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285 賢者達の追憶

「ご無沙汰しております、ヘンリー様」

「ミハエラか。元気そうで何よりだ」

「お陰様で。テオドール様にも声をかけていただき……セシリアの監督をする形でテオドール様のところで厄介になっております」


 食堂に移動したところで父さんとミハエラが挨拶をかわしている。


「うむ。考えてみればミハエラとも随分長い付き合いになるな」

「そうですね。先代伯爵様の代から奉公しておりますゆえ。テオドール様は表向き距離を取っているということになっていますが……ええ。事情を聞いて安心しておりますよ」


 ミハエラの言葉に父さんは苦笑する。 


「ロゼッタ様がお見えになりました」


 そこにセシリアがやってくる。食堂に通してもらうように伝えると、ややあってロゼッタが顔を見せた。


「こんばんは。無事に戻ってきたようで何よりだわ」

「ええ、こんばんは、ロゼッタさん」

「こんばんは、先生」


 といった調子でアシュレイ達と挨拶をかわす。


「ヘンリー。久しぶりね」

「ああ、ロゼッタ。君も元気そうで何よりだ」

「鍛錬は欠かしていないもの。貴方は……少し鈍っているのではないかしら?」

「忙しくてね。リサやロゼッタと共に魔物退治した時のようにはいかないな」


 魔物退治か。伯爵領側にも森から魔物がやってくることがあるからな。父さんも貴族の嗜みだと、武術を身に付けている。馬上槍や騎射が得意と言っていたから、迷宮とは少し相性が良くないかも知れないが。最終的には後ろに控えるにしても、領主も一度は陣頭に立って鼓舞してみせることで兵士達の士気が大いに上がると、そう父さんは言っていたな。


「テオドール君、彼女が?」


 と、ヴァレンティナがロゼッタに気付いて声をかけてくる。


「はい。ペレスフォード学舎の講師をしているロゼッタ=アッテンボローさんです。ロゼッタさん、こちらはシルヴァトリアの魔術師であり、僕の祖父にあたるジークムントお祖父さん、それから母さんと親しくしていたヴァレンティナさんです」

「はじめまして。ロゼッタ=アッテンボローと申します」

「ジークムント=ウィルクラウドという」

「ヴァレンティナ=ドルナートです」


 といった調子で初対面の面々を紹介していく。

 夕食の準備も進んで、食堂には大分良い香りが漂っていた。今日の料理は海産物が多めだ。魔光水脈の封印の扉が解放された影響で、豊漁が続いているらしいのだ。貝の酒蒸しに真っ赤な海老にと……なかなか食欲をそそられるものが並べられていく。


「……何かありましたか?」


 ふとダリルを見ると、何やら浮かない顔をしていた。尋ねてみると、微妙な表情を向けてくる。


「いえその、テオドール様のお祖父様は、随分身分の高そうな雰囲気がおありになる……ような……」


 なるほど……。浮かないというか、緊張しているといったところか。ジークムント老の身なりや所作から何やら察したところがあるように見える。

 ダリルは先代伯爵が存命の頃に、厳格な祖父にバイロン共々折檻されたことがあるそうで。威厳のある老人という雰囲気を持つ人物には苦手意識を持っているのだろう。ましてや、俺との経緯もあるし。


「……確かにシルヴァトリアの貴族の出自だけど……見た目は威厳があるけど、気さくな方だよ。俺とお前の話をするなら、前に解決しているし蒸し返す気も無い」

「あ、ああ」


 小声で言うと、ダリルは小さく頷いた。ダリルは母さんの一件とはほとんど関係のない立ち位置だし。俺とのことは……実際子供の喧嘩程度のものでしかないので。

 ダリルとそんな話をしているといつの間にか食事の準備も整っていた。さて、食事といこう。




「――リサ様はそこで……魔物退治するからみんなも協力してくださいと仰いまして。木魔法で作った柵で村を要塞のように作り変え、村人達に弓と槍でゴブリンを牽制させている間に、オーガとゴブリンの族長を相手にしたのです」


 夕食の席でグレイスが思い出話に花を咲かせる。

 ……懐かしい。それは俺の記憶にもおぼろげながら残っているな。確か……南に足を延ばした時だ。魔法を使えるゴブリンの族長が、オーガに魅了の魔法をかけて仲間に引き入れて、攻め込んできたんだったか。


 族長の使う魅了の魔法は、オーガのように本能最優先で生きている生物には割と効果的だったりする。なので優れた族長に率いられたゴブリンの群れは、予想外の魔物を用心棒に付けていたりするので危険度が跳ね上がったりするのだ。

 大抵はオーク程度であるが、オーガを引き入れていたあの群れは放置するとかなりの被害を出したのではないかと思う。まあ、魅了の魔法と言っても高度なものではない。人間などが相手だと理性が魅了の効果を覆してしまうのか、あまり効果的ではないようだ。


「確か――ゴブリンの族長が魔法を撃とうとしたけど、グレイスが民家の屋根の上から煉瓦を投げて倒したんだよな」

「無茶していたのねえ」

「リサ様が注意を引いていましたから……失敗してもすぐ逃げれば大丈夫かなと」


 ロゼッタの言葉に、グレイスは胸に手を当てて微笑む。


「それで……オーガはどうやって倒したのかしら?」

「族長が倒されてしまったから遠距離攻撃も無くなりました。レビテーションで高空まで連れていってですね」


 レビテーションを使ってしまえばオーガがいくらタフでも抵抗のしようがないからな。族長の支援攻撃が無ければ翼の秘術を使わずとも、レビテーションで悠々空を飛んでいけるわけで。


「落下させたわけじゃな」

「リサは飛べない大物相手に、時々やってたわ。それ。魔力の節約って言ってたわね」


 ロゼッタが苦笑する。


「ふむ。小さな魔法を効果的に用いることができるようにと、教えたところはあるが……」

「その時はゴブリン達の上にオーガを落として……更に上から岩も降らせていましたね」


 オーガには再生能力もあるから念には念を入れたのだろう。


「リサが伯爵領に行ってからは会える機会が減ったけれど……相変わらずだったようね」

「……と言いますと、迷宮でも?」

「ええ。余力を残している感じがしていたから、同行している身として落ち着いて動けるところはあったわね」


 グレイスやロゼッタの話にジークムント老とヴァレンティナは興味深そうに相槌を打っていた。


「リサ――パトリシアは、確かに魔法の腕は良かった。道具を作る時に時々妙な趣味が出るのが玉に瑕ではあったが」

「ああ。それは確かに。私も武器を作ってもらいましたから分かります」

「でも、小さな子供相手だと遠慮するのよね。私が怖がったせいかしら?」


 ロゼッタとヴァレンティナは納得するように頷いているが……多分俺とグレイスにも遠慮していたな、これは。


「どんなのを作ってたの?」


 セラフィナが聞いてくる。マルレーンも興味があるのか、こちらを見てきた。


「……んー。こんなの」


 と、土魔法でガイコツを作ってやる。あまり迫力を出さず、デフォルメされた造形ではあるが、方向性は伝わるだろう。


「嫌いじゃない」


 シーラがそれを見て言うと、マルレーンもこくこくと頷く。クラウディアやイルムヒルトなどは苦笑いを浮かべていたが。




 夕食後は皆で遊戯室に移動し、ゲームをしたり話をしたり……のんびりと過ごさせてもらった。

 ダリルはダーツが気に入ったらしいが、腕前はまだまだといったところだ。フォームを修正したりと、試行錯誤している。


「テオドール殿」


 俺は俺でグレイスやローズマリーとビリヤードをやっていたが、区切りの良いところでカミラの父親であるドナートが話しかけてきた。


「何でしょうか?」

「明日以降の予定についてお聞きしたいのですが構いませんか?」


 ああ。エリオットとカミラに関しては……当人達の気持ちは問題がないとしても、周囲の状況は気になるのだろう。ドナートは中央の権力争いに嫌気が差してシルン男爵領に落ち着いたようだし……事前にしっかりと話をしておいた方が良い。アシュレイとエリオット、ケンネル……それにカミラとドナートも交えて、話を進めておこう。


「そうですね。まず、シルン男爵領についてですが……」

「アシュレイが領主である以上、私はその状況を変えようとは思いません。聞いた話では冒険者達からの人気も高く、アシュレイが領主であることで上手く回っていると聞きます」


 エリオットがケンネルを見やると、ケンネルは頷いて答える。


「そうですな。確かに……アシュレイ様に助けられた冒険者がいるそうで、タームウィルズから足を運んでくれる者もおります。領内は至って順調です」

「今の私では頼りないかも知れませんが……父様や母様、エリオット兄様に誇ってもらえるような領主になりたいと、そう思っています」


 ドナートを見据えてアシュレイが言う。ドナートはそんなアシュレイを見て、目を細めた。


「……私が領主にならないということで、失望させてしまうかも知れませんが……」

「いいや」


 ドナートは首を横に振る。


「俺も、君以外にカミラを任せることは考えられん。領主であるか否かは関係がない。どうか、娘をよろしく頼みます」

「父上……」

「必ず。幸せにすると、お約束します」


 ドナートの言葉に、エリオットは真っ直ぐ目を見て頷いた。

 うん。後は宙に浮いているエリオットの立場であるが……ここも肯定的な材料を出しておいたほうが安心してもらえるだろう。


「メルヴィン陛下は、エリオット卿の今後の立場については悪いようにはしないと仰っていました。アシュレイとの関係も考慮してくださるようですね」


 一瞬ローズマリーに視線を送ると、心得ているとばかりに頷き、羽扇で口元を隠しながら思案するような素振りを見せた。メルヴィン王の意向を分析しているわけだ。


「剣も魔法も、実力は十二分。出自も問題ない。恐らく……騎士爵を与えて騎士団に編入するか、さもなければシルヴァトリアで築いた人脈を活かせる立場に置くのではないかしら? 今は中央に留め置くと思うけれど――後々は北方に配属する形を取る可能性が高いわね」

「なるほど……」


 ドナートは感心したように頷く。カミラも将来の自分にも関わってくる話だから真剣な面持ちだ。


「次の満月の日に陛下とそのことで打ち合わせする予定です。お2人も同席したほうが、より意に沿う形に収まるかも知れませんね。それまでは是非、滞在していってください」


 満月まで少し間もあるし、飛行船の材料調達のこともある。その間に俺達は迷宮の攻略を進めることとしよう。

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