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270 飛行船の旅

 飛行船の改修作業は賢者の学連から長老達がやってきて急ピッチで進められたようだ。

 魔砲が取り外され、浮遊のための魔道具を積み直してと、一晩明けてみれば王城の横に再び飛行船が浮かんでいたあたり、かなり仕事が早いと言えよう。

 飛行船の改修が早くに終わったのは良いのだが、船ごとまとめての転移はやや難しいところがある。


 クラウディアの魔力消耗が大きいというのもあるが、そこは循環錬気でカバーが可能だ。問題となるのは飛行船のような大きな物を消したり出したりというのが、どう考えても目立ってしまう点だ。転移魔法があるという事実をなるべく伏せておきたいので、あまり多くの人間に目撃されるというのは困る。


 そうなるとエベルバート王達を先に転移魔法でタームウィルズへ送って、飛行船は後から空路でという形が良いのかも知れない。ということで、王城に説明に向かった。王城の奥に通されてエベルバート王と面会する。


「――転移魔法で船ごとタームウィルズに送ることは可能ですが、その場合どうしても人目についてしまうので、船は通常通りに移動というのが良いのかも知れません」


 俺からの転移魔法についての説明に、エベルバート王は少し思案するような様子を見せると顔を上げて口を開く。


「ふむ……。確かに。しかし船だけを後からタームウィルズに向かわせるよりは、余自身が船に乗り込んで向かったほうが良いと考えておる。これについてはシルヴァトリアの国策として送り届けたという事実が重要であるのだな」


 なるほど。まあ、エベルバート王自身が乗り込んで船を送り届けることで国内外にヴェルドガルとの友好姿勢を主張したいという考えがあるのかも知れない。

 ザディアスの一件もあってシルヴァトリア内部は盤石とは言えない。ヴェルドガル上層部のシルヴァトリアへの懐疑的な部分も、ないとは言えないだろう。


 技術交流については飛行船は全体の一部であるが、とかく一番目立つ部分だ。象徴的なものとなるだろうから、自分の手でという思いはあるのだろう。


「分かりました。では、僕達も船に乗り込み、護衛として同行しましょう」

「それは心強いが……そなたらは先に転移魔法で戻っていても構わんのだぞ?」

「いえ。こちらとしても道中にあるステファニア殿下や、フォブレスター侯爵の領地にある月神殿に立ち寄りたいのです」

「月神殿……転移魔法の準備か」

「はい」


 ステファニア姫の領地はフォブレスター侯爵の領地から更に陸路を北上したところにある。ヴィネスドーラからタームウィルズへと戻るならば、中継地点にできるということもあり、その際に月神殿に立ち寄ってあちこちに転移できる状況を作っておけるというわけだ。


 仮にタームウィルズ以外の場所に魔人が現れたとしても対応可能な状況を構築しておきたいのである。


「あい分かった。ではそなたらと共に、飛行船による空の旅と参ろうか。旅支度はできておるのだ。荷物を積み込めば今日にでも発つことができよう」


 エベルバート王はそう言って相好を崩した。


「分かりました。僕達の荷物は竜籠に纏めてあるので、飛行船に籠ごと積めばいつでも動けます」




 飛行船に乗り込むのは俺達に加え、ステファニア姫、エリオット、テフラ。シルヴァトリア側の面々としてジルボルト侯爵とエルマー。エベルバート王、アドリアーナ姫、ジークムント老とその補佐としてヴァレンティナという顔触れだ。そこに加えてエベルバート王の近衛騎士と使用人、操船用の人員が若干名というところである。

 アドリアーナ姫はエベルバート王がタームウィルズから帰った後もヴェルドガル側に残り、エベルバート王の名代としてヴェルドガルとの親善大使を務める予定らしい。


 竜籠ごと飛行船に乗せて、手分けして船室へと荷物を運んでいく。そうした作業の傍らで、ふと気になってエリオットに尋ねた。


「エリオットさんは、転移魔法でなくて良かったのですか?」


 一刻でも早くシルン男爵領に向かいたい部分があるだろうと思ったのだが。エリオット自身の希望で、飛行船に護衛として乗り込むということになった。


「はい。シルヴァトリアの魔法騎士であった身です。エベルバート陛下の道中の御身もお守りしたいと思っています。アシュレイや、その婚約者であるテオドール殿も一緒となれば尚更でしょう」


 そう言って、エリオットは静かに笑みを浮かべる。

 義理堅いというか、責任感が強いな。


「テオ、出発するそうです」


 荷物を持って甲板から降りてきたグレイスが声をかけてくる。


「ああ。分かった」


 ヴィネスドーラともしばしのお別れだ。甲板に出て景色を見ておくことにしよう。

 荷物の移動と整理を一時中断し、みんなで連れ立って甲板に出る。舵輪を握っているのはジークムント老、その補佐としてヴァレンティナ。


「おお、テオドールか。丁度今から出発するところじゃ」


 そう言って、笑みを浮かべる。


「はい。飛行船の旅は初めてなので楽しみです」

「うむ」


 飛行船を繋留していた紐が解かれる。

 舵輪の横にある台座の上に収まっている水晶球にジークムント老が触れると、飛行船が徐々に高度を上げ始めた。船体後方にある魔道具が作動すると帆が追い風を受け、飛行船がヴェルドガルに向けて動き出した。


 飛竜やヒポグリフも自分以外の物に乗って空を移動するというのは初めての経験だからかなにやら甲板の端のほうへ詰めてきている。それを手で制してヴァレンティナに尋ねる。


「……重量で傾くという心配はありませんか?」


 飛竜達は武装を外した飛行船の道中の護衛役でもあるのだ。護衛役の重さで飛行船が転覆なんて、目も当てられまい。


「それは大丈夫よ。3つある動力が均衡を保つようにできているから」


 俺の心配に、ヴァレンティナが答える。


「……なら、大丈夫かな。いいぞ、お前ら」


 許可を出すとリンドブルムが声を上げる。その声に従って飛竜達が興味津々といった様子で首を伸ばし、甲板から街を眺める。

 ……うん。杞憂だったようだ。マストに強い風を受けているのに甲板の上は無風なあたり、色々と風魔法で制御したりとバランスを取ったりと、見た目以上に飛行船には技術が使われているようではある。


 空を滑るように飛行船は進む。エベルバート王を見送る人達が、段々小さくなっていく。母さんの生まれ育った街が遠ざかっていく。空が青くて――遠くに広がる山並みが綺麗だ。


「方角はこちらで合っておるかの?」

「はい。このまま進んで港から海を渡る形ですね」


 方位磁石と地図を見ながら、ヴァレンティナがジークムント老と話をしている。まずはステファニア姫の領地を目指すことになっている。街道の上を通るのは竜籠と同じらしい。確立された航路を使わないと魔物と遭遇する可能性が増えるからだ。

 

 海を渡り、ステファニア姫の領地に着いたらそこから陸路を進んで南下。フォブレスター侯爵の領地にも立ち寄ってからタームウィルズへと向かう予定である。 


「ではしばらくは道なりに進むとしようか」

「分岐地点になったらお知らせします」

「うむ。さて……。テオドールや。少し良いかの?」

「なんでしょうか?」


 ジークムント老に名前を呼ばれてそちらへ向かう。


「道すがら、飛行船のことを説明していこうかと思う。少しだけお主に話したが、この船はザディアスめが作ったものではあるが、儂らも開発に携わっておるでな。お主が飛行船の建造に関わるつもりであれば、船のことを知らねばなるまい」

「はい。みんなにも話を聞いてもらっておいたほうが良さそうですね。もしもの時にみんなが操船方法を知っているというのは保険になります」

「うむ」


 というわけでみんなにも集まってもらって話を聞く。顔触れが揃ったところでジークムント老は頷くと飛行船について話を始めた。


「ま、操船に関してはそう難しいことはない。向きは舵輪を回せばいい。右手側の水晶球で船の高さを。左手側の水晶球で船の速度を変えるという寸法じゃ」


 舵輪を回せばそちらに向かって魔道具が風を送り、帆が風を受けて船の向きを変えると。上昇と下降……つまり3つの浮遊魔道具の出力を操るのが右手側にある水晶球。

 左手側の水晶球は風の強さを調整……要するに速度を操る水晶球となるわけだ。


 飛行機とは比ぶべくもないが、帆船に比べればかなりの速度で動いているな。魔法で浮かばせた物を押して進んでいるのであって、揚力で飛んでいるわけではないから失速して墜落……ということもなさそうだ。

 本当の船と違って揺れも少ない。挙動が安定しているあたりさすが魔法王国産という気がする。3基の心臓部が船を浮かせ……連動して均衡を保っている。このあたりが飛行船の肝なんだろう。


「そういえば、装甲の話をした時、推進力の話をしておったな。何か良い考えでもあるのかの?」

「幾つかありますが……飛行船の心臓部に合わせるのが良さそうですね。実験してみないと何とも言えません」


 浮遊していて失速しないということで、割と融通が利きそうではあるな。

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