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343 旧坑道探索

 螺旋階段を降りて、迷宮入口の広場――石碑の前に到着する。


「準備は良いかしら?」

「はい、クラウディア様」


 クラウディアが尋ねると、ステファニア姫とアドリアーナ姫が頷く。


「では、行くわ」


 そのまま石碑から迷宮内に飛ぶ。行先は旧坑道。元々坑道だった場所が、国守りの儀を滞らせたために迷宮に組み込まれて変化してしまったという経緯を持つ区画だ。

 光に包まれて目を開くと――そこは石で作られたドーム状の広場だった。

 ドームの一角に、木組みで補強された旧坑道の入口が見える。その雰囲気は先日ブロデリック侯爵領で見た鉱山坑道の入口に通じるものがあった。


 その入口の対角線上にも石で組まれた通路が見えた。そちらの通路は今いるこのドームの建築様式と似ている。迷宮側と旧坑道を繋ぐ通路だからだ。


「これが迷宮……」


 ステファニア姫とアドリアーナ姫は興味深そうに周囲を見渡している。


「方針としてはコルリスに迷宮の歩き方や、この区画に出る各種魔物の対処を学んでもらうという形で進んでいきましょうか」

「分かったわ」


 俺とコルリスを先頭にステファニア姫とアドリアーナ姫が続く。2人を護衛するようにみんなも続く。

 割と大きなコルリスの図体だが……まあ、通路の行き違いが可能な程度の広さはある。そもそもコルリスにとって狭いところや洞穴というのは妨げにならないらしく、かなり活き活きとした軽快な動きだった。案外旧坑道が気に入ったのかも知れない。


「コルリス。これを」


 足元に落ちていた転界石を拾い、コルリスを見やる。


「これが転界石だ。旧坑道から帰る時に必要になるから、ちゃんと拾っておくように」


 コルリスに告げるとこくんと首を縦に振る。転界石の臭いを嗅いでいたが、やがてもう一度頷いた。転界石の特徴を覚えたと言ったところか。

 通路を進みながら鼻をひくつかせると、転がっている転界石を目ざとく見つけては、爪の先端で器用に摘まんで拾う。


「コルリスが拾った石は私が預かるわね」


 コルリスから手渡しされる形でステファニア姫が転界石を受け取る。今はステファニア姫が転界石を預かっているが、コルリス用の鞄なども出来上がれば自身で管理しやすくもなるだろう。

 後は……コルリス自身に転送の魔法陣を描いてもらうか。迷宮で手に入れた荷物の転送も可能になれば探索も捗るし。


「外にいる時より元気な気がします」


 旧坑道を進んでいくコルリスの姿を見て、アシュレイが微笑みを浮かべる。マルレーンが楽しそうに頷いた。


 コルリスの動きには迷いがない。脇道で鼻をひくつかせて進む進まないを決めているようだ。

 転界石を回収しつつも何か明確な目標があるかのように進んでいく。そして岩肌の露出した場所で足を止めると、おもむろに魔力を帯びた爪で岩肌を切り崩した。


「面白い術ね」


 ローズマリーが腕組みして、感心したように言う。


「確かに。あれは腕力任せではないわね」


 恐らく土魔法に属する術だな。なるほど。ああやって魔法を併用して軽々と土を切り崩して地中を進むというわけだ。まあ、迷宮の場合、通路を壊しても比較的短時間で修復されてしまうわけだが……今回の場合は迷宮の破壊が目的ではないらしい。

 岩肌の中から露出した鉱石をコルリスが爪で掬い取って、そのまま齧る。ぼりぼりと石を噛み砕く音が坑道内部に響き渡った。


「……いやはや。一見の価値があるわね、これは」


 アドリアーナ姫が笑う。確かに豪快な食事シーンだ。コルリスは見つけた鉱石を平らげてしまった。

 そしてのそりと動き出す。次の餌場に向かうのか。それとも他に目的があるのか。

 ――と、コルリスが脇道に首を巡らすのと、シーラが警告を発するのはほとんど同時だった。


「魔物。その通路の奥」

「これは……ホブゴブリンとコボルトの混成部隊……かしら」


 通路の奥を見据えながら、シーラとイルムヒルトが言う。


「コルリス。対処できるかしら?」


 ステファニア姫が言うと、コルリスが頷く。そして動いた。

 両側の壁に爪を引っ掛け、巨大な砲弾のように坑道の通路をかっ飛んでいく。魔力を爪に纏わせ、通路を曲がらずに壁ごと爪を叩き込めば――曲がり角の、その先にいた迷宮魔物の群れが岩の散弾を浴びせられ、そのままコルリスの爪にかかって吹っ飛ばされる。

 砕かれた岩と爪の一撃からは免れていたホブゴブリンだったが――次の瞬間にはコルリスの眼前から発射された結晶の槍で貫かれていた。閉所であるために逃げ場もない。

 ホブゴブリンは、通常のゴブリンより体格で勝る亜種だが、まるで子供扱いだ。


 いや……。分かっていたことだがベリルモールにとってはこういう閉所で戦うのは元々得意なわけで。

 水を得た魚というか土を得たモグラというか……シーラやイルムヒルト並の探知能力を備えているあたり、全く危なげがなくて見ていて安心できるな。


「近くに冒険者がいる場合は、ああいう攻撃はしないようにな」


 一応アドバイスぐらいはしておこう。コルリスは素直に頷く。

 少し考えて、冒険者がギルドに登録した時にもらえる金属プレートをコルリスに見せる。


「コルリス。これと同じものを持っているのが冒険者だ。冒険者って一口に言うけど、人間以外の種族も混ざることがあるから、これを持っている相手は身を守るため以外には攻撃しないこと。まあ、持っていない人間が迷宮に立ち入ることもあるから絶対じゃないけどな」


 コルリスは金属プレートの臭いを嗅いで頷く。

 ふむ。では魔物からの剥ぎ取りといこう。旧坑道のホブゴブリンやコボルトは少し特殊で、ツルハシやスコップなどで武装していたりするのだ。

 迷宮の浅い階層のコボルトよりも旧坑道のコボルトは屈強で、腰に鉱石を入れた袋などを持ち歩いていることがある。故に、鉱夫コボルトなどと言われたりもするのだ。

 ランクの低い魔物が持ち歩いているのはクズ鉱石が多い。旧坑道を更に進んで魔物のランクが高くなれば、宝石などを持ち歩いていたり、身体から結晶が生えていたりする……場合もある、という具合である。


 今回は……ホブゴブリンが鉱石を入れた袋を持ち歩いていたようだな。

 コルリスの好む鉱石なら食べれば良いし、そうでないならギルドに持っていって買い取ってもらえば良い。コルリスは袋の中の鉱石を餞別し、口に合わないものはステファニア姫に預ける。


「よし……。この調子で進んでいこう。個別に剥ぎ取り箇所があるような魔物は、その都度教えていく形で」




 コルリスが通路の端に転がっていた岩に爪を振り下ろすと、あっさりと粉砕された。

 ただの岩というわけではない。岩に擬態した魔物――ロックタートルだ。

 亀の魔物で強靭な顎と、岩の甲羅という堅牢な守備力を備えた旧坑道の難敵――ではあるのだが……格としてはベリルモールのほうが上だな。擬態も守備力もコルリスにとっては何の役にも立たなかったらしい。あっさりとロックタートルを粉砕する。甲羅の中から出てきた宝石をコルリスは口の中に放り込んでぼりぼり齧る。


「コルリス。この場所は気に入ったかしら?」


 ステファニア姫が尋ねるとコルリスはぶんぶんと頭を縦に振る。

 旧坑道に馴染んでいるな。コルリス自身が気に入ってくれたのならこの先もやっていけそうで何よりではある。


「でも、満月の日はここには来られないから駄目ですよ。この場所には来られません」


 グレイスが言う。グレイスの言葉にもきちんとコルリスは反応して首を縦に振っていた。


「一応迷宮に入る前に、冒険者ギルドに寄っていくといい。満月の日は止めてくれるように頼んでおくから」


 後でヘザーに話を通しておこう。事故防止になるしな。

 そのまま魔物を倒したり、コルリスの食事風景を見ながら進んでいるとシーラが言った。


「冒険者。次の曲がり角」

「了解」


 コルリスも……当然のように気付いているな。


「おわっ!?」


 通路の向こうからやってきた冒険者がコルリスを見て悲鳴を上げた。


「ああ。敵ではないですよ」


 向こうが臨戦態勢を取る前に言っておく。コルリスも顔の前で手を振る。あの仕草は……ステファニア姫が新しく教えたそうだ。


「な、なんだ? あっ、ああ。通達のあった魔物か」


 冒険者は納得した後で、コルリスをしげしげと見た後、ステファニア姫の同行に気付いて、弾かれたように居住まいを正す。


「ご苦労様。迷宮探索、頑張ってね」


 ステファニア姫が笑みを浮かべる。


「はっ、はい!」


 冒険者達は緊張した面持ちで頷くと、何度か頭を下げながら通路の奥へと消えていった。

 旧坑道は比較的難易度の低い区画ということで、他の冒険者とも遭遇する機会がある。他の冒険者との遭遇の機会に立ち会えたのは……まあ、対処を学ぶという観点からは良い点だと言えるだろう。


 冒険者と遭遇する機会が多いというのは冒険者同士で人目にも付きやすいということで、証言や目撃者を得やすいということだからトラブルを解決しやすくなる側面もある。コルリスにとっては追い風かも知れないな。


「コルリス。もし冒険者が怪我をしているような場面に出くわしたら、助けてあげてね」


 と、ステファニア姫もコルリスに色々と話しかけている。

 やがてコルリスも満腹になったらしい。ステファニア姫を見ながら、自分の胃のあたりを撫でる。……満腹の合図だな。仕草で色々教えてくれるから意思疎通しやすい。


「それじゃあ、帰還の仕方から、ギルドでの素材の換金まで、一通りやっておきましょうか。帰るためには迷宮に入ってきた時と同じように、石碑に必要になるだけの転界石を持っていかなければならないわ」


 その言葉を受けたコルリスは鼻をひくつかせて進んでいく。

 そのまま付いていくと、あっさりと迷わずに石碑に到達した。

 石碑にも独特の魔力の臭いを感じ取っている節があるな。或いは他の冒険者達の歩いた臭いを辿ったか。ふむ……。シーラも優れた五感を持っているが、こと嗅覚においては他の面々の追随を許さないように思える。

 後は……主であるステファニア姫との連携なども旧坑道で練習していけたら良いのではないかと思う。

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