278 テオドール邸にて
「旅から帰ったばかりで無理を言ってしまったようでごめんなさいね」
「いえ。帰還を祝してと思いまして。賑やかなのは良いことかなと」
アドリアーナ姫達を迎え入れ、玄関ホールに皆を通す。当然ながら重要人物ばかりなので騎士団の護衛付である。ミルドレッドにメルセディア。ヴェルドガル側の付けた護衛は、俺の知り合いを選んだのだろう。
「ご無事で何よりです、大使殿」
「ありがとうございます」
ミルドレッド達と挨拶を交わす。そして――更に馬車の中から重要人物が現れた。メルヴィン王とエベルバート王だ。
「今日は済まぬな、テオドール殿」
「……うむ。お忍びということで、今日は無礼講で頼む。唐突な話でもあるのでくれぐれも過度な対応はせぬようにな。そなたの家は、ただそれだけで歓待に値するとも思っておるのだ」
話を通したところ、エベルバート王も俺の家に興味があったようで。その流れでメルヴィン王とエベルバート王も来るという話になったようなのだ。
「ありがとうございます。では――どうぞこちらへ」
頷き、奥へと通す。
「予想はしておったが……建材を魔法で形成し直したり、強化などを行って作ったわけじゃな」
ジークムント老が壁や天井を見ながら唸る。
「やはり継ぎ目が見当たりません……。冗談のような建物ですね」
「うむ……。これを見ておると魔人を屠ることができた理由も分かろうというものよ」
ジークムント老とヴァレンティナは得心したというように頷いている。
ミリアムも以前、魔法建築の仕上がりについて感想を言っていたことがあったが……2人は更に魔術師らしい観点からの分析ということになるか。
「内装もいいわね。これもあなたが?」
と、アドリアーナ姫。
「内装に関しては、建築関係の本と、みんなの意見を参考にしています」
「なるほど……。素敵な家ね」
「恐れ入ります」
そのまま遊戯室に通すと、誰からともなく感嘆の声が漏れた。
「ううん。珍しいものばかりで目移りしてしまうわね」
「王城や温泉に置かれている物は知っているけど……人目もあるから触れられなかったのよね」
……という感じで、2人の王女は目を輝かせている。
「それぞれ好みがあると思いますので、まずお好きなもので遊んでみてください」
というと、みんなが思い思いの物に触れる。
エリオット、ジークムント老、ヴァレンティナ、それにメルヴィン王とエベルバート王はビリヤード。テフラとステファニア姫、アドリアーナ姫はダーツから見てみることにしたらしい。
アルフレッド達工房組は……さすがに自分達で取り扱っているだけあって、落ち着いたものだ。のんびりとカードに興じることにするようである。グレイス達も同様。テーブルについて、カードで遊ぶようである。
ミルドレッドとメルセディアは今回は護衛の任務に徹するようだが……あまり気を張っている必要がないからか、表情は穏やかにも見えた。
「ダーツは王城の兵士達が楽しそうに遊んでいるのを見たけれど……さすがに混ざるわけにはいかなかったのよ。温泉と同じく色んな人の目があるから、ね」
「なるほど……。そうでしたか」
それでステファニア姫としては我慢していたわけだ。
「温泉も行ってみたいわね……テフラ様の加護がある場所なのでしょう?」
「うむ。テオドールが我を迎えるために儀式場を整えてくれてな。あの場は精霊や妖精達に力を与えてくれる効力があるのだ」
テフラが嬉しそうにダーツを投げながら言う。その言葉を受けてメルヴィン王が口を開いた。
「……ふむ。そういえば悪いことではなかった故に連絡してはおらなんだが……儀式場については少し変わったことが起こってな」
「何かあったのですか?」
「以前、花見に行った際に妖精達を見たであろう? どうも、あの者達が流れてきて儀式場に居着いておるようでな。儀式場にある東屋の周りに花畑ができておったよ」
メルヴィン王の言葉にセラフィナが嬉しそうな表情を浮かべたのが分かった。
……何とまあ。あの山の斜面同様、儀式場は妖精達にとって居心地が良い場所だからということだろうか。妖精は精霊の一種でもある。確かに居心地はいいのだろう。
「我としては精霊や妖精が人の子と仲良くしているというのは嫌いではないな。その者達も歓迎したいところではある」
「妖精達の行動が無害なものであるなら、構いません」
……儀式場周りが浮世離れしていくけれど。
「今のところ問題が起こったという話は聞いてはおらぬよ。儀式場に普段いるのは巫女達ではあるし、上手くやっておるようだ」
「それは何よりです」
温泉施設については他にも、俺が不在の間、対応できないことがあると困るからと、夜になったら早めに閉めて点検などに力を入れていたらしい。
「――となると、夜間に貸し切りということも可能でしょうか」
「そうさな。満月の夜も近い。劇場に足を運び、その後温泉でゆっくりしながら話を進めるということで良いのではないかな」
満月の夜か。そうなるとイルムヒルトの公演になるわけだ。イルムヒルトは任せてとばかりに胸に手を当てて笑みを浮かべた。
話をする場所とタイミングが決まったところで、各々が遊戯室のゲームに興じていく。
「ふむ。これも魔法で作ったのじゃな」
「……もしかして考えたのも、最初に作ったのも?」
「ん。どっちもテオドール」
ヴァレンティナにビリヤードの遊び方を説明していたシーラが頷く。
やや引き攣ったような笑みのエリオットがキューを構えて手玉を撞くと、ビリヤード玉のぶつかる音が遊戯室に響いた。
「これはなかなか……小気味が良い音と申しますか」
「そうね。良い音だわ。ん……撞いた時の手応えと、玉を落とした時の音も良いわね」
エリオットの言葉にヴァレンティナが頷く。
「ふむ。販売しておるという話であったか。シルヴァトリアにも欲しいところではあるな。病床が長くて身体が鈍っておるのだ。こういった手頃な遊びは、実に都合が良い」
と、そこにクレアやシリル達がかき氷や炭酸飲料を運んでくる。人化の術を使っている彼女達に、ジークムント老は目を丸くした。
「……いやはや。ある程度覚悟はしておったが……それでも驚かされるのう」
「恐れ入ります」
苦笑しているジークムント老に、クレア達は微笑んで会釈する。
「飲み物に氷菓子も珍しい物じゃな。まさかこれらも……?」
「ん」
シーラが頷くと、ジークムント老の口元が引き攣った。
「何がどうしてこうなっておるのやら。いや、お主が何を考え付いて何を作ろうが、その度に驚いていては身が持たぬのであろうが……アルケニーやケンタウロス、セイレーンやらの使用人というのは、珍しいで済ませられるものでもあるまい」
「その事情を説明すると長くなりますし、脱線してしまいそうなので、また日を改めてということでも良いでしょうか?」
視線を送るとクラウディアは苦笑していた。メルヴィン王を見ても同様の反応だ。
「うむ。ヴェルドガルとしては友好的な魔物を極力受け入れるという方針を掲げておるのだ。そこに至った経緯についてはテオドールの言う通り。今始めると取り留めもなくなってしまいそうな内容ではあるな」
対魔人で共同戦線を張る以上はエベルバート王達、特にジークムント老には情報開示しなければならない部分ではあるが……まあ、今日は帰還祝いの場でもあるので、仕事のほうに話が行ってしまうような内容の話題は避けておこうと思う。
「……ふむ。確かに。今日のところは突っ込んだ事情は聞かずに楽しませてもらおうかの」
ジークムント老はそう言って炭酸飲料を口に含み……一瞬目を見開いた後、飲み干してにやりと笑う。
「面白い。これは気に入ったぞい」
「これも魔道具で作れますし、販売していますよ」
「ええと。アル――フレッド君……だったわね。全部買うわ」
「私の分もよろしくお願いするわ」
ステファニア姫とアドリアーナ姫が随分と景気の良いことをアルフレッドに言う。
これでシルヴァトリアの顧客が増えるのなら歓迎すべき話ではあるな。搬入は転移魔法でも可能だろうが……。
「お買い上げありがとうございます」
アルフレッドはステファニア姫の言葉に苦笑しつつそんなふうに答えた。
「こちらが客室になります」
宴もたけなわ。ゲームをしている間に大分夜も更けてきたのでジークムント老とヴァレンティナはそのまま宿泊していくこととなった。
王族の面々はさすがに王城に戻るという話だが、客室は見てみたいという希望なので案内しているというわけだ。
「魔道具で部屋を冷やしたり暖めたりできると。至れり尽くせりよな」
「シルヴァトリアも魔法王国として見習わねばならんな」
「いやはや。全くです」
ジークムント老とエベルバート王は頷き合っている。
「上に登れるのね。面白い構造だわ」
「これは良いわね。上に寝具を置くこともできるのかしら」
そして予想はしていたが――ステファニア姫とアドリアーナ姫は随分とロフトが気に入ったらしい。満喫してくれているようで何よりである。




