346 騎士達の剣舞
ミルドレッドは大きく深呼吸を1つ。相手が格上だと腹を括っているからか、緊張よりも戦意が勝っているように見えた。
「――参ります」
「来い」
ミルドレッドは闘気を蹴り足に纏わせ、間合いを一気に詰めていた。猛烈な勢いで振り下ろされた大剣の一撃は、しかしラザロの大剣により受け止められる。最初の一太刀は敢えて真正面から受け止めたというところか。
ラザロは踏み込んで鍔ごと押し込み、ミルドレッドに体当たりを食らわせるようにして弾き飛ばす。ミルドレッドはすぐさま踏み止まり、迫ってくる胴薙ぎの一撃を己の大剣で受け止めた。重い衝撃に、ミルドレッドの眉根が寄る。
ラザロの大剣は闘気を纏っているが、闘気の性質を操作して打撃へと性質を変化させているのだ。殺傷能力を減衰させているが、その分衝撃は突き抜けるような重さを伴っているし、まともに当たればやはり大怪我は免れえないだろう。
しかし、ラザロの動きに遠慮は見えない。手を抜くことを無礼と考えているのか、それともミルドレッドの技量を最初の一撃で確かめたうえでのことか。
大剣と大剣が目まぐるしく閃き、両者の間で重い金属音を打ち鳴らす。激突の衝撃で弾かれたと思った瞬間には再び切り返しての斬撃が放たれる。
ラザロがミルドレッドの一撃を受け流して踏み込み、鍔でかちあげるような打撃を見舞った。ミルドレッドは受け流しに逆らわない。身体を捻りながらそれを避け、そのままの勢いでラザロの後方から追い掛けてくるような斬撃を繰り出す。
それを――ラザロは見ることもなく背中側に回した大剣で受け止めていた。身体を入れ替えながら剣を振るえば、闘気の斬撃がミルドレッド目掛けて飛ぶ。
ミルドレッドは真っ向から、闘気を纏った刃で切り落として迎え撃ち、そのまま互いに突っ込んでいく。
2つの刃が荒れ狂う。舞踏するように互いの位置を入れ替えながら剣の切っ先を打ち下ろし、踏み込んでかち上げる。その度に金属音と火花が散る。
攻撃も防御も、長大な武器を振り回しているとは思えないほどの馬鹿げた速度だ。
だがそれはグレイスほどの膂力があるからというわけではない。要所要所で身体の各所に闘気を纏い、瞬間的な力を補強しているからだ。
打ち込みと踏み込み。足運びと重心の移動。剣技と体術。それらの精髄を活かした結果として、超人的な動きが可能になるというわけだ。
水が流れるようにラザロが動く。身体を全く上下させない、滑るような歩法。ミルドレッドの目測と迎撃が一瞬遅れる。
「ぐっ」
大剣を盾にするように身体ごとぶちかましてくるラザロを受け切れず、ミルドレッドが顔をしかめた。そのまま押し込むラザロ。しかしミルドレッドが不利な体勢になったのも一瞬のことだった。全身が闘気で煌めき、受け止めたラザロを力任せに押し返す。
一瞬、ラザロの身体が浮いた。ミルドレッドが身体に纏った闘気を瞬時に刀身に集中させる。
「はああっ!」
裂帛の気合と共に地面を突き刺し、そのまま刀身を振り上げれば――衝撃波が地面を砕き、床石を砕きながら巻き上げた。
武技、地裂波。剣を地面に打ち込み、闘気を帯びた土砂を噴き上げて散弾のように浴びせるという技だ。浮かされたラザロには避ける術はない、はずだった。
ラザロはそれを空中で迎え撃った。闘気を右掌に集中。広範囲に噴出させて平手で叩き潰すように石の散弾と闘気の衝撃波を撃墜する。
そのまま間を置かずに飛び込んできたミルドレッドの剣を受け流す。身体が泳いだミルドレッドの脇腹目掛けて掌底を叩き込む。すんでのところでミルドレッドも闘気を纏った掌で受けていた。
弾かれて、離れ際。踊るように閃く剣と剣が火花を散らす。互いに横っ飛び。身体を宙に浮かせたまま切り結ぶ。着地と交差。反転して激突。一瞬たりとも止まらず、澱まず。踊るように斬撃を応酬する。
一瞬間合いが開く。ラザロが剣を大きく後ろに引き、長い刀身を身体に隠したまま突っ込んでいく。
あの予備動作――俺の時は地面を切り裂きながら掬い上げるような斬撃を繰り出してきた技だ。
ミルドレッドはその技を知っているのか、踵を浮かせてどの方向からの斬撃にも対処できるような構えを見せる。
しかし、ラザロの繰り出した技は斬撃ではなかった。大剣の間合いの内側へと闘気を纏わせた蹴り足で加速して踏み込む。そのまま至近距離から鳩尾に向かって柄頭に闘気を集中させた突きが繰り出されていた。同門故の先読みを逆手に取るような動き――。或いは、駆け引きと言うべきか。
ミルドレッドの身体が大きく後ろに飛ばされる。吹き飛ばされたのではなく、打たれるのに合わせて自ら後ろに飛んだのだ。
ミルドレッドは空中で風車のように回りながら、ラザロ目掛けて正確に闘気の斬撃を飛ばしていた。追撃のために踏み込もうとしたラザロの軌道を阻害するような一撃だ。
しかしラザロは一瞬横に飛び、床石を蹴り砕いて突っ込む。薙ぎ払うような一撃をミルドレッドは空中で受け止めはしたものの、そのまま振り切られていた。大きく後ろに飛ばされて、壁面に激突する。しかし激突の瞬間。背中に闘気を集中させてダメージを最小限に抑えてはいる。
それでもかなりの衝撃はあったのだろうが、即座に壁を蹴ってラザロに向かっていった。
その口元には笑み。それはラザロの技量への歓喜か、感動か。互いに叩き付け合い、ぶつけ合っては薙ぎ払い、身体のすぐ横を掠める斬撃を掻い潜り、弾かれては突っ込む。
闘気を全身に纏うミルドレッドが、後先を考えない全開も全開でラザロを退かせる。ミルドレッドらしからぬ力技、かも知れない。
「おおおおおおおっ!」
間合いが開いたその一瞬に、ミルドレッドが袈裟懸けの軌道で斬撃を飛ばす。鞭のようにしなる巨大な闘気の波が、斜め上から薙ぎ払うように押し寄せていく。更に踏み込み、振り切った軌道と全く同じ軌道を戻るようにミルドレッドの剣先が跳ね上がっていた。
しなりながら時間差で降ってくる闘気の波と、斜め下から鋭く跳ね上がる剣と。挟み込むような2つの斬撃が、ラザロという一点で交差しようとする。
それを――ラザロは真っ向から突っ込んで迎え撃った。全身に煌めくは水鏡の闘気。ミルドレッドの剣を大剣で受け止め、水鏡の闘気を左腕に集中させて闘気の波に裏拳を叩き付ける。弾けるような破滅的な金属音が2つ重なる。刀身を滑らせるように踏み込み、そのままの勢いでミルドレッドに体当たりを見舞う。
「がっ!」
ミルドレッドの身体が大きく飛んだ。今度は自分から飛んだのではなく、間違いなくラザロに吹き飛ばされたのだ。床を転がり、弾かれるように身体を上げたところで――。
「――参りました」
ミルドレッドが、荒い息を吐きながら言った。ラザロの剣は――ミルドレッドのその首の手前、触れるか触れないかのところで止まっていた。
「有意義な時間であった。我の剣を流派として昇華させた、その研鑽は見せてもらった」
そう言ってラザロは剣を収める。ミルドレッドも呼吸を整えながら立ち上がる。
ミルドレッドの使った技はラザロの技を元に作られたものだろうか。地裂波もそうだし、最後の燕返しのような技も……ラザロの使う、鋭角に剣の軌道を曲げる技に似通ったところがある。
「しかし、通じませんでした。細かな技術、駆け引きでも上を行かれ、修行不足を痛感するばかりです」
「それはどうかな。最後の一撃は驚かされた。水鏡でなければ受け止められたかどうか。その時は……勝負はどう転がっていたか分からんぞ」
ラザロは左手を上げる。その言葉を裏付けるかのように、僅かにその手が震えていた。水鏡でなかったら、か。
或いはもう少し押されてミルドレッドを吹き飛ばすにまで至らなかったら、戦況はラザロの不利になっていた……かも知れない。
結果としてはラザロに軍配が上がったが、全くミルドレッドの剣が届かない、通じないというわけでもないということか。
ミルドレッドは目を見開いた後、ラザロに一礼した。ラザロは騎士式の返礼をすると身を翻してこちらに向かってくる。
ミルドレッドはその背を見送り、自分の掌を見てから拳を握ると、小さく頷いていた。
目指すべき目標……道標か。ミルドレッドはそれを見出したのだろうか。喜びも悔しさもその表情からは窺えなかったが、何やら吹っ切れた清々しさのようなものが浮かんでいる気がした。
 




