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358 絆と縁

「それじゃあ、みんなにも少し話を聞いてもらっていいかな?」

「はい」


 待っていてもらったみんなに声をかけ、居間にて先程までの話を聞いてもらうことにした。

 お茶を淹れて、落ち着いて話ができる状態を整えてから、切り出す。


「話、というのは私自身のことです。これから南に調査に行くこととも関わってくる話なのですが」


 みんなの前で、グレイスはそう前置きしてから自分の出自についてを語り出した。


「物心つくかつかないかの頃。私の一番最初に残っている記憶は、父や母と共に、あちこちを転々としていたことです。きっとあれは人々の目からも追ってくる吸血鬼達の手からも、逃亡していたのだと思います」


 グレイスの父母にとってはきっとどこにも居場所がなかったのだろうが。それでも彼らは離れようとはしなかった。それは、互いが互いを守ろうとしていたからか。


「それはつまり……吸血鬼達が組織だった動きをしていたということね」


 ローズマリーが少し思案するような様子を見せてから言った。吸血鬼からの追手という言葉だけで、ある程度のことを理解したようだな。


「だと思う。俺も少し調べてみたんだが、グレイスの両親だと思われる人物とそれに関わる事件が東国で起きているんだ。時期的には一致する」


 貴族家の当主と妻、2人の間に生まれたばかりの娘が行方不明になったこと。捜索隊が吸血鬼となった過去の当主と遭遇したこと。それらをみんなに話して聞かせる。


「なるほど……。それは確かに、間違いないのかも知れませんね」


 アシュレイが頷く。ダンピーラというのは、実際かなり数が少ないのだ。吸血鬼と人間が捕食する側される側という関係にある以上、仕方のないことかも知れないが。


「フラムスティード伯爵家とグレイスを繋ぐ部分というのは無かったんだけどね。貴族家の人達の名前や家紋に、グレイスには覚えがあるらしい」

「母の持ち物の中に、フラムスティード家の家紋が刺繍された品があったのを覚えています。母の名も、行方不明になった伯爵夫人の名と一致します」


 グレイスの幼い頃の記憶頼りではあるが、恐らくこれは間違いないだろうと思う。ダンピーラの希少性から見てもそうだ。


「その吸血鬼が……フラムスティード家の当主を吸血鬼化させたということでしょうか?」

「多分ね。少なくとも当主になった頃は、伯爵は吸血鬼ではなかったみたいだ」


 アウリアから預かった書簡によれば、失踪事件及び、吸血鬼との遭遇事件についてはフラムスティード伯爵領内で吸血鬼の被害が出て、それを領主の指示で捜査している時期があったようだ。

 その過程で……伯爵は真相を突き止めてしまったか。それとも吸血鬼の首魁が、捜査の手が伸びてきたことに焦ったか。詳細は分からないが、伯爵は吸血鬼にされてしまった。


 それでも伯爵は支配を跳ねのけて2人を連れて逃げている。恐らく、吸血鬼側は夫人を人質として使うことで今まで通りの体制を維持しようとしたが……失敗したのだろう。

 ここで注目すべき点は、夫人も当主が吸血鬼となった後で尚、当主との間に子を作っていることだ。夫人は伯爵が亡くなった後も、最後までグレイスを守ろうとしていた。


 そのことを考えると、フラムスティード伯爵も伯爵夫人も相当肝の据わった人物だ。最初からグレイスを守り、育てるということを念頭に置いた行動は微塵も揺らいでいないし、かと言ってそのために吸血鬼達の走狗になるつもりもなく……ああ、だからこそ逃亡したというわけか。


「ともかく数字から見る限りだと昔の当主が吸血鬼であることが発覚して、連中のやり方にも綻びが生じた、というのは間違いない」


 吸血鬼達のコロニーが移動したことを現す統計データを記した紙を出す。地図を持ってきて、数字の推移を説明する。


「……なるほど。だから、南に移動していると」


 そのデータを聞いて、クラウディアが納得したように頷いた。


「申し訳ありません。南の聖地に向かえば、その吸血鬼達が関わってくる可能性があります」

「それで、この話をわたくし達に?」

「はい。私がいることが伝わると、彼らが積極的に敵対してくる可能性は高いと思います。迷惑をかけてしまうことになるかも知れないと……」


 そう言ってグレイスは目を伏せ、申し訳なさそうに一礼する。


「ううん」


 首を横に振ったのは――マルレーンだった。


「めいわく、なんかじゃない。グレイスも、グレイスのお父上も、お母上も、何も悪くない」

「マルレーン様……」


 グレイスは少し目を丸くして、真っ直ぐに見つめてくるマルレーンを見やる。アシュレイが頷いて、自分の胸に手を当てて、言う。


「私が今ここにいるのも……テオドール様とグレイス様が受け入れてくださったからです。ですから、グレイス様が困っているのならいくらでも力になります」

「そうね。寧ろ貴女は、被害を受けた側でしょう。そしてその連中は、わたくし達の敵だわ。王族の生まれとしても、捨て置けない連中よね」


 ローズマリーが羽扇で口元を隠して、肩を竦める。


「1つだけ確認させてもらえれば簡単な話だわ。グレイスは、その昔の当主というのを、どう思うのかしら?」


 クラウディアに問われ、グレイスは迷うことなくはっきりと答えた。


「直接ではないのかも知れませんが……私にとっては父と母の仇だと思います」


 その言葉を聞いたクラウディアは目を閉じて頷く。


「なら、話は簡単だわ。私とて、同じ状況なら戦うもの」

「ん。今度は私が、グレイスに返す番」


 シーラが言うと、イルムヒルトとセラフィナも頷いた。


「うん。シーラの時と同じだわ」

「元気出してね。グレイス」


 マルレーンやセラフィナから手を取られたままで、グレイスが俺を見てくる。彼女の目を見て、頷いた。


「俺の答えは、変わらないよ。俺だってグレイスに返したいものはいっぱいあるんだ。そうと決まれば、対策もしないとな」

「となると……南に向かうなら、魅了対策も必要かしら」

「まずは守りからというわけですね」

「そうね。魅了されなければ吸血もされにくいし、支配を跳ねのける術もあるわ」

「吸血された場合は浄化の魔法も有効だと聞きます」


 と、いった調子でクラウディアの言葉にアシュレイとローズマリーが魔法的な対策について話し始める。


「……ありがとうございます。嬉しいです」


 グレイスは俄かに動き出した状況に少々戸惑っていたようだったが、やがて目に涙を浮かべながら微笑んだ。マルレーンがハンカチを出して、セラフィナがそれを使って涙を拭くと、グレイスはくすぐったそうに笑う。

 きっと、こうやってみんなが支えてくれるというのは、グレイス自身の人柄のお陰でもある。吸血鬼だからとかダンピーラだからとか。そんなことは関係が無い。


「ああ、そうでした。大事なことを忘れていました」


 皆に囲まれるグレイスを見ていたら、彼女が言った。


「ん?」

「その。先程、テオと話をした時にですね……」


 と、グレイスは俺と2人で話し合った時に抱き締めあったことを皆に伝える。

 ああ……。その話か。

 婚約者同士だから抜け駆けなどはしない、ということになっているのだ。グレイスから先程のやり取りを聞いたみんなはそういうことかと納得したかのように頷き、顔を見合わせて微笑み合った。


 まずマルレーンがにこにこと笑いながら俺に抱き着いてくる。彼女の柔らかな髪を撫でていると、今度はクラウディアから頭に手を回されるように抱き締められて、髪を撫でられた。

 しばらく抱き合って2人が離れると、少しはにかんだアシュレイと視線が合った。そのまま、アシュレイと正面から抱き合う。アシュレイは俺の胸に頬を当てるようにして、目を閉じて微笑んでいた。

 それから羽扇で口元を隠したローズマリーがおずおずと隣にやってきたので抱き寄せると向こうからもそっと抱き締めてきた。


 何というか……柔らかかったり良い匂いがしたりと、割と俺の内心としては色々大変なのであるが。そんな俺を見てグレイスが微笑みを浮かべる。もう一度グレイスも交えて、みんなで抱き合う。


「んー。楽しそう」


 と、セラフィナがそこに加わったので、何故だかシーラとイルムヒルトともハグすることになった。


「何だか、前にも同じようなことがあったような……」

「ん。私は結構楽しい」

「そうね。みんなと一緒だと楽しいわ」


 そう言って両脇からシーラとイルムヒルトに抱きしめられる。と、居間に入ってきたフローリアがこちらを見て首を傾げたが、すぐに笑みを浮かべてこちらに向かってくるのが見えた。うーん。フローリアもか?

 案の定というか、彼女とも抱擁し合うことになった。


 まあ……何だ。みんなの結束は高まったようだし良しとしよう。それに相手が吸血鬼でも魔人でも変わりはない。憂いがないのだから俺だって全力を尽くすことができる。

 まずは宝珠の回収。それから南方行きの準備。後悔することのないよう、気合を入れて頑張るとしよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは、いずれ猫と蛇に襲われるという暗示だろうか。
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