370 エルハーム姫の事情
宴は盛況のうちに終わり、明けて一日。こちらからも船に積んでいた予備の魔道具を渡すことになった。
渡すものは治癒と解毒の魔道具に破邪の首飾りである。アシュレイの魔法に及ぶべくもないが、属性付与した魔石を組み込むことにより石のサイズや術式のランクに比して効果も大きくなっている。コミュニティに1つずつあればかなり役に立ってくれるだろう。
「破邪の首飾りは解呪を行ったり、魔法薬の効果を打ち消してくれます。まあ、良い影響を及ぼす呪いも打ち消してしまいますし、使い過ぎると壊れたりするので使用には注意が必要ですが……」
と、魔道具についての説明をする。破邪の首飾りについては確かに壊れてしまうというデメリットはあるが、呪いや魔法薬で被害を受けるというケースはそれほど頻繁というわけではないだろうし、必要になった時に役に立ってくれれば十分なのだ。
「このような貴重なものを……」
「この魔道具は作製に関わっていますので」
ユーミットが恐縮しているようなのでそう答える。
魔術師や魔法技師が関わったり必要なものが魔石であったりと。付加価値で魔道具も高騰するわけだしな。原価としてはそこまででもない。それに、このことはアルフレッドの発案でもある。
エルハーム姫や遊牧民についてメルヴィン王への報告ということでアルフレッドを通して通信機で連絡を取ってみたのだが、是非遊牧民とも友好関係を結んできてほしいとのことだ。その際、アルフレッドから提案されたというわけである。
「魔法技師でもあったのですか?」
「いえ。友人が魔法技師で、協力して魔道具を作っているのです。今回はヴェルドガルからの友誼の品ということでお納めください。友人も賛同してくれるものと思います」
アルフレッドが持ちかけてくるのは、国にとって役に立つ人材となることで立場を確立する、という動機で動いているからだ。それに俺個人からではなくヴェルドガルの意向としてである。それでユーミットは納得したらしく静かに頷いた。
「重ね重ねありがとうございます。そのご友人にも渡してほしいものがあります」
そう言ってユーミットは首飾りをくれた。細かな細工が丁寧になされた装飾品だが……嵌っているのは魔石か。
「風の精霊王の祝福を得られるように祈りを捧げた代物です。きっと、精霊王の加護がありましょう」
なるほど。アルフレッドの身を守る品となってくれるだろうか。
「分かりました。必ずアルフレッド――友人に届けます」
「旅先での幸運をお祈りしていますぞ」
「はい。ユーミットさんも、皆さんもお元気で」
遊牧民達と別れの挨拶を交わし、シリウス号に乗り込む。では――旅の続きといこう。
シリウス号が浮上を始める。甲板から皆で遊牧民達に手を振って、高原を後にした。
高原から南へと下っていくと、また景色が変わってくる。まだ砂漠というわけではないが、乾燥した土地、平原が広がっていた。
見る限り人里はないのだが、それでも道に迷うことはない。山岳地帯から平野に注ぐ川に沿って道が続いているからだ。
川の周辺はある程度緑が目立つが、その他の場所に目をやってみれば木はまばらになり、生えていても低木ばかりといった有様ではあるのだが。
草も生えているが赤茶けた土が覗いている部分も目立つな。その分、季節によっては高原地帯より遊牧に適した土地もあるのだろうが。
「貴国が魔人との戦いを続けているという話も聞き及んでおります。皆様は魔人についての調査をしにいらっしゃった、と伺いましたが……」
艦橋から外の景色を眺めていると、エルハーム姫が尋ねてきた。
「はい。そのためにバハルザード王家に挨拶を、と考えております」
「その魔人についての調査を行う土地、というのは南西部の砂漠……でしょうか?」
「何かご存じなのですか?」
メルヴィン王の話では――聖地に何があるか分からないから、俺達が現地に到着してから具体的な調査場所を説明する形になるようにバハルザード側へ通達した、という話なのだが。だから、まだ具体的な話をしていないうちにエルハーム姫から南西部について聞かれるとは思っていなかった。
俺の反応に、エルハーム姫は首を横に振る。
「いえ。他意はありません。私の母の話になりますが、元は砂漠の小国の王族だったのです。30年ほど前に正体の知れない魔人に国を滅ぼされてしまったのです」
ああ。だから魔人に関する調査と聞いて、南西部のことが浮かんだわけか。母親の生国の出来事だ。エルハーム姫が知らないはずもない。バハルザード現国王と結婚したことにより、王妃の生国もバハルザードに組み込まれる形になったのだろう。
もしかすると……俺達の迎えを買って出た理由もそれかも知れないな。
俺を見たステファニア姫が頷く。
そうだな。ここはエルハーム姫やバハルザード王妃からの情報も欲しいところだ。
とは言え、エルハーム姫の年齢などから逆算すればバハルザード王妃は当時、まだ子供だっただろう。そこまで多くは期待しないほうが良いかも知れない。
「無明の王、と呼ばれる魔人をご存じですか? ヴェルドガルと敵対している魔人の首魁がその魔人なのではないかと、あちこちで得た情報から推論を重ね、疑っているのです」
そう答えると、エルハーム姫は予期していたかのように目を閉じ、大きく息を吸った。それから俺を見て、言った。
「その魔人こそ母の生国を滅ぼした者です。城を闇で包み、何もかもを消し飛ばしてしまったと伝え聞いております」
……決まりだな。当時のこと、現地のこと、色々聞けそうだ。
「今、その城や、その周辺はどうなっているのですか?」
「魔人に滅ぼされてしまったことを不吉がり、打ち捨てられてしまいました。近くに存在する大きな拠点も商人の力が強く、中央から離れているためにバハルザードの力もそれほどは及びません」
なるほど、廃墟となってしまったか。バハルザードに編入されたとは言え、実質的な支配力も及んでいないと。
となると、現地ではアウリアの冒険者ギルド関係での人脈を活かしたほうが良さそうだ。
「テオドール。準備が終わったようよ」
と、そこにローズマリーが艦橋に顔を出した。
「ん。それじゃあ、始めようか」
ローズマリーの言葉に頷いて、船倉の監視をしているカドケウスとの五感リンクに注意を向ける。
第2船倉内部の様子は艦橋ではなく、別の小部屋で監視できるようになっている。
艦橋に第2船倉との伝声管を引いてしまうと、こちらでのやり取りが第2船倉側に伝わってしまう場合があるからだ。
ローズマリーの言う準備というのは、ドッペルゲンガーのアンブラムをダール達の中に紛れ込ませてしまおうという作戦についてである。勿論、話題の方向性を誘導して色々と自白してもらうためだ。
アンブラムの変身に際しては捕虜とした者達に水と軽い食事を与える――ついでに、ダメージの大きそうな者を治療するという名目で別室に運び、そこで血液を採取させてもらった、というわけだ。後はアンブラムを変身させてから石の箱を被せ、船倉へと戻せば仕込み完了である。
第2船倉内部を水晶板で見やりながら、伝声管から聞こえてくる話し声に耳を傾ける。
「ダール様……。俺達は、これからどうなるんでしょうか?」
と、ローズマリーの制御を受けたアンブラムが副官の姿で気弱そうな声を漏らす。
「し……知るものか……! どこに運ばれているのかも分からん有様でどうしろというのだ……! 大体何なのだ、この面妖な乗り物は!」
梱包されたダールが、痛みに顔を顰めさせながら忌々しげに吠える。とりあえず話を可能にするために肋骨ぐらいは繋げてやったが、腕の骨折は添え木などの応急処置だけなのだ。
まあ、この調子でダールが不機嫌過ぎて部下達も畏縮してしまい、あまり有用な情報が得られなかったのだ。だからアンブラムを使って揺さぶりにかかっている。
怒鳴るダールにアンブラムは首を竦めてみせるが、誘導を止めるつもりもない。
「もし首都に連れていかれたら……カハール様は、助けに来てくれるでしょうか?」
「だから――私に聞くなと言っている! ぐ、ぐおおっ……!」
ダールはヒステリックに怒鳴ってから痛みに身悶えしている。その光景に教団の信徒が愉快そうに肩を震わせた。
「クックック。そんな余力があるなら、こんな作戦に出てねーだろうが。ただの兵卒を、あのカハールが助けに来るとでも思ってるのか?」
「貴様……! 我らを愚弄するか!」
ダールが顔を真っ赤にしながら首を巡らして信徒を睨もうとするが、横になって梱包されているので視線を向けるのは難しいようだ。
「奪還するだけの戦力や理由があるとしても、北方での話が南西部に伝わるのはいつになるやらってなもんだ。なあ?」
おや……。カハールの潜伏先も南西部か?
バハルザードの力が及びにくいとなればそうもなるだろうか。それとも他に何か理由があるのだろうか。北で騒動を起こそうとしたのはそちらに目を向けさせ、その間に南西部を拠点にして力を蓄えるといったところか。
ともかく、バハルザード王には丁度良い土産話ができたな。連中のやり取りを聞きながらシリウス号はバハルザード王国の都を目指して進んでいくのであった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
活動報告にて書籍版境界迷宮と異界の魔術師の、
登場人物ラフイラストを掲載しております。
表紙には出ていなかった人物のラフも掲載しておりますので、
更新分と併せて楽しんでいただけたら幸いです。m(_ _)m




