367 岩場の挟撃
竜車の中からカドケウスと五感リンクを行い、待ち伏せ側の状況を探る。同時に通信機を用い、シリウス号の皆と連携を図っていく。
「……来たぞ。竜車が通り過ぎたら退路と隊の後方に控える部隊を潰し、速やかに襲撃を仕掛ける」
「はっ!」
山道を登ってくる竜車の一団が連中の視界に入ったところで、待ち伏せ側のリーダー、ダールが言った。息を殺して待ち構えて、タイミングを見計らっているのだろうが……そうはいくものか。
「――やれ」
待ち伏せの隘路を竜車隊が正面に捉えたところで、そう命令を下す。積み上げられた岩陰の中からカドケウスが飛び出し、罠を繋ぎとめているロープを一瞬で切断した。途端、罠が崩壊。積み上げられた石が一気に崩れ落ちる。
轟音と震動にエルハーム姫が竜車の窓から外を覗く。
「馬鹿な! 早い! まだ早いぞ! 何故切った!?」
そんなダールの怒声も掻き消して、岩が急斜面を崩れ落ちていく。取り返しなどつけようもない。
ロープを任されていた男は訳が分からないといった調子で呆然とした表情を浮かべていた。何せ、曲刀の柄に手をかけて竜車との距離を測っていた段階なのだ。ロープが緩んでいないこともしっかりしていることも確認済み。何故ロープが切れたのか理解が及ばないのも当然だ。
「全隊停止!」
先頭にいた兵士が後方の兵士達に叫ぶ――までもなく、やや離れた場所で突然起きた崖崩れに、皆が足を止めている。
「おのれ! 突撃! 突撃だ! あの狭い道では竜車の転回には時間がかかるし、兵も一度には掛かってこられん! エルハームさえ捕らえてしまえば他の連中も降伏せざるを得まい!」
と、待ち伏せ側としてはこうなるわけだ。数的な不利は罠で補おうと考えていたのだろう。レビテーションを組み込んだ魔道具を用意していたらしく、それを用いて崖を滑り降りてくる。効果が粗雑だ。あわや落下しかかったり、魔道具が上手く機能せずに滑落する者までいた。
「近付いてくる敵を迎撃します。この場に留まり、戦うように告げてください」
「は、はい」
竜車から外に出て、扉の前に陣取る。その後ろからエルハーム姫が指示を下すが、それを無視して先頭の兵士達の一部がこちらに駆けてくるのが見えた。
ダールの言葉から察するに、後方の兵士達は罠に巻き込まれる前提だ。だとするなら後ろに控える兵士達は信頼してもいい。だが、先頭側にいた兵士達は――。
「エルハーム殿下の指示が聞こえないのか?」
「退け! 殿下を安全な場所に退避させるのだ!」
そんなことを言いながら槍の穂先をこちらへ向けながら走ってくる。まあ、内通者が1人とは思っていなかったがな。
「非常時ですので、内通者と見做して排除して構いませんか?」
「お願いします。真偽は後でゆっくりと問えば明らかになるでしょう」
「では、生かさず殺さずで――」
「なめるなぁ!」
突進の勢いに任せて突き込んでくる槍の穂先をシールドで斜めに弾いて逸らし、身体が流れたところを悠々と槍を握る。
循環した魔力をありったけ槍に流し込みながら、レビテーションで兵士の身体を浮かせて振り回し、山肌目掛けて投げつけた。
宙に浮かした体を雷撃が捉え、山肌に背中からぶつかった兵士は受け身も取れずに地面に転がった。一気に魔力を流し込んだから槍にも罅が入っているな。仮に立ち上がってこれたとしても得物は役に立つまいが……いや、立ち上がってはこないか。
呼応してこちらに向かって突っ込んできた内通者は、後2人。更にその後方から待ち伏せ組がこちらに突っ込んでこようとしている。
それよりも早く――地面を滑り、カドケウスが竜車に辿り着いた。
「行くぞ――」
それを合図にこちらも敵を迎え撃つように突っ込む。
ウロボロスとバロールも時を同じくして飛来。右手で後方から飛んできたウロボロスを掴み、空いたもう一方で後ろ手にバロールを受ける。
余剰魔力を放射しながら突撃。間合いに踏み込もうとしていた兵士の内1人は完全に間合いを読み違え、ウロボロスの一撃でまともに薙ぎ払われて身体ごと吹っ飛ばされる。足を止めたほうには死なない程度に威力を抑えたバロールを放ち、一瞬でこちらに突っ込んできていた兵士2名が宙を舞う。
バロールはそのまま光の尾を引きながら鋭角の軌道を描き、竜車の周囲を旋回する。
「な、何だあのガキは!?」
「こっちに気を取られている余裕があるのか?」
待ち伏せしていた連中の、最後尾の足元が爆ぜて、数人が宙に舞い上がる。直下から攻撃を仕掛けたのはコルリスだ。空に舞い上げられた男達に、上空から突っ込んできたサフィールとリンドブルムが交差するように掻っ攫っていき、悲鳴を上げる男達をそのまま岩肌目掛けて放り棄てていく。続いて隧道を通ってグレイスやシーラが飛び出し、男達に後方から切り込んでいく。
「くっ、こ、こいつら!」
「邪魔です」
地面を蹴り砕いて突っ込んでいったグレイスが、大して力も込めていないような軽い動作で手刀を放つ。その威力を――男は完全に見誤った。
不完全な姿勢で、しかも武器ではなく生身の腕で受けようとしたのだ。腕ごとへし折られてほとんど真横に吹き飛ばされていた。その光景に男達が息を呑むのが分かった。混乱に叩き込むには十分過ぎる効果があるだろう。
「う、おおおっ!?」
待ち伏せ側にしてみれば不意打ちを仕掛けたはずがいつの間にか挟撃されているようなものだ。しかも相手の戦力がまるで読めない。
山頂付近に待機していたシリウス号から、飛竜に跨って一気に降下してきた討魔騎士団達が頭上を飛び交い、1人も逃さぬよう包囲を完成させる。
何せ、連中は自分達の退路を自分達で塞いでしまっているのだ。レビテーションを使っても逃げられない。乱戦に紛れて離脱しようとしても無駄だろう。瓦礫の山を越えられたとしても、高原側に通じる道はアシュレイが完全に氷に閉ざしてしまっているし、何より空からはどこに逃げようと丸見えだ。
焦って崖を滑り降りてしまった時点で既に連中の逃げ場などないのだが……それを知らなければ覚悟を決めて踏み止まることもできまい。
「ヴェルドガルの方々は味方です! バハルザード王家に忠誠を誓う勇猛な戦士であるならば、彼らと共に敵を撃滅せよ!」
エルハーム姫がよく通る声で腕を振って指示を出すと、呆気に取られていた竜車護衛側の兵士達も形勢の有利を悟ったのか、雄叫びを上げて敵へと突っ込んでいく。
「何故囲まれている! いったいどこから現れた!」
「ダ、ダール様! このままでは全滅ッ! ぎっ!?」
副官が視線をダールに向けた瞬間、姿を消して音もなく滑り込んできたシーラによってすれ違いざまに手足の腱を切り刻まれ、血をしぶかせながら地面に沈んでいった。
その後方ではグレイスが口元に笑みを浮かべながら敵2人の足を掴んで木切れのように振り回している。
「ひ、ひいいっ! ぎゃああっ!?」
逃げようとした者がローズマリーの仕掛けた魔力糸に突っ込み、身体から血を迸らせながら空中に磔にされた。上空に羽扇で口元を覆って笑うローズマリーの姿。
混乱で状況を見れなくなり魔道具を使って跳躍して逃げ出そうとした者達もいたが――デュラハンの駆る騎馬に蹴り飛ばされたり、イグニスに足を掴まれて地面に叩き付けられたり、セラフィナの笛で呼ばれた狼達に四肢を噛み砕かれたりして例外なく叩き落とされている。
乱戦を脱し、自分達で塞いだ瓦礫の山に手をかけた者は、手の甲をアシュレイとラヴィーネの放つ氷の弾丸やイルムヒルトの光の矢、或いはエクレールの放った雷撃に貫かれて斜面を転げ落ちた。中々に――阿鼻叫喚といった有様だな。
「お、おおおおっ!?」
ダールはそんな、自分のすぐ真後ろまで迫った惨状を目の当たりにしてしまった。それどころか自分のすぐ後方にいた者が、複数のソーサーで防御も満足にできずに薙ぎ倒されていく。
理解の及ばない光景に、ダールの口元から乾いた笑い声が漏れる。
血走った目で振り返り、竜車を凝視した。エルハーム姫だけを見やり、壊れたような笑みを口元に張り付けるとそのまま真っ直ぐ突っ込んできた。
なるほど。エルハーム姫を人質に取ることができれば、或いは助かる――かも知れない。カドケウスとバロールの守りを突破するのは難しいだろうが、可能性はゼロではないだろう。
どうやら魔法の心得もあるようだ。自力でレビテーションを使えるらしい。マジックサークルを展開させ、こちらに向かって跳躍する構えを見せた。
なので、俺も地面を蹴ってダール目掛けて突っ込む。互いに地面を蹴って真正面から突撃する。
「邪魔だっ!」
ダールが吠える。空中で体重を乗せられない分は闘気で補うということか。後ろに引いた刀に闘気が集まる。放たれる横薙ぎの一撃を、シールドを蹴って垂直に飛んで回避。足元を虚しく刀が薙いでいく。
即座に転身、ネメアとカペラの蹴り足で最速の反射。
「落ちろ」
ダールの直上からその背中目掛けて弾丸のような速度で突っ込む。爪先がダールの肩甲骨のあたりに突き刺さり、そのまま猛烈な勢いで垂直に落下した。
「う、おおおおおあっ!?」
高さは然程でもなかったが加速を付けたので結構な衝撃があった。ダールは腕を交差させて咄嗟に防御したようだが、その程度で防ぎきれるものでもない。腕や肩の骨、肋骨と、あちこち砕ける音と感触があった。
「ぎいい――っ!?」
意識を失ってしまえばいっそ楽だったろうに。絶叫して転げ回ろうとして、それだけでも激痛が走るのか。苦悶の声も尻すぼみになり、身体を地面に投げ出して歯を食いしばっていた。
「スリープクラウド」
眠りの雲がダールの顔のあたりを覆う。抵抗もなく、あっさりと意識を奪うことができた。他の連中も粗方片付いたようだな。では、倒した連中は土魔法で梱包してしまうとしよう。
崖の上で縛られている教団信徒の確保――は、討魔騎士団のライオネルが済ませたようだ。後は……道を塞いでいる岩の除去も忘れずにやっておかないとな。




