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27 善後策

 アシュレイが落ち着くのを待ってから、皆でロゼッタの家に向かう事になった。

 ロゼッタが言うには善後策を練るためという事だ。まあ……彼女の危惧している事は解らなくもない。

 本当ならアシュレイは寮に戻るだけなのに彼女まで連れてきている辺り、俺と考えている事は同じなんだろう。


「――モーリスがアシュレイを敵と見做す可能性があるのよ」

「私を、ですか?」


 アシュレイは応接室の椅子に座ったままで、きょとんとした表情を浮かべている。


「つまり僕の母の事でアシュレイ様が反応したので、僕と繋がりがあると見るかも知れないと、そういうわけです。少々情報を集めれば僕が家を出た理由も、ある程度モーリスの耳に入ると思いますから」


 俺が実家と切れているうえにただの庶子で、一方アシュレイは領主という事を考えると――俺の背後にアシュレイがいると見る可能性もある。その辺はモーリスがアシュレイの怒った理由をどう受け取るかだが……そういう所でモーリスの解釈の仕方に良心的なものを期待すべきではない。

 あいつは自分の流儀を俺にも強要して押し通ろうとするような奴だし、多分一事が万事あんな感じだろう。


 具体的には――モーリスに近しい立場の者達からアシュレイに対して有形無形の嫌がらせや、もっと悪ければ直接的な実力行使に出る……かも知れないというわけだ。そうなる前に彼女の身の安全に気を配るというのは、当然の備えではあろう。


「一応あんなでも伯爵は伯爵だし。縦や横の繋がりがないわけじゃないのよね」

「今回の件で確執は深めるでしょうが。それでもモーリスの方に付くというのはカーディフ伯爵家そのものに恩義があるとか、もっと直接的に荒事向きな連中ですので」


 要するに古参と、モーリスに近い考えの者が周囲に残る。それだけに性質が悪いとも言えるだろう。


「アシュレイ様の身の安全を確保するためにどうするかという事ですか」

「まあ、そういう事ね」


 グレイスの言葉にロゼッタは頷く。

 この辺の事をアシュレイに伝えなければならないのは、不安にさせてしまうようではあるのだが必要な事だろう。

 守られる本人にその自覚がないと、守る側も動きが取れないという部分はある。

 そう聞かされても、アシュレイは取り乱すでもなく、真剣な表情で首を横に振った。


「私が勝手にした事でご迷惑をかけるのは……」


 アシュレイは自分の行動は自分で責任を取る、と言いたいのだろう。

 方法が無い、とは言わない。彼女は男爵家の当主だし、護衛を雇ったりシルン男爵家に近しい貴族に助力を願うという方法だって取れるだろうとは思うのだ。


「いえ、逆です」

「逆?」

「あの場でアシュレイ様がああ言ってくださっていなかったら、多分僕達の中の誰かが実力行使に出ていたでしょうから」

「……ですね」

「ほんとにね。私も修行が足りないわ」


 3人で顔を見合わせて、安堵とも憂鬱ともつかない溜息を漏らす。

 全くだ。……ああいった場面でも、もっと冷静に立ち回れるようにならないとな。


「というわけですので。僕達が今回の件でアシュレイ様に全面協力するのは当然なんです。寧ろ、そうさせてほしいぐらいですね」


 と、アシュレイの目を見て言うと、彼女は暫く俺の方を見つめ返してきたが、やがて頷いた。


「……ありがとう、ございます」

「差し当たって、どうするかという問題ですが――」


 まず最初に考えるべき事は、伯爵からの反撃やちょっかいが無いと確信できる状況になるまでのアシュレイの身の安全をどう確保するか、という事だ。

 アルバート王子の耳に入れば表から動くだろうとは思う。理由が義理か実利かは解らないが……それも伯爵側がこれ以上何かアクションを起こせばの話だ。

 伯爵が男爵家にも喧嘩を売ってしまった事実を重く見て、この件から距離を置いて大人しくしているなら王子だって動きようもないし。そもそもアルバート王子は基盤が盤石ではないので最初から頼りにして何も手を打たずにいるのもやや楽観的に過ぎる。


「とりあえず、多人数が出入り可能な寮には留まらない方が良いと思うのよ。どこか別の場所に生活の場を移した方がいいわね」

「それは例えば……シルンの領地に帰った方が良い、という事でしょうか?」


 それは1つの解決策ではあるだろうが……アシュレイの表情はあまり浮かないものだった。

 まあ、学費だって払っているし、アシュレイがここに来たのはケンネルとベリーネの思惑もあるが、俺の事以外にも理由があると思える。


「……あなたが乗り気でないのなら、私はそうならない方向で動いていきたいわね。そもそも今回は学舎側の対応の拙さで迷惑をかけてしまっているわけでしょう? 本来受けるはずの講義に関しては、私の方で最大限の便宜を図るわ」


 ……家庭教師みたいな形になるのだろうか。そういう信用の置ける人間の出入りはそのまま彼女の身の安全にも繋がってくる事柄だろうから講義の方はそれでいいとして。


 ベリーネがタームウィルズの留学を勧めた理由としては、アシュレイの人脈作りという部分もあるだろう。

 そしてそれは伯爵に対して敵対的な関係になったという、その情報だけでもアシュレイにとって周囲の状況に良くも悪くも作用していく。

 敵の敵は味方。逆もまた然りだ。伯爵に良い印象を持っていないものは味方寄りになり、そうでないものは敵側寄りになる。例えば俺やロゼッタ、アルバート王子だってそうだと言えるし。


 タルコットは――ロゼッタから詳しく話を聞いた限りではアルバート王子側に付くだろうけれど。

 話が纏まった以上は「余計な事」として当事者であるタルコットも、顛末を報告に来たロゼッタも俺の耳には入れたくなかったようだが……タルコットは勘当されるその直前にモーリスから制裁を受けたのだそうな。


 魔法で吹き飛ばされ、倒れ込んだところを執拗に蹴られるといった具合で、肋骨が何本か折れていたところをロゼッタが治療に当たったという話だ。

 それで今回の騒動もロゼッタの知るところになって、彼女が俺の所に報告に来た、という事なんだろうが。俺達が空き部屋で待機している間、あっちはあっちで随分混乱していたようである。


 アルバートもタルコットを確実に取り込みたいだろうから、モーリスがタルコットをどういう意図のもとに扱っていたかは話をするだろうし。

 タルコットがその話をどう思うかは解らないが、俺だったら長兄の美名を保つために汚れ仕事ばかりやらされるなんてのは腹が立つ。

 まあ、その辺はアルバートが色々考えて動いてくれるだろうが。


「では私は、どこかに家を借りるか宿を取るという方向で考えていけば」


 後はそこを守ればいい、と。そういう話になってくるわけだ。

 影水銀を身辺警護に当たらせる手もあるだろうし。


「ん。まあ……それでも良いんだけど。他の方法もあるのよね」


 ロゼッタはちらりと俺とグレイスを見やり、それからアシュレイに視線を戻す。


「アシュレイは……今回の事が片付いても、かなり身辺が騒がしくなると思うわよ? 先々の事も考えるなら、その辺の事を詰めて考えておいた方が良いんじゃないかと思うのだけれど」

「騒がしく? 何故ですか?」

「まず第一に。モーリスと敵対している者達から注目される事が挙げられるわね」


 んん……。モーリスの敵対者ならば、利害が一致する相手とは組んでおきたいとなるわけだ。

 人脈を作るというのは味方を作ると同時に否応無しに敵陣営も作ってしまうという意味でもあるからな。 


「シルン男爵家の当主で、治癒魔法の才能が顕著。それに加えて婚約者もいないとなれば、どうしてもね。治癒の魔術師は私みたいな歳になっても独り身なら求婚者が来るわけだけど……中には力尽くだとか権力で言う事を聞かせようとする馬鹿もいるわけよ。寮で暮らすのであれ、使用人を雇って借家で暮らすのであれ……その辺の問題と無関係ではいられないわ。これを解決するなら、誰かこれ(・・)と決めてしまう事なんだけれど。その辺、テオドール君は……いえ、3人は――になるのかしらね。どう考えているのかしら?」


 水を向けられて、考える。

 ……ロゼッタもその辺の事は考えるのか。しかも3人は、と来た。

 ベリーネにも割と最初からそう思われていたようだが……俺とグレイスのお互いへの態度って、他人から見てどうなんだろうか。


 いやまあ――確かに。俺やロゼッタの家に逗留してもらってアシュレイを守るという手はあるんだろう。俺としてはそれならロゼッタの家で、と思っていたのだけれど。

 平常時でないからとか一時的だからとか。あと子供同士だからという理由があるにしろ。俺の家にアシュレイに逗留してもらって身辺警護に当たるというのは――周囲には将来の事を視野に入れて懇意にしていると宣言するに等しい。


「いや……話が急過ぎはしませんか?」


 こういう話は状況が停滞を許さない事もあるとは解っているが。ロゼッタは首を傾げる。


「あら? アシュレイは男爵家の当主だし、あなたも注目を集めてきているしで、話が早いとか解らないとか、そういう風には全く思わないわよ? 私がじゃなくて、周りがまだ婚約者がいないのならと、現状を受け止めてどう動くかという事も含めての話だもの」

「それは……」


 ……というか、もう状況が動いているかも知れない。モーリス側の陣営だ。

 俺とアシュレイに繋がりがあると知っている以上は、関係をそう見る可能性もある。これでモーリスが人を使って実力行使してくると、実情がどうあれ周囲にそういう共通認識が出来上がってくるだろう。


「ヘンリーは……あなたの将来にグレイスの事を含めて考えていてくれていたかも知れないけど。あなたほどの魔法の腕を持つ男子となると、相手が1人じゃ済まないという事も解るでしょう?」


 あー……。

 ……ロゼッタはベリーネと違って利害を絡めてこないし割合実直だから、話を進めるならその場でケリを付けてしまえという方向で、結果として直球になるのか。


 父さんが俺とグレイスを将来どうするつもりだったかはともかくとして。

 ロゼッタはアシュレイと治癒魔法の講師として付き合っていくんだろうし、俺との共通の知り合いという事でアシュレイのこちらに来た経緯を知っているようだから……アシュレイがこちらに来た意味も解っているんだろうし。

 あまり先送りしていられる話でもない事は分かるが。カーディフ伯爵家の一件で俺やアシュレイに周りが注目する、か。まあ、確かに、な。


 アシュレイは少し頬を赤くし、グレイスは……割合いつも通りの静かな表情だった。


「ま、大事なことは当人同士の気持ちよね。今日は私の家に3人とも泊まって、ゆっくり話し合ってみたらどうかしら。私としてはアシュレイに治癒魔法を教える時間が増えるから、私の家に逗留でもいいのよ。ただね――」


 ロゼッタはどこか遠い所を見る目をして言う。


「私は、想いがあるのなら残さないようにした方が良いと思うの。気持ちを伝えても伝えなくても、通じ合ってもいなくても。それとは関わりなく別れはある。でもだからこそ、かしらね」

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― 新着の感想 ―
[一言] その辺、テオドール君は……いえ、3人は――になるのかしらね。どう考えているのかしら?」  水を向けられて、考える。  ……ロゼッタもその辺の事は考えるのか。しかも二人は、と来た。 誤字…
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