283 夕暮れの再会
アシュレイがケンネルに返信して少ししてから、今度は俺の通信機に連絡が入った。父さんからだ。夜にはタームウィルズに到着すると書いてある。
シルン男爵領に一泊してから来るのかと考えていたが……事前に連絡を入れていたから、シルン男爵領でも準備を整えていたということなのだろう。
それでもやや強行軍だが、父さんもケンネルも気が急いているところがあるのかも知れない。
「父さんが来るそうです。こちらも途中まで迎えに行こうかと」
竜籠とはいえ夜間の移動になるのでこちらからも護衛というか……迎えに行ったほうが安心できるところはある。
……そうだな。こっちも竜籠で、みんなで迎えに行くか。飛行船を出すほどではないだろう。あれで移動すると悪目立ちするし。
「竜籠の準備をしよう。リンドブルムは家の中庭か。迎えに行かないとな」
「分かりました」
「では、私もサフィールで同行させてください」
そう言ってエリオットも立ち上がる。勿論否やはない。エリオットも一刻も早く会いたい相手だろうしな。
「それじゃあ……少し行ってきます。父さんもタームウィルズに屋敷があるのですが、そちらにはまだ連絡が行っていないと思いますので……恐らく僕の家に来ていただく形になるかも知れません」
そう言うとジークムント老が頷く。
「うむ……。儂は少し静かに考えたいから、タームウィルズで待たせてもらおう。お主も気を付けるのじゃぞ」
「はい。カドケウスはこちらに残していきますので」
猫の姿をとったカドケウスが、ヴァレンティナに抱えられる。
さて。まずは家に行かないと。リンドブルムは……俺の家の中庭でカーバンクル達の遊び相手になっていたからな。リンドブルムを同行させるついでに、歓待の準備をしておくようセシリア達に伝えておこう。
父さん達へ通信機で連絡を入れてからタームウィルズを発つ。シルン男爵領へ向かって街道沿いに向かえば合流できるはずだ。定期的に父さんと通信機で大まかな場所と休憩のタイミングをやり取りし合えば、どこかで行き違いになるということもあるまい。
今回は護衛役なので俺は竜籠に同乗せず、リンドブルムに跨がって移動中である。エリオットもサフィールに乗って、竜籠の横を飛んでいる。
俺の肩には鳥のような足を生やしたバロールが掴まっている。リンドブルムで移動するのをどう思っているのかは分からないが、きょろきょろと景色を眺めながら目を瞬かせていた。
そうやって街道の上空を移動していると、エリオットが言った。
「小さな頃のカミラは……剣を振り回しているような子でした」
懐かしむような声。騎士の家の出だからということだろうか。
「もしかして、エリオットさんが剣を扱えるようになったのもその影響ですか?」
「そうですね。私もカミラと一緒に修練をしたりしました。留学先で魔法の才能があると言われた後もです。領主としては水魔法のみに専念したほうが良かったのかなとも思いますが。そう考えると、カミラが私の命を守ってくれたとも言えます」
……そうだな。小さい頃から剣の修練をしていたから船で奮闘できたのだろうし。
それでザディアスやラグナルに目を付けられたという部分はあるが、それもこれもエリオットがカミラと過ごした幼少期があったからこそだと言える。
そうやってエリオットと話をしたり、飛竜とサフィール達を休憩させたりしながら進んでいると……夕日があたりを染め始めた頃に、遠くからこちらへ向かってくる竜籠が見えた。
光魔法で拡大して見てみると……確かに父さんの竜籠だ。ガートナー伯爵領の家紋が描いてある。
「……その術、便利ですね」
「魔道具化しようと、アルフレッドとは話をしていますよ。飛行船に装備させても役に立ちそうですね」
この術ならより遠距離から相手の姿が掴めるようになるしな。
そのまま竜籠に近付くと、向こうから父さんが顔を出した。
「こんにちは、父さん」
「テオドールか。合流できて良かった」
「ご無沙汰しております」
「うむ。元気そうで何よりだ」
と、父さんと言葉を交わす。
「カミラさん達もご一緒ですか?」
「うむ。そちらもエリオット卿が同行しているご様子」
父さんはサフィールに跨っているエリオットを見て言う。アシュレイとも面識のある父さんとしては一目でエリオットだと分かったらしい。
「お初にお目にかかります、ガートナー伯爵」
「こちらこそ、エリオット卿」
エリオットの表情はやや強張っている。さすがに緊張している様子だ。
「……空の上では落ち着かない。竜籠を下に降ろして話をしたいのだが、良いかな?」
竜籠の中を少し気にしているような様子を見せて、父さんが言った。
その背後にはカミラやケンネルもいるのだろうが……さすがに父さんを押しのけて窓から顔を見せるというわけにもいかないのだろう。
視線を巡らし、竜籠を降ろすのに適した場所を探す。
「分かりました。あのへんに竜籠を降ろせそうです。リンドブルム」
と言って、リンドブルムに竜籠を連れている飛竜達を先導してもらう。
リンドブルムが声を上げると2つの竜籠はゆっくりと街道の脇の、開けた場所に降下していった。
俺とエリオットが先に地面に降り、続いてグレイス達を乗せた竜籠、父さん達を乗せた竜籠の順で地面に降り立つ。
そして竜籠の扉が開かれ――その中から女性が出てきた。
年の頃は20代前半か、それより若いぐらいだろうか。エリオットの話からすると活動的な人物かと思っていたが……細身で、やや健康的ではない肌の白さをしている。
「カミラ」
エリオットが彼女の名を呼ぶ。名を呼ばれたカミラは目を見開き、エリオットの顔をまじまじと覗き込む。
「……エリオット……本当に――」
感極まった様子で目尻に涙を浮かべると、カミラはエリオットのところまで走っていき、その胸に飛び込むように抱きついた。
「良かった……! 本当に、良かった……! おかえりなさい……!」
「……ただいま。すまない。帰るのが遅くなって」
カミラを抱き止めたエリオットが言う。しばらく抱擁した後、どちらからともなく離れた。夕日があたりを赤く染める中で、2人は手を取って向かい合う。
「背が、伸びたのね」
エリオットを見上げ、カミラは今にも泣き出しそうな、それでも嬉しそうな、様々な感情の入り混じった表情を見せた。
「……そうだね。最後に会った時は、カミラのほうが大きかった」
「顔に傷があるわ……」
エリオットの頬に触れてカミラが眉を顰める。
「こんな怪我をしてしまって、カミラには悪いと思っている」
カミラは涙目であったけれど、苦笑して首を横に振った。
「生きて、帰ってきてくれた。それが、嬉しいわ。痛く、ない?」
「ああ」
仮面を付けて過ごしていたエリオットにとっては……この傷こそが自分がベネディクトと同一人物であるという唯一の証明でもあるらしい。
シルヴァトリアで築いた人間関係が今後ヴェルドガルとシルヴァトリアの両国にとって役に立つこともあるだろうと。だからそのままにすると。エリオットはそう言っていた。それでも……カミラに見せることには不安があったのかも知れない。
「戦って怪我をして……。その時に頭を打ったらしくてね。その後ずっと、記憶を失っていたんだ」
「そう……。そうだったの」
「カミラには……私のことで辛い思いをさせた」
「父さんも6年前に怪我をして、ずっと家にいたから……。私も……他の誰かのところに行くなんて考えられなくて、あまり外に出なくなってしまったわ」
「待たせて、済まなかった」
「ううん」
エリオットへの想いと、父親の心配と。それらがあってカミラは剣を置いてしまったというところか。あまり活動的でない印象を受けたのはそのためだろう。
ふと見れば、その光景を目にしたケンネルがハンカチで涙を拭っていた。その隣にカミラの父親らしき人物も、眩しい物を見るように目を細めて立っている。
アシュレイも……瞳に涙を滲ませつつも穏やかに笑みを浮かべ、グレイス達が彼女に寄り添っていた。
視線が合うと、彼女達に微笑みかけられた。俺も静かに笑みを返す。
「ただいま、ケンネル」
少し離れたところから2人を見守っていたケンネルに、エリオットが声をかける。
「おかえり――なさいませ、エリオット様」
ケンネルは涙を浮かべながら深々と一礼する。
カミラとケンネルが落ち着いたところで、エリオットが言った。
「そちらにいらっしゃるテオドール殿が、私を救ってくれたのだ。私の記憶を、取り戻してくれた」
その言葉に、カミラとその父。ケンネルの視線が俺へと集まる。
「エリオットを私達のところに連れてきてくださって――どう言って良いか。感謝の、言葉も見つかりません」
カミラが言う。俺は静かに一礼を返した。
……うん。急な話だったからどうなるものかと思ったけれど……どうやら2人の関係は心配なさそうだ。
陽光が沈もうとするその最後の輝きの中で、2人は静かに寄り添っていた。




