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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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273 姫と老将の歓待

 ステファニア姫の領地は北方ではかなり大きな拠点だ。フォブレスター侯爵領とここが北方の中心的役割を担っているところがある。シルヴァトリアとの交流は主にその2つの港町で行われる。

 ただ、近隣に魔物が多く生息する森があるということで、海に比重を置いているフォブレスター侯爵領とはやや事情が違う。
 ステファニア姫の領地は海だけでなく陸の兵も精強だという話だ。そんなわけでステファニア姫が治め、猛将として知られるゲオルグが補佐として付いているということらしい。

 少しして、鎧から着換えたゲオルグが部下への指示を終えたらしく戻って来た。手が空いたのでもう少し詳しく事情を聞かせて欲しいそうだ。

 ゲオルグは正装をしていたが、かなり筋肉質の巨躯である。豪快な性格をしていそうだが、それでいて立ち居振る舞いは洗練された貴族の雰囲気もありと王族との付き合いの長さを感じさせる人物であった。
 ステファニア姫とゲオルグの2人がいるとなれば、兵士達の士気も高いだろうなという気はする。

 ゲオルグは剛剣の異名を持つヴェルドガルの武官だ。BFOでも名前だけは聞いたことがある。若い頃、開拓村に押し掛けてきたオークの一団を相手に、橋に立ち塞がって単身で渡り合って撃退した、という逸話のある人物である。

「あの船がシルヴァトリアの物だということは分かりましたが……どういった経緯でそうなったのです? 連絡もなくエベルバート陛下が訪問してくるとは余程の事態なのでは?」
「火急というわけではないけれど、訪問を知らせるやり取りをする時間も惜しい……というところかしら。エベルバート陛下は、旅の途中だし急な訪問だから無理をすることはないと仰って下さったわ」

 ステファニア姫はそんなふうに伝える。反応も見て満足したし、準備が必ずしも万全でなくとも下の者に責任が問われないよう、フォローはしておくといったところか。

「承知しました。しかし丁度良かったとも言えますな。大きな猪の魔物を狩りで仕留めたところで、料理人が腕によりをかけて下拵えしていたところなのです」
「それは……あなた達が食べる分だったのではなくて?」
「いやいや、十分な量がありますからな」

 ゲオルグはそう言ってにかっと笑みを浮かべた後、俺に目を向ける。

「こちらの方は?」
「自己紹介が遅れました。テオドール=ガートナーと申します。飛行船からここまで、護衛役ということで同行させていただきました」
「おお、テオドール殿ですか! 賊からステファニア殿下のお命を救って頂いたそうですな! よろしくお願いしますぞ、大使殿」
「こちらこそよろしくお願いします」

 ゲオルグが表情を明るくして握手を求めてきたので応じる。
 賊というのは……ロイの時の話かな。あの事件の内情がどこまで明かされているかは分からないが、俺に関する話はある程度伝わっているようだ。

「しかし、エベルバート陛下とアドリアーナ殿下だけでなく、テオドール殿もいらっしゃるとは。ひょっとすると、婚約者の方々もおいででしょうか?」
「ええ、そうです」
「ふむ。これは盛大に歓待しなければなりますまいな」

 と、ゲオルグは笑う。さっきはステファニア姫に驚かされたが、もうしっかり対応しているあたり武人らしいというか。把握してしまえば後は臨機応変と言ったところか。
 やがて飛行船が近付いてくる。城砦の門手前に停泊し、そこからグレイス達やエベルバート王達が降りてきた。
 王家に、ジルボルト侯爵家、賢者の学連の長老、高位精霊と……改めて面子を見るとシルヴァトリア側だけでもそうそうたる顔触れである。

「ゲオルグ卿。久しぶりね」
「これはローズマリー様。お変わりなく。マルレーン様、ご機嫌麗しゅう」

 ゲオルグは2人とも挨拶をかわす。ローズマリーだけでなく、マルレーンもゲオルグと面識があるらしく、微笑んで頷く。
 反応を見るにゲオルグはマルレーンからも割合信用されているようだ。まあ、逸話から考えてもと言うところか。本人は何というか、豪快ながらも紳士的という中々面白い人物であるように見える。

「いやはや、この面々。大変なことですな。ここまでの方々が一堂に会したというのはこの城では少し記憶にありませんぞ」
「ま、わたくしは、今では降嫁した立場だけれど」

 ローズマリーは羽扇で口元を覆い、どこ吹く風といった調子だ。マルレーンも何時も通り。にこにこと笑っている。

「ゲオルグ卿か……。確かに、素の姉上を見ていると良い組み合わせかも知れないわね」

 などとローズマリーは冷静に分析している。

「まずは貴賓室に案内いたします」

 飛行船が城に着いてみんなが降りてきたところでステファニア姫自らがエベルバート王ら、シルヴァトリアの賓客達を案内する。
 石造りの廊下を通り、貴賓室に通されたところでみんなで一息ついた。

「夕食まではもうしばらくお待ちを。何かありましたら、遠慮なく使用人達に申し付けて下さい」

 そう言って、ステファニア姫が一礼する。

「夕食までに約束を済ませてしまいましょうか?」

 必要事項を伝えて手が空いたようなので隠し部屋の話をすると、ステファニア姫は苦笑した。

「それは楽しみだし嬉しいけれど、明日はゆっくり発つ予定と仰っていたから、今日のところは旅の疲れを癒して欲しいわ。あなたも私が歓待するお客様の1人だもの」

 ふむ。そう言うことならお言葉に甘えさせてもらおう。時間までお茶でも飲みながら待つことにした。

「ヴェルドガルに帰って来ましたね」
「ん。そうだなぁ」

 グレイスの言葉に、お茶を飲みながらしみじみとした気分で一息つく。期間にして見ると大したこともないのだが、内容が色々と濃かったせいか割と長く離れていた気がしてしまう。

「私などは感慨深いものがありますね」

 エリオットがそう言って目を細める。エリオットは6年越しの帰国ということになるか。穏やかに笑っているが、内心では色々な感情があるだろう。アシュレイはエリオットの言葉に静かに頷いていた。

「……思えば、私はジルボルト侯爵とエリオット卿を疑っていたわ。ステフへの密書にもそう書いてしまったし……そのあたりの詰めの甘さはきちんと謝らなければいけないわね」

 それを見たアドリアーナ姫が申し訳なさそうに言う。
 まあ……あの時点でのアドリアーナ姫が誤解をするのもやむを得ないが、前後関係を知ってみれば逆にステファニアのジルボルト侯爵やエリオットへの不審を煽りかねなかったと、アドリアーナ姫としては思ってしまう部分もあるのかも知れない。

「勿体ないお言葉です」
「お気遣いをありがとうございます」

 ジルボルト侯爵とエリオットは、畏まった様子でアドリアーナ姫に応じるのであった。



 歓待の準備は万全ではなかったのだろうが、それでも出された料理は立派なものだった。メインとして出された猪料理は崩れるぐらいによく煮込まれていた。猪のものという字面から受ける印象より上品な味わいで、かなり美味だ。

「突然の訪問だというのに、これだけのものを用意するのは大変だったのではないかな」

 エベルバート王もその対応を手放しに称賛する。エベルバート王自らが口にすることで城の者達も己の仕事を全うできたと胸を撫で下ろすことができるというわけだ。

「たまたま上等な獲物が狩りで獲れておりました。私としても、陛下からお言葉をいただけて安堵しております」
「ほう。ではこの猪肉はゲオルグ殿が?」
「はっ。恐縮ではありますが」
「流石はヴェルドガルの剛剣殿」

 ゲオルグが答えるとエベルバート王は満足げに頷いた。エベルバート王とゲオルグにもどうやら面識があるようだ。
 年代としてはメルヴィン王の代からか、或いは先代からの忠臣だろうからな。エベルバート王との面識があっても不思議はない。

「ありがとう。ゲオルグ。急な話だったのに」
「何の。流石に驚きましたが何時何があっても良いようにと備えておくのが信条ですからな。楽士が不在だったのは少々残念ですが」

 俺としては料理には満足したのだが、ゲオルグはまだ不満だったようで。
 イルムヒルトと視線が合ったので、頷く。

「許可がいただけるなら食後に何か弾きますが」

 イルムヒルトがステファニア姫に言う。イルムヒルトも割合サービス精神旺盛である。
 まあ、演奏は彼女にとっても誇れることなのだろう。迷宮村を出る時にクラウディアがくれた餞別でもあるのだし。
 芸は身を助けるという言葉もあるが、シーラと仲良くなった切っ掛けも演奏だ。劇場での経験も自信になっているだろうし。
 ステファニア姫も一度劇場に見に来ているのでイルムヒルトの腕前は知っている。そのこともあってか嬉しそうに頷く。

「それでは――」

 と、イルムヒルトのリュートから旋律が紡ぎ出された。歓待の席ということで陽気な曲調が多い。レパートリーも順調に増えているようで、華やかな曲調、軽やかで弾むような曲と、リュート1本で色々と弾き分けてくれる。

「ふむ。これは良いな」

 テフラは目を閉じてイルムヒルトの奏でる音楽に耳を傾けている。

「見事なものじゃな」
「こういうのは本当に久しぶりですね」

 ジークムント老とヴァレンティナも上機嫌な様子だ。賢者の学連に囚われていたわけだし、娯楽は無かっただろうからな。エベルバート王達も静かに音楽を楽しんでいるようだ。
 ……準備期間は無かったが、ゲオルグ達の尽力にイルムヒルトの協力と……歓待としては成功かなと思う。イルムヒルトはステファニア姫の領地の人間ではないが、ヴェルドガル側としての歓迎ということで。
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