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330 精霊の望みは

「結構釣れた」


 釣竿片手に湖に出かけていたシーラが戻ってきた。釣果は上々であったようで桶には魚が結構入っている。シーラは心なしか誇らしげだ。キノコに魚にと中々食生活が充実しているのは有難い話ではあるな。


「それじゃあ、夕飯はキノコと魚料理かしらね」

「一緒に蒸し焼きというのはどうでしょうか」


 などとみんなで今日の献立について話し始める。和気藹々とした様子だ。

 ……さて。今のままでは情報が少ないな。先程のアウリアとのやり取りについてグレイスに詳しい話をするにしても、もう少し調査が進んでからが良いだろう。

 グレイスと関係のありそうな貴族家のこと、それに吸血鬼達の逃げた先ぐらいには目星をつけてから、というところか。そのあたりのことが分かっていないと、中途半端な情報になってしまうから今後の対応なども定められない。思考を切り替えていこう。


「ステファニア殿下とアドリアーナ殿下は、今日はシリウス号のほうへ?」

「宿泊はそうね。夕飯はみんなと一緒というのが良いわ」

「分かりました」


 夕飯まではまだ時間がある。ガートナー伯爵領でするべきことと考えていたことも粗方終わっているのでしばらくはのんびりしていられるだろうが、休みが長くなって魔法の勘が鈍らないようにしたいところだ。

 少しばかり母さんの手記を基に実験したいこともあったので家の前まで出て魔法の練習をすることにしよう。


「少し外で魔法の練習をしてるよ」

「分かりました」

「ふむ。お主の魔法練習となると興味が湧くのう」


 グレイスが頷き、ジークムント老が言う。ローズマリーやシャルロッテ、ステファニア姫やアドリアーナ姫も興味がありそうにこちらを見ている。


「見学はご自由にどうぞ。母さんの遺した魔法を研究しているのです。その続きをここで行うのも良いかなと思いまして」


 苦笑してそう答える。


「それはますます興味深いのう」


 とジークムント老が頷く。結局みんな外に出てくるような形になってしまったが……まあいいとしよう。


 家から少し離れた場所まで行き、ウロボロスを構える。

 練習するのは母さんの研究途中だった魔法だ。自然環境下にある魔力を中和して自身に取り込むのを最終的な目標とした術である。以前ジークムント老達と話をした術式の根源の話も参考になっているのだが、様々な術式から使えそうな部分を集めて少しずつ術式の組み立てを繰り返していたのである。


「では……」


 ウロボロスを握り、魔力を高めて体外に放出。ウロボロスに纏わりつかせる。放出した魔力が蛇のような形状を取り、青白い輝きを放ちながらウロボロスの表面と、俺の体表を螺旋状に廻る。

 体外に魔力を放出してコントロール下に置くことで、本来なら身体に溜め切れないだけの魔力を扱う……というのは今までも魔人との戦闘で使っていた手だ。

 この俺の身体の周りを回っている魔力側を疑似的に人体内の魔力に見立て、周囲の魔力をここに集めて同化してやることで、中和の部分を省略して大きな魔力を扱うことができるようにする、という理屈だ。


 螺旋状の魔力がウロボロスの先端に集まっていき、渦を巻く。このあたりはシリウス号の外殻を組み立てた時の術式を参考にしている部分がある。


「その魔法は? 見たことのない術式じゃが」

「母さんの研究していた魔法です。周囲から魔力を取り込んで中和するという……自身の体質を克服するための術式だったようですが、応用すれば戦いの際により多くの魔力を使えるかなと」

「……そうか。パトリシアは確かに、そうであったな」

「魔力の輝きが……綺麗ね」


 ジークムント老に答えながら、俺に制御し切れるだけの猶予を十分に持たせて、周囲の魔力を少しずつ巻き込みながら渦を大きくしていく。周囲から微量の魔力を集めて渦で飲み込む。小さな光の粒が渦に飲まれ、やがてそれは輝く魔力球となる。体外で練り上げたその魔力から術式を行使してやれば、風が落ち葉を巻き上げた。


 ふむ。これならば実用もいけるかな? 使わなかった魔力を、術式を逆転させるように、今度は周囲に散らしていく。


「む……?」


 と、そこで声を漏らしたのはテフラだった。セラフィナやアルファも何かを感じたのか視線を巡らしている。その視線の先は、母さんの家に向けられていた。

 巨木から何か――靄のようなものが生まれた。それが周囲に散っていく魔力を……集めている?

 同時に感じる魔力の気配。これは……精霊か? まだ、実体化には至っていないようだが。


「ふむ? どうやら心配はなさそうだぞ。テオドールが周囲から魔力を集めたから、それに刺激を受けたのではないかな? 我がここにいることも影響を与えた部分もあるだろうが……」

「……なるほど」


 瘴珠がセラフィナに影響を与えたように、テフラが滞在していることが精霊を活性化させたか。

 戦闘時なら集めた魔力は残らず術式として使い切ってしまうところだが、今回は向ける相手もいなかったからな。周囲に散っていく魔力をそちらに流してやると、それを取り込んで精霊の気配が増大していく。

 元々この一帯の魔力を蓄えて力を得ていた存在なのだろう。だから集めた魔力に親和性が高く、精霊としても取り込みやすいものなのかも知れない。


 精霊からすれば、良質な栄養が突然近くに作り出されたようなものだ。

 根が養分を吸い上げるように精霊が魔力を蓄えていき……形のはっきりしなかった靄が段々と人型に近くなっていく。


 精霊の纏う光が一際強くなり、輝く光のシルエットがゆっくりと地面に降り立つ。緑色の髪を持つ少女の姿。甘い匂いは無花果のそれだ。

 手足の末端が枝や根のようになっているあたり、人間とは違うのが一目瞭然ではある。完全に実体化したところで、今度はその身体に衣服のようなものが纏わりつく。

 何というか……魔女の被っているような帽子とローブだ。母さんの家が魔女の家などと言われていた影響だろうか? 魔女帽子に無花果の飾りがくっつく。


 んん……ここまで来ると間違いないんだろうな。木の精霊――ドライアドか。確かにテフラが存在を示唆していたが、顕現の引き金を引くことになるとは。

 ドライアドは薄く目を開くと、俺に向かって微笑んでくる。


「今の、とっても美味しかったよ、テオドール」

「まあ……それは何よりだけど」


 人の言葉を最初から解するうえに、俺の名前まで知っているわけか。

 ある程度精霊としての活動が長いテフラや、家妖精として最初から人里と密接な関係のあるセラフィナならば人語を話せるのは分かるが……。顕現したばかりでこれというのは、母さんの家を核にしているからだろうか。


 纏った衣装は周辺の住人が抱いていたイメージによるものだろうし、色々な要素が混ざっているような気がする。


「魔法の実験のはずが、精霊の顕現に立ち会えるとはね。なかなか貴重なものが見れたわ」


 と、ローズマリーは楽しそうに笑うのであった。




 夕食の準備を進めながら、精霊をどうするのかという話し合いが行われる。というのもブロデリック侯爵領に向けて出発する予定が控えていたりするので、顕現したばかりの精霊を残していくというのも些か心配だったりする。

 当人であるドライアドは日当たりの良い窓辺で、セラフィナを膝の上に乗せ、ハーベスタと一緒に日差しを浴びてご満悦な様子である。どうもセラフィナやハーベスタが気に入ったらしいな。


「ふむ。顕現したばかりの割に中々の力を持った精霊であるようだし、滅多なことはないだろうが……心配ならば我と同じようにしてやるのがいいのではないかな?」

「何か精霊と縁のあるものをタームウィルズに用意して、私と契約するという流れかしらね」

「うむ」


 クラウディアの言葉にテフラが頷く。


「となると、この家の無花果の実か……。或いは周辺に生えている無花果の若木でもいいのかしら。それをテオドールの家に植えてやれば大丈夫と思うけれど。まあ、本人がここに留まりたいと言うのなら無理強いはしないけれど」


 クラウディアが水を向けると、ドライアドはにこやかに応じた。


「んー。よく解らないけど……私は1人でいるより、みんなと一緒にいるのがいいな。久しぶりにみんなが来て、賑やかで楽しかったの」


 ……ああ、そうか。だからこそテフラが訪れたことや、俺の魔法を好機として捉えた部分があったのかも知れない。賑やかなほうがいい……か。家を核にしてるんだもんな。


「……決まりかな。ドライアドが母さんの家とタームウィルズ間を行き来できると、ドライアド本人だけじゃなくハロルドとシンシアについても安心できるし」

「では、そういうことで契約を進めましょうか。名前はあるのかしら?」


 ドライアドは首を横に振って、俺を見てくる。名付けか。


「……フローリアっていうのはどうかな?」

「うん。いい名前」


 ドライアド――フローリアは笑みを浮かべて声を弾ませるのであった。

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