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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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32 魔人

 循環状態から素手で上級魔法を放ったからか。
 左手から少し血が垂れているが――まあ問題は無いだろう。
 そんな事よりもだ。
 空中に浮かんでこちらを睨んでいる魔人を見上げる。
 随分好き勝手暴れてくれたようで、かなり気に入らない。気に入らないが、だからこそ冷静かつ確実に仕留めに行くべきだ。モーリスと話をした時も激情で失敗しそうになったからな。

 相手が母の仇と同じ魔人とは言え、母の仇そのものではないのだし。
 5年前。疫病を撒き散らかした死睡の王は、母が倒したのだから。

「……笑ってやがる。随分とまあ――強力な魔法を使えるのがご自慢みたいだけど」

 女型の魔人は空中に浮いたままでこちらを憎々しげに見ていたが、やがて優しげな笑みを浮かべた。

「まさか、強い魔法が使えりゃ魔人様に勝てるとか思っちゃってるのかしらねえ? ガキはこれだから」

 魔人は宙に浮いたまま、全身から立ち上る黒い靄を弄ぶように身体の周囲を巡らせる。
 奴の言いたい事は解る。自由に空を飛べるというのは、ただそれだけで強力なアドバンテージになるからだ。対して、人間の使える飛行の為の魔法はレビテーションである。
 これは物体を浮かせる魔法だが、まるで戦いに向かない物だと言う事を知っているのだろう。魔人の飛行魔法に比べるべくもない。
 いくら強力な魔法が手札にあろうが、当てられなければ意味が無い。発動の瞬間がバレやすい上級魔法など怖くもなんともない、と。そういうわけだ。

 なら中級以下の魔法ならどうかと言われれば、魔人がその身に纏う瘴気が問題となる。その正体は負の魔力とでも言うべき代物だ。通常の魔法を減衰させ、触れれば生き物の身体を蝕む。
 そもそも肉体の頑強さも身体能力も、通常の人間の比ではない。少々の被弾で揺らぐ事はないだろう。
 だが――だから何だというのか。

「魔人の事は、お前なんかに聞かせて貰わなくても知ってる。さっさと始めよう」

 魔法杖を構えてそう言い放つと、魔人は一瞬眉を顰めた後、耳まで裂けた口で牙を剥いた。

「口の利き方がなっちゃいないガキだ。生きたまま中身を抉り出して、その口から詰め込んでやるよ」

 その言葉を合図にするかのように大きく右へ飛んだ。瞬きほどの一瞬遅れてさっきまで立っていた石畳が砕かれる。魔人が放ってきたのは瘴気の弾丸だ。
 瘴気そのものが魔法を減衰させるから、普通の魔法との撃ち合いに滅法強いという特性を持っている。

 向こうは案の定俺との距離を一定に保ちながら、弾を放って来た。右へ左へ飛んで、地面を転がり。引っ切り無しに放たれる瘴気弾を避ける。それが魔術師殺しだと知っているのだろう。
 弾丸の隙間を縫うように火球で応射するが、向こうは避けもしない。直撃して炎上したが、それで倒せるとは思わない。魔法の炎では熱の通りも今一つだからだ。だが目くらましにはなる。すぐさま前に出て距離を詰めた。
 爆風の下から余裕の笑みを浮かべる魔人が姿を見せる。

「んな魔法は効かねえんだよ! そのまま地べたを這いずりまわってやがれゴミ虫が!」

 魔人は左手から扇状に弾丸をばら撒いてくる。そのどれもが人間を死に至らしめる破壊力を秘めたものだ。
 しかも偏差射撃。発射は順繰りでも、弾速がそれぞれ違う。地面への着弾のタイミングは全て同時になった。

 レビテーションを発動させて空中に飛び上る。魔人は必勝を確信したのか唇の端を歪ませた。その右手には瘴気の塊が蟠っている。
 振りかぶって振り抜けば――瘴気が長大な刃と化して、俺のいた場所を薙ぎ払っていった。完璧に。完全に。レビテーションでは回避出来ないタイミングと速度だった。

「――ごっ!?」

 だが俺はそこにいない。空中で挙動を変えて潜り込んでいる。魔人は瘴気を巨大な刃状にして振り抜いた事で、俺の姿を見失っている。
 そこに循環状態で練り上げた魔力を集中させた俺の膝蹴りが、奴の側頭部に突き刺さったわけだ。
 魔力循環のそれは通常の魔力と質が違う。魔力と生命エネルギーの混合である為に、魔人の瘴気と言えど減衰しきれず、俺の身体を蝕む事も出来ない。

「な、にっ!?」

 魔人は泡を食って俺から離れようとするが、空中を蹴って追い縋る。
 放たれた瘴気弾を左手に展開させたマジックシールドで後方に受け流し、一瞬の澱みもなくそのまま肉薄した。俺の間合いだ。
 目を丸く見開いた魔人が、爪を伸ばして俺の繰り出す魔法杖を受ける。

「空中を――足場にしてやがる!? こいつ、何、を――!?」

 そもそも。俺に空中戦が出来ないだなんて言っていない。
 俺の足裏や背中にはマジックサークルが展開している。そこから細やかな制御式で、一瞬だけ発動させているのは初級魔法のマジックシールドやエアブラストだ。
 自身の身体を浮かせるレビテーションと組み合わせる事で、シールドを足場として使ったり、エアブラストを用いてブースターのように推進力を得る事が出来る。

 こんな風にして空中での自由な機動性を得て、空中での立体的な戦闘を可能としていたのがBFOの上位プレイヤーである。
 プレイヤー側の開発したテクを修正せずに、魔法職以外にも可能なように追加アイテムや武技などを用意してきたのがBFO運営の素晴らしい所であったが――魔人の反応を見るに、どうやらこれをやっている人間はいないようだな。

「信じられん! 人間如きが3つの魔法を同時に制御しているのか!?」

 下級魔法の3つや4つ如きが一体何だというのか。
 奴の爪が振るわれる。
 こちらの命を刈り取ろうとする斬撃を杖で受ける。
 顔のすぐ横を鋭い爪が通り過ぎていった。頭部をスライスするように閉じられたそれを、杖を差し込む事でやり過ごす。
 下方から杖の逆端を跳ね上げる。皮一枚。ぎりぎりの所で体を逸らした魔人の脇腹を掠めて行った。間合いは離させない。このまま押し切る。

 振り、払い、受け、流し、突き。切り結んでは弾き弾かれて。
 瞬き一つ許されない刹那の命のやり取りの中で――俺は多分、笑っていた。
 嬉しくて仕方が無い。こうして魔人と正面切って戦えるだけの力が、今この手にある事が。

 だけれど、まだまだ足りない。全然足りない。力も速さも技も。
 もっと。もっとだ。もっともっともっと力を――!

 奴の爪と俺の魔法杖がぶつかり合う度に軋むような音が響く。空中で交差し、絡み合うように幾度も切り結ぶ。あまりこの杖では長くはもたないだろうが――。

「がはっ!」

 上位種である為に研鑽に必要性を感じていなかったのだろう。近接戦闘の練りが甘い。右に左にと。受けようとした爪を掻い潜った杖の先端で頭部を弾かれ、鳩尾にたっぷり魔力を乗せた杖の一撃を貰って魔人は大きく弾き飛ばされた。俺と違って、飛行魔法では空中で体を支えられないからな。

 蟻なら一撃で粉々になっている所だが――決定打になっていない。やはり魔人の耐久力は驚異的だと言えるだろう。
 だが予期していた事だ。態勢を立て直す時間は与えない。すぐさま空中を蹴って追いすがる。上から下へ。魔力(ちから)任せに蹴り落とす。

 地面に叩き付けられて転がる。
 が、確実――確実にだ。魔人相手に手心も情けも加える気はない。魔術師の意識がある限り術式を組めるのと同じように、生きている限り瘴気を操る事が出来るのだから。生け捕りにするとか、情報を搾れるというような相手でもない。
 杖はもう限界が来ているようだし、これっきりで使い捨て(・・・・)る。握った部分から両端に至るまで、魔法杖をマジックサークルが覆う。

「ばけもの、が――」 
「お前らに言われちゃお終いだ」

 俺も奴も――笑っていた。

「穿て」

 杖を中心軸にして、魔力を宿した風の渦が巻き起こる。螺旋を描く暴風の、その圧力を先端の一点に集中させていく。
 第7階級風魔法ヴォルテクスランサー。魔人の直上から、竜巻を纏った杖を投擲する。
 それは寸分違わず、魔人の胸の真ん中目掛けて吸い込まれた。
 一点に炸裂した暴風が、最後の一瞬、輪のように広がって広場全体を薙いでいく。後に残ったのは、広場の地面ごと胸に大穴を穿たれて横たわる魔人の姿だった。
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