277 帰宅
「ただいま」
「お帰りなさいませ、旦那様」
家に到着するとセシリアとミハエラは俺達が帰ってくるのを待っていたらしい。玄関口まで出迎えに来てくれた。
アルケニーのクレアやケンタウロスのシリル、イルムヒルトの両親にフォルトックもいる。飛行船で帰ることは連絡してあったからな。城への到着を見て準備していてくれていたのだろう。
予想外の面々の出迎えに、エリオットは目を丸くしている。確かに、迷宮村の住人はインパクトが大きいかも知れない。フォルトックなどはカーバンクルだしな。
「ただいま、お父さん、お母さん」
「ああ。おかえり」
「お帰りなさい、イルム。怪我しなかった?」
「うん。大丈夫よ」
イルムヒルトと両親は肩を抱いて再会を喜び合う。
「皆さま、お怪我が無いようで何よりです」
と、セシリア。
「何か変わったことは?」
「至って平穏でした。子供達も町中より中庭や遊戯室で過ごすほうが楽しいようでしたから」
迷宮村の子供達は静かに暮らすことに慣れている部分があるからな。
町中に出かけるのはどちらかというと躊躇いが勝るだろうし、娯楽が少なかったから中庭や遊戯室が安全且つ楽しいというところかも知れない。
「留守を守ってくれてありがとう」
「いえ。勿体ないお言葉です」
「無事に務めを果たせて安心しました」
セシリアとミハエラは穏やかに笑みを浮かべる。
「みんなに紹介するよ。こちら、アシュレイのお兄さんの、エリオット=ロディアス=シルン卿」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
エリオットと家のみんなが挨拶をかわす。さすがに人数が多いから、それぞれの自己紹介はそれぞれでしてもらうとして。
「お食事は用意してあります」
うん。それじゃあまずは夕食といこう。
「珍しい食材が多いですね」
並べられた料理を食べながらエリオットが言う。
「そうですね。タームウィルズならではかなと思います」
ウィスパーマッシュやらオークやらと……魔物の食材が多くなるのは迷宮都市故だと思う。今日の夜帰ることを伝えてあったということもあり、かなり豪勢で手の込んだ料理が食卓に並ぶ。
みんなで夕食をとり、お茶が出てきて落ち着いてきた頃合いを見計らってこれからのことを話しておく。
「エリオットさん。明日以降の話をしておきたいのですが、構いませんか?」
「はい」
「シルン男爵領に連絡を取ってあります。明日か明後日には竜籠でケンネルさんがいらっしゃるそうですので……帰郷するにしてもタームウィルズで合流してからのほうが良いかも知れませんね」
「ケンネルが……。それは楽しみです」
エリオットは懐かしむように目を細める。
まあ、タームウィルズに来るのはケンネルだけではないのだが……。ケンネルは父さんの竜籠に同乗してくるのである。
ジークムント老がタームウィルズに滞在するということもあって、そのことを連絡したところ、父さんはどうしてもジークムント老と話をしたいとのことで、タームウィルズに来る予定になっている。
……父さんは大変だと思うが……上手く橋渡しができるようにしたいところだな。
「それにしても、飛行船の着陸時の灯りと言い……ヴェルドガルは随分と手回しが良いというか、伝令が早いのですね。何か――遠方と連絡ができる魔法のような物がおありなのでしょうか?」
「ええ。そういう魔道具があるのです」
うん。さすがに気付くようだ。エリオットにも通信機を渡せるだろうと思っているので、ケンネルに連絡したという話をした部分もある。
「旦那様。アルフレッド様達がお見えです」
「ああ。顔を見せに来てくれたのかな?」
まずは食堂に通してもらうことにしよう。
アルフレッドは鍛冶師のビオラや、商会のミリアムと一緒にやってきたようだ。
「こんばんは」
「こんばんは、みんな」
と、アルフレッド達に挨拶をする。
「おかえり、マルレーン」
マルレーンが笑みを浮かべて、アルフレッドにこくんと頷く。
まず、アルフレッド達とエリオットを紹介しておこう。
「こちらはブライトウェルト工房の魔法技師アルフレッドと、鍛冶師のビオラ。それからブライトウェルト迷宮商会の店主ミリアムさん。こちらはエリオット卿。アシュレイのお兄さん」
ビオラとミリアムは紹介する前に少し驚いていた。エリオットの容姿はアシュレイと似通った面影があるからな。アルフレッドだけは事前に通信機で事情を知っていたのでそこまで驚きはしなかったが。
「初めまして」
「よろしくお願いします」
と、握手を交わす。互いの紹介が終わったところで席に着いてもらい、焼き菓子を摘まみ、茶を飲みながら話をする。
「いや、元気そうで安心したよ。戻ってきたようだから挨拶に来たんだ」
「こっちこそ。留守の間、大きな問題が起こってないようで安心した」
「そうだね。でもまあ、魔人は封印解放に合わせてくる様子だし」
「それは確かに」
結界を越える方法が連中にとって貴重ということなのかも知れない。
「でも、どうなんだろうな。最近だと宝珠を奪いに来るというより、瘴珠をこっちに送り込むほうを主目的にしているようにも思える」
何となくではあるが……宝珠を奪うのは魔人の作戦にとって必要不可欠なことではないように思えるのだ。アルヴェリンデに至ってはヴェルドガルに対する破壊工作やジルボルト侯爵の監視のついでに、魔人側の仕事として瘴珠を持ち込んだように思えるし……奴は俺との交戦を避けるようにと言われただとか仄めかしていた。
次に魔人が行動を起こすなら……やはり炎熱城砦の封印解放の時期になるだろうか。或いは……宝珠が一時的に力を弱め、月光神殿に通じる扉の封印が解ける時かも知れない。
「襲撃してくる時期に合わせて瘴珠をタームウィルズから持ち出してしまうというのはどうかしらね? 転移魔法を使えば、相手の想定外の動きができるのではないかしら」
ローズマリーは口元に手をやって首を傾げる。
ふむ。ローズマリーの作戦は、相手が瘴珠を使おうとするタイミングに合わせて、転移魔法で別のどこかに瘴珠を持ち出してしまおうというものだろう。
これならばタームウィルズに瘴珠を持ち込むことが作戦遂行に必要だった場合、その考えを挫くことができるというわけだ。
宝珠、瘴珠共にその在り処を探知できる手段は存在しているようだが、例えば必要なタイミングでいきなりヴィネスドーラなどに転移で持ち出されたとなれば、魔人側としても探知できたとしても対処しようがあるまい。
「……ごめんなさい。それは無理だわ」
クラウディアが申し訳なさそうに首を横に振る。
「ん? 問題があるのかな?」
「ええ。半魔人達程度なら問題なく力でねじ伏せて転移に巻き込むことはできる。アルヴェリンデも、どうにかなったわ。でも、瘴珠のあれは――ダメだわ。あれの放っている瘴気と私の力では食い合ってしまって……転移魔法で遠距離となると、運ぶのは無理そうなの」
なるほど……。放っている瘴気の質が半魔人とは比べ物にならないというところだろうか。アルヴェリンデと比べてもとなると……相性的な問題があるのかも知れない。月女神の祝福で瘴気を防げるわけだから……瘴気もまた、質によってはクラウディアの力に干渉してしまうのだろう。
かと言って普通の方法で持ち出すと、瘴珠の所在を突き止めて、もう一度タームウィルズに戻すために魔人が襲撃してくる可能性が高いからな。
迎撃するにしても戦力を分散させてしまうのはあまり良くない。以前ローズマリーが言っていたように、タームウィルズで個別撃破が最適ではあるのだが。
「まあ……。何だか魔人に関する話になったけれど、数日はゆっくりできる時間もあると思うし、今日のところは話題を変えておこうか」
メルヴィン王、エベルバート王、ジークムント老を交えて、宝珠や瘴珠についての話もすることになるだろうけれど。そのへんの話は後で王城で相談することになるだろう。
「それでしたら、遊戯室をエリオット兄様に案内するというのはどうでしょう?」
「客室も素晴らしいですよ。この家は先鋭的ですから」
笑みを浮かべるアシュレイに、ミリアムが答える。
そうだな。食後の腹ごなしということで、みんなで遊戯室に行ってエリオットやテフラと親睦を深めるというのも悪くないかも知れない。
そんなことを考えていると、通信機に連絡が入った。メルセディアからだ。
『お休みのところ、申し訳ありません。テオドール様のお屋敷が魔法建築で建てられているという話題が出たようでして。アドリアーナ殿下が一度見てみたいと。都合の良い日はあるでしょうか?』
ふむ……。どうやら王城のほうも一先ず状況が落ち着いたようだな。
どうせだし、ジークムント老とヴァレンティナ、ステファニア姫やアドリアーナ姫も招待してしまうというのも悪くないかも知れない。
ということで……今晩は大丈夫。明日明後日は予定が入るかも知れないので不透明、と返しておく。すると少しの間があって、今から行きたいとみんなが言っているとの返事があった。
うん。まあ、みんなで遊ぶのも悪くないだろう。
 




