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295 温泉会議

 会議まではまだ時間があるが、シルヴァトリアに出かけていて間が空いていたのもある。一足早めに風呂から上がって、設備点検をしておくことにした。

 排水口回りの安全点検は重要だ。プールにある排水口を点検していく。魔道具の動作確認をしてやれば点検完了というところだ。


 あちこち見て回って、スライダーの終点にある小さなプールの安全点検をしていると、ステファニア姫とアドリアーナ姫が揃って滑ってきて、水音を立てた。

 恐らく2人も早めに風呂から上がってプールを見て回ることにしたのだろう。


「ああ、今のは面白かったわ!」

「速度を落とさなくても、安全に曲がれるようにできているのね」

「計算されているのね。そうと分かれば3回目はもっと――」


 2人が水から顔を出して笑い声を上げる。


「あ、あら?」


 ステファニア姫は俺がいるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子で口元を押さえた。


「ん、んん。こんばんは、テオドール卿。あなたも滑っていたのかしら?」


 アドリアーナ姫も小さく咳払いをするとそんなふうに尋ねてくる。


「いえ。設備の点検をしていました。火精温泉を作ってから間もなくシルヴァトリアに出かけたので、様子を見ておきたかったのです」

「そうだったの。仕事が丁寧で、良いことだと思うわ」

「ありがとうございます。楽しんでいただけているようで何よりです」


 そう答えると、アドリアーナ姫も苦笑して頷く。


「聞こえていたと思うけれど……これは速度を落とさなくても大丈夫なの?」


 どうやらスライダーは2回目のようだ。1回目よりは慣れてきたので速度を上げてみたというところだろう。


「大丈夫ですよ。色々な体格のアクアゴーレムを滑らせて加速させてみたりと、外に飛び出さないように調整してありますので」

「やっぱり計算してあるのね」


 ステファニア姫は感心したように頷く。


「それじゃあステフ。次は競争といきましょうか」

「良いわね。受けて立つわ」


 と、2人はなかなか楽しんでくれている様子であった。これで切り替えはしっかりしているので会議に遅れるとか、遅れそうになって夕食を削るということはしない――とは思うが。


「テオドール」


 プールの点検を終えたところで休憩所に様子を見に行くと、その途中でマルレーンを連れたシーラ達と出会った。


「ああ。風呂から出た?」

「私達はね。まだ少し時間があるみたいだから、マルレーン様を連れてユスティアやドミニクと一緒に遊ぼうと思うの」


 イルムヒルトはそう言って流水プールを指差す。

 俺はマルレーンの髪を軽く撫でる。みんなと一緒に遊ぶということで……マルレーンは楽しそうににこにこしている。


「私が人化の術を解いて、背中に乗せて泳ぐのよ」


 と、ユスティア。マルレーンは嬉しそうににこにこと笑う。


「そっか。うん。マルレーンも遊んでおいで。休憩所で待つって言ってあるから、俺は一旦そっちに行くよ。カドケウスに伝言させるっていうのもなんだし」


 そう言ってマルレーンの髪を撫でると、彼女はこくんと頷く。


「夕食に行く場合は声をかけて知らせるよ」

「分かった」

「私達もその時は切り上げるから」




「ああ、テオ」


 休憩所で休んでいると、グレイス達も風呂から上がってきたらしい。

 僅かに湿り気を帯びた髪と、仄かに鼻孔をくすぐる石鹸の匂い、赤みの差した肌。

 風呂上がりには独特の良さがあると言うかなんというか。


「そっちの浴槽はどうだった?」

「良いお湯でした。異常は特に見つかりませんでしたね」


 アシュレイが微笑む。うん。湯浴み着があるとはいえ、男湯女湯が分かれているからには堂々と点検して見て回るというわけにもいかないからな。


「やっぱりこの温泉は良いわね。肌艶が良くなるわ」


 ローズマリーは自分の白い腕を軽く撫でて言うと、女性陣は同調するように頷く。


「夕食はどうしましょうか?」

「うーん。そうだな。行くのならシーラ達にも声をかけてくるけど。カミラさんはどうなさいますか?」


 カミラ嬢も一緒なので、俺達だけで先にというのもちょっとな。

 カミラとしてはエリオットと共に夕食というのを希望しているだろう。


「私はエリオットや父を待とうと思います」

「分かりました。では、僕達もそれまで少し待ちましょうか。エリオットさんとドナートさんは、一緒に蒸し風呂に入っていたようですよ。それほど長く入らないとは思うので、すぐに出てくると思いますよ」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 そう言って、カミラは一礼した。




 少しプールサイドを見に行き、夕食を取り。そしてその後で会議という流れになった。

 ステファニア姫とアドリアーナ姫も会議の参加者である。プールでの遊びはきちんと切り上げて戻ってきて夕食を済ませたようだ。

 まあ、マルレーンやシーラ、イルムヒルト達と一緒に、仲良く流水プールで流されたりと……かなり満喫していたようではあるが。

 まあ、それはそれとして。


「それではな、テオ」

「はい、父さん」


 会議に出席しない面々は夕食を食べてから帰るということになっているので、父さん達やジルボルト侯爵家の面々を入口のところまで見送りに行った。


「ジークムント殿。慌ただしくて申し訳ありません」

「いいや。お主とて領主としての仕事があるのじゃろう。ゆっくりとしていられないのは分かる」


 父さんとジークムント老はそんなふうに言葉を交わす。父さんは、明日ぐらいにはケンネルを連れて竜籠で領地に帰る予定だ。


「またガートナー伯爵領と、シルン男爵領には足を運びます」


 ジークムント老やヴァレンティナは、母さんの墓参りを希望しているし。いざという時にクラウディアの転移できる拠点を増やしておきたいという思惑もある。


「うむ……。待っているよ、テオ」

「それじゃあ、また。テオドール」

「ん、またな」


 そう言って馬車に乗り込むダリル。


「滞在中はお世話になりました」


 キャスリンも深々と頭を下げて馬車に乗り――そうして父さん達は別邸へと戻っていった。


「では、私達も宿へ戻るとしよう」

「今日はありがとうございました」

「はい。道々お気をつけて」


 ジルボルト侯爵と、ベリンダ夫人。


「では、また学舎で」

「ええ、アシュレイ様。それでは、テオドール様」


 アシュレイとロミーナも言葉を交わす。


「はい。ロミーナ様」


 ジルボルト侯爵も諜報部隊の護衛に守られて宿へと戻っていった。

 馬車が走り去ってしまうと、夜の温泉街はまだ街並みが完成していないのもあって随分と静かなものだった。


 ここもいずれ、夜も人で賑わうようになるのだろう。そんな取りとめのない思考が頭をよぎるが……まあ考えても詮無いことだ。

 では会議に向かうとしよう。

 みんなで連れ立って火精温泉の休憩所へと戻る。場所は休憩所のテラス席。青色にライトアップしたプールが見えるので夜間の眺めが良い、というのがその理由である。


 ここでみんな揃って会議だ。俺やジークムント老が席に着くと、エベルバート王が笑みを浮かべた。


「このような場所で会議というのもなかなかに乙なものだな」

「確かにな」


 エベルバート王の感想に、メルヴィン王が輝くプールを見ながら目を細める。

 会議の出席者は俺とパーティーのメンバー。ヴェルドガル王家、シルヴァトリア王家の面々。賢者の学連の2人。それからエリオットもだ。


 テフラとセラフィナ、カミラ一家は休憩所を挟んで向こうにある遊戯場で、ユスティアやドミニクとビリヤードやらダーツをしている。エリオットに関する話はカミラ一家にも関係する話ということで、帰さずに残ってもらっているのだ。ユスティアとドミニクも今日は我が家に泊まることになったそうである。


「では――会議を始めようか」


 議題はいくつかあるが。さて。


「まず、ヴェルドガルとシルヴァトリアに関してだが……魔人を敵と見定め、相互に連携、協力するということで、エベルバートとは意見の一致をみておる」

「うむ。技術協力に関してはシルヴァトリアからは飛行船を。ヴェルドガルからは空中戦装備を、ということだな」


 と、2人の王。このあたりは予定通りにというところか。


「では、それに関しては僕から魔道具一式を仕上げておきます」


 アルバートが言う。空中戦装備一式をシルヴァトリアに届け、向こうに作ってもらう形になるか。まあ使用法に関しては実演してやるのが良さそうだが。


「うむ。ではそちらについては一任しよう。飛行船についても先程テオドールとの間で話をつけて、テオドールに運用を任せるということで話は付いておる。次に――月女神の話をせねばなるまいか」


 クラウディアの話か。メルヴィン王から視線を向けられたクラウディアは目を閉じて静かに頷く。

 ジークムント老は顎髭に手をやり、思案するような様子を見せた。月女神とクラウディアの関係について……何かしらはあるだろうと思っていたようだが、尋ねることはせずにいてくれたからな。

 クラウディアは所作1つ1つが上流階級のそれであるため、アドリアーナ姫も興味が尽きないという様子である。


「……テオドールは我が国に深く関わることとして伏せていたが……我が国もシルヴァトリアの内情に深く関わりを持った以上は、こちらも内情を明かさねば信頼に結び付かぬであろう。魔人とのことで同盟を結び共に歩むのならば、尚更この情報を共有しておかねばならぬ」

「メルヴィン王。そこからは、私から説明するわ」

「……構いませぬか?」

「ええ」


 そう言ってクラウディアは立ち上がる。メルヴィン王がクラウディアに対して敬語を用いたので、事情を知らない面々は少し驚いたようだが――続く言葉で完全に目を真ん丸に見開いた。


「私はクラウディア=シュアストラス。境界迷宮の管理者にして、遥か昔に地上へ降りた月の王族。……そうね。月の女神、シュアスと呼ぶ者もいるわ」

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