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363 大公とマルレーン

「――どうやら、見えてきたようです」


 地図と地形、街の位置を照らし合わせながらみんなに告げる。水晶板にはデボニス大公の領地が遠くに見えている。

 街道沿いに続いていた大きな川が外壁に設けられた水門を通り――街の真ん中を貫くように流れていて、街は東西に分かれている。大きな石造りの橋で東西を行き来できるように作られているようだ。

 統一感のある家々。建物の並びや道の伸び方などが整然としていて、上空から見ると、かなり計画的に作られた都市であることが窺える。


 街の中心部がデボニス大公の居城だろう。

 川を円形に迂回させて堀にして、水に囲まれた土地に城を建てたようだ。かなり大きな規模の城であるが、緑と調和しているというか、敷地内には小さな森のようなものまである。城の壁にも赤く色づいた蔦が這っていたりして、古色蒼然とした趣のある城だ。


「大きな都市ですね」

「ヴェルドガルにとっては南における最大の拠点と言える場所よ。地方領主達に大きな影響力を持つ大公が纏めている、ということね」


 グレイスの感想に、ローズマリーが答える。北方においてステファニア姫やフォブレスター侯爵が配置されていたのもそうだが、重要な拠点であるために王家と関係の深い大貴族が治めているというわけだ。


 外壁に到着したところで、見張り塔に立っていた兵士に、甲板からステファニア姫が声を掛けているのが見える。兵士はステファニア姫と何事か言葉を交わし、敬礼して見送る。

 すぐに艦橋までステファニア姫が戻ってくる。


「デボニス大公は飛行船の大きさが分からないから、可能なら城の中庭の上へ。無理ならば東にある競技場に停泊させてほしいそうよ」

「分かりました」


 ステファニア姫の言葉に頷く。デボニス大公には飛行船で南に向かうと事前に通達がいっている。受け入れ態勢はできているようだ。

 東の競技場――あれか。石で作られた円筒形の巨大建造物。所謂コロシアムという奴だ。古くは闘技場。今となっては兵士達の訓練や競技場、観劇場として利用しているそうだ。

 シリウス号の警備のしやすさという観点から競技場に向かってほしいということなのだろう。

 

「近くに月神殿も見えるわね」


 競技場周辺を見ていたクラウディアが言った。ふむ。それなら神殿に立ち寄ってから城に向かうという形で良さそうだ。転移のための拠点を作ってからデボニス大公の城へ向かうとしよう。まず競技場にシリウス号を向かわせる。街の人々が家々から顔を出して、こちらを見て驚いたり手を振ったりしている。この反応を見る限りだと、飛行船の噂は南にもある程度広がっているようだな。

 競技場に近付くと、警備の兵士達が目についた。飛行船の来訪に合わせて競技場周辺を固めていたというわけだ。円形の広場にシリウス号を停泊させる。


「では、行きましょうか」




 飛行船にイグニスやリンドブルムら飛竜、それにコルリス達を見張りとして残し、アルファにも留守を頼むと言い残して船を降りる。


「うむ。では行ってくるぞ」


 と、アウリアとステファニア姫、アドリアーナ姫が甲板から顔を覗かせるコルリスと笑顔で手を振り合う。

 コルリスに影響を受けたか、リンドブルムやサフィール、他の飛竜、地竜にアルファまで顔を覗かせた。俺も手を振るとリンドブルムとアルファは納得したらしく、頷くように目を閉じて顔を引っ込ませる。エリオットやメルセディア、チェスター達も同様だ。


 まあ、コルリスに関しては使い魔なので様子が気になった場合に様子を見たり、指示を出したりできるという点は安心だろう。


「アンブラムは船に残しておくから、飛竜やコルリス達の食事の世話はやっておくわ」

「ん。助かる」


 と、ローズマリーに返す。

 迎えに来た馬車に乗り、デボニス大公の居城へと向かう。その途中で少しだけ月神殿に立ち寄らせてもらい、クラウディアの転移魔法による移動が可能な状態にしておく手筈だ。こちらはクラウディアも慣れたもので、ほんの少しの時間で終わった。


 再び馬車に乗って城へ。大きな石の橋を渡って西区画、川沿いの大通りを通ってやがて馬車は城へと到着する。堀にかかった跳ね橋を渡り、城壁の内側へと入っていく。城の内側に入っても馬車はまだ進む。

 やがて停まったそこは――小さな水路や噴水のある庭園だった。噴水の側に白い石材で作られた階段。その上に同じ石材で作られた白い東屋が見える。夕暮れ時の、紅葉で色付いた庭園の雰囲気は中々静謐というか……水の音が何とも心地の良い、落ち着く空間だった。


「雰囲気の良い庭園ですね……」


 馬車から降りたところで、アシュレイが周囲を見渡しながら呟く。その言葉にマルレーンが頷いた。


「気に入ってもらえたなら何よりだ」


 階段の上の東屋の中から初老の男が姿を見せて、そう言った。デボニス=バルトウィッスル大公だ。


「これはデボニス大公。ご無沙汰しております」

「うむ。異界大使殿も息災そうで何よりですな。遠路はるばるよく参られました」


 デボニス大公は静かに言うと階段から降りてくる。そこでステファニア姫やローズマリー、マルレーンなどは再会の挨拶を。初対面の者達は自己紹介を済ませる。

 一通り全員の自己紹介と挨拶が終わったところでデボニス大公は頷く。


「歓迎の宴は後ほど。少し、そこの東屋で休まれていってはいかがでしょうか」


 断る理由も無いのでデボニス大公の後に続く。階段を登り東屋に到着する。少し高所になっているその場所は人工的な池のほとりに作られているようだ。

 手摺の向こうに澄んだ水が湛えられているのが一望できる。魚も泳いでいるようだ。


「ここは亡き妻が気に入っていた場所でしてな」


 と、デボニス大公は静かに笑う。そうこうしている間に東屋に用意されていたテーブルの上に侍女達が手際よくお茶の用意をする。茶の準備が終わったところで、デボニス大公が言う。


「良い。お前達は別命があるまで下がっておれ。警備の者達にもここにはしばらく近付くなと伝えよ」

「畏まりました」


 侍女達は一礼するとその場を去っていく。

 夕暮れ迫る庭園で、デボニス大公は少し目を伏せた。その姿が、以前王城で会った時と重なる。何やら寂しげというか、疲れたような印象というか。


「まず……私はマルレーンに謝らねばなるまい」


 そう言われて、マルレーンは目を瞬かせた。デボニス大公はマルレーンの前に片膝をつくようにして頭を垂れる。


「兄であるアルバートも一緒であれば尚良かったのだが。私は昔、メルヴィン陛下とそなたの母の結婚に異を唱えたことがあるのだ。他国の王族や高位貴族ならばいざ知らず、魔術の才に優れるとはいえ……貴族でない娘を妻として迎えるなどとは、とな」


 マルレーンは驚いたように目を見開く。

 デボニス大公は歴史や伝統を重んじる、という話だったか。


「すまなかった。そんな私の態度や言動を見たロイにより、そなたが狙われる遠因となったのやも知れぬ。私が祝福しておけば、或いは公爵家と和解していれば……それで何かが違っていたのではないかと、悔いておったのだ」


 悔いていた。それは、マルレーンの暗殺未遂事件以後からだろうか? 公爵家との和解については、ロイが犯人であると分かってからの話だろうが。

 それでもジョサイア王子に言われて軽い口論になったのは、デボニス大公が伝統を重んじることそのものは間違っていないと、そう信じて今までやってきたからなのだろう。


 確かに……ヴェルドガル王家にとって歴史や伝統は名目以上に大事なことだ。何代か前の王が務めを疎かにしたために迷宮が広がって旧坑道ができてしまったという話だし、それはデボニス大公の知るところでもあるはず。国の安定のために王家が伝えるべきものを後に伝えるというのは大事なこと……なのだろう。


 だからデボニス大公は、見習い巫女であった女性を妃として迎えることに反対した。その言葉は、或いは王宮の中でのアルバートやマルレーンの立場を悪くしたか。


 その言葉を受けたマルレーンは、少しの間瞑目していたが、やがてデボニス大公を真っ直ぐ見て、口を開く。


「……そう、じゃない、です。あの人は、自分の好きなようにしたいから王様になりたかった、だけで」


 マルレーンが言葉を発したことにデボニス大公は目を見開いた。


「だからデボニス大公の大切に思っているものを、あの人は大切になんて、思ってなかった」


 だから違う、とマルレーンは首を横に振る。


「そなた――言葉が……」


 ああ。デボニス大公はマルレーンの言葉が戻ったことを知らなかったか。このデボニス大公の反応は、マルレーンのことを気に病んでいた、その裏返しでもあるだろう。


「母様は……父様と、兄様と、わたしと。一緒で幸せだって。そう言ってたから」


 マルレーンはデボニス大公を見つめたままそうはっきりと口にした。

 ロイは南方の国境付近に領地を置き、何かと世話になっていただろうに内心ではデボニス大公を敬っていなかった。あいつは自分が王となり、ヴェルドガルの武力を使って権勢を振るうことを考えていた。それでは歴史と伝統を守ることで国の安寧を願うデボニス大公の考えと相容れるはずがない。


 そして……マルレーンの母の境遇だって、彼女は王宮での立場はともかく、それでも幸せだと言っていたから。だからデボニス大公のせいではないと、そうマルレーンは言ったのだ。

 それからマルレーンは俺を見た。


「他の誰かに……幸せだったかそうでなかったかは、決められるものじゃないな」


 マルレーンは俺の言葉にこくんと頷き、穏やかな微笑みを向けてくる。俺が母さんやグレイスとの暮らしについて言っているのと同じことだ。


「状況の、利用……ね」


 ローズマリーが呟く。大公と公爵の不和は……確かにロイに利用されただろう。濡れ衣をローズマリーに被せようともした。

 だが、あいつはマルレーンの声を封印することで奪える魔力を狙っていたようなのだ。それをマルレーンは知っている。だから、ローズマリーにも顔を向けて、微笑んで首を横に振る。ローズマリーは少し目を丸くして羽扇で顔を隠したが、マルレーンの肩を抱いて髪を撫でていた。


「幸せかどうかは、他人には決められぬか」


 デボニス大公はそんな2人の様子を見てから瞑目し、俺の言葉を噛み締めるように呟いたが……やがて再び目を開きマルレーンを見据えて、言う。


「……そうか。それでも、私はそなたの母の立場を悪くしたことに変わりはない。そのことについては軽率で無礼な振る舞いであった。すまなんだ」


 もう一度頭を下げたデボニス大公に、マルレーンは小さく頷く。謝罪は受け取ったというわけだ。デボニス大公はもう一度一礼すると、今度は俺に向き直った。


「大使殿には、礼を言わせてくだされ。私とドリスコル公爵は性格的に反りが合わず、昔から両家も下らぬことで細かな諍いを起こした経緯があるのです。お恥ずかしながら、あの事件の犯人として互いに互いの陣営を疑っていたところがありましてな。その疑念を晴らし、犯人を捕らえてくださった」

「勿体ないお言葉です」


 デボニス大公の言葉に一礼で応じる。


「実は大使殿に初めてお会いした時、衝撃を受けたのです」

「と、仰いますと?」

「大使殿のような方を魔人との戦いの矢面に立たせ、翻って私はいったい何をしているのかと考えてしまいましてな。私は……公爵と和解をしたく思っております」

「それは……きっとメルヴィン陛下もお喜びになるでしょう」

「そうだと、良いですな」


 俺が笑みを向けると、デボニス大公も少しだけ吹っ切れたような笑みを見せた。


「今宵は宴の席を設けております。これから南へ向かう前に、少しばかり心と体を休める一助になればと。ささやかな席ではありますが、楽しんでいってくだされ」


 そうしてデボニス大公は一礼するのであった。

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