355 守護の紋様
「本日は私事でありながらこのように沢山の皆様にお集まりいただき、暖かいお言葉までかけていただいて大変嬉しく思っています。ささやかながら宴の席を設けましたので、お時間の許す限り楽しんでいってください」
ステージ上に立って皆の前で挨拶をすると皆から拍手が起こった。2階の部屋の窓から見えるメルヴィン王も拍手してくれていた。一旦拍手が収まるのを待って、杯を掲げるとみんなも杯を掲げて乾杯となった。
ステージ上から降りるとイルムヒルト達の演奏が再開される。
遊戯室と中庭を開放して、好きなように過ごせるようにしてある。俺も来てくれた人と言葉を交わしたり食事をしたりしながら、のんびりと過ごさせてもらうことにした。
挨拶回りをしたりされたりしながら食事をし……やがて落ち着いた頃合いになってふと周囲に目をやる。
「は、初めまして。ダリル=ガートナーと申します。ジョサイア殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「ああ、初めまして。ガートナー伯爵家の次期当主と聞いているよ」
といった調子で、ジョサイア王子が気さくな調子でダリルに握手を求めている場面が見えた。ダリルは一瞬驚いたような様子を見せたが、恐縮しながらもジョサイア王子と握手を交わしている。
父さんは少し離れた場所にいるがダリルの挨拶ややり取りに関して口出しする気はないようだ。ただ、そんな2人のやり取りを見て、小さく頷いていた。
まだ将来の話になってしまうが……ジョサイア王子が王位を継承した後はガートナー伯爵家とヴェルドガル王家の関係は2人にかかってくる。なのでジョサイア王子としてもダリルと友好的な関係を築いておくことは大事なことなのだろう。
ダリルの挨拶が終わったところで、ジョサイア王子と父さんがノーブルリーフ農法についての談笑をしているようだ。温室についてこれからに期待が持てる、と楽しそうに語り合っていた。カボチャ料理を口にしたジョサイア王子が目を丸くして明るい表情を浮かべているあたり、好感触かも知れない。
「旦那様。鶏肉を用意しました」
セシリアも頃合いを見ていたのか、使用人と連れ立って大きな銀のトレイに蓋を被せて鶏肉を持ってくる。一緒にやってきた使用人はアンブラムだな。
今は別の使用人の格好をしているけれど……普段は擬態せずに家で使用人として働いていたりするのだ。
「ん。ありがとう」
セシリアとアンブラムに礼を言ってトレイを受け取る。挨拶回りも一段落しているし、リンドブルムに鶏肉をあげてこよう。ステージ横へと向かう。
顔を上げるリンドブルムの鼻筋を撫で、蓋を取って山盛りになっていた鶏肉を差し出す。リンドブルムは少し鼻孔をひくつかせた後、丸ごと口の中に放り込んで咀嚼する。
喉を鳴らしているので割と喜んでいるようだ。1つ2つと鶏肉をやっていると、孤児院の子が少し離れた場所でこちらを見ているのに気付いた。孤児院のブレッドもいる。
「リンドブルム。あの子ら、お前に興味があるみたいだぞ」
そうリンドブルムに言うと、リンドブルムは頷くように目を閉じる。嫌がっていないようなので孤児院の子供達に視線を向けて言う。
「もう少し近くに寄ってもいいってさ」
「は、はい」
ブレッドが他の少年達を促して、リンドブルムに近付く。
俺が鶏肉をやる光景が物珍しいらしく、みんな目を輝かせて飛竜を眺めていた。まあ、男の子なら飛竜には憧れるだろうなという気はする。
「すごいな……。飛竜をこんなに近くで見るの、初めてだ」
「少し気難しい奴で、背中に乗られるのは嫌がるから、そこは注意してほしい」
一度アシュレイを乗せてきてくれたこともあったが、あれは普段から俺の側にいる人間で、緊急事態であることを理解したからだしな。まあ……リンドブルムは頭が良いし分別もあるから子供相手に怪我をさせるというのも考えにくいけれど、してほしくないことを理解しておいてもらうのは大事だろう。
「お前ら、飛竜はかっこいいけど、大使様がいない時に1人で近付いたりするなよ。何かあったら大使様や孤児院のみんなに迷惑がかかるからな」
と、ブレッドが他の少年達に注意を促すと、みんなして神妙な顔で頷いていた。
会った当初は悪戯好きだったブレッドであったが……教団襲撃の一件以降は何か思うところがあったのかリーダーシップを良い方向に発揮するようになっているのかも知れない。
リンドブルムを軽く撫でたり、鶏肉をあげたりすると、それで少年達は満足したのか、遊戯室のほうへと戻っていった。
「ブレッド君ね、孤児院にいる年下の女の子に随分好かれてるみたい。将来お嫁さんになるってその女の子が言ってるって、サンドラ院長に聞いたわ」
演奏を交代して休憩に入るためにステージから降りてきたイルムヒルトが、そんなふうに孤児院の情報を教えてくれた。
「そうなんだ」
「ん。教団襲撃の時にブレッド君が助けた子」
同じように交代で休憩に入ったシーラの言葉に頷く。
「ああ、分かった。あの子か」
サンドラ院長が抱えて、教団の信徒から逃げていた子だな。ブレッドが信徒から庇っていた子だ。まあ……それは中々微笑ましい話だ。少し歳の差があるので今はブレッドも対応に困っていそうだけど。
……同じような事例としてはタルコットとシンディーのその後も気になるところだが。会場内で彼らの姿を探すと、2人で仲良く並んで談笑しながら食事をしているのが見えた。仲がどこまで進展したかは分からないが、関係は良好な様子だな。
近くにアルフレッドとオフィーリアが来たので、2人の様子を聞いてみる。
「あの2人だったら、時々一緒に街に出掛けたりしている様子だね」
と、アルフレッド。
「まだ正式な恋人同士というわけではなさそうですわね。シンディーも話に聞く限りタルコット卿に好印象を抱いているようですし……今は静かに見守っている感じでしょうか?」
「かな。うまくいくと良いよね。チェスター卿には婚約の話が持ち上がっているようだけど」
「ああ。例の半魔人と戦った時に守った商家のお嬢さんと?」
「うん。エリオット卿の結婚式が話題になったからかな。最近挙式が増えてるんだよ。みんな触発されるものだね」
と、アルフレッドが笑みを浮かべる。
なるほど。色々と余波があったようで。
相手の素性も含めて婚約の話が聞こえてくるようなら、チェスターの婚約も秒読みと考えて良いかも知れないな。周囲に周知しているのと同じようなものだし。
「ふーむ。何ともいい手触りよな」
「そういえばコルリスのことを気にしていたが、理由はそれか?」
「うむ。実はギルドで見かけるたびに気になっておっての」
「うーん。これは良いですね……確かに素晴らしい……!」
ステージの向こう側ではコルリスに鉱石を食べさせながらその毛を撫でて、楽しそうに笑っているアウリアとミリアムの姿があった。オズワルドとそんな会話を交わしながら感触を満喫しているようである。
あちらはあちらで盛り上がっているようだな。ステファニア姫も宴会ということでコルリスの食事となる鉱石を持参してきているので、それで鉱石を食べさせたりしているわけだ。
コルリスの主であるステファニア姫はと言えば……その近くでアドリアーナ姫、ペネロープ、フローリアという面々と共にハーベスタ達に如雨露で水をあげていたりしているな。こちらも中々楽しそうだ。
ラヴィーネに鶏肉をあげているエリオットとカミラ。子供達にせがまれて肩に乗せたりしているイグニスと……。あちこちで異種族交流というか何というかな光景が見られた。まあ、イグニスは少し違うが。
勿論、遊戯室で楽しむ者もいれば、演奏に耳を傾けながら食事を楽しんでいる者もいる。楽しみ方も人それぞれなようだ。
そんな会場の様子を見ながら俺もみんなのいる席に戻る。
「皆さん楽しまれておいでのようですね」
「本当。良い宴席になったわね」
戻ってくるとグレイスとクラウディアが笑みを浮かべて言った。
「そうだな。招待した身としては安心したよ」
魔物と相互に理解を深め合う場を作れたというのは、立場的にも丁度良かったと思うところもある。
「ええと。私達から、テオドール様に渡したい物があるのです」
と、アシュレイが少しはにかんだように微笑みを浮かべた。その言葉に合わせるようにマルレーンが包みを持って来る。
「ありがとう」
包みを受け取ってそう答えると、マルレーンは屈託のない笑みを浮かべて頷いた。
「開けて中を見ても?」
「ええ、勿論」
ローズマリーが頷く。ということで、中を見てみる。
去年はマフラーだったが、今年はウェストコートだ。アルケニーの糸で作った生地にルナワームの糸で刺繍をしたもので……何やらかなり強い魔力を感じるので魔法がかかっていそうな雰囲気がある。
昨日今日で用意できるものではないから、大分前から準備を進めていたのだろう。普段みんながしている刺繍については後で俺への贈り物になるようなので、事前に見てしまうのも無粋だったしな。
「紋様魔法という代物よ。紋様によって呪法、邪法を退け、幸運を呼び込むというものね」
「みんなで手分けして刺繍をしたのです」
ローズマリーと、グレイスが刺繍についての説明をしてくれた。刺繍糸自体にも何かしらのエンチャントがされている。本当に、みんなで作り上げた感じがあるな。
早速着替えて皆に見てもらう。少しだけ大きめなのは成長も計算に入れてのものだとは思うが、良い感じだ。
「よくお似合いです」
「キマイラコートと合わせても大丈夫なように、みんなでどんなふうにするか考えたのよ」
「生地の内側に、水竜の鱗の端材も仕込んであるわ」
なるほど……。至れり尽くせりというか、実用性も相当なもののようだ。去年に引き続き、良いものを貰ってしまった。
「うん、嬉しい。大事にするよ」
そう答えると、みんなが微笑みを浮かべる。俺も何かお返しを考えないといけないな。




