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275 海沿いの帰路

2月9日5:10頃、前話274の加筆修正を行っております。

修正部分は前話の後書き、活動報告などにて。

話の流れそのものには変化はありません。

 昼食は昨晩とは違って魚料理がメインディッシュであった。

 白身の煮魚にとろみのあるソースがかかっていて、甘酢のあんかけを連想させる料理だ。なかなか上品な味わいである。


「ここの料理は美味しいですね」


 グレイスが料理をひとしきり吟味した後で笑みを浮かべて言う。これはあれだな。家で出てくる料理のレパートリーが増えるだろう。


「料理長は昔、タームウィルズの王城にいたのよ」


 ステファニア姫は嬉しそうに目を細める。


「なるほど、道理で」


 猪料理もかなり上品な味だったしな。王城勤めの料理人が、こっちで料理長をするようになったというところだろうか。


「普段はもっと野性味のある料理だったりするのよ。騎士団には塩気の濃い料理が好まれるし。だからゲオルグも一緒に包丁を握ったりするわ」

「ほう。ゲオルグ卿がですか」

「いやいや。私など料理長とは比ぶべくもありませんな」


 エベルバート王の言葉に、そんなふうにゲオルグは謙遜するが……料理長と作業を分担できるだけの腕は持っているということで。文武両道というか、なかなかの万能選手ぶりである。




「ではステファニア殿下。くれぐれもお気をつけて」

「ええ。私が留守の間はいつも通りに」

「お任せを」


 ステファニア姫は見送りに来たゲオルグ以下、家臣達と言葉を交わして飛行船に乗り込む。

 食後は飴細工とお茶で一息ついて、少しのんびりした後でステファニア姫の領地を発つことになった。高所にある城からは海原と街が一望できたりと、なかなか風光明媚で良い場所だったな。


 さて。フォブレスター侯爵の領地は、ここからだとそこまで遠くはない。避難部屋や月神殿への用事を済ませてしまえばそのまま出発して、夜までにはタームウィルズに到着することができそうだ。

 船員達が帆を張るために慌ただしく走り回る。


「では、出発するぞい」


 ジークムント老が舵輪を握り水晶球に手を翳すと、船体が上昇を始めた。

 舵輪を回し、魔道具を起動させて帆に風を受ける。向きを変えて船が進み出す。


 街の上空を進めば、大通りを子供達が走って追いかけてくるのが見えた。ステファニア姫が甲板から顔を覗かせ、領地の子供達に向けて手を振ると、向こうも大喜びで手を振り返してくる。

 段々と小さくなっていく領地の子供達は見えなくなるまで飛行船に手を振っていたようであった。




「これは……ステファニア殿下、テオドール殿。ヴェルドガルへお戻りになられておりましたか」


 フォブレスター侯爵は飛竜の背中から俺達が顔を覗かせると、安堵したような表情を浮かべた。

 侯爵の領地でも俺とステファニア姫で、飛竜で先行して、侯爵の居城に話を通しに向かった。とにかく飛行船の与えるインパクトが大きくて、ただ姿を見せるだけで騎士団や兵士を無駄に緊張させてしまうからな。


「はい。エベルバート陛下の協力を得られることになりました。あの船にお乗りになっておいでです」

「なんと」


 フォブレスター侯爵は目を丸くする。

 補給ということで停泊し、先を急ぐ旨を伝える。用事が済んだらすぐに発つわけだから歓待とまではいかずとも、侯爵としては挨拶をしないというわけにもいかないだろうし。


「それで、少しお時間がなくて、慌ただしくなってしまって恐縮なのですが――」


 と、フォブレスター侯爵にも隠し部屋を作る話を切り出してみる。


「私も作ってもらったわ。まあ、身を隠せる場所があるといざという時に便利かも知れないわね」

「ほう」


 侯爵は僅かに戸惑った様子で目を瞬かせていたが、ステファニア姫の言葉に興味深そうに頷く。


「ふむ……。ではお願いできますかな」

「はい」




 フォブレスター侯爵は普段から領地にいて、あまり領地の外には出ない。

 執務室で仕事をしていることが多いということらしい。なので侯爵の居城の隠し部屋は1階にある執務室から作らせてもらった。机の下の床がスライドして、そこから避難部屋に逃げ込めるという寸法だ。1階から作るということでステファニア姫の居城のような苦労する点もなく、あっさりと隠し部屋が完成する。今度は下に降りる階段が途中で開くようになっていて、ここに本物の部屋を作る。通路を進んだ先の部屋は偽物、という寸法だ。


「手際が良いと申しますか……作り慣れている感じがしますな」


 挨拶を終えてフォブレスター侯爵は出来上がった隠し部屋の中を見回しながら呟く。


「ええ。何度か作っています」

「なるほど」


 と、フォブレスター侯爵が苦笑する。


「面白いものですな。普段は武器や保存食を置いておくというのが良さそうです」

「平時はそうやって使うのが良いかも知れませんね。ああ、少々話は変わりますが……領地にいる神殿の巫女達に、伝言をお願いしたいのですが」

「何でしょうか?」


 俺が隠し部屋を作っている間に神殿への仕込みを済ませてしまおうと、クラウディア達は馬車で町に向かった。カドケウスで向こうの様子を見てみると、もう戻ってくるところのようだが。


「実は神殿の新しい術式で、タームウィルズ側にいても巫女達の祈りの内容を聞き分けることができるようになりました」

「ほう……」

「魔人の襲撃など、喫緊の事態に巫女から女神シュアスへの祈りを捧げると、タームウィルズ側にいち早く事態を知らせることができるというわけです」

「それは……素晴らしい。援軍に他の町の備えにと……被害を小さく留めることができますな。巫女達には間違いなく通達を出しておきましょう」

「そうですね。何かが起こったら伝令が行くよう体制作りをしておくのが良いのかなと」


 まあ、実際はタームウィルズ側ではなく、クラウディアのところに祈りが届くのだが。

 そんな話をしながら城の中庭に戻ると、当の本人であるクラウディア達も月神殿から戻っていた。フォブレスター侯爵が姿を見せると、マルレーンがスカートの裾を摘まんで挨拶をする。侯爵は微笑んで頷いた。


 マルレーンは現在、降嫁ということでフォブレスター侯爵家の養女扱いではあるのだが、元々アルバートとの繋がりでオフィーリアとも仲が良く、侯爵とも面識があるのだ。


「マルレーン様、お元気そうで何よりです」


 マルレーンはこくんと頷く。


「神殿のほうは大丈夫よ」

「うん。今その話を説明していたところ」

「物資の積み込みも終わった」


 と、シーラが言う。

 補給に関しては飲み水を積んだりする程度だ。後はタームウィルズに向かうだけなので食料は十分に足りている。


「フォブレスター侯。慌ただしくて済まぬな。このような物で乗り付け、すぐに出ていくのでは引っ掻き回しにきたようなものであるが……」

「いいえ、エベルバート陛下。陛下をお迎えできたこと、光栄に存じます。魔法王国と名高きシルヴァトリアの技術の精髄を拝見できたのは眼福でありますな。領内の者達にも良い刺激になるものかと」


 全員が揃っているか確認作業を進めていると、エベルバート王とフォブレスター侯爵が言葉を交わしているのが聞こえた。




 フォブレスター侯爵領からの操船は俺に交代である。

 快調な速度で船は進んでいる。海沿いを飛んでいるので風景が綺麗だ。みんなも甲板に出てきて風景を楽しんでいるらしい。


「迷宮都市か。楽しみですね、ジークムント様」

「ふむ。確かにの。儂らはあまり外には出んからな。ずっと閉じ篭っておったし、尚更じゃ。此度の旅は新鮮よな」


 ヴァレンティナの言葉に、ジークムント老が頷く。

 ベリオンドーラの賢者達は……結界魔法をもたらした魔術師と関連性がありそうだしな。タームウィルズに到着したらそのあたりのことも資料を見ながら尋ねてみたいものだ。何か新しいことが分かるかも知れないし。


「一度迷宮に降りてみたくはあるわね」


 という言葉はアドリアーナ姫のものである。隣でステファニア姫がしみじみと頷いているのが何とも言えないというか……。


「エリオット卿は迷宮に潜ったことは?」

「ありません。タームウィルズには船で留学先に向かう時に一度足を運んだきりなので、ほとんど何も知らないに等しいのです。ですが確かに、一度ぐらいは迷宮内部を見てみたいものですね」


 エリオットが笑みを浮かべる。


「王城セオレムもすごい建造物だけど……最近は新しい名所ができているという噂を耳にしているわ。劇場ができたとか?」

「ええ。温泉も湧いたのよ」

「温泉! それは素敵ね!」


 そんな会話を耳にしたローズマリーが羽扇で口元を隠して、一瞬こちらに視線を送ったのが分かった。楽しそうで何よりだ。

 迷宮はともかくとして、劇場と温泉街の建造に関わった当人としては案内することになるんだろうなという気はするが。

 さて……。いよいよタームウィルズに帰還か。

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