294 飛行船の主
「あっ。テオドール君! みんなも!」
楽屋の様子を見に行ってみると、イルムヒルト達が手を取り合って、公演の成功を喜び合っている場面だった。イルムヒルトは俺達の姿を認めると満面の笑みを向けてくる。
「うん。みんなお疲れ様。良かったよ」
「ありがとう。んー。5人では初めてだったけど、良い手応えだったわ」
と、ユスティアが満面の笑みを浮かべた。
「シーラ、シリル、どうだった?」
「ん。楽しかった」
感想を尋ねるとシーラは小さく笑って答える。
シーラはいつも通りに飄々としているが、尻尾を真っ直ぐにしているあたり、内心は表面上よりもテンションが上がっているようだ。
「みんなに喜んでもらえると嬉しいよね」
「ね」
シリルの言葉にドミニクが頷く。そんな彼女達を見て、クラウディアが穏やかに笑う。
「私が教えた曲が皆の前で披露されるというのは……何というか、不思議な感覚ね」
迷宮村から伝わった曲だからな。
「クラウディア様の演奏も、聴きたいな」
セラフィナが言うと、シリルも頷く。
「私も小さい頃、姫様の歌や楽器で寝かしつけてもらったことがあります」
「えっと……。そう、ね。イルムヒルト達のように大勢の人前では無理だけれど……みんなだけの場所なら良いわよ」
クラウディアはやや頬を赤くしながら頷く。それをみんなで喜び合っている姿は微笑ましいが……着替えなどもあるので、俺はここで一度部屋を出て移動のための準備をしておくことにしよう。
この後は予定通り温泉街に向かう。今日、招待したほとんどの面々と共に火精温泉に移動して、そこでしばらくのんびりしてからメルヴィン王やエベルバート王達と話し合いという流れになるわけだ。
父さん達やジルボルト侯爵は会議に参加するわけではないが、温泉街への招待ということで。
分乗して馬車で温泉街に向かう頃には完全に陽が落ちていた。温泉街は……馬車で見る限りあちこちで店舗などの建造が始まっているようだ。湯治場については、もう機能している。
火精温泉に到着してみれば、随分と良い匂いが漂ってきた。温泉街のお披露目の時と同じように、王城から料理人が来てみんなの夕食を作ってくれているのだ。
前と同じように、各々のペースでゆっくり食事をできるようにということらしい。
「テオ……。この区画ごと作ったと聞いたのだが……あの外壁もか?」
入口の前で馬車から降りたところで、父さんが尋ねてくる。
「ええ。区画ごとと言っても、一部の建物だけですが。離れたところにある湯治場や儀式場、それから外壁……後は下水の整備程度でしょうか」
「……それは、ほとんど全部って言わないかな」
ダリルがかぶりを振る。
「……ううむ。劇場やあの公演の演出――いや、屋敷の地下を弄ってもらった時から分かっていたことだが……」
と、父さんは唸り声を上げる。キャスリンは目を丸くし、ダリルは何やら遠い目をして笑っていた。
「……劇場であれだけ見事なものを見せられて更にこれとはな」
「中に入ったら何が出てくることやらですね」
ジークムント老とヴァレンティナもやや引き攣ったような笑みを浮かべている。
「火精温泉も見所が多いのよ」
「ふむ。一緒に回りましょうか、ステフ」
「いいわね。でも後で会議もあるからまた日を改めて一緒に来ましょうか」
「ええ。慌ただしく回るより、ゆっくり堪能していくほうが私も好みだわ」
と、ステファニア姫、アドリアーナ姫。2人に気合が入っているのは……ある程度予想のついたことではあるが。少し離れたところから、羽扇で口元を隠してそれを見ているローズマリーが何とも言えない。
マルレーンはステファニア姫のテンションの上がり方に、にこにこと楽しそうにしている。
「では、いくつか説明事項を」
まずは中に入ってもらい、火精温泉の注意事項を幾つか伝えておく。脱衣所の場所や湯浴み着の使い方、スライダーとサウナについての説明程度ではあるが。
「それでは、僕からの説明は終わります」
説明を終えると、グレイスが話しかけてきた。
「では、私達もお風呂に入ってこようと思います」
「そうだね。じゃあ、上がったら休憩所に集合ということで」
「はい」
静かにグレイスが頷く。
「カミラ様、案内いたします」
「ありがとうございます、アシュレイ様」
カミラもアシュレイが案内するということのようだ。
「ではカミラ、また後でね」
「ええ、エリオット」
男女に分かれて脱衣場へ。エリオットとカミラが笑顔で手を振って分かれている。
さて。俺も話し合いが始まるまでのんびりと過ごさせてもらうとしよう。
「はぁ……」
大浴場の浴槽に肩まで浸かり息を吐く。いい具合に身体の芯まで温めてくれる。
みんなは……思い思いに火精温泉を楽しんでいるようだ。ダリルも国王や領主、王族が多い中で緊張しっぱなしであったようだが、ようやく浴槽で一息ついて生き返ったというような顔をしている。
とはいえ、今はアルバートやエリオットも一緒ではあるのだが。アルバートについては王子であっても気さくな人物なので、そのあたりが分かるとダリルも歳が近いこともあってか、ある程度リラックスできるようになったようにも見える。
「ほう。この泡風呂の魔道具は購入できると」
「まあ、シルヴァトリアであれば同じ物を作るのは難しくないであろうがな」
「いやいや。こういった物は先駆者に敬意を示すものだ。是非購入させてもらうこととしよう」
メルヴィン王とエベルバート王はジャグジー風呂でそんな会話を交わしている。アルバートが苦笑を浮かべた。迷宮商会もまた繁盛しそうで結構なことである。
「この湯には妙な魔力があるような気がしますね」
と、エリオット。
「テフラ山の湯と同じ物のようですね。色々と効能があるようですよ」
「なるほど。湯治場も作ったということですが、これは確かに効きそうです」
「僕はよく儀式場の温泉に通わせてもらっているよ。少し無理をしても疲れが残らないからね」
アルバートが笑みを浮かべる。……うん。それについては多少責任を感じるところもあるが。
「ふうむ。これは良いのう」
「疲れが取れますな」
肩に手をやりながらジークムント老が父さんとこちらに戻ってくる。どうやら打たせ湯のほうに行っていたらしい。
「おお、テオドール。楽しませてもらっておるぞ」
「気に入っていただけたら何よりです」
2人はそのまま浴槽に浸かる。親子3代で風呂というのも何やら妙な感覚だ。大浴場の窓から見える満月を見上げながら湯を楽しむことにしよう。
少しするとメルヴィン王とエベルバート王がジャグジーからこちらに移動してくる。
「テオドール。アルバート。少し良いかな?」
「何でしょうか?」
「うむ。風呂から出たら話し合いをするが、その前にそなた達に話せることは話してしまおうと思ってな」
「分かりました。では……」
ジークムント老も交え、5人でみんなから少し離れた場所に移動する。
「何のお話でしょうか」
「うむ。そなたへの褒美のことでな」
「つまり……そなたの功績を勘案すると飛行船については全面協力したうえでそなたに渡してしまって、その裁量で自由に使ってもらうのが良いのではないかと余らの間では考えていてな」
「なんと」
ジークムント老が目を丸くする。アルバートは顎に手をやって思案するような仕草を見せた。
……褒美が飛行船。これまた豪快な話だ。
飛行船の開発については裁量でやって良いと言われていたが、出来上がる飛行船をどういう位置付けで扱うかまでは、確かに決まっていなかったな。
「しかし褒美とは申せども、やはり魔人達のことも考えてのこととなる。転移魔法があるとはいえ、その行先がある程度の規模を持つ神殿に限られる以上、そなた達の足回りの軽さこそが何より重要となってくる」
「転移先から現場まで距離があった際、体力や魔力を消耗するよりは飛行船を使えれば楽になるでしょうね」
と、アルバートが言う。
「怪我人や、救助すべき重要人物がいても飛行船ならば対応もしやすくなる……というのもありますか」
「確かにな。その通りだ」
「分かりました。飛行船をお預かりし、ご期待に応えられるよう尽力させていただきます」
「うむ。ここは1つ、後の世に作られる飛行船の礎となるような、すごいものを頼むぞ」
と、メルヴィン王はにかっと歯を見せて笑うのであった。
ふむ。飛行船開発か。魔人戦を想定した飛行船は以前話し合ったものでいくとしても……都市間の輸送など、目的が違ってくれば当然素材やら装備やらも変わってくるはずだ。
後に作られる飛行船の礎にということなら……今作ろうとしている一隻だけでなく、他の用途を主眼に置いた飛行船のアイデアもある程度練っておくことにしよう。何せ、相当な技術力と資源を結集しているので……どう考えてもコストを度外視しているところがあるからな。




