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348 戦いの追憶

 赤く輝きながら強い熱を放っている炎熱城砦の結晶。これを1本へし折って、迷宮外へと持ち出すことになった。

 ということで炎熱城砦に生えていた、なるべく大きな水晶を取ってくる。大人の身の丈ほどもある、目についた中で特別大きな物を確保した。


 結晶から放たれる熱は折る前からは割と弱まっているが……このままでも境界都市内部なら熱を失わないそうだ。逆に言うと、タームウィルズから離した場合はこの結晶も力を失ってしまう。そうならないようにするには魔法的な加工が必要になるとのことである。恐らく、転界石と同じようなものだろう。


「その結晶は飛び地の確保だけでなく何かに使えそうですね」

「んー……。そうだな」


 グレイスの言葉に思案していると、イグナシウスが尋ねてくる。


「何かいい案はあるのかの?」

「ええと……例えば湯治場の一角に設置して、暖房代わりに使うというのはどうでしょうか?」

「ほう。湯治場とな」

「他の場所が良いということでしたら別の手を考えますが」

「いや、その場所でよかろう。炎熱城砦の熱が人々に暖を与えるというのは……中々良いのではないかな」

「これから寒くなるし良いかも知れないわね」


 ローズマリーが笑い、マルレーンがこくこくと頷く。まあ……夏場はまた別の利用法を考えるとしよう。

 ともあれ、この結晶を湯治場で利用させてもらうと共にイグナシウスの飛び地とすることが可能になるわけだ。イグナシウスを迷宮外に出られるようにすることで、自動的にイグナシウスと主従であるラザロも外に出ることができるようになる。


 イグナシウスが納得してくれたところで、クラウディアが契約儀式を進める。儀式の進行に伴い、レビテーションで浮かせている結晶が、淡い光を纏った。クラウディアの眼前で片膝をついているイグナシウスとラザロの身体も同じような光が覆っている。


「契約できたわ」


 クラウディアが俺を見て頷く。


「それじゃあ……まずは儀式場に飛ぶか」


 封印の扉解放の日はまだ先だ。一先ずは到達を後回しにし、イグナシウスから話を聞く。メルヴィン王やジークムント老にも連絡を取っておくとしよう。




 メルヴィン王とジークムント老は儀式場に来るとのことだ。メルヴィン王は所用を片付けてからでないと動けないので、それまでに湯治場に結晶の柱を設置してしまうことにした。


「儂らが出歩いて問題はないのか? ラザロは甲冑を纏っているからまだよいとしても」

「問題ありません。普段から儀式場の周りは妖精が飛び交ったりしていますから」

「ふうむ。そういうものか」

「クラウディア様が巫女達への啓示を続けていたのもあって、異種族には寛容という部分もありますね」

「そうさな。儂が王位にいた頃も、確かに月神殿はそうであった。それを知ったのはこの身になってからであったが」


 

 イグナシウスとラザロは外の景色を見回しながら温泉街を付いてくる。街を行く人々も、運んでいる結晶やイグナシウスの姿に目を丸くするが、俺達が一緒と解るとすぐに納得したような表情を浮かべていた。まあ……この調子でタームウィルズの住人にも慣れていってもらうとしよう。


「街や人々の様子も相当に変わっているだろうとは思っていたが……温泉街ができているとはな」

「ひょんなことから火山を司る高位精霊と知己を得まして」

「なるほど。原因はそなたか」

 イグナシウスは愉快そうに笑う。


「ですが……平和ではあるようですな」

「うむ……そうさな」


 ラザロが呟いた言葉に、イグナシウスは感慨深そうな声で答えて目を細めていた。魔人達との大きな戦いの後でヴェルドガルは平和と繁栄を享受しているわけだし。今日のヴェルドガルはイグナシウスとラザロが礎を築いたとも言える。勿論、クラウディアの迷宮があってこその話ではあるが。

 目的の場所に到着する。湯治に訪れた人達で賑わっているようだ。湯上がりなのか血行の良くなった様子で施設から出てくる者。診療所から出てくる者と様々だが……湯治場もきちんと機能しているようである。


「これが湯治場か」


 と、イグナシウスは興味深そうに施設を眺めている。


「ここに結晶を設置しようかと思っています。実際に目にしてみて、いかがでしょうか?」

「うむ。ここが良いな。民にとっての施設であるならば儂にも異存はない」

「では――とりあえずの仮設ではありますが手早く済ませてしまいましょう」


 メルヴィン王には通信機で許可を取ってある。後は湯治場に併設されている診療所の職員達に話を通して結晶を設置するだけだな。




 今回は仮設なので資材を準備したらきっちりとした冬場用の待合室に改造するとして。湯治場の中庭の一角に、石造りの東屋を作っていく。土魔法で東屋を形成していくだけなので楽な物だ。

 中央に水晶を立て、その周囲を薄く石で覆って柱のようにしてやれば完成である。中央の石の柱は――手を翳すとほんのりと熱を発しているのが解る。後で周囲をきっちり壁で囲ってやれば暖房として機能するだろう。柱の周囲に足湯を引くというのも悪くないかも知れないな。


「これはまた……本当にあっという間なんですね」


 茶を運んできた診療所の薬師が目を丸くしていた。


「石作りの簡単な建物ですので」


 薬師に後でもう少しきっちりとした設備に改造する旨を説明しつつ、石柱の周囲に休憩用の椅子を配置していると、通信機に連絡が入った。ジークムント老からの連絡で、メルヴィン王と合流したとのことだ。では、淹れてもらった茶を飲んだら待ち合わせをしている儀式場に戻るとしよう。




「お初にお目にかかります、イグナシウス王。メルヴィン=ヴェルドガルと申します。かの高名なイグナシウス王と鏡の騎士ラザロ卿に(まみ)えることができるとは」

「儂は所詮、過去の王の影。当代の国王にそのように気を遣ってもらうほどの者でもありませぬぞ。して……そちらの御仁は……封印を作り上げた魔術師達の末裔と聞きましたが」

「シルヴァトリアから参りました。ジークムント=ウィルクラウドと申します。封印を作った魔術師というのが、7人の魔術師のことであれば……恐らくはそうなるのでしょうな」


 儀式場にやってきたメルヴィン王とジークムント老は、イグナシウス、ラザロと挨拶を交わす。


「7人……確か、そうだったと記憶しております。その内の1人の娘を妃としました。あの者達は北より参り、北へ帰ると言っていましたな」

「……年代から考えて間違いないかと思われます。ベリオンドーラは北方の国ゆえ」


 ジークムント老がイグナシウスと言葉を交わしている横で、メルヴィン王は俺やミルドレッドに向き直り声をかけてくる。


「テオドールよ。大儀であった」

「はっ」

「ミルドレッド。そちも大きな怪我が無いようで何よりだ」

「此度の我侭を許していただいたこと、深く感謝しております」


 ミルドレッドは静かに頭を下げる。


「うむ。そちとラザロ卿の話については後程聞かせてもらうとして……まずは、イグナシウス王の話を聞くとしよう」


 儀式場の東屋に場所を移し、巫女達の淹れてくれたお茶を飲みながら話すこととなった。イグナシウスはティーカップを傾けて茶を飲んでいたが、一息つくと目を閉じて語り出した。


「さて……どこから話したものか。儂が即位した時には魔人が各地で暴れておってな。今のような平和な世など望むべくもない。ヴェルドガルは迷宮を擁する故、その国力から難を逃れていたが、入ってくる情報も混乱しておったよ」


 王の立場では知っていること、知らないこともあるだろうが。それでも当時を知る者からの情報というのは貴重だな。

 知る限りを話そうと、イグナシウスは前置きをして続ける。


「災厄は南方から始まったと言われておる。ある日、突如魔人らの盟主が現れ、南の国が滅んだ。そこから魔人が各地に散っていき、あちこちで猛威を振るったのだ」

「やはり……南方からですか」

「今でもまだ魔人達は南方におるのかな?」

「魔人信仰の教団がありますね」


 そうなると、聖地というのは魔人発祥の地という意味……なのだろうか?

 だが、無明の王の出現の後はデュオベリス教団が活動しているだけで、高位魔人による被害は出ていない。


「あの時代は結界もなく……各国は魔人を天災と思って通り過ぎるのを待つしかなかった。とは言え……魔人達は数が少なく纏まりも無い」


 そのあたりは今と同じく好き勝手暴れれば高位魔人は満足していたようだ。それで人間達が生き長らえていたところもあるのだろう。


「だが……その中にあっても、やはり盟主は別格なのであろうな」

「と、仰いますと……?」

「南方に魔人達の国を作り上げたのだ。高位の魔人達も盟主の呼びかけに従い、結集した。そして――彼らに忠誠を誓う者は生かされ、逆らう者は殺された。彼らの食欲を満たすために、更に多くの者達が南方に連れ去られたと聞く」

「……問題は高位の魔人より下級魔人の食料事情ですか」

「うむ。なまじ弱い故に厄介なところがあってな」


 高位の魔人は一度暴れれば、黙っていても恐怖を集められる。しかし下級の魔人はそうもいかない。下級故に、人間達に挑めば返り討ちに遭う可能性だってあるのだし。

 だから盟主の下に結集し、国を作るという方向になっていったわけだ。下級の魔人でも、人間を食料として手元に置くことができるようになるしな。


「やがて彼の国はゴブリンやオーク、オーガのような魔物まで従え、南方に版図を広げていったのだ。だから盟主は魔人らを統べる存在であり、魔物の主でもある。それ故に……あれは、魔王とも呼ばれた」

「魔物まで従えるとは……」

「瘴気に晒された魔物の子が魔人に従うようになる……ということは考えられるわね」


 クラウディアが眉根を寄せて言った。


「状況に変化が生まれたのは――あの魔術師達が来てからよな。北方からやってきた、七人の賢者達。その助力を得て、人間達の反攻が始まったのだ」


 北方から……。それはベリオンドーラ建国以前の話となるだろう。


「彼の者達は月女神や精霊の力を利用して、巨大な結界を作る術を編み出した。魔人の盟主を封印する術を語って聞かせてくれた。大魔法と迷宮を操る術を持つ彼らの出自は気にはなったが、問いはしなかった。儂はヴェルドガルに魔人が牙を剥く前に、彼らの助力を仰ぎ、協力することにしたのだ。周囲の国々と同盟を締結し……それらの国々にも結界術を広めていった」

「都市部から結界で閉め出していけば……それは兵糧攻めと同じことというわけか」


 メルヴィン王は顎髭に手をやりながら頷く。


「うむ。魔人達の力を殺ぎ、基盤を奪い――そして精霊やエルフやドワーフ、獣人や善良な魔物達と力を合わせ……結界で囲い込むように魔人達の版図を削っていった」


 ……魔人と、それ以外の種族との全面戦争か。最終的に勝利したのは人間と他種族の連合軍ということになるのだろうが。

 そして魔人達の国は滅んだ。盟主を封印し、魔人達は散り散りになり……。結界のお陰で、大きな被害が出ることも少なくなったというわけだ。

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