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371 王都メルンピオス

 エルハーム姫の誘導に従って、そのまま川に沿ってシリウス号を移動させていく。

 眼下を流れる川は、川幅がかなり頼りなくなってきたところで、他の方角から流れてきた川と合流していた。

 お陰で水量も元以上に増えているようだ。確かにこのあたりは乾燥地帯ではあるのだろうが、王都の人々が水に不自由する、ということはなさそうである。


 王都に近付くに従い、川沿いを行く人々の姿も目に付くようになってきた。隊商。見回りの兵士。集落から集落へと移動する者達。

 彼らの中にはシリウス号に気付く者も時々いるようだが、移動中にあまり騒ぎにならないようそれなりの高空を飛行しているので首を傾げるに留まっているようだ。


 王都に着いたら船は停泊させておかなければならないわけだし、今は姿を隠すようなことはしなくてもいい。こそこそしているほうが不信感を招くしな。

 バハルザードの人々が噂話として空飛ぶ船の話を聞く、程度に落ち着いてくれればいいだろう。


「見えてきました。メルンピオスです」


 エルハーム姫が指差す先にバハルザード王国の王都メルンピオスの全景が広がっていた。外壁の内側へと河を引き込んでいるらしく、都市内部ではあちこちに緑が見られる。

 川縁では農作もやっているようだな。大河であるからか、船着き場まである。恐らく国内の移動に河川を利用しているのだろう。

 煉瓦の壁の家々と、石畳の通り。街のあちこちに水路が通してある。

 民家も、やはり、ヴェルドガルとは趣が違う。


 街の中央部――小高い丘の上に広がる宮殿も同様だ。タームウィルズの王城セオレムは上に伸びている感じだったが、こちらは広い敷地に跨って平面的に広がっている感じである。いくつかの庭園と離宮が城壁の内側に存在している。

 ……やはり個々の建物もヴェルドガルでは見ない建築様式だな。白い石材で作られた宮殿は、それでも壮麗な印象があった。

 敷地の中央部に丸いドーム状の屋根を持った大きな建物が見えるが……あれが国王のいる場所だろうか?


「見張り塔の兵士達に顔を見せてきます。内通者達のことも通達しなければなりません」


 エルハーム姫がそう言って甲板へと向かうために立ち上がった。

 こちらでも都市内部への空からの進入の仕方はいつも通りと言うべきか。見張り塔の兵士に旗などで合図を送ってもらう必要がある。


「見たところ、船着き場もかなり広い様子ですね。この船は水上にも停泊できるので、そちらに向かうことにします。そうお伝えください」

「分かりました」

「私達も挨拶に向かったほうが良さそうね」


 そう言ってステファニア姫、アドリアーナ姫が続く。


「では、こちらでも護衛に着きます」

「よろしくお願いします、エリオット卿」


 エリオットとメルセディアがそれに付き添ってくれた。

 エルハーム姫の護衛隊もシリウス号に乗っているが、内通者が実際にいたということも考えると、こちらはこちらでエルハーム姫の護衛をさせてもらうのが安心だ。

 シリウス号の高度を下げて、見張り塔の兵士達の目線の高さと甲板の高さを同じぐらいにしてから接近する。


 水晶板から甲板の様子を見てみれば、シリウス号の姿に目を丸くしていた兵士ではあったが、エルハーム姫の姿を甲板上に認めると敬礼で応えていた。

 エルハーム姫は兵士達に労いの言葉をかけてから、ステファニア姫とアドリアーナ姫を紹介しているようだ。肩書きを聞かされた兵士の表情が一瞬固まり、再度敬礼を取っている。

 エルハーム姫はそのまま二、三、兵士達と言葉を交わすと、艦橋へと戻ってきた。


「宮殿に通達するそうです。皆様、ようこそメルンピオスへ」


 そう言ってエルハーム姫は微笑んで一礼する。


「はい。では船着き場で準備をして待っているとしましょうか」


 シリウス号を少し浮上させて外壁を乗り越え、川縁の船着き場へと移動する。

 船からダール達を降ろし、引き渡しができるようにしておかないといけない。




 早速船着き場にシリウス号を停泊させ、第2船倉から捕虜達を搬出することにした。騒がれても面倒なだけなので空気穴だけ残して頭部も塞いでしまおう。そのどさくさに紛れてアンブラムを船倉から回収し、入れ替わっていた副長を再び石の箱で梱包して搬出する。

 捕虜達はアクアゴーレム達に運び出させて、荷物を並べるように平積みにしていく。

 並行してローズマリー達が甲板に固定していた竜車をレビテーションで浮かせて陸地に降ろした。


「……ふむ。ヴェルドガルよりは確かに暖かいけれど……想像していたほどでもないわね」


 竜車を降ろして一息ついてから、船着き場を見回していたローズマリーが呟く。異国の風景が珍しいのか、マルレーンとセラフィナ、それからシーラは一緒になってあたりを見回している。


「確かに思っていたほど暑くはないようですね」

「ヴェルドガルだと、今の時期は肌寒い日が増えてきますが……これなら逆に過ごしやすいかも知れません」

「うむ。薄着でも大丈夫そうじゃ」


 グレイスとアシュレイの言葉に、アウリアが頷いた。

 ヴェルドガルなら今の時期、それなりに厚着をする必要があるぐらいだ。メルンピオスは長袖だと場合によっては若干暑く感じる程度、と言ったところだろうか?


「一番暑い時期が終わりましたから、今は過ごしやすい季節かと。このあたりは川縁で空気も乾燥していないので、ヴェルドガルの方もあまり違和感がないかも知れませんね」


 と、エルハーム姫が説明してくれる。なるほど。


「ただ、朝晩はかなり冷えるのでお気をつけて。日差しが強い時もありますし、乾燥していますので……皆様も肌は覆った方が良いかも知れませんよ」


 ふむ……。ヴェールが必要だろうか。南西部に向かえば、それこそもっと暑くなるのだろうし無駄にはなるまいが……テフラの加護もあるから様子を見ながらだな。

 そんなことを話している間に捕虜達の運び出しも終わり、宮殿から遣わされてきたらしい兵士達の一団が船着き場にやってくる。エルハーム姫を見るなり、その場に一同膝を突いて口を開いた。


「おかえりなさいませ、エルハーム殿下。見張り塔の兵士達より、護衛隊内部にカハールの内通者がいたとの報を受け、急ぎ参上しました」


 エルハーム姫は静かに頷くと口を開いた。


「まず……この通り、私に怪我はありません。ヴェルドガルとシルヴァトリアの御客人の助力を得て、難局を切り抜けることができました。内通者とカハールの刺客達はこの方々の手により生け捕りにされて、あの石の箱の中に閉じ込められています」


 と、平積みにされた石の箱を指差して言った。


「なんと……」


 隊長以下、兵士達の目が丸くなる。


「私はこれより、私の命の恩人であり、バハルザードにとって最も重要な賓客を宮殿へとお連れしなければなりません。あなた達は内通者と刺客を然るべきところへ運ぶよう」


 エルハーム姫が良く通る声で堂々と告げる。


「はっ!」


 隊長が頷き、兵士達に指示を飛ばす。兵士達は手分けして石の箱を船着き場から運び出し始めた。

 ……うむ。捕虜の引き渡しはこれでいいとして。


「では、シリウス号の留守の守りは討魔騎士団にお任せください」


 捕虜の搬出を横目に、エリオットが静かに言った。


「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」

「行ってきます、エリオット兄様。お気をつけて」

「ああ。アシュレイも気をつけて」


 討魔騎士団とイグニスにラヴィーネ、アンブラム。それからリンドブルム、サフィール、コルリスらはシリウス号で留守番だ。

 コルリス達が甲板に姿を現し、見送りということでこちらに向かって手を振っていた。こちらも手を振って応える。アルファの姿も見えるな。視線を合わせて頷くと、アルファも頷いた。うむ。

 まあ……シリウス号の守りは結構なものだろう。使い魔と通信機でシリウス号側の様子も分かるし連絡が取れるから、どちらで問題が起こっても大体の事態には対応できるはずだ。

 エルハーム姫は竜車に。俺達は迎えの馬車に乗り込んで宮殿へと向かった。


 街並みは――木材は貴重ということなのか、窓枠まで石造りで、屋根は煉瓦といった建物が多い。一時国が乱れていたとは言うが、市場もそれなりに賑わいを見せていて……人々の顔には笑顔も見れた。街頭を巡回している兵士達もそれなりに見かけるが……恐れられてはいないようだ。


「街の人達は……割合平和そうにしているわね」


 クラウディアがその光景に目を細める。


「そうだな……。王都周辺は割合安定しているってことかな」


 この光景が全てじゃないだろうし色々苦労もしているのだろうが、バハルザード国王は治世を行っているということなのだろう。

 やがて竜車と馬車は宮殿の門を越えて、庭園へと入っていく。噴水やら植え込みやら、よく手入れされていて、流石に見事なものだ。庭園を眺めていると、竜車と馬車の動きが止まった。


「ここからは車で乗り入れることはできません」


 と、御者が言う。皆で馬車を降りて徒歩で宮殿の敷地を更に奥へと向かう。敷地の内側に更に壁と門が作られており、そこを進むと中枢の巨大な建物が見えてきた。これは何というか……セオレムとは別な意味で豪華だな。


「どうぞ奥へお進みください」


 エルハーム姫に促され、巨大な列柱の立ち並ぶ正面から宮殿中枢の内部へと進む。内部に進むと、そこには何とも見事な光景が広がっていた。

 壁から天井に至るまで一面タイル張りになっていて……多様な装飾を描いているのだ。コバルトブルーのタイルで描かれた模様が何とも涼しげな印象であった。


「これはまた……素晴らしいものじゃな」

「バハルザード王国も長い歴史のある国ですからね」


 ジークムント老が唸り、ヴァレンティナが息をつく。シャルロッテは目を瞬かせていた。賢者の学連からあまり外にでなかっただろうからな。まあ、学連の塔の作りも魔術師から見ると相当なものなのだが……この宮殿はそれとはまた方向性が違うし。


「恐れ入ります。宮殿は王国の混乱期にあっても戦火には巻き込まれなかったので」


 うむ……。下手をすると、タイルを剥がされたりして略奪されてしまうだろうしな。


「ここが謁見の間になります」


 そして、大きな扉の前でエルハーム姫が足を止めた。国王も既に待っているのだろう。到着するとすぐに扉が奥へと開いていき、正面の玉座にいる人物が目に入る。

 装飾付のターバンを被った、口髭の人物だ。貫禄はあるが、年齢はそれほどでもない。メルヴィン王やエベルバート王に比べると大分若く見える。

 ……頬に刀傷があるな。結構な修羅場を潜っていそうな印象がある。

 エルハーム姫と共に謁見の間の奥へと進み、皆で作法に則った挨拶をする。


「エルハーム=バハルザード。只今戻りました」

「うむ。友誼の使者と案内役、真に大儀であった。御客人、面を上げられよ」


 促されて顔を上げると、王と視線が合う。


「遠路遥々、よくぞ参られた御客人。俺――余はバハルザード国王ファリードである。エルハームを窮地より救ってくれたこと、既に聞き及んでおるぞ。まず父親として客人に礼を言わねばなるまい。そして……余の見る目の無さを詫びねばなるまいな。そなた達には我が国の事情や余の人選で迷惑をかけてしまったようだ」


 と、ファリード王が言った。今……俺と言いかけたか? 若いからというのもあるが、王様がまだ板についていないような気がすると言うか。

 かと言って王子、王族というよりは……そう、叩き上げの一軍の将といった雰囲気がある。バハルザードを安定させたと言うが……ファリード王の場合は何となく自らが戦場に立って、という気がしてならない。


「ヴェルドガルでの噂も耳にしている。我が国としてはヴェルドガルには恩がある。国を挙げてそなた達を歓迎せねばならんな」


 と、ファリード王はにかっと白い歯を見せて、何とも王様らしくない笑顔を見せるのであった。

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