290 魔術師と古の騎士
「テオドール様!」
アシュレイを先頭に、みんなが駆け寄ってくる。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫。ウロボロスで受けたから」
後で痣程度にはなるかも知れないけれど……戦った相手と内容を考えれば、というところだ。
念のため、アシュレイが治癒魔法を用いてくれる。
「テオドール、であったな」
ラザロが言う。随分と穏やかな声だった。
「よき仲間達であるな」
「ええ。大切な人達です」
ラザロの言葉に頷くと、ラザロは兜の下で小さく笑ったように思えた。
「その歳で、その腕前。魔力循環といい……術者達の末裔か」
「どうやらそのようです。最近知ったばかりであまり詳しくはないのですが。そのあたりのことを、ご存じなのですか?」
尋ねると、ラザロは首を横に振った。
「先程も言った通り。我を我足らしめ、目的を遂げるための最低限の記憶しか持ち合わせておらぬ。あの術者達とは魔人と戦うにあたり、顔を合わせて話をした程度でな。我が剣を取った理由であるとか、あの術者達の戦いぶりなら多少は語れるが、そういった情報を求めているわけではあるまい」
剣を取った理由。そうか……。動機というのは重要な話だな。
「そうでもありませんよ。聞きたがる人は多いと思いますし、僕も興味が湧きますね」
「ふむ。まあ、汝には我も尋ねたいこともある。だがまずは……魔物達から戦利品を得てはどうか」
ラザロはそう言って、ラーヴァキマイラやエレファスソルジャーらの死体を指差すのであった。
ラザロが仕留めた魔物達の死体はいくつか消失してしまったが……ラーヴァキマイラはかなり質の良い魔石を残してくれた。フレイムデーモンの魔石とは違って火属性こそ付いていないものの、飛行船を作るにあたりかなり役に立ってくれそうだ。
エレファスソルジャーからは象牙である。使い道は色々あるだろう。
剥ぎ取りを終えたところで石碑の側に佇んでいるラザロに先程の話の続きを聞きに行く。
「尋ねたいこととは、何でしょうか」
「いくつかあるが……。まずは外の状況を聞きたいところではあるな。汝程の者が宝珠を受け取りに来るのだ。ただ事ではあるまい」
「そうですね……。では――」
といって、ラザロに魔人集団と戦っていることを明かす。
「――黒骸までも屠ったか。力試しの後でなければ信じられぬ話ではあったが……」
掻い摘んで経緯を説明すると、ラザロは首を横に振った。ガルディニスか。あいつはラザロの代から悪名が高いようである。
「他にも何か聞きたいことがあるのですか?」
「ん? ああいや、下らぬ話だ。我は汝を試すという理由で戦っていた。しかし少年。汝は違うであろう。例えば、その衣服もそうだ」
ラザロはキマイラコートを見やる。俺の衣服が何かしらの魔道具ということには気付いていたらしい。技術と武器一本同士の勝負ということで……確かにネメアとカペラ、バロール達は使わなかったが。
「手札を伏せ、我の流儀に付き合う理由は汝にはなかったはず。我に認めさせるためと考えていたのは分かるが、そこまでする必要が汝にあったのかと……ふと、そこが不思議に思えてな。察しは付いているだろうが我は、人間ではないのだから」
そう言って兜の面覆いを開けてみせる。その中には骸骨の顔があった。見せるだけ見せると、すぐに面覆いを下げてしまう。
「この姿とて、本当の骨など使ってはおらぬ。全ては、魔法による作り物でしかない」
炎熱城砦という場所を考えると普通の人間が常駐するには厳しい場所だとは思っていたが……。
人の意志を留めるということでアンデッドに近い性質を与えられているのかも知れない。闘気、しかも水鏡を用いるあたり普通のアンデッドの枠組みからはかなり外れるのだろう。
しかし……ラザロの疑問というのは……。
ラザロが負けて自分が滅ぼされることを納得しているというのは、まあわかる。自分を打ち破れる相手、しかもそれがヴェルドガル王家やクラウディア側の人間ということなら負けても本懐を果たしたという部分があるからだ。
大剣という武器を扱っていることも、対戦相手側がラザロに対して加減をしにくくなる理由ではある。だからこそ、遠慮せずに倒しに来いとラザロは言った。情報も別の者が持っていると明かしたのもそれが理由だ。或いは……ラザロを殺しにいかなかったことを、甘いと思っているのか。
「……別に、侮ったというわけではありませんよ。何と言いますか……意地ですね」
「意地、とは?」
「魔人が、嫌いなんです。長年使命を果たしてきたあなたを、魔人と戦うために殺してしまうというのは僕にとっては本末転倒で、我慢がなりません」
言うと、ラザロは一瞬固まった後、小さく笑いだす。やがて声を上げて肩を震わせた。
「なるほどなるほど。確かに我も魔人達は嫌いだ。生前のラザロと気が合いそうではないか、少年」
「かも知れませんね。けれど、僕はあなたを偽者だとは思いませんよ。使命が終わったのなら、迷宮……炎熱城砦に縛られないで済む方法を模索してもいいと思いませんか?」
「くっくっく。ますます面白い。我の顔を見て、尚そう言えるのか」
「見た目はあまり関係ないかなと」
そこを違えるとクラウディアに言った言葉まで嘘になってしまうしな。
俺が言うと、クラウディアは目を閉じて静かに微笑みを浮かべた。
「タームウィルズに炎熱城砦の飛び地を作れば……外に出られるようになるのではないかしら。そのためには城主との契約が必要だけれど」
「ふむ。我には魔法のことはよく解らぬが……主が目覚めてからのことを楽しみにさせてもらうとしよう」
そう言って、ラザロは握手を求めてくる。その手を取る。
「封印解放前にまた来ます。封印の扉の前までは訪れておきたいので。折った剣を回収していきたいのですが構いませんか?」
「構わぬが。何に使おうというのか」
「いえ。修理して返せればなと。武器無しで炎熱城砦にいるのは大変かと思いますので」
「ふむ」
ラザロは思案するように顎に手をやると転がっていたエレファスソルジャーの蛮刀を手に取る。これはこれで相当に重量のある武器のようで。
肉厚の蛮刀の切っ先を地面に突き立てると、重たげな音と震動が足に響いてきた。
「では……約束ということにしておこうか。当面はこの刀で足りるだろう」
「分かりました。それでは、また後日ということで」
「うむ。汝との戦い、久方ぶりに楽しかったぞ」
「僕もです」
そんな言葉を交わし――ラザロに見送られて石碑で迷宮を後にしたのであった。
迷宮から戻ってきて……まずは冒険者ギルドに向かい、今日の戦利品である杖や象牙、リビングアーマーの部品、ヘルハウンドの毛皮といった素材を換金してもらうことにした。
素材算定の待ち時間で、ローズマリーがぽつりと言葉を漏らす。
「……鏡の騎士ラザロか」
「先程は聞きそびれてしまいましたが、どういった逸話をお持ちの方なのですか?」
グレイスが尋ねると、ローズマリーは羽扇で口元を覆って答える。
「ヴェルドガルの騎士団では有名な人物よ。文献では、秘剣水鏡を編み出し、ヴェルドガルの危機を救ったと。当時の状況から考えると、やはり魔人絡みなのではないかしら」
水鏡を編み出した人物か。それは知らなかったな。
「銀の騎士のお話は聞いたことがあります。おとぎ話で、騎士団を率いて魔人達と戦ったという程度の内容でしたけれど」
と、アシュレイが言う。
「鏡……銀の騎士。ラザロが元になっているのではないかしら。だけれどあの鏡のような鎧については有名だけれど、その鎧の下、どんな人物なのかについてはあまり知られていなかったようね」
「そのへんは、俺と同じ理由かな」
「でしょうね。魔人殺しがいるというのが重要なことで、旗印になるなら鎧姿で十分足りるということなのでしょう」
他にも、水鏡の情報を漏らしたくなかったというのもあるか。
ラザロが剣を取った理由というのは……語られずとも察しの付く部分ではある。魔人が嫌いだというのは多分、ラザロもそうだろうから納得してくれた部分があるのだろうから。
……さて。換金が終わったらジークムント老達に話していた通り工房に向かうか。ラザロの剣を修理してもらうという予定も増えてしまったからな。




