335 魔獣追走
前を行くエドガーの顔には緊張が走っている。ベリルモールは結構な大物だし、遭遇すれば問答無用なので仕方が無いところもあるが……それだけというわけでもないだろう。
「ベリルモールが出てくるとは……。これは、この山だけでは済まないかも知れません」
「この鉱山の鉱石を食い尽くしたら、他の山に、ということでしょうか?」
「そうなります。餌場や縄張りへの執着が強く、執念深いと聞きますからな。集落にある鉱石まで狙って大きな被害を出したという話も……」
……というのが、エドガーの緊張している理由である。
救助だけで終わる話ではない。ブロデリック侯爵領は農業に転換しているとはいえ、その途上だ。今すぐ鉱山を捨てられるわけではない。鉱脈を食い尽くしたら、次は集落までか……。かなり貪欲だな。
「鉱石なんて……食べて生きていけるのは、結構不思議」
などと首を傾げるシーラ。シーラはラヴィーネと共に調査団の足跡を追跡中である。ベリルモールに追われたという状況を考えると、途中ではぐれて迷った可能性もあるからだ。
「鉱石の中に含まれる魔力を吸収して活動しているのでしょう。宝石の類は魔力を溜めこみやすいから触媒としても使われるわ。そういう方向に特化した魔物だから、石を食べても大丈夫というわけね」
クラウディアが言うと、シーラは頷く。
「……ベリルモールは鉱石を好んで食べる分、身体の中に相当な量の魔力を溜め込んでいると言われるわ。個体によっては魔法らしき力を操った、という記録もあるけれど」
ローズマリーが塗料で目印をつけながら思案するような表情を見せている。
「魔法ですか。単なる大きなモグラと侮っていると危険ですね」
「後は……偏食があるらしいわ。選り好みできるうちは、好みの鉱石を狙い続けるわけね」
「どんな手を使ってくるか分からないし……遭遇したら俺が相手をするよ」
坑道を奥へと進んでいくと、やがて鉱夫達の休憩所に辿り着いた。
天井も含めて広く掘られており、閉塞感が幾分か和らいでいる印象だ。
頑丈そうな扉も据え付けられているが、本来その横にランタンを引っ掛けているであろう金具には、今は何もない。ベリルモールに追われていたことを考えると、ランタンを吊るしておくのは危険だと判断したということだろうか。
扉は分厚く、鉄枠で補強してある。確かに立て籠もるには良さそうだ。鉱山に魔物が入ってくることも想定しているのだろうが……ベリルモールに限ってはあまり足止めにはなりそうにもないな。
「扉の向こう――温度の反応があるわ。扉に身体をくっつけて、こちらを窺っているみたい」
イルムヒルトが注意を促してきた。
「ベリルモールを警戒しているのかな。外から声をかければ、魔物じゃないなら出てくるだろ」
魔物だったら戦うことになるだろうが。
俺の言葉にエドガーが頷き、扉に向かって声をかける。
「エドガーじゃ! お主らを救助に来た! ここを開けてはくれんか!」
「きゅ、救助だって? こんなに早く?」
その声に、少しの間を置いてから反応があった。どうやら予想外の早さに戸惑っている様子だな。
「一度暗視の魔法を切ります」
そう言って暗視の魔法を切り、魔法の明かりを浮かべた。向こうから見ると明かりも何も無しに歩いてきたように思えて不気味だろうしな。
「崩落した現場は魔法で片付けました」
その言葉を受け……閂を外す物音がしてから、扉がゆっくりと開かれる。
ツルハシやスコップを手にした鉱夫の姿や、武器を手にした冒険者達が魔法の光で照らされた。
恐る恐るといった調子であったが……俺達の姿を確認すると安堵したらしく、大きく息を吐きながら笑みを向け合っているが……まだ問題が解決したわけではない。すぐに真剣な表情になると、俺達を休憩所の中に入るように促してくる。
「と、とにかく中に入ってくれ。化物がどこかそのへんにいるかも知れない」
調査団の言葉に頷き、連れ立って休憩所の中に入る。
休憩所は岩を掘り抜いて幾つかの部屋を作っているらしい。他の坑道に抜ける扉、談話室に仮眠室、倉庫等々……案外設備は充実しているな。ドワーフ達は職人気質だし、拠点ということであれもこれもと拡張していったのだろう。
「怪我人がいらっしゃるのでは?」
「あ、ああ。仲間が逃げる時に転んで、足首を痛めちまった」
うん。それはシーラから報告を受けている。
途中で1人が転んだこと。その人物に別の誰かが肩を貸して逃げていること。足跡から大体起こったことが分かるそうだ。だからアシュレイも真っ先に怪我人のことを聞いた。
寝台の上に足を投げ出し、辛そうな表情を浮かべている女冒険者の姿があった。
「痛めた場所を見せてください」
「あ、ありがとう」
アシュレイが傍に寄り、怪我をした場所を診察している。魔力を響かせて異常の有る箇所を割り出し、治癒魔法を用いていく。まず痛みを和らげる魔法を使い、治癒魔法を用いて関節のダメージを回復させていく。治癒魔法の光が患部を照らすと、冒険者の呼吸が穏やかなものになっていった。
腫れが引いたところで再び魔力反射で患部の様子を診て、アシュレイが頷く。
「靭帯や骨は大丈夫だと思います。少し安静にしていればまた歩けるようになるかと」
それを聞いて、冒険者達の顔に安堵の色が浮かぶ。捻挫も侮ると大変だからな。ここでは応急処置しかできなかっただろうし。
「逃げてきたのはこれで全員ですか? はぐれた方は?」
「そ、それは大丈夫だ。いきなり襲ってきて、慌てて逃げたからヤバかったが……あの化物も追ってこなかったから何とか無事だ。回収した鉱石は……ぶちまけちまったけどな……」
「……なるほど。それに気を取られて追ってこなかったと」
冒険者は気落ちしているようだが、それで助かった可能性がある。
敵の排除より食事を優先したか、或いは縄張りから鉱石を持ち出そうとしていたから攻撃を仕掛けてきたのか。ここに来るまでにそれらの鉱石は見当たらなかったから、恐らく今頃はベリルモールの胃の中だろう。
何にせよ……放置できないな。他の鉱脈への被害や街を襲う可能性等々、奴の特性を考えると……。
今回は怪我人も少なくて済んだが、次こそ死者が出てしまうだろうし、時間が経てば経つほど再び遭遇するのも難しくなる。あまり悠長に構えている時間はない。
「テオドール。この後はどうするのかしら?」
「まず救助者を侯爵領に送って……その後でベリルモール対策かな。執念深く追いかけてくるっていうなら、手はある」
「分かったわ」
クラウディアが頷く。
調査団に向き直り、これからのことを告げる。
「これからあなた達を脱出させますが……あまり喧伝しないようにお願いしますね」
倒れた仲間に肩を貸すぐらい義理堅い連中なら、信用しても良いだろう。
「ど、どういうことだ?」
「転移魔法を使います。侯爵領の月神殿に飛ばしますが、驚かないでください」
「て、転移魔法?」
戸惑っていた様子だがやがて、おずおずと頷く。
「そ、そんなことができるのなら……あの坑道をまた通るよりは……」
……ということらしい。ベリルモールに落盤にと……戸惑いよりもそちらの恐怖のほうが勝ったということだろう。調査団の面々は顔を見合わせて頷き合っている。
「魔法のことはよく解りませんが、皆様がここに残るなら儂も残りますぞ。道案内の仕事はまだ終わっておりませんでな」
と、エドガー。義理堅いことだが……。そういうことなら、周辺の住人へ救出の経緯の説明なども含めて色々と手伝ってもらうとしよう。俺達だけが戻ったのでは説明も難しくなるが、エドガーもいてくれれば信憑性も増すし……何よりその知識も必要だ。
「では、飛ばすわね」
クラウディアの足元からマジックサークルが広がり、調査団の面々が転移魔法によって侯爵領の月神殿へと飛ばされていった。
続いて、通信機でステファニア姫に経緯についての連絡を入れる。
クラウディアの魔力節約のためには、短期間で何度も転移魔法を使わせるわけにもいかない。外と連携しながら慎重に脱出して、ベリルモール対策といこう。
「良かった! 無事ね!」
坑道の入口に顔を出すと、外で待っていたみんなが明るい笑みを浮かべて走ってくる。外に出るまで、何も起こらなかったところを見るに……やはり鍵は鉱石か。
ベリルモールがどんな探知能力を備えているのかは分からないが、この地方で産出した鉱石を目当てに近付いてくるわけだな。
「何とか無事です。救助者達は残らず、魔法で侯爵領の神殿へと送りました。死者はおらず、怪我人は手当を済ませています」
集まってきた人々に掻い摘んで状況を説明する。俺の言葉を肯定するようにエドガーが頷くと、不安そうな表情を浮かべていた人々の顔に、安堵の色が浮かんだ。
「通信機で伝えたものは用意してもらえましたか?」
「ここに」
と、ヴァレンティナが革袋を持ってくる。中身は侯爵領産出の鉱石を、細かく砕いて粉末状にしたものだ。
「ありがとうございます」
「ベリルモールとは……」
マルコムは渋面を浮かべて首を横に振る。鉱山を抱えているだけにその厄介さを知っているのだろう。
「あれは退治します」
「しかし……どうやって? 非常に厄介ですぞ」
と、エドガー。
そうだな。確かに。坑道内で戦うと落盤の危険と隣り合わせなうえ、向こうが逃げに転じた場合を想定すると、岩を崩しながら山体を掘り進んでいく可能性がある。その場合は、追いかけるのは難しいだろう。ゴーレムで土砂を除けたとしても、それ自体が落盤を誘発させる可能性があるからだ。
「ここは……こちらが有利な場所に誘い込む手でいきましょうか」
そう言って、坑道の立体模型を土魔法で作っていく。
「皆さんのご協力をお願いします。できるだけ正確な立体図が必要ですので」
と言うと、ドワーフ達が目を見開いてそれを興味深そうに覗き込んでくる。
ベリルモールに遭遇した箇所を中心に、詳細な坑道内部の通路を構築していく。やがてドワーフ達の証言を基に、蟻の巣の模型のような見取り図が出来上がった。
「さて……後は……」
方法は既に通信機で伝えてある。シャルロッテを見やると、彼女は少し緊張したような表情で頷いた。
坑道の入口の前に坐して、深呼吸しながら魔力を高めていく。循環循環。バロールに相当な量の魔力を注ぎ込んでいくと……青白いスパーク光を纏った。では――始めよう。
鉱石の粉末が入った革袋を、カドケウスに預ける。
オーソドックスに坑道に侵入し、奴を誘き寄せる作戦だ。囮役はカドケウスとバロール。カドケウスならばそもそも生き埋めになってもダメージがなく、僅かな隙間から脱出してこられる。脱出できなかったとしても位置が分かるので、外から穴を掘って迎えに行くこともできるだろう。バロールの場合は……あれだけの魔力を込めれば、いざとなれば坑道の壁ごとぶち抜いて外に脱出できるというわけだ。
坑道内部の見取り図は、そのために必要なものだ。ローズマリーが残してくれた塗料も良い目印になるだろう。
ベリルモールが追いかけてくる過程で内部が崩壊してしまうことについては諦めるしかない。それはマルコムにも了承を取った。
目を閉じ、カドケウスとバロールの制御に集中する。見取り図と塗料、記憶を参考に、カドケウスとバロールを崩落事故の起きた場所まで急行させる。
「よし……。やれ」
バロールに預けた魔力で風魔法を用いてカドケウスの運んできた鉱石を広範囲に拡散させる。ベリルモールの出てきた穴と去っていった穴。その先へ先へ。風魔法で奥へ奥へと鉱石の粉末を吹き込ませる。
変化は――すぐには訪れなかった。5分、10分。何も起こらず……しかしその時、地面に張り付いたカドケウスが、かすかな震動を感知した。
震えは段々と大きくなっていく。近付いてくる。それはそうだ。何を以って感知しているのかは分からないが、鉱石の粉末は未だにカドケウスがその大部分を抱えているのだから。
そして、轟音と共に坑道の床をぶち抜いて巨大な獣が姿を現した。前足はまるで丸太を尖らせたかのような巨大な爪を備え、緑色に爛々と輝く、宝石のような目を持っている。ベリル――緑柱石の名はこの姿から来たものか。
だが、姿を見せた。後は使い魔達とベリルモールの追いかけっこだ。バロールが目を閉じて弾丸形態を取ると、カドケウスは袋を抱えたままでバロールに纏わりつく。
咆哮を上げて猛烈な勢いでベリルモールが突っ込んでくるが、バロールが動くほうが早い。視界をバロールの身体を覆うカドケウスで確保しつつ、バロールの制御に集中。
通路に沿って飛ぶバロール。それを追うベリルモール。
速度ではバロールが勝るが、ベリルモールは速度の差を直線軌道で埋めてくる。隣の通路へと壁をぶち抜き、柱をへし折り――落盤の振動が立て続けにこちらにまで伝わってくる。衝撃がどんどん近付いているのを感じた。ベリルモールが身体に結晶の鎧を纏う。……そんなことができるのか。
坑道の直線の道。バロール達とベリルモールの距離が開いたところで、ベリルモールが岩の散弾をぶっ放してきた。岩の鎧といい……間違いなく魔法の類だ。どうやら相当強力な個体らしいが――。
動きを制御。右に左に複雑に軌道を変えて岩の雨を掻い潜る。通路を曲がってその奥へ、奥へと。
そして――袋小路に追い詰められたバロール達に、ベリルモールは怒りと喜悦の混じった咆哮をもう一度響かせると、真っ直ぐに突っ込んできた。カドケウスが粉末の入った革袋を切り裂きながら投げ捨て、バロールと共に天井側へと退避――!
次の瞬間、勢い余ったベリルモールが、山体を突き破って外に飛び出してきた。岩が弾け飛び、轟音と共にその巨体が空中に飛び出す。バロールもカドケウスも無傷。問題ない。
「グレイス!」
合図と共に、闘気を帯びたグレイスの鎖が、生き物のようにベリルモールに絡みつく。飛び出してくる場所――その頭上で待機していたのだ。
「今です! 結界を!」
「はいっ!」
マジックサークルを展開していたシャルロッテが魔法杖を地面に突き刺す。
アシュレイ、マルレーン、ローズマリー、ステファニア姫、アドリアーナ姫、ヴァレンティナ、ジークムント老にエルマー。
四方八方で待機して杖を構えていた8人の魔術師達の間に向かって、シャルロッテが突き刺した場所から光の線が走る。線と線が繋がり――最後にそれぞれから空中へと光が走ってクラウディアがそれを束ねる。その直前にグレイスが鎖を解いて、離脱する。
鉱山入口の作業場全域を、地面から高空まで、光の結界が立ち昇った。シルヴァトリアの封印術と結界術だ。
ベリルモールは地面に潜ろうとして、しかし叶わずに苛立たしげに唸り声を上げた。顔を巡らして、鼻を引くつかせている。結界の外にある集落にも目を留めたが、無駄なことだ。
地面に潜ることも、飛んで逃げることもできない。結界の中にいるのは俺とベリルモールだけ。では――始めるとしよう。




