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293 5人の奏者

 日暮れ時になり開演の時間が近付いてくると、招待していた客が各々劇場に現れ始める。

まずは父さん達。それから父さん達と合流してやってきたエリオットら、シルン男爵領の面々、ジークムント老、ヴァレンティナ、ジルボルト侯爵一行が連れ立って現れる。


 俺と父さんは表向き距離を置いているということになっているので、アシュレイによる招待という形を取って、最初に入ってもらうことにしたのだ。

 まあ、裏では和解しているしメルヴィン王周辺の重鎮――ハワード宰相あたりはそのことを知っているのだが。このあたりの事情を利用しようとするような者がいた場合、逆に相手が腹に一物あるかないかを探るのに使えるだろうとメルヴィン王は言っていた。


「今日は招待いただき、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ足を運んでいただき、お礼申し上げます」


 父さんとエリオット達、ジルボルト侯爵家一同を出迎えて挨拶を交わす。父さんとも儀礼通りの挨拶をかわしたが、エントランスホールから中に通すとふと柔らかい笑みを浮かべて言う。


「すごいな……。この劇場を建てたのもテオだと聞いたが……」


 父さんは劇場のエントランスを見回しながら呟く。ダリルなどは口を開けてしまっているが……やがて貴族の後嗣としてあまりよろしくないことに気付いたか、口を閉じて神妙な面持ちを浮かべると小さくかぶりを振っていた。


「建物はそうですね。ですが、色々な人に協力していただいた結果でもあります。では、こちらへ」


 父さん達を招待客の席へと通す。一番見通しの良い席だ。

 今後劇場の歴史も長くなってくれば舞台脇の席が人気ということにもなってくる可能性もあるが、今のところはもっとも観劇に適している席を招待席にするのがベストだろう。

 舞台脇が人気というのは……観劇の際に観客側からの視線が行く席なので、顔を売りたい貴族が好んだという話があるのだ。だがこれは、地球側のお話である。


「ありがとう、テオ」

「いえ」


 父さんに一礼する。


「今日はみんなとゆっくりと楽しませてもらいます」

「テオドール殿の手が入っているとなると、どのような物が見られるのか楽しみですな」

「そうじゃな。建物の構造からして音が広がりやすいようになっているように思える」


 エリオット、ジルボルト侯爵、ジークムント老と。それぞれにそんなことを言われた。

 父さんとジルボルト侯爵は初対面のようではあるが、劇場の作りについてあれこれと穏やかに言葉を交わしているようだ。

 このへんさすがに領主同士というか。期せず父さんとジルボルト侯爵の間にコネクションができてしまったようではあるが、機会があれば人脈を作っておくのが貴族のあるべき姿というところか。

 エリオットもエリオットで、カミラやドナート、ケンネルと楽しそうに談笑している。ジークムント老とヴァレンティナもあれこれと劇場設備の魔道具について分析しているようで……和やかで中々良い雰囲気だ。


 ……さて。こちらはこれで大丈夫だろう。招待客はまだいるので、出迎えるためにエントランスホールに戻る。

 騎士達の護衛を受けて、メルヴィン王とエベルバート王、ステファニア姫とアドリアーナ姫が現れた。


「おお、テオドール」

「今日は楽しませてもらおう」


 と、俺の顔を見た瞬間、メルヴィン王とエベルバート王が相好を崩した。ステファニア姫とアドリアーナ姫は……騎士達の手前もあってか、王族らしい穏やかな笑みを浮かべて静かに挨拶してくる。


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 こちらも挨拶を返し、招待席へと案内する。

 エントランスホールから観客席側へ続く扉を開き、中に通すとエベルバート王が「ほう」と感心したような声を漏らした。


「これは……音の広がりを出すための工夫をしているわけか。なるほどな」

「魔法建築の技術もそうだけれど……すごいわね。観光を我慢していた甲斐があったわ」

「でしょう?」

「しかもこの後は温泉。素晴らしいわ」


 2人の姫は小声ながらもフランクな調子で言葉を交わしている。その割に傍から見ると仕草は上流階級のそれなのだから、中々年季が入っているというか堂に入っているというか。


 それから、前にイルムヒルト達が演奏会を開いた時に世話になった神殿関係者やらギルド関係者も劇場に入ってくる。


「こんばんは、テオドール様。いや、今日という日をずっと楽しみにしていました!」


 と、満面の笑みで現れたのはミリアムである。ドワーフの職人達も一緒だ。

 俺も今回は初回公演ではないので舞台挨拶などはない。注意事項は劇場の従業員が最初に舞台に立って読み上げ、後は時間通りになれば公演が始まるという手筈なので、このままみんなと観客席で舞台を見せてもらう予定だ。


 VIPの入場が終わると貴族や、貴族達が招待した客も入ってくる。各々が席に着き、続いて一般客。その中には盗賊ギルドのイザベラ、そして先代ギルド長の娘ドロシーの姿もある。こちらに気付くと軽く目配せと笑み、会釈をしてくれた。

 今回俺が招待した客は全員顔を見せてくれたようだ。一般客席側は、入場が始まるとすぐに満席になった。


「ふうむ。人で賑わっているが……何やら良い雰囲気であるな。我まで浮かれてくる」


 客席に座るテフラは何やらかなり上機嫌な様子である。観客の公演への期待が影響しているのかも知れない。鑑賞にあたり、髪だけはやや目立つのでフードで隠すことにしたらしい。


「そろそろでしょうか? 楽しみですね」


 客席が満席になり、扉が閉められたところでグレイスが尋ねてくる。


「そうだね。始まる前に、注意事項を伝えてから明かりが落とされるようになっているから」

「緊急時の避難経路と、明かりが落ちた後に演奏が始まるという説明だったかしらね」


 クラウディアが尋ねてくる。


「そう。俺が前に舞台に立って話した内容だね」

「演奏者側にも評判が良いようね、あれは」


 と、ローズマリー。

 そう。お約束として毎回やってもらっているが……最初の演奏会で客席側からドミニクが歌い出したせいか、明かりが落ちたら静かにするというのが観客側にも案外早く定着しているらしい。なのでスムーズに始められると演奏者側にも好評だそうだ。


 と、そこで制服に身を包んだ従業員が舞台袖に現れる。その時点でざわめきが小さくなり、拍手を以って迎えられた。マルレーンもにこにこと笑みを浮かべて拍手している。


 従業員は舞台の中央まで歩いていくと、一礼してから朗々とよく通る声で劇場に足を運んでもらった礼や注意事項を告げていく。

 そうして最後にもう一度一礼し、拍手に見送られるように舞台袖に戻っていった。

 間を置かず、観客席の明かりが舞台側から1つ1つ消されていく。まだ少しはあった観客達の話し声も急速に小さくなっていく。


 そうして――劇場が暗闇と静寂に閉ざされ、僅かの間を置いてから――。

 どこからともなくゆっくりと爪弾く竪琴の音色が観客席に響いた。劇場の天井付近に、ぼんやりとした青い光を纏い、セイレーンのユスティアが現れる。

 舞台装置ではなく、ユスティア本人が魔道具を使っている。これにより、演出の幅が前よりも少し広がっている。


 優しげな歌声と共に波間に揺られるようにしてドレス姿のユスティアが浮かぶ。それは、セイレーン達の子守唄。美しく、素朴な音色を奏でながら泡と光の粒を纏い、ゆっくりと客席の上を舞う。

 種族としての特性がそうさせるのか。観客達を一瞬で別の世界に引き込むような神秘性がある。

 歌声と歌声が重なる。イルムヒルトとドミニクだ。舞台の上からゆらゆらと、重力を感じさせない動きで舞い降りてくる。3人がふわりと舞台上に降りる。一礼と共に割れんばかりの大きな拍手が起こった。


「境界劇場に足を運んでいただいて、ありがとうございます。私はセイレーンのユスティアと申します」


 と、観客席に向けてユスティアが楽器を鳴らして挨拶をする。ドミニク、イルムヒルトとそれに続き、拍手が収まるのを待ってから次の曲目が始まった。

 空中を踊りながらドミニクの楽しげな歌声が響き、それが終わればイルムヒルトの奏でる、踊り出したくなるようなテンポの速い曲が続きと次々観客を盛り上げる。

 ホリゾント幕で曲調に応じて色を変える舞台。舞い散る光の粒。煌めく泡の渦。

 イルムヒルト達が練習していた、新曲も奏でられた。リピーターならば、前との細かな違いに気付いただろう。


 

 そして曲目も終盤に差し掛かった頃合いで――イルムヒルトが観客席に向かって口を開いた。


「今日は皆さんに、紹介したい人がいます。私の友達のシーラと、シリルです」


 そう言ってイルムヒルトが舞台袖に手を差し伸べるとシーラとシリルが舞台に入ってくる。2人ともドレス姿だ。シリルはケンタウロスに合わせた専用の衣装である。


 シーラは一礼すると舞台上に用意してあった絹布を取り去る。その下からドラムセット。挨拶代わりとばかりに軽快なリズムを刻む。最初は規則正しいリズムを刻んでいたが、次第にパターンに変化を加え、しかも段々とテンポアップしていく。


 目まぐるしく閃くスティックの動きに合わせて響く、首を縦に動かしたくなるようなドラムの音。ソロということで好き放題できるからか、かなりノリノリでやっているのが分かる。反射神経が優れている上に器用だからというか、二刀流に慣れているからというか。


 ゴーレムのパターンを組ませてプログラム的にドラム演奏の見本を見せたら猛烈な勢いで習得してくれたのだ。イルムヒルトと一緒に演奏するという動機付けもあって相当やる気が高かったらしい。

 これ以上は無理というところまでテンポを上げてから段々と緩め、最後にシンバルを叩いてから口を開いた。


「シーラです。よろしく」


 シーラの調子はいつも通りだ。ドラムセットは本邦初公開ということになるが、それでもあの様子なら知らない人間にも技術の高さが伝わる内容だろう。

 一瞬呆気にとられていた観客達から気を取り直したかのように大きな拍手が起こった。


 そして、シリルは最初からバグパイプ持参だ。

 バグパイプで雄大な音色を奏でながら蹄を打ち鳴らす。4本の足から行進するような規則正しくも力強いリズムが刻まれる。これも迷宮村に伝わっているものなのだろう。かなり慣れている感じだ。

 先程とはかなり雰囲気が変わり――ゆったりとした、どこか郷愁を感じさせる空気があった。シリルの表情は穏やかで、奏でることが楽しそうに見える。

 短いながらも重厚な曲が終わるとシリルは一息ついてから挨拶をした。


「ケンタウロスのシリルと言います。よろしくお願いします」


 またも起こる拍手。こちらはドラムセットのそれとは違って正統派ではあるか。

 そうして5人の曲が奏でられた。娯楽室で俺達に聴かせてくれた曲だ。

 先程のパフォーマンスとは違う、抑えられたシーラのドラムパートから始まり、みんなの楽器と歌声が重なっていく。

 神秘的で壮大。沈む夕日を感じさせる光がホリゾントを照らす。やがて夜の帳が落ちる。輝く星々、浮かぶ月――流れる流星。曲の展開に合わせて舞台装置が夜の情景を紡ぎ出す。


 打ち合わせていると言っただけあって……曲調に合わせた演出はかなりのものだ。終盤に持ってくるのに相応しい壮大な曲である。

 やがて曲もクライマックスを迎え――始まった時同様にシーラのドラムパートで締められた。


 演目が、終わる。立ち上がる観客達が万雷の拍手を響かせた。招待席の王族組も立ち上がって拍手を送っている。いやはや。

 イルムヒルト達は一列になって手を取り合い観客席に向かって一礼する。降りていく緞帳(どんちょう)。鳴りやまない拍手。

 アンコールもあった。3人で奏でる曲が4曲。シーラとシリルを交えて更に1曲。今度は踊り出したくなるような軽快な曲であった。何とかもう1曲を増やそうと努力した結果だそうだ。この曲が最後となると劇場を出た後の余韻も、楽しく浮かれた感じに残るのではないだろうか。

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[一言] なぜ小説は音を再生出来ないのか。
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