339 帰路と合流
艦橋に集まってみんなで寛ぎつつ、秋の景色の中をシルン男爵領へ向かってシリウス号が進む。船は割と軽快な速度を維持している。現在の操船はヴァレンティナだ。船の航行に関しても交代で、何人かは操船可能な人員を育てておくのが良いだろうという考えによるものだ。
時折街道を行く旅人や冒険者、商人達の上空を通過することがあったが、驚いて目を丸くする者もいれば、嬉しそうにこちらに向かって手を振る者や敬礼する者もいて、反応が分かれているのが中々興味深い。
このへんは恐らく……飛行船の情報を知っているかいないかの差だろうな。反応から考えても、ステファニア姫やアドリアーナ姫が乗っていることを知っているように思えるし、タームウィルズからブロデリック侯爵領方面のどこかに滞在して、飛行船を目にしているか噂を聞いている面々だろうと思われる。
飛行船についての認識や定着が進むのはまあ、良いことではないだろうか。
「少し、コルリスの様子を見てこようかしら」
と、アドリアーナ姫とのカード勝負に一区切りついたらしいステファニア姫が立ち上がる。アドリアーナ姫が艦橋に置いた木箱をレビテーションで持ち上げた。
侯爵領で鉱石を買ってきているのだ。それをおやつ代わりに与えてこようということらしい。
ややそわそわしているシャルロッテを見て、ヴァレンティナがくすりと笑う。
「こっちは順調だから、シャルロッテも行ってきて大丈夫よ」
「で、ではお言葉に甘えまして」
シャルロッテが立ち上がり、2人に付いていった。コルリスの様子か。では俺もカドケウスを付けて少し様子を見てみることにしよう。
「船内の様子も艦橋で見れると良いかも知れないね。客室はともかく、通路や飛竜の待機場所は」
艦橋を出ていく彼女達の背を見送って、アルフレッドが笑みを浮かべる。
「そうだな。操船席の周囲は既に水晶板が結構な数があるから……空いている艦橋の壁に設置する形かな。そうすれば他の人員と声を掛け合って伝声管で指示したり連絡し合ったり、指揮もしやすくなるし」
「なら、それぞれの伝声管の場所に合わせて設置というのが良さそうだね」
グレイスの淹れてくれたお茶を飲みながらアルフレッドやジークムント老とシリウス号の改善点について話し合う。シリウス号については今回の旅が試験飛行も兼ねているので、感じたことなどをまとめておく必要があるのだ。
「指揮が細やかになれば各所の人員も動きやすくなるじゃろうしな。通常の航行のみではあったが船もあまり揺れぬし、乗り心地が良いのは確かじゃから、船内も移動しやすい」
「戦闘時はどうなるかは分かりませんが、いずれ討魔騎士団達を乗せて訓練もしようかと」
通路には手摺も付けているしな。全員が空中戦装備を身に付けていることを考えるとある程度船が揺れても問題なく船内を移動可能とは思うが。
さて。ステファニア姫達のほうはと言えば……コルリスのいる場所へと向かうと、鼻をひくつかせたコルリスが扉の向こうで待機していた、という状態であった。
「こらこら、待ちなさい」
ステファニア姫に言われたコルリスは、大人しく部屋の端っこまで戻る。やはり定位置は部屋の隅ということらしい。壁を背に腰を下ろしているコルリスの前まで、鉱石を満載した木箱を持っていく。
「どうぞ、召し上がれ」
ステファニア姫の言葉を待っていたと言うように、爪の先端を器用に使って鉱石を摘まんでは口の中に放り込んでいく。何とも力の抜ける光景であるが3人は随分と和んでいる様子であった。
艦橋でもアシュレイがラヴィーネに鶏肉をやったり、マルレーンがエクレールを腕に止まらせて魔力を与えたりと、使い魔達も食事の時間というところだ。
やがて――シリウス号はシルン男爵領へと到着する。
領民達は結婚式の余韻が残っているからか、みんな手を振って歓迎してくれた。
「前回来た時に停泊させたのは、あの雑木林だったわね」
「はい。ええと……。人もいないようですし、今回もあの場所で問題ないかと」
ヴァレンティナはアシュレイの言葉に頷くと、前にシルン男爵領に来た時と同じように、男爵家の裏手にある雑木林の上にシリウス号を停泊させる。
下船のための準備をしているといつの間にかアルファが姿を現し、艦橋に座っていた。
アシュレイに付き添うラヴィーネと、何やらアイコンタクトを取っている。……ふむ。留守番は任されたというところか。船内にはイグニスに加えてコルリスもいるので割と警備の層が厚い気がするな。
「では行きましょうか」
タラップを降ろしてみんなで船を降りる。男爵家に向かうとエリオットとカミラ、ケンネル他、使用人の面々が出迎えに来てくれた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。皆様、ご無事で何よりです」
アシュレイの言葉に、嬉しそうに微笑んだケンネルが頭を下げる。
「お帰り、アシュレイ。……何やら、新しい顔触れが増えているようだね」
「こんにちは。フローリアと言うの」
フローリアがシルン男爵家の面々に挨拶をする。エリオット達もそれを受けて自己紹介を返していた。
「フローリアはドライアドです。母の家に宿っていた精霊が顕現したわけですね」
「なるほど……」
「後は、ブロデリック侯爵領でモグラのコルリスが仲間になった」
と、シーラ。
「モグラ……ですか?」
エリオット達は怪訝な表情を浮かべた。
「ベリルモールと言って、巨大モグラの魔物ね。テオドールと戦って降参したから……私の使い魔にして預かることになったわ。甲板にいるのが見えるかしら?」
ステファニア姫がそう言ってシリウス号に向かって手を振ると、皆の視線が甲板に集まった。甲板には縁に手をかけ、ステファニア姫に手を振り返すコルリスの姿がある。それを見たエリオットは何とも言えない笑みを浮かべ、ケンネルは目を丸くしていた。
「鉱石を主食にしているようだし……ブロデリック侯爵領には残しておけないでしょうからね」
と、アドリアーナ姫が補足の説明を入れた。
「ああ。侯爵領は鉱山がありますからね。色々あったのですね」
エリオットが苦笑する。
「船に乗ってから、後できちんと紹介するわね」
「はい、殿下」
「エリオット兄様とカミラ義姉様はゆっくりできましたか?」
「ああ。故郷に帰ってきて良かったと思う。来る前は、多少不安もあったけれどね」
そう言ってエリオットは目を細めた。
「領地や裏手の雑木林を散策したり……とても楽しかったです」
カミラもエリオットに寄り添って笑みを浮かべる。相変わらずのおしどり夫婦ぶりである。
「では……。お食事の用意ができております。どうぞこちらへ」
と、ケンネルが屋敷へ案内してくれた。
「……なるほど。崩落事故があったわけですか」
少し遅めの昼食を済ませ、食後に茶を飲みながらのんびりと会話する。このまましばらく休憩してからタームウィルズに戻る予定だ。話題は自然とブロデリック侯爵領で起こったことになっていた。
「それで、鉱山に向かった調査団が閉じ込められてしまったということなので、救助に向かうことになったわけです。崩落箇所を修復したら、シーラが調査団の足跡やベリルモールの痕跡を見つけまして」
「坑道内部では戦うのも危険性が大きいから、外に誘き寄せるために、テオドールが一計を案じてね」
坑道内を足跡などを探しながら進んだこと、調査団を救出したこと、カドケウスとバロールのコンビとのコルリスの追いかけっこやら、結界に閉じ込めてからのコルリスとの戦闘やら。イルムヒルト達が演奏で臨場感を盛り上げるというおまけ付で語って聞かせると、随分と盛り上がった。
探索中の緊迫した曲やら、追いかけっこと戦闘の激しい曲やら。中々レパートリーが広いな。
「いずれにせよ、タームウィルズに戻ったら、コルリスが暮らしやすいように環境を整えてやる必要がありそうです」
「愛嬌のある子のようですが、見た目が大きいですから、周囲から認知されるまで大変そうですね」
カミラが頬に手を当てて首を傾げる。
「それは確かに。なので冒険者ギルドにも手伝ってもらう予定ではいますが……」
「ノーブルリーフにも飾りをつけるという話をしていましたし、コルリスにも何か装飾品を身に付けてもらうというのはどうでしょうか? 見た目にも違いが出て、威圧感も減ると思います」
「それは良いわね」
アシュレイが言うと、その案がそのまま採用される形になった。今度はコルリスに何を身に付けさせるかという話で盛り上がっていた。
案として有力なのは首にスカーフを着けさせること、であった。赤地のスカーフにヴェルドガル王家の紋章を刺繍してやるのが良いのではと。
「コルリスが嫌がらなければ、それを採用しようかしら。割と似合いそうだわ」
「なら僕も1枚噛ませてもらおうかな。装飾品に魔道具を組み込んでやれば色々便利だろうからね」
と、アルフレッド。
ふむ……。まあ、タームウィルズに帰ってから1つずつ進めていこう。炎熱城砦のことやコルリスの旧坑道通いのこと。色々やることも多いしな。




