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291 満月の夜に向けて

「これは……随分な業物ですね」


 ラザロの大剣を見ながら、ビオラが感心したような声を漏らす。

 あー。やっぱり良い物だったんだな。折ってしまうのは問題があっただろうか。

 冒険者ギルドでの換金も終わり、早速工房に持ち込んでみたのだ。


「迷宮で色々あってね。剣を修復してほしいんだけど、可能かな」

「やってみますね。こんな良い物を扱えるとは」


 ビオラは上機嫌な様子で大剣を隣室へと運んでいく。ふむ。あの調子なら修復もできそうだな。入れ替わるようにティーセットをお盆に乗せたグレイスが戻ってくる。

 まあ、茶を飲みながらゆっくりと話をするとしよう。


「炎熱城砦に行ってきたんだよね。何があったんだい?」


 グレイスの淹れてくれたお茶を飲みながら一息ついていると、アルフレッドが首を傾げて尋ねてきた。


「いや、鏡の騎士ラザロって知ってる?」

「ああ。ヴェルドガル王家には伝わっているね」

「ラザロの記憶や戦闘技術を魔法生物に移植して、宝珠を守る番人にしていたみたいなんだ」


 と言うと、アルフレッドは目を丸くした。


「宝珠を預けるのに足る相手か、手合わせして腕前を見るというようなことをしていたようね」


 ローズマリーが補足の説明を入れてくれる。


「なるほど……。それでテオ君が戦ったわけだ」

「こう、剣の動きを止めてから、シールドで挟んで下からへし折った感じ」


 シーラが身振り手振りを交えて説明してくれた。


「……いやはや。テオ君のやることだから驚いていたら身が持たないけど……。相手も相手だろうに、よくやるね」

「最後のは向こうも勝負を賭けに来てたからかな。こっちの肋骨あたりをへし折って終わらせるつもりだったんじゃないかなと思うよ」


 牽制であるとかフェイントであるとか、相手の出方を見て対応を変えられる余地を残した動きだったら、さすがに剣を折りに行くのは難しいところだ。


「それでですね。恐らくラザロの影を残したのは……ヴェルドガルに協力していた七賢者ではないかと思うのですが」


 俺から水を向けられたジークムント老は、顎髭に手をやる。


「その者から話を聞けるのかの?」

「聞けるとは思います。しかし、戦いに関係のない記憶はあまり持ち合わせていないのだそうです。当時のヴェルドガル国王の影もいらっしゃるようなので、封印が解けたらそちらから話を聞いてほしいと言っていましたね」

「ほう」

「僕としては……そういった魔法生物を作る技術がシルヴァトリアに現存してはいないかと。迷宮外に炎熱城砦の飛び地を作ることで外に出られるようにもできますが……使命を果たした後は、ラザロも先王も、迷宮から解き放たれて普通に暮らせるようになるのが最善なのではないかと思うのです」


 俺の言葉に、ジークムント老は得心行ったというように頷いた。ヴァレンティナと共に、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。

 クラウディアのことについてもそうだ。迷宮の仕組みを利用して封印を作ったのが七賢者ならば、その技術や術式について調べておくのはラザロ達だけでなく、クラウディアの解放のためにも役に立つはずである。


「そういうことならば喜んで協力させてもらおう」

「そういった特異な魔法生物を作る術は、宝物庫の中に収められている古文書でしょうか?」


 ヴァレンティナが少し思案して言う。


「であろうな。迷宮の……魔人の封印に七賢者が関わっているのであれば、封印に関する術は秘術として扱われるであろう」

「エベルバート陛下が帰還する際、私達も一度ヴィネスドーラに向かう必要がありそうですね」


 2人はその時の段取りなどを打ち合わせている。

 ザディアスやヴォルハイムから情報も出ているだろうと思われるので、俺達もヴィネスドーラに足を運ぶ必要があるだろう。

 とりあえず今日の収穫である魔石の類を2人にも見ておいてもらうか。


「それから……これが今日の戦利品です」


 ラーヴァキマイラの魔石やら何やら、持ち帰った品々を机の上に置く。


「ほほう。これほどの魔石を持ち帰るとは。それだけの大物とあっさり遭遇するのは境界迷宮ならではなのじゃろうが……いや、それを倒せるお主がいればこそかな」

「この魔石を宿していた魔物はラザロ卿が倒したので、僕が戦ったわけではありませんよ」


 と、付け加えておく。

 飛行船建造に必要な魔石はもう少し集めないといけないようだ。まあ、この調子で迷宮探索を続けていこう。


 


 家に戻るとセイレーンのユスティアとハーピーのドミニクが訪ねてきた。

 満月の公演に向けてといったところだ。イルムヒルトが俺達とシルヴァトリアへ出かけていたので、みんなで練習をしておく必要がある。

 遊戯室で彼女らの演奏を聞きながら母さんの手記の解読作業を行う。どうやら彼女達は新しい曲の練習をしている様子である。

 澄んだ歌声と音色が娯楽室に響いていく。中庭で遊んでいたカーバンクル達が追いかけっこを止めて遊戯室の窓枠に並ぶようにして耳を傾けていた。

 やがて一通りの練習が終わったのか、ユスティアが顔を上げて言った。


「イルムもちゃんと練習していたのね」

「新しい曲もすんなりいったよね。これなら公演も問題ないかな」

「練習じゃなくて、新しい曲を覚えたのが嬉しくて行く先々で弾いていただけなんだけどね」


 イルムヒルトが苦笑する。


「舞台との連携は上手くいってるのかな?」

「それは大丈夫よ。何回か劇場でも練習させてもらっているから」

「本当はシーラやシリル達と一緒に、新しい楽器も含めて公演したいところなんだけどね」

「ねえ」


 俺が尋ねると魔物娘達3人は顔を見合わせてそんなことを言った。シーラはドラム。ケンタウロスのシリルはバグパイプの演奏ができる。


「ん。まだ練習不足。舞台装置の演出も考えないといけないし」

「新しい楽器が入るとまた変わってくるものね」


 シーラとシリルが頷く。イルムヒルトはともかく、シーラはシルヴァトリアに出かけていたから練習の時間を取れなかった部分があるからな。


「ここで2人も交えて練習するのもいいかもね。私達の音合わせは順調だったから、時間があるわ」

「それじゃあ」


 と、今度は5人で練習をすることにしたようだ。遊戯室にいる他のみんなも彼女達の練習が気になるのか、ビリヤードやダーツで遊ぶ手を止めてそちらに注目していた。


「面白いですね。1人で何種類もの打楽器を扱えるというわけですか」


 ドラムセットが準備されると、エリオットと一緒に寛いでいたカミラがそれを見て言った。アシュレイがその言葉に頷く。


「テオドール様がお作りになったんですよ」

「なるほど……」

「見たことが無いわけじゃな」


 アシュレイの言葉にエリオットやジークムント老が感心したように頷く。


 シーラ達の準備も終わったようだ。

 最初はシーラのソロパートから入るらしい。規則正しく、抑えめのドラムの音が響く。人化の術を解いたシリルがドラムのリズムに合わせてタップダンスをするように蹄の音を打ち鳴らした。

 下腹に響くドラムの音と、床を叩く音が軽快に重なって小気味が良い。

 どこか民族調の雰囲気を持ったドラムの運び。そこにイルムヒルト達の演奏と歌声が重なる。シリルも踊りながらバグパイプを奏でている。力強いドラムに神秘性のある歌声が重なって……幽玄というか壮大というか、かなり広がりを感じさせる曲だ。


 曲の推移に合わせてシーラのドラムも曲調全体を盛り上げていく。正確にリズムを刻んでいるあたりはさすがだ。歌声が終わり、最後もシーラのドラムによるソロパートが入る。2本のスティックがかなりの速度で閃き、ドラムとシンバルを打ち鳴らしていく。

 最後に僅かな余韻と残響を残し、シーラの動きも止まった。


 と、遊戯室に居合わせたみんなから拍手が起こった。


「良い曲ですね」


 グレイスが笑みを浮かべる。


「……練習不足と言っていたけれど。問題無さそうに見えるわね」


 ローズマリーが拍手をしながら言うと、マルレーンがこくこくと頷いた。


「満足に見せられるのは、まだ今の一曲ぐらいのもの」


 なるほど。レパートリーの問題というわけだ。


「舞台演出は?」

「それは一応決まっている」


 ふむ。それなら……。


「公演の終盤で加わって一曲披露するっていうのもいいんじゃないかな」

「良いわね。それなら曲目が多いか少ないかは関係がないもの」

「2人はどう?」


 俺の提案に彼女達は嬉しそうな表情を浮かべてシーラとシリルに参加を進めている。


「それじゃあ……頑張らせてもらう」

「練習しないとね」

「ん」


 シーラはいつも通りの表情であったが、あれはあれで気合が入っているようだ。彼女達はまた公演の練習を続けるのだった。うん。次の公演の仕上がりが楽しみではあるな。

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[一言] 聴けない、という無念
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