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271 青い海の上で

 舵輪を握り、羅針盤を確認する。船首の向きと針の向きを確かめ青い洋上の先を見つめた。

 陽の光に透ける碧と、海面で反射する光。……空から見える海の青さが綺麗だ。


「どうかな。操船の感想は?」


 と、甲板に上がってきたエベルバート王が尋ねてくる。ジークムント老も一緒だ。


「大分慣れてきました」


 飛行船の操船は確かに簡単だった。帆船でありながら横帆に安定した追い風を受けることができるのだから手がかからない。船員の負担が少ないのだ。


 本来の風は南風。目的地であるヴェルドガルも南。向かい風である。これが普通の船であるなら、風に対して逆走するには縦帆を用いて進むことになる。

 縦帆は風に対して真っ直ぐ進めるわけではないので、向かう方角をしっかりと確認しながらジグザグに進んでいくという作業が必要になるのだが……船首に取り付けられた魔道具が向かい風を和らげ、船尾の魔道具が後ろから前に風を送っているので、その作業が必要ない。なので操船も簡単だし、船員の負担も少ない――となるわけである。


 一方で飛行船ならではの問題もあるだろう。まず運用に際してネックになるのが船の動力をどう確保するかだ。

 燃料となるのはやはり魔力である。魔術師が飛行船の心臓部や魔道具に魔力を補充してやる必要がある。


 風を操作する魔道具を使わないことで省エネ航行も可能だろう。その場合は通常の帆船の航行技術が必要になってくるが。


 今回の場合は魔術師が複数飛行船に乗り込んでいることからそのあたりの心配はいらないが、飛行船を動かすには……交代要員なども考えて複数の魔術師が乗り込む必要があるということだ。


「しかし、こうして形になった飛行船を操っていて思うのじゃが……死角が多いのう」

「そうですね。地上側も警戒しなければなりませんが……今のままでは見えない部分が多過ぎますね」


 形状が船であるが故に死角が多い。船体の下は船員からまるで見えない。使い魔を活用するだとか、光魔法を用いるだとか、方法がないわけではないのだけれど。

 今はリンドブルムに随伴して飛行してもらうことで死角の警備をしてもらっているけれど。ヒポグリフのサフィールはエリオットと一緒に飛行船の周りを飛んでいる。どうもサフィールを構ってやらないとすねるらしい。


「ザディアスはこれを戦闘に用いるつもりであったようだがな。輸送能力以外は一考の余地があるというところか」


 エベルバート王が言う。

 確かに。今回の旅で分かったことを改善点として纏めておこう。まあ、それはそれとして。


「話は少し変わりますが、ザディアスやヴォルハイムの現状や今後の処遇について、詳しいことをお聞きしても良いでしょうか?」


 丁度ザディアスの話題だし、今のことやこれからのことを確認しておきたい。

 

「あの2人ならば、隷属魔法をかけられて魔法を禁じられ、牢に入れられておる。情報は随時聞き出していく予定ではあるが、逃走の心配はまず無いと見ておるよ」

「……と仰いますと?」

「例の赤い結晶で瘴気を弄んだ、高い代償を支払っておるということだ」


 エベルバート王によると……どうも瘴気が抜け切らず、もう制御もできなくなったので手足などが侵食されてしまったらしい。瘴気侵食のせいで肉体に作用するはずの治癒魔法はほとんど通らなくなり、骨折の回復もできずに侵食と骨折による二重の激痛で悶絶しているそうだ。


 ザディアスだけでなく、ヴォルハイムも同様だ。あいつは早々に気絶したが、ソリッドハンマーであちこちの骨にひびが入っていて、瘴気侵食が痛みを倍化させているとのこと。2人とも逃走はまず無理だろうとのことで。


「瘴気侵食を受けた経験から言わせてもらうとな……あれは怪我の自然治癒でさえも遅くなる。相当な期間を激痛で苦しむことになるであろうよ」

「それはまた……壮絶と言いますか」

「瘴気を弄んだ報いよな。そなたが気に病む必要はない。問題視するならばそなたに話を通しておるだろうが、その必要もない」


 ……確かに。循環錬気でなら瘴気を抜くことはできただろうが……エベルバート王はそれを俺には持ちかけてこなかった。


「後は外部からの手引きが問題でしょうかの」

「それができぬよう、牢番や警備の人選と態勢にはかなり気を使った」


 ジークムント老の言葉に、エベルバート王は苦笑する。


「そういうことなら……後は情報を引き出すだけでしょうか」

「うむ。連中が何をしていたかについては別の方法でも調べを進めておる。先日の褒美として宝物庫を開いたついでということで、宝物庫の目録と物品を照合させておるところだ。何か持ち出しているやも知れんし、そこから目的が見えることもあるやも知れぬからな」


 なるほど。いずれ色々な情報が出てくるだろう。続報については定期的にヴィネスドーラに飛んで尋ねれば良い。


「そろそろ交代しよう。お主も船室でゆっくりすると良い。次の交代までにはステファニア姫の領地に着くじゃろうて」

「ありがとうございます」


 ジークムント老に操舵を代わってもらうと、エリオットとサフィールが甲板に降りてきた。


「交代ですか?」

「はい。エリオットさんも割と長時間警備をしていて疲れたのでは? 船室に行って、お茶でもどうでしょう?」

「いいですね。ですが、少々話をしたいことがあるのです」


 なんだろうか。船室に行って茶を飲みながらという雰囲気でもないようだが。


「構いませんよ。船室でないほうがいいなら、甲板のあのへんでではどうでしょうか?」


 と、甲板の端を指すとエリオットが頷く。2人で移動して、海を眺めながらの話となった。


「やはり、お話というのはアシュレイのことでしょうか?」

「そうです」


 と、エリオットが苦笑したが、真剣な面持ちになって尋ねてきた。


「あの子は、立派な領主になろうと、随分頑張っていたのでは? 話していて、そう感じました」

「……そうですね。魔法の勉強や訓練だけでなく、領主としての勉強、男爵領への指示など、色々頑張っています」

「そうですか」


 そう言って、エリオットは目を閉じる。


「何かあるのですか?」


 尋ねると、エリオットは何を言うべきか少し迷ったようだったが、やがて口を開く。


「実は私がシルン男爵領に帰ることで、騒動が起きはしないかと心配しているのです。シルン男爵家当主をアシュレイが継いだ以上は、領主は今後も彼女がするべきだ。私が今になって戻ってきたからと、家督は譲られたりしていいものではありませんからね」


 ……それは確かに。

 例えば一時の健康問題を理由に次男が家督を継いだとして、後になってから長男が復調したからと継承された家督が兄に戻る、などというのは余程の事情が無ければ普通は通らない話だろう。

 一時シルン男爵領の家臣が問題行動を起こしはしたが……現在は安定しているし、あれだって大きな問題にはならなかった。アシュレイは領主として何ら落ち度がないのだ。


 だから、エリオットが心配しているのは周囲の人間がエリオットを担ぎ出さないかということだろうな。アシュレイ自身が、年齢が若すぎることを理由に家督を譲ると言えば……それはそれで通ってしまうだろう話ではあるのだから。

 要するにエリオットが領主になることを望む家臣が多ければ、アシュレイに家督を譲るよう迫る可能性もある、ということだ。

 アシュレイの話ではあるが、これはエリオット自身の身の置き方の話でもある。


「つまり、エリオットさんは領主としてのアシュレイを応援したいと」

「はい。父母が亡くなり……私が戻らない間、頑張っていたアシュレイの努力を無駄にしたくはありません。私が戻ったからと家督が私のところに来たのでは、アシュレイが不憫ではありませんか。しかし……領主であることがアシュレイにとっての重みであるのなら……それは本来私が負う責務であったはず。そうであったとして、それを口にするのは憚られますが。侮辱的ですから」


 ……うん。そうだな。アシュレイが領主になりたくない場合は自分がやるから降りていいだなんて。それはアシュレイの覚悟への侮辱ともなりかねない。


「その話をアシュレイにはしましたか?」

「……いえ、まだです」


 確かにエリオットとしては言いにくいことだろう。俺に話を切り出したのも、アシュレイの様子を知りたかったからというのが最初にあったからだろう。相談するべきかどうか迷っていたようでもある。

 ただ……エリオットがアシュレイを応援したい気持ちというのは、嘘ではないに違いない。自身が領主を望むのなら、俺には話などせずにアシュレイに直接家督を譲るよう話を持ちかけるだろうから。


「でしたら、アシュレイも交えて話をしましょう。彼女の意志を確認しておくべきです」


 けれどきっと……アシュレイの答えは決まっているのだろうと、俺はそう思う。アシュレイだって、生半可な覚悟で立ち上がったわけじゃないんだ。俺はそれを見てきたし、知っている。エリオットの言葉を誤解して受け取ることだって、無いだろう。

 まだ切り出すべきかどうかを迷っていたエリオットは――俺の表情を見て踏ん切りがついたらしく静かに頷いた。

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