318 お化けカボチャの試食会
「んー。改めて見ると随分と育ったな」
明くる日――。騎士団の訓練も今日は休みの日だ。そしてこれ以上カボチャが巨大化してもなんなのでと物置きの脇に作った畑を見に行くと、お化けカボチャが複数、藁の上に鎮座しているという状態であった。
カボチャの出来は――みんなでまめに手入れもした甲斐もあって、綺麗に色づいて今が収穫時という印象ではある。
イビルウィード達はどうしているのかと言えば、藁とカボチャの間に顔を覗かせて、気持ちよさそうに陽光を浴びていた。
「こんなに大きく育っちゃうとひっくり返すのが大変そうだなって思ってましたけど、魔道具があるから手入れも簡単でしたね」
そう言ってケンタウロスのシリルが笑みを浮かべる。
「魔道具が役に立って何よりだ」
カボチャは収穫時期が近くなってきたら向きを変えて陽の当たる場所を入れ替える作業をしてやる必要があるのだが……レビテーションの魔道具を使えばその労力も然程でもない。空中戦装備の流用ではあるが、有効活用という奴だな。
イビルウィードはあくまで農法の補助である。作物を上手く実らせるにはやはり人の手も入れる必要がある。
「これだけあると調理するのが大変そうですね」
「収穫しても全部は食べなくても良いと思うよ。味が良ければっていう前提になるけど、1個か2個はシルン男爵領に持っていって、向こうで料理してから試食してもらうのが良いんじゃないかな」
「なるほど。能書きよりも実物を見て、食べてもらうと」
ローズマリーが納得したというように頷く。
「爺やにはイビルウィードを預けていますが、向こうの畑でも作物が大きくなっていると言っていました」
「この大きさのカボチャでは、普通は味が落ちてしまうところだものね。併せて見せれば良い証拠になると思うわ」
「そうだな。イビルウィードを農法に組み込むわけだし、収穫物の有る無しで信憑性も違ってくると思う」
アシュレイとクラウディアの言葉に頷く。
というわけで、みんなでカボチャを収穫していく。収穫する間もイビルウィード達は終始大人しい。気性が荒くなったり、収穫を邪魔したりといったことはないようだ。
「これから寒い日も増えてくると思うから、イビルウィード達は鉢植えに戻して夜間は屋内に取り込むほうが良いかもね」
「本で読みましたが、暖かい場所なら年も越しているそうですよ」
そのへんの生命力の強さはさすが魔物という気もするな。
ふむ……。では収穫と並行して早速植え替えてしまおう。土魔法とレビテーションを用いて周囲の土ごと掘り返し、根を傷付けないように鉢に戻していった。
収穫を終えたらカボチャを数日寝かせ、その後にみんなで手分けしてカボチャ料理に勤しむことになった。
量が多いので当初予定していたカボチャのパイだけでなく、スープにしたりクッキーにしたりと……今日はカボチャ尽くしになりそうだ。迷宮村の住人達もいるので余り物が出てしまうということはないが。
「ふむ。これだけ大きいと、カボチャを切るのも魔法でやったほうがいいかな」
厨房に運ばれたお化けカボチャをレビテーションで浮かべ、水洗いした後に水魔法で切断する。そこを更に切り分け、使いやすいサイズというか、それぞれの料理をしやすいサイズにまで分割する。切り口には特に変わったところはない。大きいだけで普通のカボチャといった風情だ。
「では、始めましょう」
ミハエラの言葉にみんなが頷く。心なしか女性陣の気合が入っているように思う。
カミラも袖を捲り、エリオットに美味しいカボチャ料理を振る舞うのだと張り切っていた。
カボチャのパイをミハエラとセシリア、グレイス、ローズマリーが担当。スープはマルレーン、シーラ、カミラとヴァレンティナが担当。お菓子作りはアシュレイ、クラウディアとイルムヒルト、セラフィナとシャルロッテだ。
クレアやシリル、イルムヒルトの両親と。迷宮村の住人も班分けしてみんなでカボチャ料理を作っていく。
俺とエリオット、ジークムント老は材料を切ったりカボチャを潰したりといった補助に回る形だ。エリオットも中々の包丁捌きである。
「エリオットさんは中々料理に手慣れている感じがしますが」
「シルヴァトリアでは下積みの頃に自分で料理をしていた時期もあったのです」
そう言ってカボチャを切り分けながらエリオットは笑う。
なるほど。魔法騎士として頭角を現すまでは色々大変だっただろうしな。
蒸しあがって柔らかくなったカボチャを俺やジークムント老が手分けして風魔法で押し潰してペーストを作ったりと、魔法も積極的に料理へ組み込んでいく。
「ふむ。こういう魔法の使い方は楽しいのう」
ジークムント老が笑みを浮かべる。
「魔法を生活の供に……というのは塔の魔術師の理念ですね」
「そうね。賢者の学連とは少し目的が違うけれど」
シャルロッテとヴァレンティナが言葉を交わしながら料理をする。
みんなで和やかに料理を進めれば、パイやクッキーなどを作っているということもあって、甘い香りが鼻孔を刺激してくる。出来上がりが楽しみだ。
人手が多いこともあって手が空いたので、俺も簡単に作れる物を一品作ることにした。
種を取り、一口大に切り分けて鍋に入れる。蓋をして風魔法と水魔法を用いて加圧、加熱していく。串が通る程度に柔らかくなったところで、器に移してベーコンを切り分けて投入。そこに塩と香辛料を軽く振ってチーズを掛けて――後は火魔法で軽く焙るように焼く。カボチャのチーズ焼きだ。簡単な料理だけにあっという間にできてしまう。
「美味しそう」
と、シーラが出来上がりを見て言う。
魔法で料理を進めたこともあってみんなの注目を集めていたらしい。いや、窯が塞がっていたから魔法でやったという部分もあるのだが。
「まあ、おやつ代わりということで」
ということで、みんなで軽く摘まんでみるということになった。イビルウィード農法によるカボチャの出来を占ううえで重要な品と言えよう。まず自分自身で試食してみる。
ふむ……。口の中に入れると焼いたチーズの風味やカボチャの香ばしさと甘味とが口の中に広がる。
んー。火精温泉の水質と似ているかな。魔力が含まれていると感じるのは俺が料理の工程に魔法を挟んだからか、それともイビルウィードと一緒に植えたからか。
気になったのでまだ切り分けられて手付かずのカボチャを注意深く見てみるが……うん。元から若干の魔力を帯びているようだ。
食材が魔力を帯びることで味に深みが出るのは魔物の食材と同じだろうか。案外、普通のカボチャより良いんじゃないだろうか?
「ふむ……。うむ。これは良い出来じゃな」
「ほくほくしていて美味しいですね」
「大きく育ちすぎてカボチャの味に影響が出るかと思いましたが……杞憂だったようですね」
みんなの評判も悪くない。俺はあまり手の込んだことをしていないので、これはイビルウィードの貢献度が大きいのだろう。イビルウィードを農法に活用というアイデアは、案外上手くいきそうな感触である。
パイやスープも出来上がり、クッキーも焼き上がってきた。時刻は昼過ぎというところだ。量的にも十分。みんなで中庭に机を並べ、青空の下で試食会である。
「これは……美味しいな」
パイは生地がさっくりしていて程良い甘味があって……うん。食感から味、見た目の美しさまで含めて絶品である。セシリアがミハエラの得意料理として太鼓判を押すだけのことはあるというか。バジルを散らしたスープもいい塩梅だ。焼き菓子もさくさくしていてお茶に合う。調理の仕方も良いのだろうが、やはりカボチャ自体の味も良いのだろう。魔力も感じるしな。魔力の作用の仕方も……やはり温泉のそれに近い。身体に悪いということはなさそうだ。
完全にカボチャ尽くしでは飽きが来るかと、腸詰やらベーコンやらも用意してある。
迷宮村の住人達も上機嫌で陽気に当てられたか、楽器を持ち出して歌ったり踊ったりしていた。セラフィナが楽しそうに飛び回る。
「ん。お疲れ様」
と、労いの言葉をかけて鉢植えにして中庭に運んでおいたイビルウィード達の頭を軽く撫でると、ぷるぷると頭を振っていた。
そうして見ていると、ハーベスタが頭を巡らし……種を口に咥えて、自分の鉢の根元に静かに置く。……何やら、俺達に種を預けると言っているようにも見えるが。
「……種は預かっていいのかな?」
そう言って種を手に取ってみるが、ハーベスタは攻撃してこない。それを見て右に倣えというように他のイビルウィード達も続く。
……共生関係といえば良いのだろうか。イビルウィード側が人間をパートナーとして認めたということかも知れない。人間の庇護下にあれば安全だと学んでいるということだろうか?
ともあれ、種は大事に預からせてもらおう。イビルウィードの性質の変化は継続するのかそれとも一代限りか。種の回収についてはどうしたものかと考えていたので、これは有り難い話だ。
エリオットとカミラの結婚式には父さんやマルコムも招待している。その際イビルウィードの話は当然2人にもすることになる。男爵領だけでなく、ブロデリック侯爵領の農地開拓にもきっと役立ってくれるだろう。
 




