361 南方への出発の日
さて……。南に向かうにあたり、今回はエリオット達討魔騎士団の面々もシリウス号に乗っていく予定である。
音響砲も既に搭載しているし、飛竜達を乗せてシリウス号を航行させながら連携の訓練を行うなど、そのあたりも道中進めていく予定だ。
アドリアーナ姫もシルヴァトリア側を代表する討魔騎士団の責任者の1人なので、他国との交渉役にもなれるようにとアドリアーナ姫、ステファニア姫も同行する。
ジークムント老達が同行するのも前回と変わらず。魔人達の調査が主なので、何か気付くことがあるかも知れない。コルリスの時のように、結界術や封印術に精通している面々もいてくれるとこちらが採れる手も増えるしな。
そこに更に、森での探索が予想されるからアウリアも加わる、という感じである。まあ……人員の数から見ても質から見ても万全のメンバーだろうな。
フローリアはクラウディアと契約しているので同行も可能であったが、精霊として顕現して日が浅いということもあり、テフラが同行した時よりもクラウディアへの負担が大きくなってしまうということで、今回は留守番だ。
というわけで出立に向けて、造船所では食料に水、資材を積み込む等、準備が進められていた。
「……南にある教団の聖地か」
エリオットはシリウス号を見上げ、ふと呟くように言った。
「謎の森のこともありますが、中々厄介そうな場所ですね」
アシュレイが言うとエリオットは静かに頷く。
「何が待ち受けているにせよ、討魔騎士団団長として全力を尽くすつもりだ。カミラと話をしたけれど、留守中の心配もなさそうだし全力で任務と向き合える」
そう言ってエリオットは少し気恥ずかしそうに苦笑した。危険があっても転移で帰れるからカミラを同行させるという手もあるのだろうが、彼女は今回留守を守るという形になるか。
少しの間とはいえ、エリオットが家を空けることになってしまうというのは些か2人に気の毒なことではあるのだが。
ローズマリーの人形がエリオット宅の警備を行っているし、カミラもミハエラやセシリアと料理修行をしたり剣の訓練をしたりするそうで。そのあたりはエリオットもカミラも、安心できる部分だろう。
「ああ、ここにいたか」
「これは、ジョサイア殿下」
みんなやエリオットと共にシリウス号に積み込む荷物のチェックをしていると、造船所に馬車がやってきた。中からジョサイア王子が降りてきたので挨拶をする。
「忙しいところ済まないね。これから船でドリスコル公爵の領地へ向かうので挨拶に来たんだ」
「そうだったのですか」
「うん。君達はデボニス大公の領地に立ち寄る予定だろう? なのでドリスコル公爵のところにも訪問しておくことで、公爵の憂慮を取り除いてくるようにと、父上から仰せつかったわけだ」
と、ジョサイア王子がそんなふうに言って小さく笑った。
なるほど……。確かに、デボニス大公の領地は南にあるので、そこに立ち寄り月神殿への転移を可能にしていく、という日程であるが。
それをドリスコル公爵が耳にするとデボニス大公の権勢が強くなって自分の立場が弱くなるのでは、と杞憂を抱いてしまう、というわけだな。或いはドリスコル公爵の周囲の人間が危惧してしまうから、かも知れないが。
そこでジョサイア王子が時を同じくして訪問することで、メルヴィン王は両者を重視していますよ、というスタンスを見せておくわけだ。
「兄上も大変なことで。あの2人はそもそもの性格が合わないから、橋渡しは苦労しそうだと、ずっと思っていたわ」
と、ローズマリーが羽扇で口元を隠して言う。ローズマリーにとっては仮に王位を継承すれば自分がその責を負うはずだったので、妙に同情的に聞こえる声だった。その言葉にジョサイア王子は乾いた笑いを見せる。
「まあ、ね。デボニス大公は歴史や伝統を重んじる方で、ドリスコル公爵は新しいもの好きだから」
デボニス大公自身は性格的には割と真っ当……というのは以前にもローズマリーから聞いている。ドリスコル公爵は割と俗っぽい人物だそうだが、どちらも領地経営などに関してはそれほど悪い噂は聞かない。
噂話などから人物像を思い浮かべていくと、デボニス大公は昔気質の潔癖さがあり、ドリスコル公爵は伝統などにはあまり固執しない人物、という感じだろうか?
確かに……それは良い悪いではなく、性格的に合わないのだろう。
両者が互いに向けている個人的感情までは分からないが、大公家と公爵家というところまで広げて見た場合は、水面下で火花を散らし合ってきたという経緯がある。調整役であるジョサイア王子としては色々と苦労をしていそうだな。
「とは言え、ドリスコル公爵は勿論、デボニス大公も君に悪い印象は抱いていない。大公の領地には安心して行ってくるといい」
「そう、なんですか?」
目を瞬かせると、ジョサイア王子は俺の目を見てはっきりと頷いた。
確か……デボニス大公と以前会った時は軽い挨拶ぐらいで終わったような気もするのだが……何か好印象を抱かれるようなことをしただろうか?
「デボニス大公は三家の均衡やわだかまりを取ってくれた君に感謝しているんだよ。ドリスコル公爵は……些か君への期待の寄せ方に問題があるがね」
俺の疑問が伝わったのか、ジョサイア王子はそんなふうに苦笑する。そろそろ船出の時間らしく、港を見やると一礼して馬車に乗り込み、造船所を去っていった。
「……死睡の王襲撃からの立て直しで、大公家と公爵家の重要性が高まったわ。つまり、王家の立場が相対的に弱体化したということね。逆に今は……あなたを擁する王家が無ければ、難局を乗り切れないでしょう?」
「わだかまり、というのはマルレーンの事件のことね」
クラウディアがやや声のトーンを落とし、メモを見ながら荷物のチェックをしているマルレーンを少しだけ見やる。
「……なるほどね」
ローズマリーには、前にも同じような話をされたことがあるな。
この場合、やはり相対的なものなのだろうが、王家の立場と役割が強くなって均衡が戻ったということか。暗殺未遂事件で互いに疑心暗鬼になっていた部分も、犯人が明るみになったことで解消されている。
だからジョサイア王子としても橋渡し役として、ある程度強く要請できるようになって動きやすい……ということか。当主だけでなく、家臣も納得させなければいけないわけだしな。
そのうえでデボニス大公が喜んでいるとなると……これはデボニス大公自身は公爵家との和解を望んでいるということになるだろうか?
俺としては聖地の一件も控えているし、大公や公爵絡みでの面倒事がないというのは有り難い話ではあるかな。
そして準備は着々と進められ、南方への出立当日となった。封印の扉解放からしばらく過ぎたが何も起こらず、やはり魔人達は戦力の温存をしているのだろうと仮定して動いている。
あくまで、仮定だ。何かあればすぐに転移で行き来できるようにデボニス大公の領地を橋頭堡にさせてもらうわけで。
造船所には見送りの人々が沢山集まっている。メルヴィン王を始め、俺の家の使用人達とカミラにテフラ、フローリア。冒険者ギルドの面々にロゼッタ。アルフレッド達工房組、神殿の巫女頭ペネロープ。それに父さんとダリルもだ。父さん達は例によって家紋のない馬車で乗りつけている。こっそりと見送りに来てくれたらしい。
「では、くれぐれも気を付けてな」
「はい、父さん」
と、父さん達と挨拶をする。俺が挨拶している横で、マルレーンもペネロープに抱き着いたりしている。
アウリアも冒険者ギルドの面々と話をしている。留守中のことを頼んでいるのだろうが、アウリアが上機嫌な様子なのでオズワルドもヘザーも苦笑しながらも気分良く見送ることに決めたようで、みんなの顔に笑顔があった。
しかし、ステファニア姫、アドリアーナ姫に加えてアウリアか。
……何となく意気投合しそうな面子だな。メルヴィン王から言葉をかけられている姫様2人は神妙な面持ちでスカートの裾を摘まんで一礼しているが、あれは余所行きの顔である。
「じゃあ行ってくるね」
「うむ。気を付けるのだぞ」
「行ってらっしゃい、セラフィナちゃん」
と、セラフィナとテフラ、フローリアも同様に挨拶しているようだ。
「――テオドールを見送ったら、領地へ帰る予定なんだ。あっちの状況も気になるしさ」
みんなの様子を見ていると、ダリルが言った。
冬になる前に領地へ帰るわけだ。父さんも領地を空けるのを嫌がっているからな。
「そっか。それなら……冬になったらまた俺のほうから行くかもな」
「ああ。分かった」
ダリルは頷いて、俺と握手を交わす。
と、そこにシーラ達もやってくる。出かける前に盗賊ギルドのドロシーやイザベラ、孤児院のみんなとも挨拶をしてきたらしい。
「挨拶は済んだ?」
「ん。ドロシー達がテオドールによろしくって」
「子供達も元気だったわ」
うむ。シーラは見た目にはいつも通りだが、尻尾の動きを見るに中々機嫌が良さそうだ。イルムヒルトも機嫌の良さそうな顔をしている。
「テオドールよ」
メルヴィン王が俺に言う。
「情報を得るためとはいえ、無理はせんようにな。余としても立場がなくば、そして力が及ぶならばそなたと肩を並べて戦いたいところではあるのだが……それが叶わぬと分かっているだけに、そなたが傷付くのを見るのが忍びないのだ」
「ありがとうございます。僕自身が後悔しないためでもあります故、どうか気に病むことのなきよう」
そう笑みを浮かべて返すと、メルヴィン王も自嘲するように笑った。
盟主について。そして魔人達の首魁について。このあたりはまだ分かっていないことも多い。
特に盟主に関しては……何故七賢者が封印という形を取ったのかが明確になっていないからな。対応を誤らないためにも情報と時間は欲しい。
一度状況が動き出してしまえば後戻りができなくなるベリオンドーラの調査よりも南方の調査が先になるというのは、こういうわけだ。
見送りの挨拶が終わる頃合いを待って、みんなを見渡す。静かに立っていたグレイスと視線が合うと、真っ直ぐ俺を見て頷いた。
その表情には迷いがない。南に行ってから起こるであろうこと、そして戦うかも知れない相手。諸々覚悟の上というわけだ。
「よし。それじゃあ、行こう」
「はい。テオ、お供します」
グレイスはそう言って微笑みを浮かべる。みんなと頷き合い、タラップを登ってシリウス号へと乗り込む。
ジークムント老の操船で船が浮かぶ。甲板から見送りに来てくれた人達に手を振って――俺達は南へと出発するのであった。




