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286 休息と出陣

 父さん達は伯爵領から朝早くに出発して移動してきたこともあって、早い時間に風呂に入って休むとのことだ。ジークムント老との話をするためでもあったから、気疲れもあるのだろう。カミラも同様。エリオットがタームウィルズにいるとケンネルから知らされて、気が気ではなかったようだ。

 そういうわけで宿泊客達は夕食後、少し遊戯室でのんびりしてから風呂に入り、ゆっくりと休むことにしたらしい。


「ここしばらく、のんびりと過ごす時間が取れなかったですから、こういう時間は嬉しいです」


 膝枕をしてくれているグレイスが微笑む。そのままほっそりとした指先を髪に差し入れて、ゆっくりと梳いてきた。くすぐったさと心地よさに目を閉じる。


「魔道具の手入れだとか旅の支度だとか……やることが多くて旅の途中はあまり落ち着けなかったからな」


 循環錬気はしていたが……落ち着いて時間を取って、となるとまた話は別だ。


「エリオット兄様とカミラ様の話も纏まりそうで……安心していられます」


 隣には寄り添うように頬を寄せてくるアシュレイ。アシュレイと掌と掌を重ねるように繋いで、そのまま2人との循環錬気を行っていく。

 内側……体の中心から暖かな感覚が手足の末端に広がっていくような心地よさがあった。

 薄く目を開き、グレイスの艶やかな金髪の一房に触れる。グレイスがしているように指で梳く。手に伝わってくるさらさらとした感触と、鼻孔をくすぐる髪の香りが心地よい。


 アシュレイと繋いだままの手を、彼女の頬のところまで持っていき……そのまま一度解いてアシュレイの頬に触れる。俺の手の甲にアシュレイの白い手が重ねられた。指先に吸い付くようなきめ細やかな肌の感触があった。


「ふふ……。くすぐったいです」

「……テオドール様の手、温かいです」


 2人は旅先より随分リラックスしているようにも見えた。

 母さんのことやエリオットのこと。気がかりだったことが無くなったからという部分もあるのだろうとは思う。




 2人としばらく循環錬気を行ってから風呂に向かう。今日のローテーションは居間でグレイスとアシュレイ。ローズマリーは風呂で、マルレーンとクラウディアは寝室という組み合わせだ。

 そのローズマリーはと言えば、脱衣所の前で腕を組んだまま、羽扇を閉じたり開いたりしている。


「……ええと。先に入っていてもらえるかしら」

「分かった」


 ……着替えるところを見るのが趣旨でもないしな。そのまま脱衣所で湯浴み着に着替えて浴室へと入る。

 湯加減を見たり桶でかけ湯をしたりしていると、脱衣所から衣擦れの音がして髪を纏めたローズマリーが入ってくる。例によって神殿の巫女の修養服ではあるのだが……水に濡れた時に動きやすいようにとスリットが入っていて、白い太腿が覗いていたりする。

 スタイルが良いのもあるので、中々視線のやり場に困るところがあるというか……。


「背中を流したりするのでしょう? 後ろを向いてもらえると嬉しいのだけれど」


 こちらが視線を向けるとローズマリーは顔を明後日のほうへと逸らしてそんなことを言った。やや手の置場に困っているというか……胸元やスリットを隠したりしているが、羽扇がないから落ち着かないのかも知れない。


「これで良いかな?」

「ええ」


 困っているのが分かるので言われた通りに大人しく背中を向けると、幾分か声に落ち着きが戻ったようだ。桶で湯を汲んだり手ぬぐいを絞ったりと水の音が響き、背中が手ぬぐいで洗われる。背中の泡を洗い流した後で、髪まで洗ってくれた。

 あまり慣れていないのだろうとは思うが丁寧だ。調薬などをしていることもあって器用でもあるしな。


「俺もマリーの背中と髪を洗うよ」

「そう? じゃあ、お願いするわ」


 髪をアップにしているので細いうなじが露わになっているが、背中を見せる分にはローズマリーとしてもそこまで恥ずかしさもないようで。

 衣服の背中部分は大きく空いている。手ぬぐいで洗い、湯をかける。

 続いて髪。纏めてあった髪を解いてブラシをかけてから、ぬるめのお湯ですすいでいく。

 サボナツリーの洗髪剤を手に取って泡立てて、ローズマリーの髪を洗っていく。髪を傷めては元も子もないのでできる限り丁寧に進めたいところだ。髪を洗い、地肌を軽く揉み込むように洗っていく。


「上手なのね。王城の侍女達に比べても遜色ないというか……」


 ローズマリーが感心するような声を漏らす。


「なら良いんだけど。あんまり自信はないな」

「ええ。悪くないわ」


 床屋や美容室でやるような髪の洗い方を模倣しているところはある。爪を立てずに指の腹でマッサージするようにというか。まあ、自己流なので上手くできていれば御の字だろう。

 髪を洗い流し、今度は各々で体を洗って浴槽へ。ローズマリーは腕を組むようにして衣服の張り付いた胸元を隠しているものの、逆に谷間を強調するような結果になってしまっている。まあ……指摘するのはやめておくが。

 距離を取っていては循環錬気もできないということもあり、隣に寄り添うように身体を預けてくる。


 のぼせないように深呼吸し、心を落ち着けて循環錬気を行っていく。湯の中で行う循環錬気はまた、湯に疲れが溶けていくという表現がぴったりくる感じで効果が高いのだ。


「わたくしが言うのもなんだけど……和解――できて良かったわね」


 ローズマリーがぽつりと言う。


「ん……。そうだな。でも、マリーだってアルバートやマルレーンと和解してる」


 だから、そんな言葉が出たところはあるのだろう。


「そうね」


 そんなふうにローズマリーは苦笑した。




 循環錬気をしながら身体の芯まで温まったところで風呂を上がった。

 先に上がっていいと言われたので脱衣場で着替えて、浴室に声をかけてから出る。

 寝室に向かうと、マルレーンとクラウディアがシーラ達とカードをしながら待っていた。といっても、実際に寝台に入るのは皆が揃ってからなのでグレイスやアシュレイが風呂から上がってからなのだが。


 夜着に着替えてカードに興じる彼女達は相変わらず見ていて和むというか、お泊り会的な雰囲気がある。


「室温はこのぐらいで大丈夫かしら? 暑かったらもう少し調整するけれど」


 クラウディアが尋ねてくる。


「うん。いいと思うよ。俺も少し手記の解読をするから、解読中にあまり冷えすぎても身体に毒だしね」

「ん。分かったわ」


 まだ夏の暑さも残っているし風呂上がりということで、湯冷めしない程度に室温が下げられている。湯上がりにはなかなか心地の良い室温だ。

 ローズマリーが主寝室に戻ってくる。続いてグレイスとアシュレイ。眠るまでの間、思い思いの時間を過ごし……頃合いを見計らってみんなで寝台に入る。


 今日はマルレーンとクラウディアが俺の両隣に来る形だ。マルレーンの隣にアシュレイ、グレイス、ローズマリーと続く。


 俺の隣に来たマルレーンはといえば……嬉しそうに胸のあたりに抱きついてきた。それを受け止め、髪を撫でてやると顔を上げてにこにこと笑みを向けてくる。

 それを見たクラウディアは目を細め、穏やかな表情を浮かべた。隣に身を横たえて、静かに寄り添う。こちらの心臓の音を聞くように、頬を当てて目を閉じる。

 循環錬気をしながら、明かりを落とす。


「少し前には……ここまで穏やかに過ごせる時が来るなんて思ってもみなかったわ。ふとした時に不思議に思うことがあるの」


 誰に言うともなくクラウディアが呟く。……そうだな。クラウディアからしてみると、迷宮から離れて出掛けたりだとか誰かと一緒に眠りにつくだとか……あまり考えられないことだっただろうし。


「……明日からの炎熱城砦、頑張ろうな」

「……ええ」


 腕の中でクラウディアが答える。グレイス達も小さく相槌を打ったようだった。眠りにつく前の、静かで穏やかな時間。循環錬気による心地良さ。マルレーンとクラウディアの華奢で柔らかい感触。風呂上がりの石鹸の匂いと。そういったものに包まれて眠りに落ちていった。




 ――明けて一日。十分な睡眠時間を取ったこともあり、心地の良い目覚めだった。父さんのことやアシュレイのこと。諸々解決への道筋もついたことで気がかりも無くなったことも関係しているだろうか。

 ともあれ、炎熱城砦に向かう前にたっぷりと休んで英気を養うことができたと思う。魔力の調子も良い。


 朝食の合間に皆の予定を確認してみれば、父さん達は別邸に向かって数日こちらに滞在。劇場と温泉街を見てから帰るという話であった。


 エリオットはカミラとドナート、それからケンネルがいるため、今日は彼らとゆっくり過ごすということになっている。

 俺達が迷宮に向かっている間、何か問題が起きても察知できるようにと、使用人の姿をさせたアンブラムを同行させることにした。

 アンブラムは直接戦闘に向かないこともあり、迷宮に連れていくのは難しいので、連絡役になってもらえれば丁度いいだろう。


 ジークムント老とヴァレンティナは工房へ行くそうである。2人とは迷宮から戻ってきたら工房で合流するということで話は纏まった。


「さて――それじゃあ、行こうか」

「はい」


 声をかけるとみんなが頷く。

 朝食を終えて、炎熱城砦対策の装備に身を固めて家を出る。

 月神殿へ向かうまでの道々で炎熱城砦における注意点などをおさらいしていくとしよう。


 シルヴァトリアに出かけていたから、迷宮も久しぶりに感じる。対策装備にテフラの祝福などもあるが、難所であることに違いはない。怪我をしないように気合を入れていこう。

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