろうか?
となると、森の咎人というのは即ち魔人達ということになるが……。それでは説明できないこともある。
「魔人はその身に負の魔力を宿すが故に、人とは子を成せないと聞いたことがあるわ」
ローズマリーが眉根を寄せた。そう。だから魔人は盟主の侵攻の折に版図を広げておきながらも、数が少ないのだ。
「それは間違いないのではないかな。儂もそれなりにギルドの仕事に携わっておるが、魔人との混血という話は聞いたことがない」
と、アウリア。吸血鬼のように混血という事例すら存在していない。ナハルビアの王家が魔人と人との子孫であると結論を出してしまうのは、些か安直な気がする。となると悔恨や罪業というのもだな。
「森の咎人の正体については一先ず置いておくとしましょう。檻や鎖というのは、やはり結界や封印のことかしらね」
「それについては同意見ですな。しかも語感から察するに、自らを閉じ込めるためのものでしょうな」
クラウディアの言葉にジークムント老が頷いた。
混血の子孫達――つまりナハルビア王家の者達に結界を築かせ、その維持を任せたという暗喩か。
それを打ち破るために無明の王と呼ばれる者が王家を滅ぼしたとするならばどうか。ナハルビアの王城が消滅したその日、やってきた客人というのが森の咎人――無明の王であったと仮定すれば……それで一応の筋は通る。
ナハルビア王家が無明の王を説得しようとして逆上されたか……。或いは封印か暗殺をしようとして返り討ちにあった。それで来客程度でシェリティ王妃を城から離したことや、騎士団長や宮廷魔術師がその場に居合わせたことの説明にもなるだろう。そういった考えをみんなに話して聞かせる。
「……森の咎人の中から無明の王が出てきた可能性か」
「つまり外に出ていこうとするその者を止めるために、父上達は戦って命を落としたと。……私の長年の疑問にも少しだけ光が見えた気がします」
シェリティ王妃は目を閉じて、小さく息をついた。
「では……その檻や鎖というのは、今どうなっているのでしょうか?」
そう言ったのは、エルハーム姫だ。
「術式にもよりますが……継承がなされなかったのなら封印が途切れている可能性はありますね」
森の咎人達の性質が変化していないなら、封印が無くなったからと言って、出ていくかどうかは分からないが。
「私も……ナハルビアの迷いの森まで連れていってはいただけないでしょうか?」
エルハーム姫が言う。
「それは――」
「私とて、ナハルビアの血を引く者。森の咎人達が今もいるのなら、彼らからその任を引き継ぐことができるかも知れません」
それは、確かにそうだが。エルハーム姫に限らず、シェリティ王妃かその子供ならば誰か1人は同行してもらった方が、より多くの可能性や事態に対応が可能だ。儀式の引き継ぎの可否だけでなく、森の咎人と話をしたりする上でも。だから同行してもらったほうが良い、というのは間違いない。
ファリード王は目を閉じて腕を組み、少しの間思案を巡らしていたようだが、やがて俺を見て尋ねてくる。
「エルハームには多少の魔法の心得がある。しかし高位の吸血鬼や魔人が相手ともなると、それらには及ぶまい。あの空飛ぶ船で安全を確保するというのは可能かどうか。意見を聞かせていただきたい」
「船そのものに関しては第8階級か第9階級の魔法でもないと落とせないのではないかと思います」
「……十分だ。そなたらさえ良ければ、森へ赴く際にエルハームを同行させてはくれぬか?」
ファリード王の言葉にみんなの顔を見て、そして頷いた。
「異存はありません。僕達としても、ご助力をいただけるのは助かります」
「決まりだな。俺もそなた達への協力は惜しまん。この国のためという目的があることは否定しないが、是非とも共闘させてくれ」
そう言って、手を差し出してきた。頷いてその手を握ると、ファリード王はまたあの笑みを浮かべるのであった。




